ご馳走し、
「良いのかい?僕まで貰ってしまって」
勿論よ、とプライドは満面の笑みでそれに返した。
弁当作りを決めてから、その為に定期訪問も今日を希望したのはプライドの方だった。食材自体レオンの提供である以上、作った大量の弁当を彼にもお裾分けするのは当然だ。昼前になり早めの昼食にもちょうど良い時間帯に、プライドが侍女に持ってこさせた弁当は王族であるレオンに渡すべく上等な布が巻かれていた。
プライドが近々料理をすることは聞いていたが、まさか自分にまで作って貰えるとは思っていなかったレオンは包みを開ける前から顔が綻んだ。既に温さはなかったが、手に取った瞬間の重量感にそれだけで胸が鳴る。
テーブルへ置き、さっそく蓋をあければそこには今まで見たことのない昼食の集大成が詰められていた。右半分には、ジルベールの屋敷でのパーティーでも振舞われた豚肉料理や揚げもの、花形の人参に巻いた卵。左半分には前回は握り飯で提供されていた白米がびっしりと敷き詰められ、そしてその上には。
「…………船、かい?すごいな、よくこんな綺麗に象れたね」
切り象った海苔で見事に表現された船と波の模様だった。
更には白と黒を彩るかのように、その周囲を彩るいくつものピンク色の模様を見ればそれだけでレオンの笑みに紅がさした。滑らかな笑みに色香がふわりと小さく纏えば、自分に向けられる前からプライドの肩がどきりと揺れる。
初めてのお弁当大作戦に気合が入りまくってしまった所為で思いきったことをしたが、後から少し女の子っぽ過ぎたかしらと後悔していたから余計に緊張が張り詰めていた。しかし目の前で嬉しそうに翡翠色の瞳を緩ませてくれるレオンを見ると、大正解だったと思う。
この黒いのも食べられたよね…?と一緒に添えられたフォークで海苔を突いてみるレオンに小さく笑ってしまう。自国で輸入輸出を取り扱うレオンも、武器の扱いならば全て手に取り習い把握はしているがプライドから頼まれて仕入れた〝海苔〟は、試食してみた時から正直使用用途のわからない品だった。殆ど無味に近く、あの国の人間は相当な薄味好きかと思ったほどだ。色も暗く地味な上、お世辞にも単体で美味しそうには見えなかった。
「海苔の模様は全部ティアラが頑張ってくれたのよ。私はピンクの方で精一杯で……」
本当の本当に!!と、心の中で叫びながらプライドはテーブルの下で拳を握る。
ティアラの女子力チートによって前世のデコ弁を素人平均並みには再現することができたプライドだったが、自分がやれば一発で海苔が真っ二つに裂けてしまった。ピンクの模様についても、自分一人では大事故を起こすのではないかと心配だったが、ティアラから「お姉様のご提案ですしお姉様がなさった方がきっと気持ちも伝わると思いますっ」と言われれば逆らえない。
結果、震える手でスプーンを握り慎重に一回二回と白米の上に乗せていくだけであればなんとかそれらしく象ることができた。スプーンを使って自分にできる可愛い模様は思い付く限りその形が最善手だった。それ以上手を込ませれば確実に弁当箱全てに散らばりピンクになると確信があった。
綺麗な海苔の船模様に至っては、逆チートがかかっていない前世の自分であろうともあんなに精巧且つ上手にできなかっただろうとプライドは思う。まるで切り紙のプロかのようにティアラはいとも簡単に作りたい形を形成させてしまったのだから。
「おかずをたくさんはあまり詰められなかった代わりにこっちで気持ちを詰めてみたの!……どう、かしら……?」
弁当箱に詰められる量は限られている。しかも味が混ざらないようにバランスも考えれば、そう作ったすべてのおかずを詰め込められるわけもなかった。
しかし折角配るのであれば、おかずの分華やかさを足したい。そう考えた結果が前世で学んだデコ弁だ。
交易で国を栄えさせているアネモネ王国らしい模様に、ピンク色の女の子らしい模様。そして残り半分にはメインとなる肉料理や野菜が詰め込まれたそれは初めて見るレオンには一種の芸術かなと思えた。
複数の皿で完成されるコースと違い、一か所に集約されているというのがまた面白い。更には肩を丸めて自分へ上目に覗いてくるプライドを弁当と共に視界にいれてしまえば
─ 可っ愛いなぁ……。
そう思った瞬間、口元を片手で覆ったレオンはぽわりと頬に赤みが差した。思わず手で隠した口元が直後にこの上なく緩んでしまっているのを自覚する。
この小さな箱の芸術料理をプライドが姉妹で作ったということも愛らしい。更には船の模様も流石ティアラと言えるほどに精巧ながら可愛らしい丸みの帯びたフォルムに、そして桃色の飾り模様。そして一口大のおかずが彩りよく並べ立てられこの一個一個を自分の為にやってくれたのかというだけで嬉しくて仕方がない。
しかもそれを作ったことを楽しそうに「気持ちを詰めてみたの!」と宣言され、最後は不安げに細い眉を垂らすプライドが可愛くて仕方がない。これを彼女が作ってくれた姿を想像するだけで脈打った。
突然口元を覆うレオンに、王族相手にお弁当独特の香りは駄目だったかしらとプライドは心配で胸を押さえた。出来立てや皿に盛られた状態なら香りも問題ないが、ある程度冷ましてから閉じたとはいえ籠った弁当の匂いが苦手なタイプも居たと前世を思い出す。
「あ、あの、無理に食べなくても大丈夫よ。見かけだけでも楽しんでくれたら……」
「え?ううん、そんなわけないよ。プライドがティアラと作ってくれたものを食べないわけがないじゃないか。ただ食べるのがもったいないなぁって思って。……でも美味しいうちに食べないとね」
フフッ、と笑いながらも絶賛して褒めてくれるレオンに、プライドも身体が擽ったい。
嬉しそうに笑うレオンの中性的な顔が、男性ということを忘れるほど可愛くて綺麗だった。上機嫌の笑みでフォークを手に取るレオンはやはりすぐに船を潰してしまうことも勿体なく、メインをフォークの先で刺した。一口大サイズの肉料理は切り分ける必要もなく、そのままぱくりと小さなレオンの口に収まった。
「…………うん。こっちは辛目の味付けだね。ピリッとしてすごく美味しいよ」
こくんっと口の中を空にしてから一言最初の感想を告げるレオンに、プライドもほっと息を吐いた。
良かったわ、と言いながらレオンの食事を邪魔しないように一つ一つおかずの説明をする。これは貴方が取り寄せてくれたあの調味料で、こっちは意外に簡単で、それは隠し味にと説明をするプライドの話を背後に控えるアーサーとエリックも口を閉じたまま真剣に耳を揃えた。自分達の弁当箱にお同じおかずが詰め込まれているのを知っていれば、プライドの説明を思い浮かべながら食べたいと思ってしまう。
プライドの解説に一つ一つ味わいながら口へと運ぶレオンは、とうとう船模様にも手をつけた。海苔部分と米を一緒に食べてみれば、意外と上手く調和している。更には、ピンク色の粉末を仕入れたと話した時からプライドが目を輝かせていたが、まさかこんな使われ方をするなんてと思い、そして確かに美味しい。
ケーキやお菓子に使いそうな見かけと味だったが、米と一緒に食べると甘く口の中に広がって口直しにもなる。だからおかずは反対の味付けにしたのかなと考えながら、口の中が躍るようだった。
食べながらはなるべく会話はしないようにしているレオンだが、今はプライドの語ってくれる料理の解説に口を空にしたらすぐ返答したくなる。「特にこれが気に入ったな」「予想しない味付けで驚いたよ」と、様々な国の食材を口にしてきたこともあるレオンからの言葉にプライドも目を輝かせた。
最後に米粒一つまで残さず綺麗に食べ終えたレオンが口元をナプキンで拭えば、プライドも胸がほくほくと温かかった。
「どれが一番気に入ったかしら?今度また作る時の参考にさせて」
また作ってくれるのかい?と両眉を上げながら尋ねるレオンは、少しだけ首を捻る。
どれが、と言われれば全て美味しかったというのが正直な感想だ。王族として舌が肥えているレオンだが、それとは別に初めての調理方法や食事方法はどれも新鮮で比べるものもない。郷土料理や異国の名物を口にした時と同じように、純粋な良し悪しだけの世界がそこにはあった。
更にはプライドが作ってくれたという事実だけで、高級料理にも匹敵する美味しさだったとレオンは思う。そしてその中で、今回どれが一番自分の舌を蕩けさせたかと考えれば……。
「…………プライドが嬉しそうに語ってくれた笑顔かな」
その瞬間放たれた妖艶な笑みに、プライドはぶわりと色香に襲われ熱が上がった。
直後に「なんてね」と悪戯っぽく笑うレオンに、顔が赤くなってしまったことを自覚するプライドは汗で化粧が崩れていないか確認するように思わず数本の指先でまとめて自分の顔にあちこち触れて確認した。レオンの色香に当てられたが大部分だが、自分とティアラのお弁当を褒めてくれただけでも嬉しいのに、レオンが言うように自分がそんなに燥いでしまっていたのかと今になって気付く。
レオンの色香が止んでも今度は自分のことが恥ずかしくて汗を流すプライドは、最終的には自分で自分の顔を手で扇いで冷ました。
「あと、あのハンバーグも美味しかったな。大きさはともかく知っていた料理なのに、冷えたのも旨味が詰まっていて美味しかったよ」
顔を可愛らしく染めるプライドにも、気付かない振りをして話を続けるレオンは改めて弁当箱の蓋を閉じた。
さっきまで食べる自分に解説ばかりで全く食べていないプライドに、「お茶のお代わりも頼もうか」と投げかける。
それを受け、プライドが専属侍女のロッテにお茶と茶菓子をと伝えれば早々にティーセットが運ばれてくる。レオンが冷たいお弁当を食べるのに自分だけが温かなランチを食べるのもと、プライド自身の希望で今日の菓子は昼食も兼用だった。
「こういう風に料理を詰め込む容器っていうのも面白いし便利だね。民には良いかもしれないし、今度の交易で専用になるような物がないか探してみようかな」
「!本当?私も今回良い容器がなかなか見つからなくて大変だったから、もし見つけたら是非私にも紹介してくれると嬉しいわ!」
勿論だよ、とレオンは彼女の言葉に滑らかに笑んだ。
その時もまた自分にも作ってくれるんだなと少しだけ打算的にも考えながら、次の貿易で早速探してみようと決めた。
……
「?ステイル、今日はそれが昼食か」
昼時になり、扉を鳴らした侍女から昼食と紅茶のおかわりをテーブルに置かせたヴェストはステイルが机に置いた箱に目をやった。
朝食や夕食と違い、昼食はその時々で形態も変わりやすい。余裕がある日であれば王宮の食堂や自室に料理を運ばせ、ステイルであればプライド達と食事をするべく彼女達のいる宮殿まで足を運ぶ。しかし最近は公務で忙しく、ヴェストもステイルも摂政の執務室で食事を摂る日が続いていた。
「姉君とティアラが昼食を作ってくれたそうです。毎日サンドイッチで済ませているとこの前つい話してしまって」
そう言いながら肩を竦めるが、反して顔は笑んでしまう。
ただでさえ忙しい自分がちゃんと食べられているか心配してくれた結果だが、まさかそのお陰で姉妹の手料理を食べられるとはと嬉しい誤算だった。書類を汚さないように自分用の机からヴェストと同じテーブルの前に移動し、包みを開く。鼻歌をまじえたい気持ちを抑えつつ、叔父にもどんな素晴らしい出来か披露するように弁当箱の蓋を開けてみせれば
「‼︎⁉︎‼︎ーーーーッッ⁉︎」
バチンッ‼︎‼︎と、慎重に開けていた蓋を途中で速攻閉じた。
紅茶のカップに目を向けていたヴェストも、突然の音に顔を上げる。食事のマナーとしては褒められない音を立てたステイルに眉を寄せれば、ステイル本人からも言葉で指摘されるよりも先に「失礼致しました」と早口が出た。
固く蓋を閉じたまま、一瞬でも確認できてしまった模様にステイルの顔が熱くなる。ティアラだな⁈とも思ったが、プライドもプライドでやりかねない。二人からの悪戯か天然かと考えながら、蓋を今度は斜め自分側にそっと開けた。ヴェストからは見えないように細心の注意を払い、もう一度確認する。
美味しそうなメインが詰められ、そして残り半分には黒いシートで「おつかれさま」の文字。そして桃色の……
「〜〜っ……」
今すぐにでも米表面を掻き混ぜて隠したい気持ちと、勿体無い気持ちが均等にせめぎ合う。
どちらにしろ蓋を開けないと中身が食べられない。蓋をこまめに閉じながらの食事もヴェストに不振がられるのが目に見えている。今も蓋を押さえたまま赤らめた顔で固まるステイルに「早く食べなさい」と落ち着いた声が掛けられた。
数秒だけ息を整え、そしてとうとう蓋を開く。もう隠しても無駄だと、表情を無にできる限り抑えながら明らかにするステイルの弁当にヴェストもすぐに両眉があがった。メッセージの代わりに船の形はないが、レオンと同じく桃色の甘い粉により
米の至るところにハートマークが散りばめられた弁当を。
「……あの子達らしい。味わって食べなさい」
「はい……」
敢えて深くは触れず、溜息一つで流してくれたヴェストに感謝をしながらステイルはフォークを強く握った。
なるべくハートは視界に入れないように海苔文字の「おつかれさま」にだけに意識を絞り、おかずを取る。
……その気持ち自体は嬉しいと、心から思いながら。
明日も更新致します。




