表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1210/2200

Ⅱ226.私欲少女は撫で下ろす。


「お待たせしました!ネイトは大丈夫ですか⁈」


ネイトが泣き出した後、彼の着替えをアーサーとステイルが持ってきてくれたのは間もなくのことだった。アーサーが服を抱えながら心配そうに駆け寄ってくれる。

伯父がエリック副隊長に連れていかれてから最初こそ茫然としていたネイトだけれど、緊張の糸が切れた途端私に倒れ込んで大声で泣き出していた。きっとアーサー達にも声だけは届いていたのだろう。

今も変わらず家中に響く声だ。泣き噦る声は喉が潰れてしまいそうなぐらい激しかった。受け止めた手でぎゅっと抱き締めれば、私の裾を握った手も僅かに震えながら強められた。カラム隊長が私の腕ごとネイトに団服の上着を掛けてくれて、ツンツンだった金色の髪だけがぴょこりと大きな団服の隙間から出ている。


「ええ、大丈夫よ。ジャック、フィリップありがとう」

ネイトの代わりにお礼を言えば、カラム隊長が着替えをアーサーから受け取った。

すぐにでも着替えさせてあげたかったけれど、まだ落ち着くまでは待ってあげたい。今だってまだ小さな身体が震えている。カラム隊長も同じつもりらしく、着替えを片膝の上に乗せたまま団服越しにその背中をさすってくれた。ネイトに注ぐ視線がただただ優しい。……本当に


カラム隊長の、お陰だ。


『これから私はネイトの家へ様子を見に行こうと思う』

学校にネイトが来ていないと聞いて、彼の家がわからずに狼狽えていた私達へそう言ってくれたのはカラム隊長だった。

それはつまり……?と尋ねれば、カラム隊長はまさかのネイトの家を知っていた。一体いつの間にと思ったけれど、足を怪我したネイトをつい昨日家の近くまで送ってくれていたらしい。確かに昨日はカラム隊長も近衛の任務を少し遅れるからとアーサーに頼んでいたけれど、まさかネイトを家まで送る為とは思わなかった。

家さえわかるならとこうしてはいられないと、私も早退してカラム隊長と一緒にネイトの家へ向かうことを決めた。一秒でも早く駆けつける為、ヴァルにも手伝って貰って超特急でネイトの家に向かった。

家に着いても玄関は鍵が掛けられていたけれど、耳を当てる必要もないくらい家の中から凄い物騒な音や怒鳴り声が聞こえてきて背筋がぞっとなった。

これはもう確実に彼が暴力を振るわれる域に達していると判断した私達は、ステイルにお願いしてネイトに提案した時〝一つ目〟の策へ移ることを決めた。伯父がまだ暴力や恐喝まではしていなかったなら彼の望む二つ目の方法のままにしたかったけれど、こうして暴力を振るわれて家に伯父もいる状態であるなら実行に移さない理由がなかった。

ステイルにお願いしてアネモネ王国にいるレオンと、そして彼の護衛の為に王居にいるエリック副隊長をつれて来て貰うことにした。あとはヴァルに伯父が家から逃げないように見張りをお願いして私とアーサーはネイトを保護しようということになったのだけれど。……その途端、家の中からネイトの凄まじい悲鳴が響き渡った。

「いやだ」と。本当に拷問でもされているんじゃないかと思うくらいの叫び声で、思わず聞こえた途端に心臓が止まった。扉には鍵が掛かっているし、窓を破るべきかアーサーに扉を蹴破ってもらうべきか考えたら




バキン、と。カラム隊長がドアノブごと扉を破壊した。




本当に、一瞬の躊躇いもなく。

〝怪力〟の特殊能力で最小限の破壊だけで済まされた扉は、見事にドアノブからその周囲だけが取り除かれたみたいにぽっかり穴が開いていた。

特攻する私とアーサーと違って、レオンが間に合うまでカラム隊長は伯父さんの前に姿を現さない手筈だったから中にこそ入らなかったけれど、その横顔は驚くくらい険しかった。口を固く結んだまま鋭くなった目と一緒に両眉が釣り上がっていて、全身から覇気ともいえる緊張感がピシピシと張り詰めていた。

アーサーも流石にこれには口を開けて驚いた様子だったけれど、そのままバタンとカラム隊長が扉を開いてくれればもうその他を考える余裕もなかった。体格の大きな男にネイトが踏みつけにされていたのだから。


一目見ただけでボロボロになって転がっていたネイトは血も滲んでいて、顔も涙でぐしゃぐしゃだった。額のゴーグルも割れて破片も床に散っていて、急いで駆け寄って抱き寄せれば床と一緒に服も湿って嘘みたいに冷え切っていた。

たった一日で信じられないくらい傷つけられたネイトを抱き締めれば私まで喉が込み上げた。もっと早くネイトがこんな目に遭っていると気付いて上げられれば、彼の家の場所を無理にでも聞いていれば、最初にもっと強く選択肢を迫っていれば、……もっと早く彼の記憶を思い出していられればネイトはこんな目にも遭わず済んだのに。

後悔しても仕方ないとわかりながらも止まらなくて、気が付けば声にも洩れていた。本当にカラム隊長が居なかったら取り返しの付かないことになっていた。


「本当に……カラム隊長、ありがとうございました」

泣き声が嗚咽に変わってきたネイトを羽織られた団服の下で抱き締めたままカラム隊長に顔を上げる。

本当にいくらお礼を言っても足りない。思わず泣きそうな顔になりながら見上げれば、小さく笑んだ後に無言で首を横に振ってくれた。

どうしてあんなに口を噤んでいたネイトがカラム隊長に家を教える気になったのかはわからないけれど、お陰でこうして間に合った。

ひっくひっぐと喉を鳴らすネイトは、最初より少し熱も戻っている。私に掴まる細い腕の感触に、それだけでほっとする。抱き締めた腕でカラム隊長と合わせるようにそっと摩れば、また少し嗚咽が強くなった。それでも少しずつ、気持ちを取り戻しているネイトを待ち続けながら今度はレオンへと視線を上げた。

アーサーが壁際に置いた椅子をレオンの方へ運び、勧めてくれる。急に呼び出してしまったにも関わらず滑らかな笑みでそれを受けたレオンは、ゆっくりと古びた椅子に腰を下ろした。もう用事は終わったし、ステイルに帰して貰うべきかしらとも思ったけれど、私の視線にすぐ気が付いたレオンは急ぐ素振りもなくにっこりと優しい笑みで返してくれた。小指だけをピョコンと立てて見せてくれる彼は、本当にこの時の為だけに駆けつけてくれた。


『一国の第一王子であるレオンに、こんなことをお願いするのは、本当に、本ッッ当に申しわけないとわかってはいるのだけれど……!!!!』


四日前、ネイトとの取引をと相談した時。同時にお願いしたのが、今回の〝一つ目〟だった。

当時、ネイトの特殊能力と彼が脅されて発明を作らされて借金の取立てに困っていることを話した時に。


我が国の法律は前世みたいに身内への暴力を取り締まれるほど行き届いてはいない。

キミヒカのゲームでそういう過去キャラが普通にいる所為か、それともただ時代が古いからか。無関係の子どもだったら大人が暴力を振るっているところを衛兵に見せれば取り締まっても貰えるけれど、身内だとなかなか越権しにくい。……いや、それは私の前世も同じか。ただこっちには児童相談所とかそういう機関もないから、余計に判明も救出もしにくいのが現実だ。

借金取りがただの闇金みたいな人だったらもっと簡単に衛兵に見回りを増やして貰うか取り締まりくらいで済んだ。けれど、仮にも親族だと〝家庭の問題〟という意識がまだこの世界は強い。だから騎士団や衛兵でも相手が身内である限り、介入は難しかった。

例え暴力を振るわれているかが判明しててもきっとすぐに対処は難しい。しつけと言われたらそれまでだ。しかも、ネイトは他人に伯父との取引を隠してたから余計に騎士や衛兵が伯父を捕まえるのは難しい。金融で正式な借用じゃなくて身内同士の貸し借りだから、余計にそれだけで取り締まるのは難しいからタチが悪い。

ジルベール宰相達に予知として話した時も、ネイトが暴力を振るわれていることこそまだ未確認だから話せなかったけれど、彼が借金取りに酷く脅されて無理やり発明を作らされ続けていることを話せば、今回の策にも頷いてくれた。


私が考えた方法は二つ。ネイトにレオンと取引をさせて借金を返還させるか、もしくは〝別件逮捕〟で伯父を強制的に逮捕するかだ。

ゲームでも伯父がネイトを手放したのは高額な金と引き換えにだし、彼の発明とレオンとの取引さえあれば可能だと思った。

その為にレオンへお願いしたのが、借金取りを捕まえる為にネイトの家に訪れて欲しいという旨だった。ただ、ネイトに協力して貰えるとしても伯父がいつ現れるかもわからないし、緊急になる可能性の方が高い。それを一国の王子に当日且つ今すぐ来てと言って瞬間移動で呼びつけるなんて不敬にもほどがある。

囮みたいな扱いだし、一般人相手でもかなり不躾で迷惑な頼みだ。困った時にいつでも何所でも駆けつけて助けてだなんて。しかも今朝書状を返してもらったばかりだ。

だけど私とステイルが正体を隠している間、ネイトと一番接点を持てるのは商売相手になるレオンが最適だった。彼ならネイトに発明を依頼しているという立場もあるし、発明を作らせる為にネイトを利用している伯父ならそれを知れば絶対に逆上する。レオンには怪我させないように騎士を護衛でつけることも前もって約束した。……といっても、レオン一人でも伯父相手に怪我させられるとは思わないけれども。

そしてレオンはその私からの無茶なお願いをその場で引き受けてくれた。ネイトの問題が解決するまではいつ呼び出しても問題ないように、アネモネ王国の国王にまで許可を取ってくれた。その為にレオンは今日までフリージア王国以外は国外にも出ず、ずっとアネモネ王国に留まってくれた。自分でも無茶なお願いだとわかっていたし快諾してくれた時は私の方が戸惑ってしまったくらいだけれど、それでもレオンは。


『なんだか、王子様みたいだね?』


……そう言って、本当に今日まで待ち続けてくれた。

困った時に颯爽と助けに現れて悪人逮捕なんて本当に王子様この上ない。実際、逃げようとする伯父を阻むように現れてくれたレオンは本当に格好良かった。

ネイトに交渉を握手を交わしてくれるところなんて、相手がネイトではなくアムレットだったら確実に恋に落ちるレベルの王子様っぷりだ。

レオンにも感謝しかないけれど、それを許してくれたアネモネ王国の国王陛下にも頭が下がる。大事な王位継承者の時間をがっつり許してくれたのだから。お陰でこうして作戦通り借金取りを逮捕することもできた。


〝王族〟は特別な存在だ。失言や手なんて上げればそれだけでも不敬罪に値する。


しかもレオンは我が国の同盟国且つ第一王女である私の盟友。そしてアネモネ王国の次期国王だ。

そんな大物に不敬を犯せば、簡単な処分では済まされない。今回は私からのお願いで敢えてレオンに乗って貰ったけれど、普通なら国際問題にも価する。前世に見たドラマで警察が公務執行妨害とか別件逮捕で捕まえるというパターンがいくつもあったから思いついた方法だけれど、……まさか来世で役に立つとは思わなかった。

流石に反逆罪までいくと極刑が免れないからとジルベール宰相にも話は通してある。城への裁判まで回されればそこから余罪の調査も入る。ネイトの家族に犯していたことだけでも充分に明るみになれば処分対象になるだろう。

ネイトの事情を聞いた時点でジルベール宰相はかなり怒ってくれていたし、きっと相応の処分を下してくれる。少なくとも二度とネイト家族に関われなくはなる。私達が罠に嵌めた分を差し引いても、ちゃんとネイト達家族の人生を踏み台にした分の償いはこの国の法で受けてもらわないと。越権しにくいだけで、相手が身内であろうと暴行も監禁も恐喝も我が国で犯罪には変わらない。それに、……ネイトへ突きつけていた借金や発明も。


「ジャンヌ、ネイトの着替えは私が手伝おう。怪我もまだ見たい。君は家の外で待っていて欲しい」


ネイトの嗚咽が落ち着いた頃、カラム隊長がそう言ってネイトを預かるように肩に触れた。

えぐえぐとまたしゃくり上げは残っているネイトだったけれど、自分で涙を拭う余裕はあった。いつものゴーグルを額に当てた姿でない所為か余計に幼く見える。手を緩めると、ネイトも私を掴む手をゆっくり離した。手の甲で何度も目を擦って、鼻を啜るネイトをカラム隊長が背後から支えてくれる。

今はカラム隊長の団服を羽織っているからけれど、これから全身着替えるのなら確かに私は家の外に出ていた方が良いだろう。十三歳とはいえ、男の子には変わりない。

わかりました、と一言返した私は服の皺だけ伸ばしながら立ち上がる。目を何度も擦っているネイトは唇を歪めたまままだ話せない様子だったけれど、一方的に私から「あとでね」と伝えて最後に頭を撫でた。わしゃっとつんつんとした髪が湿っていて思った以上に柔らかかった。

ネイトをカラム隊長に託し、私は一度家の外に出る。ステイルとアーサーも一緒に続いてくれて、レオンも音もなく椅子から立ち上がった。開けっ放しにされた扉を潜る前、もう一度だけ振り返ると両手で目を擦り続けるネイトに「もう大丈夫だ」とカラム隊長が優しい声で肩を支えていた。

その姿を、アーサーとステイルも同じように振り返って見つめていた。私と違ってなんだか遠いものを見るような眼差しだ。


「やっぱ、カラム隊長……すげぇ」

「……そうだな」


ぼそりと、二人ともお互いに目も合わせないまま溢し合った。

その後指先で頬を掻くアーサーと、前を向いたまま小さく微笑んだステイルはそれ以上何も言わなかった。


Ⅱ179-2

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ネイトが義足になるかどうかの紙一重だったと思うとゲームではこれに似たイベント……いや、事件は起きていたのだな
[気になる点] 法律ではなく王族の権威を使わないと解決できないのは歯痒いだけど新しくできた学校のルールと違って一国の法律の整備と施行は時間がかかるから仕方ないか。
[一言] 更新に読むのが追い付かず、やっとゆっくり読めました! カラム、カッコいいです♪頼りになる所と、迷いの無い所が♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ