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Ⅱ228.私欲少女は訪ね、


「……取り敢えずはここまでだな。暫くは包帯も取るなよ」


そう言ってお医者様がネイトの包帯を巻き直した。

小さな町医者。ネイトの家から近いそこで、彼はようやく正式な診察を受けた。今日は患者も少なかったらしく、幸いにもすぐにネイトは治療を受けることはできた。

止血はカラム隊長が完璧に処置してくれたけれど、薬を塗っても貰えたしこれで一安心だ。アーサーに負ぶられてから、じっと黙りこくっていたネイトはお医者様の診断を受けている間も大人しかった。ずずっ、と鼻を啜る音と涙で腫れた目で俯き気味だった彼は、ぼんやりとした様子で口を僅かに開けていた。肌身離さなかった大きなリュックを背負っていない所為か、丸い背中が余計に小さく見えてしまう。

擦り傷よりも殴られた内出血の方が酷かったけれど、骨は折れていなかったお陰で入院まではいかなかった。ただ、痣を隠す為に巻かれた包帯が逆に痛々しくて見ているこっちが顔を歪めそうになった。

巻かれていた間は大人しかったネイトも、お医者様の話を聞き終わってから反射する窓硝子に自分の姿を確認すると包帯の巻かれている頭に手で触れた。


「……格好わりぃ……」

「治療に格好良いかどうかは関係ないからな。そんなことよりネイト、フランクリンの馬鹿……いや、お父さんはまだ帰らないのか?」

多少口が悪くなったお医者様にネイトは一言で否定した。

彼の話によるとお父様とお母様は昨日から今日の夜まで仕事で帰ってこない。ご近所さんということだけあって、どうやら昔からの馴染みらしい。

ネイトが包帯だらけで運ばれてきた時は目を丸くして診察室まで通してくれた。年齢からしてなかなかのお年だし、言い方からしてネイトのお父様の頃からの縁なのかもしれない。

ネイトの答えにやれやれと首を振ったお医者様は、コンコンと指先で軽く彼の額を突いた。


「お父さんは昔から良い人ではあるんだがなぁ……良い人過ぎるというか、いやそこが良いところでもあるんだが。ネイト、この怪我ちゃんと両親に見せたか?」

「まだ知らねぇよ。全部今日した怪我だし。なあ薬塗ってないところは包帯外しても良いだろ?」

「嘘を言う子に許可なんか出さないぞ。少なくとも腹の痣は一日以上経っているだろう」

流石お医者様、的確且つ優秀だ。

しかも実際は足も昨日の時点で怪我を負っていた。たぶん新しい傷が上塗っている所為でわかりにくかったんだろう。

ネイトの背後に立っているカラム隊長も無言で深く頷いていた。敢えて足の怪我まで指摘はしないけど、概ねお医者様と同意見なのだろう。ネイトも大人二人に挟まれたからか、いつもより悪い口の切れ味がない。

ネイトが怪我を隠すようになった理由の一つって、怪我を視てくれる病院のお医者様がお父様と知り合いだったこともあるかもしれない。本人は伯父との取引を両親に隠していたし、怪我を知られたら隠しきれるのも時間の問題だもの。

今もどうしてそんな怪我をしたのかと尋ねるお医者様にネイトは口を開かなくなる。やっと話せるようになった今も、再び聞かれれば事情を知る私達が居る前で平然と「転んだ」としか言わない。一体何段の階段からゴロゴロ転がり落ちればそんなことになると思っているのか。私達もネイトが隠したがるなら余計に口は挟まないけれども、もう視線に充分「嘘つけ!」という言葉が透き出ていたと思う。平然と吐くわりに嘘が浅い。


「とにかく、本当に申し訳ありませんでした騎士様。ネイトが御面倒をお掛けしたようで」

それに君達も、とお医者様が深々とカラム隊長に下げた頭を今度は私達にも降ろしてくれる。まるで保護者だ。

私達が一言で断った後も、「言いつけ破って下級層か裏通りにでも入ったのか」と言いながらネイトを険しい目で見るお医者様は怒っているというよりもネイトの怪我に胸を痛めてくれている眼差しだった。

この人はネイトの伯父さんのことは知っているのだろうか。ご両親に話したらいずれこの人にも事情は伝わるんだろうなと思う。


「先生は、ネイトの家とは古いご関係で?」

ついにステイルが投げかける。

私やアーサーと一緒に壁際の簡易椅子に腰掛けながら問うステイルの言葉に、ネイトが眉間へ皺を寄せた。顰めたその目が「余計なこと聞くんじゃねぇよ」と言っている。けれどここまで来たら気になるのも当然だ。

お医者様は「ああ、まあ」と軽く返しながら目でネイトを指した。


「母親を子どもの頃から面倒見てたからなぁ……。こいつなんかもう孫みたいなもんだ。昔から勝ち気で別嬪さんで有名で、嫁に行くと聞いた時は何人の男が泣いたもんか」

「気持ちわりぃから母ちゃんの話すんなって言ってるだろエロジジイ‼︎」

まさかのお母様側⁈

突然叫んだ所為でまたガラガラ声に鳴り出すネイトが直後に咳き込む中、背中を擦るお爺さまが「怒るとまたお母さんに似るぞ」と彼を覗いた。

優しそうなお爺さまだけど、ネイトをこんな目に合わせたのがそんな素敵なお母様の兄だと知ったら。そう考えれば、顔を真っ赤にして怒る姿が容易に想像できた。しかも、借金をしたのはゲーム通りであれば確かお父様側。……うん、これは事情も言えない。もしかしたらネイトの家が借金しているのも知らないかもしれない。

左右に座る二人に視線を向ければアーサーとステイルも私と同じことを考えているようだった。苦そうな顔が「これは言えない」と言っている。カラム隊長も前髪を指で押さえながら口を噤んでいた。


「それでネイト、どうするんだ?家に帰るか?何ならお父さんとお母さんが帰るまでここに居ても良いぞ。どうせ留守だったらここに迎えにくるだろ」

「…………いる」

お医者様の言葉に、小さく答えたネイトは目だけでちらりと壁に掛けられた時計を見た。

私も釣られるように見ると、かれこれもう三限どころか四限に入った時間だった。結構な時間が経ってしまったなと思いながら、取り敢えずネイトがここで預かって貰えることにほっとする。あんなことがあったばかりだし、きっと家にいても落ち着かないだろう。


「私ももう暫くネイトに付き添わせて頂いても宜しいでしょうか。彼に聞きたいこともあるので」

カラム隊長が先に進言してくれる。……うん、やっぱり気になるわよね。

ステイルやアーサーが私に確認を取るように視線をくれる中、カラム隊長に続くように私も付き添いを志願した。お医者様はちょっと意外そうに眉を上げた後、狭くて良いのならと一番奥の部屋の方向をペンで指差してくれた。

折角ベッドで休めるのに四人もぞろぞろくっついてきてネイトは嫌がるかなと思ったけれど、押し黙ったように何も言わない。眉だけを寄せてこっちを見たけれど、帰れよの一言も言わない彼は、もしかしたら話してくれるつもりはあるのかもしれない。

お医者様に示されるまま椅子から立ち上がると、既に部屋の場所を知っているらしいネイトが早足で部屋へと歩き出した。私達もそれに続き、お医者様に挨拶をして診察室を出る。

手を振ってくれたお医者様はカラム隊長の退出時にはまた深々と頭を下げてくれた。やっぱりネイトのことを心配してくれている。


ネイトの先導を得て入った奥の部屋は、本当に小さな病室だった。

廊下を歩いた時には他の部屋は全部治療専用部屋とか薬庫とか見たいだったし、もしかしたら唯一の病室なのかもしれない。まぁ単独経営ならそうなるだろう。

ベッドと左右の空間、大きめの窓があるだけのシンプルな部屋は古くはあったけれどちゃんと掃除は行き届いている。

カラム隊長とお医者様の包帯のお陰でフラフラとでも歩くことができたネイトは、ベッドを見つけるとすぐにそこへ転がった。靴ごと乗り上げたら、カラム隊長に病室のベッドでは靴を脱げとすぐに指摘された。むっと唇を結びながらネイトは雑に靴を脱いでベッド脇に転がす。


「……ここ壁薄いから。変に話したらジジイにも聞かれるからな」


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