Ⅱ223.さぼり魔は馬鹿にした。
ネイト・フランクリン。
父ちゃんと母ちゃんが認めてくれた、俺の名だ。
この世界は、みんな馬鹿だと思う。
ガキの頃からそう思った。誰が悪いとかそういうんじゃなくて、ただただ天才の俺と比べて馬鹿なんだと思う。俺が当然にできることが、他の奴らにはできなくてただ手を動かせばできるだけの〝工作〟も、誰もできない。父ちゃんも母ちゃんもできなくて、大人なのにできないのが子どもの頃はただただ不思議だった。
あんなに楽しくて簡単なことを皆がしないのもできないのも信じられなかった。外で遊ばないで引き篭もってばかりだと母ちゃんはいつも怒ったけど、父ちゃんは「天才だ」「すごいな」「俺とは出来が違う」「また何か作ってくれ」と喜んでくれた。
父ちゃんは俺より馬鹿だけど、優しいし良いところばっかみてくれることに関しては天才だった。母ちゃんだって口はうるさかったけど、俺が作ったものは全部褒めてくれたし部屋にも飾ってくれた。発想が良いのも、手先が器用なのも母ちゃん似だと父ちゃんが言っていた。口が悪いのも母ちゃん似だってその度に母ちゃんも笑ってた。
発明の特殊能力に目覚めた時もすげぇ喜んでくれたし、褒めてもくれた。……同時に、その日から工作じゃない俺の〝発明〟は、飾られずにこっそり部屋の奥に隠されるようになった。
その理由を知ったのは、「発明を伯父さんには絶対見せちゃ駄目」と母ちゃんに言われてからだった。
「困ってるなら俺が貸すぜ。水臭ぇこと言うなよ、フランクリンさん」
伯父さんは、母ちゃんの兄だった。
子どもの頃から乱暴で怠けてばかりだったと伯父さんを母ちゃんは嫌ってたけど、〝まだ〟俺は好きだった。月に一度家に来る度に「また背が伸びたな」「父ちゃんに似て男前だな」と褒めてくれたし、父ちゃんも母ちゃんの兄なのは違いないと言っていきなり家に来て酒と飯食べて帰って行っても嫌な顔一つしなかった。
もともと、父ちゃん一人でも生活はなんとかなってた。けど、ある日父ちゃんの仕事場の友達が金に困ったらしく、家にまで来て泣きついてきた。
大人のくせに玄関の前でわんわん泣いて父ちゃんに「頼む貸してくれ」「ひと月後には必ず返す」と言って縋り付いてきた。
父ちゃんは金を貸して、翌日にその人は消えた。
あんなに借りた時は「すまない」って何度も謝ってたのに、五年経った今も返しに来ない。生活も苦しくなって母ちゃんも働くことになって……伯父さんが、現れた。いつも世話になってるお礼にって父ちゃんにすごい量の金を貸してくれて、それで
〝利子〟というもので、またすぐに父ちゃんも母ちゃんも必死で働くようになった。
ガキの俺にはわからないけど、取り敢えず最初よりもっと凄い額の借金になったらしい。
その日から伯父さんは月に何回も昼夜問わず家に来るようになって、口癖みたいに「金はまだか」「利子だけでも払え」って怒鳴るようになった。借金してる間はこの家も半分自分のものだと言って、合い鍵まで作って勝手に出入りするようになった。
母ちゃんは嵌められたんだと言ってたけど、俺にはどうしてそうなったのかもわからない。
ただ、父ちゃんと母ちゃんが必死に働いているのが借金を返す為なのか、伯父さんの遊ぶ金の為なのかわからないくらい、いくら働いても借金は減らなかった。
俺も働きたかったけどガキだったし背も低いからどこでも門前払いされて、俺自身工作や発明以外できることなんてなかった。父ちゃんと母ちゃんが家を開けてる間に留守を守るくらいしかできなかった。……そんな時だった。
伯父さんに、見られた。
「すげぇじゃねぇかネイト‼︎お前は天才だ!こんなもんを作れる奴なんて滅多にいねぇぞ!」
借金の催促で伯父さんが家に来ることは何度もあったしその度に発明は隠してたけど、ある日うっかり片付け忘れたのを見られた。
てっきり怒鳴られるかと思ったら、伯父さんはすげぇ喜んでくれて褒めてくれて、俺もつい嬉しくなった。父ちゃんも母ちゃんも仕事で忙しくて、褒められることも久々だった。
他にも発明はないのかと言われて、母ちゃんとの約束があったからそれは首を横にした。すると伯父さんは俺に秘密の取引を持ち込んだ。
俺が発明を作れば、その分借金を減らしてくれるって。
発明を作れば作るほど、父ちゃんの借金が減る。
どれくらいの値がつくかは、一度売ってみないとわからない。けど利子の足しくらいにはなると。
この話は俺と伯父さんだけの秘密で、額は父ちゃんと母ちゃんにも秘密で少しずつ引いてくれる。母ちゃんは自分を嫌ってるし絶対反対されるからって。
一緒に父ちゃんと母ちゃんを喜ばせてやろうと言われて、俺も頷いた。
父ちゃんと母ちゃんとの約束があったから、俺も伯父さんに発明の特殊能力がバレたことは言いたくなかった。約束を破るのは悪い気がしたけど、俺の発明で父ちゃん達が少しでも早く自由になれるなら、それで良いと思った。
その日伯父さんは上機嫌で作ったばかりの俺の発明を持って帰っていって……それからだった。
伯父さんの態度が、変わった。
今まで、父ちゃんや母ちゃんに当たり散らすみたいに借金の催促をしていた伯父さんが、優しくなった。
「返すのはいつでも良い」「利子だけ払ってくれ」と言って、怒鳴らなくなった。にこにこと笑う伯父さんに、母ちゃんは気味が悪いと言ってそれでも働くのを辞めなかったけれど、父ちゃんや母ちゃんが伯父さんに怒鳴られなくなっただけでもほっとした。
代わりに、俺への当たりが強くなっても。
最初は、父ちゃんと母ちゃんの留守中に来ることが増えたくらいだった。
今日はどんな発明だ?何ができた?また売ってきてやるぞと言って、俺も言われるまま発明を伯父さんに渡した。
……そして、それが段々と怖くなった。
渡せば渡すほど上機嫌で帰った伯父さんが、段々と目の色を変えてきた。もっと作れ、早く作れ、新しいものを作れ、利用価値を考えろ、この前と同じものを十個作れ、もっと機能を高くしろ、使える回数を増やせ、でかいものを作れ、俺の言った通りのものを作れって。
俺は天才だけど、俺の特殊能力は万能じゃない。
一個作るのに最低限必要な時間はあるし、特殊能力の効果や回数は限度はある。手に収まる大きさじゃないと時間も手間も何倍も掛かって難しい。特殊能力だってなんでもかんでも発明が思い通りの機能になるわけじゃない。
それがわかる度に何度も伯父さんに説明したけど、何度も同じことばかり怒鳴られて挙げ句の果てには殴られた。伯父さんもやっぱり馬鹿だった。
腕や手を殴られると、発明を完成するのが余計に遅くなった。
顔を殴られると、父ちゃんや母ちゃんへの言い訳が大変だった。
伯父さんもそれは困ると分かってから、足や見えないところばかり殴られ蹴られた。
一度だけ、痛くて怖くて堪らなくて衛兵の詰所に駆け込んだ。
伯父さんに殴られた、殺される、助けてくれよと言ったけど、それは犯罪じゃなくて「家の問題」になるらしい。
子どもの俺より伯父さんの方が嘘も上手かった。笑いながら「コイツは最近ウソばかりつく」「妹夫婦が忙しくて寂しいんだろう」「小金を貸してる俺は催促するから嫌われてる」と言えば、そっちばかり信じられた。
結局、大人は大人の言うことしか信じない。〝法律〟は伯父さんから俺を助けてくれない。偉そうな制服を着て歩いてる衛兵も、法律を知ってる大人もやっぱり馬鹿だった。
結局、その日は伯父さんに連れ戻されて動けなくなるまで殴られた。父ちゃんと母ちゃんが帰ってきてもベッドから起きれず寝込み続けた。
いくつ発明を作っても、ちっとも父ちゃん達の借金は終わらない。伯父さんに俺の発明でいくらくらい借金が減ったのか聞いたけど、黙って作れと殴るだけで教えてくれなかった。
俺が作らないと、また父ちゃんや母ちゃんが怒鳴られる。
俺が作らないと、また殴られる。
俺が作らないと、借金が減らない。
発明が予定より少ないとやっぱり殴られるから、バレねぇように少なく見積もるようになった。
普通にすれば遅れねぇけど、伯父さんに殴られると暫く動けなくなるからその分だ。
お陰で遅れて殴られる数は減ったけど、おじさんの言われた通りのものを作れないとやっぱり殴られた。特殊能力に限界があると言っても馬鹿な伯父さんは理解しないし、だんだん留守を守るのも怖くなった。家に居れば伯父さんが来て、まだ出来ないのかと怒鳴られて、返事を間違うと殴られるからとうとう夢にまで見て魘された。
一人で家に居るのが怖くて、外に出た。
父ちゃんが大昔に旅行へ行く度に使ってたリュックは、もう古いし暫く旅行にも行けないから捨てようと言ったのを俺が貰った。何でも入ったから必要なもの全部詰めた。家以外ならどこでも良かったけど、……途中で見つかって三倍殴られた。
逃げる気はなかった、気晴らしに外に出たかっただけだと何度も伯父さんに言ったのに許してくれなかった。その理由は
「人に発明を見られたらどうする」「誰にもその能力は教えるな」「俺以外にその発明を見せたらこれぐらいじゃ済まさねぇぞ」だった。
家から出て作るのも許されなくて、伯父さんへの発明を止めるわけにもいかなくて、合間を見つけてはお守り代わりに〝逃走〟用も色々作った。
伯父さんが家に来たらこれでこっそり逃げて留守だったことにしよう、とか。
伯父さんに殺されかけたらこれを使って逃げよう、とか。
また怪我をして父ちゃん達にバレそうになったらこれを使おう、とか。発明をしながらの逃げ場所がなかったから、逃げる方法を必死に作った。外に出れなくても気持ちが楽になった。……結局使えたのは怪我を隠す〝絆創膏〟だけだったけど。
いくら伯父さんから一度は逃げられても、俺には家しか行く場所がない。ただ逃げるだけじゃなくて、発明を間に合わせないと殴られる。
父ちゃん母ちゃんを見捨てたくないし、伯父さんに発明を売ってるのも知られたくない。
一番好きだった家の中が気付けば牢屋みたいだと思った。父ちゃん達がいる時だけが安全で、いない時はいつだって怯えるしかなかった。
発明に縋って発明しないと落ち着かなくて発明に追い詰められて、……それでもやっぱり一番好きなのもこれだった。
そんなのが当たり前になっていた時だった。父ちゃんと母ちゃんが俺に提案をしてくれたのは。
「〝学校〟に行ってみないか」と。
……生徒以外〝絶対に入れない〟、そこに。
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