Ⅱ237.私欲少女は返す。
「か……完成したって、もう⁈」
校門から現れたネイトに、戸惑いのまま聞き返す。
まさか昨日の今日で学校に現れるなんて思わなかった!足をわずかに引きずりながら満面の笑みで歩み寄ってくるネイトに、私達の方がバタバタと駆け寄ることになる。
校門を抜けたらすぐにアーサーがネイトに肩を貸して私達が寛いでいた木蔭まで運んでくれた。その場から立ち上がったパウエルも、ネイトの登場よりも彼の怪我の方に目がまん丸だった。昨日のことを知らない彼からすれば、一体何が起こったのかと思うだろう。
ネイトが無事に腰を下ろしてから、調子を少し取り戻した様子のステイルがすかさずパウエルの隣で説明をしてくれる。そんな慌ただしくなった中で暴風雨本人のネイトだけがマイペースな様子で元気に声を上げる。
「昨日あの後、家帰ってから夜通しでやって完成した!すげー出来だしすぐ見せたいからそのまま家出て」
「ちょっと待って寝てないの⁈」
「休んでろっって先生にも言われたじゃないっすか‼︎」
あまりのことに、私とアーサーで全力に突っ込んでしまう。
てっきり今頃ゆっくりベッドで休んでくれているかと思ったのに!それどころか夜通し無理してそのまま身体引き摺ってくるなんて‼︎
もう大怪我人のネイトよりも、私の方が目眩を覚えそうだ。やっぱり医者に連れて行った時はリュックを家に置いていって貰って正解だった。じゃないと、病院でもずっと休まずに熱中していた可能性がある。
けろりとした様子でリュックを探るネイトに話を聞けば、昨日は私達がいなくなった後に暇過ぎて爆睡し、そこでたっぷり睡眠を取れた結果夜は全く眠くならなかったらしい。むしろ発明途中の作品への鬱憤が溜まってたということで発明をし続け、気が付いたら朝も超えていたと。
「ご両親は⁈もしかして今日もお仕事……⁈」
「父ちゃんも母ちゃんも夜通しの仕事続いたぶん今日は休みだったけど。昨日も明け方まで母ちゃんを父ちゃんが宥めてたから二人ともまだ寝てる。その間にこっそり出てきた」
「絶ッ対目ぇ覚ましたら心配するじゃねぇっすか‼︎」
すぐ帰ってあげて下さいよ⁈とアーサーが目をかっ開いて声を荒げる。
昨日の今日で、ネイトがどっかに消えているなんてそれこそ卒倒ものだ。なのにネイトは「どうせ夜通し明けは夕暮れまで起きねぇよ」と楽観的に言ったまま、リュックから目当ての物を引っ張りだした。これまでのパンパンに膨れ上がっていた状態と比べて、普通の許容量域どころかちょっと萎れてもみえるリュックはネイトの体格にも合っていた。一応身体の負担を考えてある程度軽量化はしてきたのかなと思う。
そしてとうとう両手で勿体ぶるようにゆっくり持ち上げて見せてくれたその発明に、私は思わず息を飲む。
完璧だ。
「っっ‼︎すっごい‼︎ネイト!それ、本当に完璧に……‼︎えっ、どう……どこまで……⁈」
「!ジャンヌ形まで予想できてたのか⁈マジ⁈でも!だよな!やっぱこんな感じの方が格好良いよな⁈他の奴は三回しか使えねぇけどすげぇんだぜ!」
思わず興奮のままに飛び跳ねかける私に、ネイトが腰を降ろした状態から身体を起こしかける。
しまった、うっかり完成形を知らない筈なのに〝完璧〟とか言ってしまった。
一瞬目だけで周りを見回したけれど、皆ネイトの発明に釘付けで気にしていない様子でほっとする。けど、本当にもう完璧に前世で私が知るアレと一緒だ。どうしよう、今すぐ試しにでも使いたいけれど卸先であるレオンより前になんて悪い気がする。
ふおおおぉぉおぉぉ……ともう、そこからは言葉にならずネイトの大作を前に身を震わす私をよそに発明の詳細説明が始まる。
ある程度の仕組みはネイトの手によるものだけれど、そこから作動するのは彼の特殊能力だ。どんな感じに操作するか、そしてどんな出来になるかと聞きながらもう感動が止まらない。私から提案したものではあるけれど、こうして実物を今世で拝めることになると思うと気持ち的にはネイト大先生と呼びたくなある。
こんな短期間でここまで完成出来ちゃうなんてやっぱり彼は天才だとつくづく思い知る。ただでさえ、普通は早くても一週間は制作にかかる発明を四日で仕上げてしまったのだから。しかも、伯父から依頼された発明と並行しながら。
ステイルやアーサー、そして初めてこの発明の存在を知るパウエルも口を開けたまま感心している様子だった。彼らにとっては初めて見る物体だから感動も一塩だろう。彼から説明を聞き終えた時には、誰もがまじまじとそれを隅から隅まで眺めていた。実際使ってみたいという欲求もあるだろう。
「すげぇ」「単純な操作でこれが……」「良いなそれ」と、アーサー、ステイルに続いてパウエルまで称賛の声を漏らすからネイトも鼻高々だ。若干顔を紅潮させてテカテカと嬉しそうに笑っている。
「なぁジャンヌ!これなら売れるよな⁈あの王……交渉相手にもちゃんと売れるよな⁈」
「ええ!絶対に気に入って貰えるわ!週明けにはお約束しているから、その時に紹介するわね!多分、放課後になると思うけれど……」
「…………また俺、あの人に会うのか……?」
急にネイトの声の音程が下がった。
若干怖々とした様子で眉間に皺を寄せた顔は、レオンが嫌というよりも会うことに物怖じしてる様子だった。昨日会った時は慌ただしい中且つ突然だったけれど、やっぱり王族相手にはネイトも気が引けるらしい。
僅かに正面に座る私からも身を反らすネイトに思わず口を押さえて笑ってしまう。
「大丈夫よ。とても良い御方だから。私達も最初は同席するわ。それに取引をもし成立させたら、継続して貴方が関わることになるお相手なんだから」
「俺……こんな服しか持ってねぇし、喋り方知らねぇし、失礼な言い方とかして殺されねぇよな……?」
ネイトの王族へのイメージもなかなか極端だ。
まぁ、今まで関わることもなかった彼には仕方がないかなと思う。ただでさえ、伯父が別件逮捕された理由もアレなのだから。
口にした途端若干怯えるように両肩を上げて硬らせるネイトに、その格好で平気だし取引相手はそれくらいで怒る人でもないから大丈夫だと言葉を選びながら説得した。パウエルも聞いてる手前、まさか取引相手が王族とはいえなかったけれど、何とかネイトも顔に力を込めたまま頷いてくれた。
だからその発明も、それまでは大切に保管しておいてねと最後に私が安心させるように笑い掛けながら言葉を掛けた時だった。
「いや、それはやる」
……へ?
ぽかん、と。口を開けたまま言葉の意味がわからずに声も出なくなる。
やる、って……私に?いやでもこれってレオンに売る為の品よね⁇それを私が貰っちゃったら……いや確かにすごくものすっごく欲しいけれど‼︎
あまりの発言に聞き違いかしらと思いながらネイトを見つめていると、その間にも気の所為じゃないぞと言わんばかりにぐいぐいと彼が両手に持っていたそれを私に押し付けてきた。
へっ……ええ⁈とそれを落とさないように受け止めながら、やっと私も喉が声を思い出す。
「ちょっ、ちょっと待ってネイト⁈これ、取引で売るものでしょう⁈私にあげちゃったら折角作ったのに……」
「問題ねぇし。一回作ったらやり方わかったし週明けまでにもう一個作れる。もう伯父さんの分作る必要なくなったから次はもっと余裕だし。絶対週明けまでにもう一個完成させてやる」
嘘でしょ⁈
さらっと当然のことのように言いのけるネイトに、今度こそ大きな声を上げてしまう。確かに同じ物を作るなら一度目よりは楽にできるだろうけれど!でも、普通の特殊能力者が最短一週間はかけるものを今日をいれても三日で作るなんて!こんな怪我だらけなのにまだそんな無理するつもりなのか‼︎
そう思うと余計にこの後のネイトが安静にしない引き金を引いちゃう気がして、強めに「駄目よ!」と突き返してしまう。……けれど、ネイトは頑とする。
「いらねぇーし!だって最初にジャンヌも欲しいって言ってただろ⁈なら貰っとけよ!三日もあれば二個目ぐらい……」
「だからその三日間無理するつもりでしょう⁈ちゃんと残りの三日間は何もせず!且つ大人しくしていて下さい‼︎」
「ハァ⁈嫌だ!ジャンヌが受け取っても受け取らなくても作るからな‼︎っていうか無理じゃねーし‼︎三日もあるんだぞ⁈よく考えろよな‼︎」
どうして私が怒られるのか‼︎
何だか逆切れされてるようにしか思えないのだけれど、ネイトは至って真面目に言っている様子だ。三日も、って……一週間の半分以下しかないのだけれど⁈
それでも何度説得を試みても要らないを貫き通すネイトは、意地を張るように腕を組んだままそっぽを向いてしまった。折角あんなに苦労した中で頑張って作ったのに!どうしてそんな貴重な第一号を他人にあげちゃうのか!
けれど、ここまで来たらもうてこでも譲らないのだろう。……諦めた私は一度息を吐く。頭の上がった熱ごと吐き出すようにしてから、彼に妥協案を出すことにする。
「……わかりました。それでは、これはありがたく受け取らせて頂きます。ただ、週明けに無事貴方が二個目を完成させるまでは使いません。もし、間に合わなかった場合はこれを取引で売って貰えるように保護しますから。……ありがとうございます」
つい口調が仕事モードになってしまいながら、そう言えばネイトも一応納得してくれた。
絶対二個目完成させるとその後も豪語する彼は、ふとそこで思い出したようにきょろきょろと周囲を見回した。
「あと。……それ、やるから代わりにー……。…………あとで、…………にも、…………とけよ」
「え?」
さっきとは打って変わってぼそぼそと話す彼の言葉に私は頭を傾ける。こんな至近距離に居ても全く聞き取れなかった。
何故かまた目を泳がせたまま一度唇をきつく絞ってしまうネイトは、僅かに顔が熱っていった。どうしたのだろう、怪我も酷いし無理をし過ぎて熱だろうかと思って額に手を伸ばせば、到達する前に雑にベシリと弾かれた。そのままギッと釣り上げた目で私を睨むと、勢い任せに顔を声を荒げ出す。
「そっ……それやるから!だからその代わりに後でカラムッ、にも‼︎見せびらかせて自慢しておけよ‼︎すげぇだろって‼︎それで、それですげー自慢して羨ましがってたら…。…じゃなくて!どんだけ羨ましがってたか教えろよ‼︎」
…………ええと。
アーサーが横で「カラム〝隊長〟です」と訂正する中あまりの怒鳴り声にも近い熱量と、予想外に子どもらしい希望に顔が笑ったまま引き攣ってしまう。
なんだか微妙に支離滅裂ですぐに理解は難しかったけれど、つまりは要約すると私にこれを提供してくれる代わりにカラム隊長にも自分の力作を見せて欲しいらしい。ちゃんと発明の良さをプレゼンした上で、その感想も聞きたいと。……なんだか、親に自慢したい子どもみたいだ。いやまだネイトは十三歳だけれども。
自慢したいなら自分の手で見せなくて良いのかなと提案してみたけれど、それに対しては「別にわざわざ見せに行ってやりたくもねーし‼︎」らしい。でも、見せては欲しいんだなと心の中で思うとなんだか微笑ましく思えてしまう。
私から、わかったわと一言了承すれば、やっとそっぽを向けた顔をこちらに向き直してくれた。まだ僅かに火照った顔を見ると、そんなことを私に頼むのも恥ずかしかったのだろうなと思う。
「じゃあ、とにかくそれはジャンヌにやるから。俺のすげー発明なんだからちゃんと大事にしろよ」
「ええ、勿論よ。ほんとうにありがとう。たとえ使い切ってもずっと大切にするわ」
「…………」
じっ……と、すると今度はネイトが口を結んだまま睨んだまま無言になった。
どこか不服そうにも見える表情に何か返事を間違えただろうか、と私も笑みを返しながら頭の中を回し続けてしまう。ちゃんと誠心誠意お礼を言ったつもりなのだけれど。
数秒の睨み合いなのか見つめ合いあのかわからないままお互いの目の色を見つめ続けていると、ネイトが今度は低い声でぼそりと沈黙を切った。
「……嬉しくねぇのかよ?折角欲しがってたのやったのに」
むっ、とした不機嫌そうな声に、私はやっと彼の不満の正体を知る。
笑顔のまま一度息を止めた私は、つい数日前に彼へこの発明を提案した時の発言を思い出した。そうだ、彼はだからこそこれを他の誰でもなく私に贈ってくれたのだから。
なのに私ときたら喜ぶよりも遠慮したりただ礼を言うだけで……!
彼の優しさにちゃんとした形で返せてなかったことに反省し、今度こそちゃんと彼からの善意に応えるべく力いっぱい声に出す。
「すっっっごく嬉しいわ‼︎‼︎本当にありがとうネイト!本当に理想以上に素敵な発明だし、説明を聞いたら余計に良いなって思ったから夢みたい。絶対大切に使うわね。やっぱり貴方の発明は最高だし、間違いなく天才よ!本当に本っっ当に嬉しい!ありがとう‼︎」
気持ちをそのままに子どものような羅列で正直な感情だけを前に出して返せば、自然と声が跳ねた。
ネイトがくれた発明を大事に両手で抱き締めながら喜びを伝えれば、彼の不満げだった顔がほろりと崩れ、緩んでいった。頭を掻きながら褒められたのが嬉しいように、顔がじわじわさっきよりも赤みを帯びていく。褒められるのはまだ慣れないままだ。
「……だろ⁈」
『どうせ俺を心配してくれる奴なんか、どこにもいないから』
ゲームではアムレットへ絆創膏を渡し哀しげに笑んでいたネイトは、今もこの先もきっといない。
へへっ、と顔を上げたまま嬉しそうに歯を見せて笑う彼は、年相応の可愛い男の子だった。
Ⅱ220