Ⅱ245.頤使少女は話を持ち込み、
「……なので、僕らから要求というようなものはありません。ただ、貴方の〝ライアー〟探しに協力させて頂ければと思っただけです」
「要求もなくだと?話にならねぇな。代償を求めない相手ほど信頼できない者はいねぇ」
ステイルの丁寧且つ簡潔なこちらの要件にレイは手を軽く放り、足を組みながらも頬杖を突き続けた。
簡単に言えば、私達はレイの雇っていた一人から彼がライアーを探していると聞いて協力したいと名乗り出たという旨だ。勿論怪しさばっちりなのはわかっているし、そんなことで協力を申し出るなんて裏があると思われても仕方がない。レイの憮然とした態度と仮面に隠されていない顔半分の表情が、目に見えて冷め切っていく。ここまでは私達も想定していたことだ。
欠伸の代わりに私達への興味損失を示したように天井を軽く仰いだレイは、今にもソファーから腰を上げそうだった。その間を見計らい、「代償というほどのものではありませんが……」ステイルは段取り通り彼へと更に言葉を重ねる。
「〝学校に忍ばせている生徒を全員解雇〟……でいかがでしょうか。僕らも、僕らの友達もそれで多大な迷惑を被っているので」
ぴくり、と、その言葉にレイが肩を揺らした。
さっきまで憮然とした表情だった顔を険しくしてステイルを睨みつけ、僅かに敵意も感じられる。瑠璃色の鋭い眼光に、ステイルはにっこりとした笑顔を崩さないまま彼に話を続けた。
「ライアーを捜索していて、その為のことなのは僕らもわかってます。けれど、正直言って迷惑なんです。ライアーさえ見つければ貴方は〝裏稼業の人間を〟雇う必要もありませんよね?」
「ッどこまで知ってる……⁈」
唸るように低めた声と狭まりきった眉と目の間が、ステイルの言葉を切るように放たれた。
彼が驚くのも当然だ。裏稼業の人間を偲ばせているなんて知られないようにする為に、彼はずっと水面下で動かしていたのだから。ギラリと光り始めた眼差しに、ステイルは当然怖じけない。怖がった振りをするくらいでも良いと思うのだけれど、最初の失言をまだ怒っているのか敢えての笑顔で彼に返していた。
どこまで、と言えばステイルもアーサーも私から聞いてレイの隠し事について大体のことは知っている。その上で、彼に協力する為にこうして私と一緒に足を運んでくれたのだから。
「なるほどな。ここ最近、急に情報の収集が止まったと思えばお前らか。信じられねぇな、特殊能力者か?どちらにせよ、こんなガキに追い払われるようじゃ結局奴らもただのゴロツキだったというわけだ」
小さな沈黙の後真剣な表情でレイが呟く言葉に、例のヴァルに追い出された裏稼業のことだろうと考える。
ここ最近は捕まえるどころかそういうことをしている連中自体見つけられないと話していたし、やっぱり見事に全部防げていたようだ。
ぶつぶつと頬杖を突きながら呟く彼の眼差しは、さっきと打って変わって真っ直ぐと私達へと突き刺さった。今度はステイルだけでなく、事情を知っていると判断された私とアーサーにも順々に視線を向けられる。
「その話どこから……どいつから聞いた?情報源だけでも話せばそれなりの報酬もくれてやる。あとはこっちで〝始末〟もつける」
「申し訳ありませんがお話しできません。それよりも、交渉の方はいかがでしょう?ライアーを探す協力をする代わりに、学校から全員を引き上げて下さい」
「お前らみたいなガキが三人増えようが役に立つわけがねぇだろ。ライアーの居所を知っているなら話は別だが」
彼の本音が見え隠れするのを感じながら、私は顎に力を込める。
頬杖を止め、前のめりに座り直した彼は両指を組んで肘をついた。態度はさておき、私達から話を聞く気になったという姿勢だ。……いや、むしろ聞くというよりも〝聞き出す〟の方が近いだろうか。組んだ足も両方ともしっかり床につけている状態からは隙も無くなった。
ライアーの居場所……、それ自体は私にも検討はつかない。ゲームでもレイルート以外では辿り着くことすらなかった相手だ。既に第二作目と状況は色々違っているし、ゲーム通り城下にライアーがいるかもわからない。
第一作目でレオンが酔いつぶれて発見されたのが〝酒場〟だったのと同じように、大まかな情報だけで見つけるのは至難の技だ。私だって第二作目の攻略対象者でもないキャラクター自体について殆ど覚えていないし、ここはやっぱりレイから詳細な情報を貰うしかない。
そうすれば方法によっては衛兵や騎士にお願いして秘密裏に探ることもできる。何より、万が一レイからの情報無しにでも先にライアーに辿り着けたとして……レイからの協力と信頼がないとその先がどうなるか私にもわからない。
「どうなんだ?ライアーの居所を言えるのか⁇先ずはそれに答えてみろ。もし言えるなら情報源についても見逃してやる。他はどうでも良い、裏稼業だろうが取り巻きだろうがどいつも纏めて全員……望むならこの俺様も下らねぇ〝学校〟程度いつでも立ち去ってやる」
話しながら、沸々と黒い覇気が溢れてくるのを肌で感じて思わず息を止める。
今度はステイルからじゃない、正面に座るレイからだ。
語りながら殺意にも似た覇気と、比例するように地の底へ響かすように声が低められていく。
彼の言い分は、ライアーの居場所さえ掴めればこちらの条件全て飲むという意思表示に他ならなかった。
一気にライアーの情報という核心へ目を光らせる彼に、ステイルも一度口を閉ざした。ここで知らないと一言断れば、次の瞬間私達の立場がゴトリと変わりそうな気配が部屋全体に波立っている。
「奴の居場所を知っているなら望む褒美は何でもくれてやる。言えねぇならその時点でお前らは全員用無しだ。協力は要らねぇ。口を滑らした裏切り者の情報だけ置いてさっさとここから出て行け」
圧倒的優位な立場を示すように声色を強める彼が、ギリリッと一度だけ歯を食い縛った。
まずい、わかってはいたけれど本当に話が通じない。せめてどうやって探すつもりだとか当てはあるのかと尋ねてくれれば切り返しも決めていたけれど、早々に彼の視野は狭まってしまった。ゲームでもこういう人の話を殆ど聞かない人だったから生徒全員に恐れられることになった。
そして今、早々にステイルとアーサーからも警戒から敵意へと眼差しの色が変わっていっている。このままだと本当に一触即発だと、私は一瞬だけ逃走経路の窓を確認してから空気を割った。
「ッ探す当てはあります!私達の親戚は騎士です。話をすればきっと協力して貰えます。裏稼業の人間や下級層の人達よりもずっと信頼も情報網もあります!」
方法はある。と、その道筋を先に提示する。
強めに張った声は、思ったよりも劈くように響いた。僅かに瞼を大きく開いた彼は、凝視するように私を視線だけの向きを変えて睨んだ。「騎士……?」と小さく唱える彼の表情はそこから固まったままだ。
私からも嘘では無いと示す為に正面から眼差しで返せば、お互い睨み合うような状況が続く。一歩も譲らないまま時計の針の音だけが一定間隔に続けば、先に動いたのはレイの方だった。
フ、とさっきまでの睨み合いから力を抜くように一音を漏らす。視線をそのままに馬鹿にしたような笑みを浮かべていく。
嘲笑、という言葉が相応しい笑みは間違いなく私に向けられていた。「なるほどな」と、またソファーの背もたれに背中を預けて頬杖を突き、ゆっくりと一人で頷きながら口を動かした。
「何を偉そうにと思えば結局お前らも身内頼みか。それとも脅しか?裏稼業連中との関係を騎士に漏らせば確かに俺様を追いやることもできるだろうが」
「違います。私達はただ貴方の力になりたいだけです。それに騎士に伝えたからといって、問題は裏稼業の人間を雇うことよりも〝何をやらせていたか〟です。その点に置いて現時点では貴方もまだ引き返すことが」
「騎士に密告したけりゃすれば良い。その前にお前達がここから無事に出れたらの話だがな」
断絶の刃が最後まで聞かずに落とされた。
嘲笑のまま彼はおもむろに手を伸ばす。言葉に反して握手を求めるような仕草でそれは、私の前へ置かれたままのティーカップへと伸ばされた。あっ、と思った瞬間避けそうと足に力を込めたけれど、ここで思い切り飛び跳ねたらそれこそ何者かと疑われてしまう。どうせドレスでもないとカップを掴まれると同時に顔を背け、先に目を閉じた。次の瞬間には湯気をなくしたカップの中身がレイの手から傾けられ、私の顔に
ビシャァッ。
「……なに、するンすか」
……掛からなかった。
カップの紅茶を掛けられると思った瞬間、アーサーの方が早かった。
本当にレイの動作から行動までは秒もあったかわからないくらいなのに、カップの中身が宙に放たれた時には私を庇うように前に出てくれていた。編み込んだ三つ編みから肩、そして銀縁の眼鏡まで紅茶を滴らせたアーサーは、同じように私を庇おうと手を伸ばしてくれていたステイルごと全部を引っ被っていた。
 





 
 
