Ⅱ221.私欲少女は進め、
「ッほらさっさと来いよジャック!校庭に出たら力比べ俺としろよ!」
「フィリップお前もだ‼︎もう一回さっきの付き合え!」
一限終了後。男女別の選択授業で、男子達に強制連行されるようにして教室から去っていく二人を私は見送った。
次の勝負は移動教室の後と約束していた彼らは、いちはやくアーサーとステイルへ黒星をあげるべく一限終了後すぐに急かしていた。アーサーだけでなくステイルまで男子にモテモテの姿を見ると、なんだか微笑ましい気持ちになってしまう。
いつものように「ジャンヌ!二限終わったらすぐ戻りますから‼︎」「ちゃんと待っていて下さいね」と念を押ししてくれる二人に手を振りながらも正直に顔が笑んでしまった。私の所為で面倒をかけているのはわかっているけれども、ああして彼らと仲良くしてくれるのは純粋に嬉しい。
二人が教室から去って行った後、入れ替わるようにアムレットが私の席に訪れてくれた。昨日、とうとう実力確認試験を全て解説し終えた彼女は、今日はプリントを持参していない。ペンとノートだけを持参して、意気揚々と正面の席に腰を下ろした。
「ジャックもバーナーズもすごい人気だね」
「ええ。私も自分のことみたいに嬉しいわ」
本当は私のうっかりをカバーする為にの勝負事なのだけれども‼︎
そうは思いながらも言葉を飲み込む。アーサーは前からずっと大人気のままだったけれど、今朝ステイルと勝負をしていた女の子達も移動教室の所為で去ってしまったことが残念そうだった。以前に女の子相手に容赦ないフラグ叩き折りをしたステイルも、暗算勝負をするようになってからまた親しみやすさが増したと思う。
もともと社交会では同性異性関わらず支持も人気も高いし、勝負するくらいなら丁度良い距離感で話せるからステイルも肩の力が抜けるのだろう。……アーサーは常にゼロ距離だけれども。
アムレットが私の言葉に、ふふっと悪戯っぽく笑いながら返してくれる。「自慢?」と嫌味無く声を潜めて尋ねられ「そうね」と返せば、次の瞬間には顔を見合わせてお互い笑ってしまった。なんだかアムレットとの会話ってすごく落ち着く。
勉強を教えるようになったあたりからは特に。最初はゲーム関係者どころか主人公だしと緊張したけれど、今は本当に気の置ける友達だ。彼女自身すごく大人っぽいからその所為もあるかもしれない。
「良いなぁ……ジャンヌはあんな風に仲良くいられて」
「アムレットの方も良いお兄さんだと思うわよ。凄く想ってくれているもの」
「想い過ぎよ。それに……」
やんわりとエフロンお兄様のことを言えば、アムレットがちょっとだけ唇を尖らせた。
机に頬杖をつきながら言う彼女に、まだどうやら喧嘩中なのかなと思う。途中で口を噤んだ彼女はその後は首を横に振って話を止めてしまった。
彼女達の事情を少し聞いてしまった身としては、相談に乗れればと思うけれど無理に深入りできない。今までだってアムレットは全く話題にしなかったもの。ゲームとの齟齬とか他にも色々気になることはあるけれどここは首を振る彼女に従う。つま先だけにぐっと力を込めた私は意思を汲むように話題を変えてみる。
「今日は何を勉強しましょうか。アムレットは今までの授業でわからなかったところとかある?」
「!あ、うん。でも今回は私よりも先にファーナム兄弟の方を優先してあげて。今までずっと私ばかり教えて貰ってたから」
ありがとう、とそれからすぐに笑って返された。
きっと今のは話を逸らした部分も含まれているのだろうなと思いながら、私も言葉を返す。やっぱり優しい子だ。
確かに二人も今までの授業で気になるところもあるだろう。それにクロイなんて前から自分のノートを持参してたくらいだ。今までアムレットの方を優先した分、きっと今日こそはと思っているだろう。
そう思いながら、二人で扉の方に目を向けているとちょうどファーナム兄弟が現れた。「ジャンヌッ!アムレット!」と飛び出してくるディオスと、その後ろに続くクロイだ。今回はクロイだけでなくディオスもしっかりとにノートを小脇に抱えていた。明るい声で挨拶をするアムレットに続き、私からも声を掛ける。
「おはよう。ディオス、クロイ。ちょうどアムレットと話していたところよ。二人とも勉強会したいところとかある?」
「「あるよ」」
元気な声と平坦な声で差はあったけれど、二人の言葉がぴったり重なる。
もうここに来る前からどこを勉強したいかは相談済みだったらしい。二人ともお互いの言葉が重なったことにも全く気にせず、いつも通りに私とアムレットの隣にそれぞれ腰を下ろした。
揃った動きでノートを捲り、私達に見えるように机に頁を開いて見せる姿は流石双子と言いたくなる。姿もそっくりな二人だけれど、やっぱり同調から離れても言動は重なることが多い。……ただし、二人がそれぞれ見せてくれたノートを見ると苦手分野は当然ながらバラバラだった。
こういうところも性格が表れるなぁと思いながら、二人の示す箇所をアムレットと一緒に確かめる。選択授業はクラスによって受ける順番もバラバラだけれど、必須科目だけは大体学年ごとに同じペースだ。クラスの違う私達だけど、見ればちゃんと授業を受けた覚えがある内容だった。
「ディオス、は読解で……クロイは法律かぁ。なんか意外。二人とも実力試験の方を解説してくれた時は凄く説明上手だったのに」
「あれは全部ジャンヌ達に教わった範囲だったし。言っとくけど僕もディオスも入学した時は絶対君より馬鹿だから」
アムレットの言葉をあっさりと切り捨てるクロイに苦笑いしてしまう。
確かに最初の頃は文字を書くことすら難しかった二人だから、そうなのだろうけれども。淡々と言ってしまうクロイに反してディオスはちょっとだけ恥ずかしそうに笑っていた。頬を指先で掻きながらへへっ、と笑う仕草は可愛らしい。
はっきりと自分を下のように言うクロイと、敢えてその言葉を否定しないディオスにアムレットの目は丸くなった。今や学年主席と次席にそう言われても信じられないところが大きいだろう。僅かに口まで開いてしまうアムレットに、ディオスは笑いながら言葉を繋ぐ。
「授業でもわかるはわかるんだけど、やっぱり一回の授業だと納得行く前に終わっちゃうから……。先生も聞いたら教えてくれるけど忙しそうだし。クロイと家で勉強しても、ノートを見直すと同じところで躓いたり先生の説明が思い出せなかったり」
「先生も教えるのは上手だけどね。少なくともジャンヌやフィリップより。……先生はあんなに最初から最後までしつこく付き合ってくれないけど」
ディオスに続くクロイの言葉に、一瞬だけ矢が刺さってから抜ける。
教えるのが専門職の教師より劣っているのは当然だけど、最後に呟くように言ってくれた言葉を聞いたら自然と頬が緩んだ。なんというか頑張って教えた努力がまた報われた気持ちになる。後でステイルにも帰ってきたら話さないと。
ディオスもそれには同意を示すかのように、にこにこと笑いながら「だからここ教えて!」と問題を指差した。促されるままにディオスの問題を見れば、アムレットが「あ、これなら」と口を開いた。
「ここは確か先生が二段落目に目をつけろって言っていたと思う。ほら、ディオスのノートにも書いてあるここの文章。これが二段落目の文章で……」
「あー、確かにそんな感じだったかも。ディオス、自分で書いたのに何に使うか忘れたの?書く意味ないでしょ」
「ックロイだって思い出せなかっただろ!」
アムレットの解説に、クロイも身体ごと前のめりになってノートを覗き込んだ。
容赦ないクロイの言葉に歯を剥いて噛み付くディオスだけど、ちゃんとメモをしていただけ偉い。今は手元にノートだけで資料で配られた本がないぶん記憶頼りが大きいから余計に。……たぶん、この文章を書き写している間に教師の説明を聞き逃しちゃったのだろうなぁと思う。
「でもどうして二段落目で⁇」と更なる疑問が生まれるディオスに、アムレットが「この主人公の心情が……」と説明を始めてくれる。私が聞いていても納得できる、丁寧な説明だ。
ディオスがうんうんと目を輝かせて説明を受ける中、今度はクロイが私の方に自分のノートを指し伸ばしてきた。
「僕のも。ここの法律だけど、結局何が言いたいのかわかんない。ディオスに聞いても大まかだし、解説して」
そういって見せてくれたノートには、やっぱり法律の内容を一部だけじゃなく前後分もそのまま書き写したものがあった。……うん、確実にディオスと同じ流れで教師の説明を聞き逃したパターンだ。
二人とも今は特待生だし資料になっている本も無料で貸し出しできるけど、やっぱりいつでも確認できるようにしたいという真面目な部分が出ているなと思う。こうして解説する側としては、暗唱しないで言い分が書いてある方が親切で助かるけども。
「先ず掻い摘まんで言えば、殺人は違法。だけど正当防衛や事故ならばいくらか罰が緩和される場合もあるという内容よ。相手から身を守る為とか、我が国だと特殊能力の暴走とかも場合によっては当てはまるわね」
「それはディオスも言ってたしわかる。けど、この言い回しが意味不明。~ない場合に限り、~も対象にならざるをえないとか。偉そうでイラッとする」
つまりは理解できる言葉に訳してという意味だ。
硬い文章だとどうしてもそうなるわよね、と笑いそうになりながら返す私は、最初の一文から説明することにする。きっと何度か目を通せば慣れると思うけれど、彼らにとってはまだ英語を日本語に直せくらいの感覚なのだろう。内容を理解してるなら試験に問題ないんじゃないかとも思うけれど、彼らは将来セドリックの部下を目指しているから余計にこういう固い正式文書を理解したいのかもしれない。
自然と私はクロイ、アムレットはディオスにそれぞれ解説をしていく流れになる。
「ジャンヌも頭良いけど、アムレットも頭良いよね!苦手な科目とかないの?」
一足先に理解を終えたディオスが、投げかける。
アムレットの解説はすごく丁寧でわかりやすいと喜びながら尋ねる彼に、アムレットも苦笑しながら肩を竦めた。
もちろんあるわ、と続ける彼女の言葉に私も耳を傾ける。




