Ⅱ229.私欲少女は照らし合わせ、
「……だから来てくれて、……。……助かった」
そう最後に弱々しい声で締めくくったネイトに、暫くは誰も言葉が出なかった。
視線をベッドに落とし続ける彼の話を聞いた全員が、険しい顔を隠せない。ステイルとカラム隊長も眉を中心に寄せて険しい表情で聞き入っていたし、アーサーはずっと痛そうな表情だ。
私も、ゲームの設定と照らし合わせてもそれ以上の情報量が多すぎて胸を両手で押さえながら息をするのも辛かった。
ネイトが借金を返す為に発明を作り始めたのは五年も前。暴力も昨日今日の話ではない。そして、今回怪我をした理由は簡単に言えば口答えをしてしまったからだった。発明でもう少しで自由になれると思ったネイトが、少し伯父相手に強気に出てしまったらしい。
その後、翌日である昨日には怪しんだ伯父がネイトのリュックまで確認しに来た。……多分、ネイトの態度が変わったことで他に発明を売ろうとしているのも勘付かれたのだろう。
彼のこれまでの話を聞いても、伯父は彼の特殊能力を隠したがっていた。どう考えてもネイトの才能を自分だけで独り占めしたかったからに違いない。しかもその為に足まで折ろうとしていたなんて。
あとちょっとでも遅れていたらと思うと、息まで詰まった。ぞわぞわと背筋から腕までを撫でる何かを打ち消すように私は自分で自分を抱き締め腕を擦る。
それであの悲鳴だ。どれだけ恐かっただろう。
ゲームでも、ネイトはアムレットに語っていた。家の借金を返す為に発明を伯父に売り続けていたと。毎日のように脅されて、次第には殴られるようにもなった。「あの時は本当に地獄だと思った」と笑いながら語る彼にアムレットは胸を痛めていた。だって、彼の地獄はそこで
終わっていなかったのだから。
寧ろ、今思えばとそんな日々すらネイトは懐かしがっていた。
そして今。ネイトの話を詳しく聞いた私達は恐らく考えることも一緒だ。最初からある程度想定はしていたけれど、こうやって聞くともう疑いようがない。
ネイト一家は、伯父に嵌められていた。
ゲームでも大概な人間だとは思ったけれど、まさかの悪徳闇金にもほどがある。具体的な借金額はわからないけれど、どう考えてもおかしい。恐らくはネイトのお父様の同僚を脅すか買収かして利用したのだろう。
負債から自分に借金までさせて、そこから利息でジワジワ削るなんて典型的な手法だ。何より、……失礼な言い方だけれども庶民であるネイトのお父様の全財産を掻き集めた〝程度〟の額が法外な利息とはいえネイトの発明で未だに完済できないのはおかしい。もしこれがギャンブルや何かの負債とかからの借金ならわかるけれども、あくまで一般家庭の全財産程度の額だ。
ご両親の返済だけでなくネイトはこの五年間に何個も発明を作っている。レオンへの発明を一週間以内に完成させちゃうと豪語したネイトがこれまでに何個の発明を作ったかと考えれば気が遠くなる。どう考えてもネイトがこの年まで返しきれないとは思えない。
そして極めつけに伯父……いやあの闇金は、ネイトに借金の残額どころか利息額も教えず作らせ続けていた。残酷だけど、ネイトが返し続けていたつもりの借金は全く借金返済には回されていない。借金の残額くらいはネイトのご両親に聞けばわかるだろうけれども、これはジルベール宰相に詳しく闇金へ問いただして貰おう。子どもだったネイトは、本当に良いように利用され続けていたということになる。……これでゲームの設定がまだ待っていると思うと本当に酷過ぎる。
「……恐らく。違法性すら判明すればご両親も借金を過剰分は返す必要もなくなります。城で裁きを受けるのなら、聴取や尋問もある程度はされる筈ですから」
「いほうせい……?」
優しい声で告げるステイルにネイトは首を傾げた。
カラム隊長がすかさず「法を犯している可能性があるということだ」と補足すると、目が皿になった。やっぱり自分が騙されていることは考えなかったのだろう。
裁判機関の最高峰である我が城。母上が直接裁くとしても、その前にジルベール宰相の調査が入る。そこでネイト家への借金が法外なものだったことが明らかになれば、借金の帳消しどころか逆に過剰分の返済が命じられるかもしれない。……それに、余罪はそれだけじゃない。
「つまりもう借金を返す必要はなくなるわ。無理に発明をする必要もないから、ネイトは好きなように生きれば良いの。……ご両親と一緒に」
椅子から手を伸ばし、願いを込めながらそっと膝を抱える彼の右手へと重ねる。
ベッドの中にも潜らずに抱え込んだ手はさっきよりは温度があった。人肌の感覚を確かめながらほっとする。少なくとももう彼はあの悲劇から免れた筈だと思えたから。
丸い目のまま私の言葉を少しずつ飲み込んだ様子のネイトは無言のまま噛んだ唇を震わせ始めた。ぎゅっと眉間が狭まり、何かを堪える顔をすると額を膝に当てて目を隠すように小さく蹲る。
私も椅子から立ち上がり、傍からその背を擦れば身体全体か震え出した。本当にどれだけ辛かっただろう。
彼を助けてくれたカラム隊長やアーサー、ステイルやレオンみたいに私からも彼に何かできれば良いのに。
「……ご両親にも。……もし、言い辛かったら私から話をしましょうか?」
もうこの怪我じゃ隠せない。
今夜、それこそが彼にとって次に辛い時かもしれない。今までずっと発明を売っていたことも暴力を受けていたことも全てご両親に話さなければならない。少なくとも、もう借金の心配はないことを伝えたいのはネイトも一緒だろう。
今までずっと隠し続けていたことだし、彼一人では言いにくい部分もあると思う。夜中ということで、また近衛騎士の出動をお願いしてしまうことになるけれどと思いながらも進言する。もうここまで頑張ってきたのだから、これ以上辛い想いはして欲しくない。
そう思ってささやきかける私に、ネイトは無言で首を横に振った。
ぐしぐしとその度に当てていた膝が目を擦る。まだ、あんな酷い目に遭ったばかりだし会ったばかりの私達も信用しきれないのもあるかもしれない。ただでさえレオンを紹介しただけでも異様な相手と思われて仕方が無いのだから。
音にならないように息を吐き、ネイトからの返事に「そう……」とだけ返す。彼が自分で伝えるというのならば、私達に介入する権利はない。その背中を擦りながら彼の気持ちが落ち着くのをもう一度待つと、今度は顔を上げるのもすぐだった。
僅かに浮かされた顔と一緒に、視線が一方向へと向けられる。濡れた瞳のまま、じっと訴えかけるような視線は真っ直ぐとカラム隊長に向けられていた。
カラム隊長本人だけでなく、ステイルやアーサーもその視線にはすぐに気付いて同じように彼を注視した。何も言わず無言のネイトは、じーーっとカラム隊長を睨むように真正面から見つめるばかりだ。……これは、もしかしてカラム隊長にお願いしたいということだろうか。
カラム隊長は数秒だけ同じように目を丸くしてネイトを真っ直ぐ見つめ返した後、溜息を吐くように肩を落とした。「わかった」という言葉から、どうやらネイトの意思を汲んでくれたらしい。
「……今夜。私からご両親に説明しよう。演習の後だと深夜になるが、それでも構わないか?」
「…………どうせ、父ちゃん達も帰るの遅ぇし」
「なら、行こう。この部屋と自宅、どちらに行けば良い?」
「……こっち」
カラム隊長の言葉に少し躊躇いがちではあるものの返すネイトはやっぱり今度は断らなかった。
了承を貰った途端、また顔を逸らしたネイトだけれど、視線だけは上目にちらちらとカラム隊長へ配られ続けていた。……流石カラム隊長。
確かに説明をするなら大人で、且つ講師で騎士のカラム隊長の方が話が通りやすい。けれど、それ以上にネイト自身の気持ちがカラム隊長なら頼れると思ったのだろうと思う。
ネイトの家を教えてもらったこともそうだけれど、本当に信頼を受けている。最初の時はあんなに悪口を言われていたのに、一体何があったのだろう。
ステイルも気になるようにネイトとカラム隊長を見比べているし、アーサーに至ってはカラム隊長への目が輝いている。本当に今回ネイトについてカラム隊長には頭が下がる。私自身はネイトに何もできなかったから余計にだ。
ありがとうございます、と私からお礼を伝えると、カラム隊長は一瞬びっくりしたように口を絞ってこちらを見返した後、無言のまま柔らかい笑みを返してくれた。本当に大人だ。




