Ⅱ222.私欲少女は聞き、
「カラム隊長が⁇」
二限が終わった後、いつものように教室へ戻ってきてくれたステイルとアーサーの言葉に私は瞬きを繰り返す。
次の力試しをするのは昼休み後で約束したらしく、今回は教室に戻った時に誰にも追いかけられずに済んだ。誰よりも早く教室に戻ってきてくれるのはいつものことだけれど、今回は扉を開けた時から二人の表情が違った。今も「ええ」「はい」と言葉を重ねる二人の表情は深刻そのものだ。
二人の話によると、選択授業で校庭に出た時にカラム隊長をみかけたらしい。遠目からで姿しか確認できなかったけれど、ステイルの目からは尋常じゃない覇気がうっすらと、アーサーの目からは剣幕まではっきりと捉えられたらしい。
今まで騎士として毅然とした姿は何度も見てきたけれど、カラム隊長がそんな表情なんて想像もできない。それに任務中ならともかく、公私を混同させない人が生徒や教師の前で隠さないなんて相当だ。そして原因を考えるとすれば、恐らく間違いなく……
「ネイト、よね……」
恐る恐る動かした口からは予想以上に低い声が出た。
二人が同時に鉛のような重さで頭を縦に落とす。やっぱりステイルもアーサーも考えたことは同じだ。
カラム隊長が本来授業を担当しているのは二限と三限。それ以外は男子寮にいるネイトを見てくれている。二限前にそんな様子だったというのなら、間違いなく最後に一緒に居たのはネイトだ。一体どんなことをすればカラム隊長をそこまで怒らせることができたのかは想像もつかないけれども。
二人もそこまでは想像がつかないらしく、眉を寄せた顔のままだ。その様子から見ても、見間違いや勘違いの類とは思えない。
「とにかく寮に行ってみましょう。フィリップ、もうカラム隊長にはお願いしてくれているかしら?」
「勿論です」
既にカードを瞬間移動してその旨を伝えてくれていると頷くステイルに、私も笑みで返す。
カードを無事カラム隊長が受け取ってくれていれば、昨日と同じように寮で待っていてくれている筈だ。
先ずは待ち合わせをしているパウエルと合流して、それから男子寮に向かおう。念の為、先にステイルとパウエルにはお昼を食べていて貰っても良いかもしれない。流石に連日で食べ損わせるのは申し訳ない。カラム隊長のことを考えても、また論議案件になる可能性はある。
鞄を持ってくれるアーサーと、眼鏡の黒縁を押さえながら難しそうな顔のステイルと一緒に教室を出る。三人で話している間に男子達も校庭から戻ってきて、私達は入れ替わるように廊下へ出た。いつも私達より先に待っていてくれているパウエルを待たせまいと早足で渡り廊下へと向かえば
「……カラム隊長?」
あれ、と早めていた足を急速に緩める。
渡り廊下に辿り着いた途端、その先に立っていた人物に口が開いたままになってしまう。いつもはパウエルが佇んで待ってくれているその場所に、今はカラム隊長しかいない。どうしてパウエルがいないのか、そしてどうしてカラム隊長がいるのかと疑問が二つ同時に浮かび上がる。
ずっと窓の外を眺めていたカラム隊長の表情はやっぱりどことなく晴れない表情に見えた。でも今は落ち着いているようには見える。ぽつりとこぼした私の声より先に、気配で気付いてくれたカラム隊長は顔を向け、そのまま身体ごと正面を向けてくれた。
私達がここに来るのもわかっていたように視線を合わせ、ツカツカといつもの歩調より少し早い速度で歩み寄ってくる。
「すまない。昨日、パウエルからここで待ち合わせをしていると聞いたので待たせて貰った」
カードありがとう、と服のポケットから指で挟んで見せてくれたカラム隊長は、あくまで教師としての口調だ。
話し振りからしても、ステイルが待ち合わせ場所を変更したわけでもないらしい。普通に振る舞ってはくれているけれど、どことなく硬く見える気がする表情に手のひらが湿った。背後のアーサーから喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「パウエルには私から事情を話して今日は引いて貰った。勝手なことをしてすまないが、君達に〝確認したいこと〟がある。……少し場所を移させて欲しい」
言葉こそ柔らかいけれど、真剣な眼差しに私は勿論ステイルもアーサーも合意した。
つまり今すぐカラム隊長が私達に言いたい事があるということだ。代表として私から一言返し、カラム隊長の早足を追う形で背中に続いた。今こそ人通りは少ないけれど、生徒達が行き交う通路だ。ここではきっと公には話せない。
唇を結んでカラム隊長に引率されていけば、階段を降りて外に出てそのまま中等部の校舎裏でやっと立ち止まった。ここ最近でぐんと不良生徒の発生率が下がった此処なら確かに今は見回りの守衛や教師くらいしか現れないから秘密ごとには最適だ。
ピタリと足を止めたカラム隊長は、一度周囲を見回して周りに誰もいないかと気配を確認した。アーサーも同じように目だけで見回すと、最後にカラム隊長と目を合わせて頷く。私やステイルと合わせるように軽く首を回してみたけれど、気配らしい気配は感じない。居てくれている筈のハリソン副隊長すらやっぱり存在もわからない。
「こんなところまで本当にすまない。そして用件から言わせてもらう」
人目はないと確認し合った後も、あくまで教師口調のままだ。
単刀直入に話を進めてくれるカラム隊長に早くも身構える。口の中を飲み込み、前に重ねた手に指先まで力を込める。
ネイト関連なのはわかっている。わざわざ本人もいないところで話したいということは相当だ。
ステイルも押し黙ったまま言葉を待つ。ピリピリとした緊張が早くも背後のアーサーから伝染するように肩まで強張ってくる。前髪を指で一度押さえたカラム隊長は、そこでとうとう本題を私達へと告げた。
「ネイトが、登校していない」
……沈黙が、耳を駆け抜けた。




