そして私欲少女は思い出す。
「んなこと良いから早く教えてくれよ!!一週間以内に絶対仕上げてみせてやるから!!」
挨拶不要のネイトに、私も苦笑いしながら少しだけ腰を折る。
失礼ながら私より小柄のネイトにこちらから顔を近付けさせてもらう。彼が発明の特殊能力をどこまで人に知られて良いと思っているかはわからないけれど、一応私達側からは念には念を入れた方が良いだろう。
私に合わせてアーサーからの腕が緩まり一歩分上体を前のめりにして、耳を近付けてくれたネイトにこそこそと声を潜めて説明する。昨日、ジルベール宰相達にも太鼓判を押して貰えた発明品案だ。
私が耳打ちし始めてから唇を結んで難しい顔をしながらも黙して聞いてくれたネイトは、聞き終わればすぐ私から顔を離した。
「……そんなの本当に売れるかよ⁇」
ガツン。ぐさりと。
あっさり駄目出しされ、少なからず心にダメージを受ける。……そう、そうよね万人受けする物なんて世界に存在しない。あくまで昨日は全員身内受けしただけのようなものだもの。
皆優しいから贔屓目に見て貰った部分も当然ある。いやでもこれは私の前世でも大ヒットしたしキミヒカの世界でも普及した世界線のシリーズがあるから大丈夫な筈!ともう一度自分を奮い立たせる。ここで私が折れてたらネイトも納得してくれるわけがない。
ちょっと落ち込んでしまいながらも、すぐに持ち直し「ええ、きっと!」と力一杯拳を握って力説する。
「きっと喜んで頂けると思うわ。私だって欲しいと思うし、周りの人も会ったら良いなって言っていたもの」
「俺は全然要らねぇけど。そんなのよりもっと使えそうで派手なのねぇの?」
「…………。……今日中に考えるわ……」
両断されてしまった。
無念。だけど、こればかりは主導権はネイトにあるから仕方が無い。
がっくしと肩を落とした私は、ごめんなさいと謝りながら息を吐く。無理にここで押し通して本人に納得のいかないものを作らせても質の悪いものが出来上がってしまったら意味が無い。
間に立ってくれていたステイルが、何か説得をしてくれようとしたのか口を開いたけど途中で止まった。その前にとネイトの教室を身体の角度を変えるようにして覗き込み時間を確認すると「ジャンヌ」と一声掛けられた。どうやらもう時間が無いらしい。
「役に立たねぇなー」と後頭部に両手を回して呆れたように言うネイトに、次の瞬間アーサーが腕を素早く動かした。
何かと思ったけれど、ネイト自身を背後から庇うような動きに多分またハリソン副隊長の攻撃を恐れてくれているんだろうなと思う。
アーサーからの意図が伝わったのか、それとも最初から収めてくれていたのか今回はナイフが降ってくることはなかった。気付かれないようにほっと息を吐いた私は、胸に手を当ててから本題へと移ることにする。
「あとね、ネイト。実はさっき職員室を通りかかった時に偶然聞いてしまったのだけれど……」
再び腰を曲げ、ネイトにひそひそと再び耳打ちをする。
一応まだ教師からネイトは言い渡されていないし、公表も見てないだろうから公に言ってしまうのも憚れた。
今度は自分から耳を近付けてくれず欠伸をするネイトに私から前のめりに語りかける。既にジルベール宰相によって手を回されているであろう彼の一週間の停学処分について、できるだけ穏便に伝わるように言葉を選ぶ。
最初の一文で既に「は⁈」と声を上げたネイトは、自分からまたグイグイ耳を近付けてきて、最終的には口をあんぐり開けてしまっていた。
停学処分、だけでは彼もしっくり理解できないから私からなるべくわかりやすくかみ砕いて説明する。話し終わって私から顔を引いた時には、彼の顔色はかなり青くなっていた。
「ッど、どうすんだよ⁈学校にも入っちゃいけないなら俺何処に行けばっ」
「落ち着いて、大丈夫よ、大丈夫だから」
思った通り慌てふためきだしたネイトに私は意識的に落ち着かせた声でゆっくりと繰り返す。ステイルも応戦するように「それを聞いたジャンヌが既に手を打ってくれている」と言葉を重ねてくれた。
その途端ピタリとネイトの口が閉じる。目を強く開いたまま私に尋ねるように視線を向けた。説明を求める眼差しに合わせ、安心させるように私からも笑顔で返す。
私の友人から寮の空き部屋を借りれたこと。一週間だけなら綺麗に使えば好きにしていいこと。その鍵も預かっているし、案内役もお願いしていることを順立てる。
「だから、朝の授業前に教師から停学処分を受けたら一度中等部の昇降口で待っていて。そしたら」
カラム隊長が……と、続きを言おうとする前に、ネイトの声で上塗りされてしまう。
おおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおっっ!!と、全身を震わせながら唸るような声を上げるネイトは目がキラッキラッしていた。マジか!!と直後には叫び、ゴーグルを額まで上げるとまた私の眼前まで飛び込んできてアーサーの腕に止められた。それでも今度は全く引く気配もない。
「すっげぇええ!!お前最高かよ!!そこならつまり邪魔も入らずやり放題ってことじゃねぇか!!本当だよな!?冗談なら今のうちだぞ!!」
うん、いえ、喜んで貰えて良かったわ、本当よ、とネイトの勢いに若干押されながら言葉をぶつ切りに返す。
さっきからオンとオフの起伏が激しい。でも寮での作業自体は受け入れられたことは本当に良かった。もしこれも駄目だしされてしまったらとりつく島もない。阻むアーサーの腕を上から掴みながら、目を輝かせるネイトに胸の前で両手の平を開いてみせる。落ち着いて、落ち着いて、と動作だけで訴えれば、目のきらきらだけで前のめりだけは止まってくれた。息が若干上がっているネイトに、今度こそ続きを話す。カラム隊長に鍵は預けているから彼と合流して寮へ行くこととそして定期的に様子を見に来てくれることを伝えれば、興奮しきっていたネイトがまた「えー……」と声を低めた。完全にカラム隊長、という一点への感想が顔に出ている。けど、すぐにまた「ま、いっか」とリュックの紐を握り直すネイトは調子を戻してくれた。足し引きしても寮で発明する時間を得られる方が勝ってくれたらしい。……本当にありがとうファーナム姉弟さん。
「じゃあ取り敢えずは俺は俺の作業してるから。それまでにちゃんともっと良いの考えろよ?じゃないと一週間が遠のくだけだからな!」
ちょっぴり偉そうに顎を高くする動作に、大分ご機嫌だなと笑ってしまう。
今から別のをか、ともっと複数案を考えておけば良かったと心の底で後悔する。取り敢えずジルベール宰相とステイルが言ってたように娯楽や生活系と提案だけでもしてみたけれど「それじゃあ思いつかねぇよ」「もっと具体的にくれねぇと」とやっぱり駄目出しが入った。彼自身が決める気はないらしい。まぁ昨日彼の発明一号二号に駄目だしをしたのは私達の方だから仕方が無い。いっそ、彼が今まで作ったことがあるものを全部羅列してもらって決めた方がいいだろうか。でも、彼は新しいものを作りたそうだし……。
「傘とか程度じゃなくてもっとすっげぇのを作ってやる!!」
「いや、あの傘もすげぇ発明っすよ」
盛り上がるネイトの言葉をアーサーが一言で切る。
気合い充分のネイトを押さえながら放つ落ち着いた声にネイトもピタリと言葉が止まった。やっぱりネイトは自分の発明がとんでもないのはあまり自覚がない。天才って自分で言うわりには天然で作っちゃう辺り恐ろしい。アーサーの言葉に、拳を握って力説するポーズのまま固まる彼は直後にまた声を
「……へ?」
……荒げなかった。
ピクッ!と大きく肩を揺らし急に薙いだかのように力の抜けた声になる。
あれ?と思って見直すと、ネイトの視線は顔ごとがっつりアーサーの方へ向いていた。様子の変化にステイルも僅かに眉を寄せる。
アーサーも突然の違った反応に丸くした目で見つめ返していると、再びネイトが口を開いた。
「……すげぇ?」
「⁇すげぇ、です」
ネイトのオウム返しに訳が分からないように目をぱちくりさせながらアーサーが頷く。
すると何故そんなことを聞き返すのかと言わんばかりのアーサーの眼差しに反し、ネイトの顔がみるみる内に緩んでいった。端から綻び、ふにゃりと緩んだ口になったと思えば僅かに血色も良くなった気がする。狐色の目の奥が金粉でもあるかのように光り出して、顔全体がどこからどう見ても嬉しそうな表情に形成されている。……あれ、そういえばこの子。
「すげぇって、俺⁇それとも俺の発明⁇」
「両方っす。あの傘の細工だけでも普通じゃ考えられねぇですけど、傘で宙に着地できるってそんな発明今まで見たことも聞いたこともねぇですし。今回売るのにはちょっと、ってとこはありますけどアレはアレですげぇ物だと思いますよ」
二度目の聞き返しに丁寧に答えるアーサーへ、ネイトの視線が釘付けになる。
息を引くように肩が上がっていく様子に、ステイルの黒縁眼鏡の奥が僅かに光った。確実にネイトの変化に気付いている。頭の中で確実に彼の性格分析をしているのだろうと思う。
そうだった。ネイトはゲームでもわりとすぐにアムレットと仲良くなって、それで三年後でも変わらず少年らしい性格で
「まっ……!!まぁあ?!そりゃあ俺天才だし?!あれくらい大したことねぇけど!!もっともっとすげぇの作れるし⁈あんなの本当に俺にはちょちょいのちょいで……!!」
『ばっ馬鹿!褒めても何もでねぇぞ⁈』
『仕方ねぇなぁあ〜今回だけだからな!』
褒められるのに弱い、お調子者だった。
以前にゲームの彼で思い出した台詞が再び頭に巡る。
そういえばゲームでもアムレットとわりとすぐ仲良くなったのってこんな流れだったような……。
ネイトの反応だけ見ると、何だかゲームのワンシーンを見ている感覚に思わずこの場で顔を覆いたくなってしまう。
そうだ、今まで彼の辛い場面ばかりに気を取られていたけれど、もともとゲームではこういう子だ。そして、ゲーム前の悲劇が起こる前からそうだったのだと今思い知る。
その間もネイトは自慢げに胸を張って僅かに火照った頬で笑っている。誤魔化しているつもりだろうけれど、確実に照れている。
真正面からそれを向けられたアーサーだけがまだわかっていないようにキョトンとした顔でネイトに返していた。「そうっすね」「期待してます」とそのままの言葉を返しているけれど、もう今はネイトもそれだけで嬉しいらしい。お花まで見えてきそうなネイトの姿にそれを観察していたステイルは
……すっごく悪い笑みを浮かべていた。
あ、これは。と思うより先に肩が上下した。
何か思いついたその笑みの後、またステイルがいつものにこやかな表情に戻っていく。それでも僅かに黒い気配を感じるけれどそれ以上に「ええ、それはもう」と明るく抑揚のつけた声が怖い。
お花が背後に見えるネイトに対して、こっちは背後にジルベール宰相の影すら見える。パチン、と両手を一度叩き、それに注意を向けたネイトへ笑い掛ける。
「本当に素晴らしい発明でした。鍵の方は褒められたものではありませんが、傘の方もあんな発明は見たこともありません。きっと貴方ならどんな発明でも神がかった一品に仕上げてしまうのでしょうね」
にこやかなステイルのその笑みに、アーサーの顔が若干引き攣っていく。多分彼の意図がわかったのだろう。
代わりにネイトの方は今までステイルに向けたことのないキラキラな目だ。唇を一度結んでも力が入りすぎて口端だけが緩み出す。ぽっぽと血色の良くなる顔と、目が落ちそうなほど丸く開かれていく。
するとその間を計ったようにステイルが笑顔からがっくしと肩も眉を落として見せた。
「けれど残念です。貴方でもジャンヌの提案した発明は流石に同様の素晴らしい発明として昇華させることはできないのですから」
は、はぁ⁈と、次の瞬間ネイトが声を荒げる。
機嫌が一気に急降下して火が出そうな彼に「そんなことねぇし」すら言わせない。全く構わない様子でステイルは言葉を続ける。
「見てみたかったです。貴方みたいな〝希代の天才〟があの程度の提案からどれほど買い取り相手をあっと言わせる〝素晴らしい〟物を作るのか。あの傘を見ても、絶対貴方なら僕らには〝想像もつかない凄いもの〟を作れてしまうのでしょうし。ジャンヌの提案を〝最高〟の発明にできるのは〝天才〟な貴方にしか無理ですから」
落として上げるの荒技まで追加された。
ピクッピクク!!と肩を揺らすネイトの唇がまた結ばれる。限界まで見開かれていく目からの視線が真っ直ぐとステイルに突き刺さる。にっこりと社交的な笑みだけで小首を傾げて見せるステイルはそこで口も完全に閉じた。
チェックメイトと言わんばかりの笑みに、もうこの後の展開が予想できてしまう。そして
「しっ、仕方ねぇなあ⁈そこまで言われたらっ……まあ⁈俺ならそんな下らねぇもんでもすっげー発明にできるし⁈今回だけは試しに作ってみてやる!そりゃあもうお前らが驚くくらいのにしてやるよ‼︎」
さっきまで言っていたことと百八十度変わり、凄まじい乗り気で快諾された。
腕を組み、鼻高々に顎を上げて自慢げに笑うネイトは隠しきれていない喜色満面の笑顔だ。ぽかんとするアーサーをよそにステイルが「本当ですか?それは楽しみです。ですよねジャンヌ、ジャック」抑揚のつけた声で私達に振ってきた。
そうね⁉︎と裏返りそうな声を抑えて返せば、アーサーも続くように「楽しみにしてます!」と勢いをつけて返した。もうここまで来ると完全にステイルの独壇場だ。
すると、まるで勝負決着のゴングのように予鈴の鐘が鳴った。その音にはっと顔を上げたネイトは、「じゃあ楽しみにしてろよ‼︎」と手を振ってから教室へ飛び込んでいった。わくわくと顔を輝かせた子どもらしい笑顔の彼に手を力なく振り返す私は、なんとも不出来な笑顔になってしまう。
「では俺達も教室に戻りましょうか」
はい……、と促すステイルに従い、私達も教室へと向かうべく足を動かした。
にっこりと気持ちの良い笑みを向けるステイルに、きっと彼も上機嫌なのだろうなと思う。階段を上り始めた時「まさかあんなに簡単に籠絡できるとは思ってみませんでした」とぽつりと零した。
きっと時間が無いと確認していたし、後で時間を掛けてじっくり長期戦で説得しようと思ってくれていたのだろう。ただ、……あまりにもネイトが最短で落とせる方法が目の前に転がった途端流石行動が早かったなと思う。背後にジルベール宰相が見えたのは黙っておいてあげよう。
「…………あ」
今度は歩き出してからずっと無言だったアーサーが思い出したように一音をぽかりと零す。
何かまた気がついたのかと、私とステイルで一度登る足を止めて振り返れば僅かに開いたままの口をゆっくり動かした。
「そういやぁ、今まで俺ら一度もアイツを褒めたことなかったっすね……」
怒るか叱るか説得するかばっかで、と。
そう言うアーサーに、思わず私は苦笑いを浮かべてしまう。ステイルもそうだったと言わんばかりに眼鏡の黒縁を押さえつけて軽く俯いた。……確かに、そういえばそうだった。
敢えて言えば折りたたみ機能を褒めた時くらいだろうけれど、あの時は彼が褒めて欲しいところとズレた感想になってしまった。きっとそれまでは彼にとって意味不明で口うるさい上級生だったのだろうなと思う。
「……最初から機嫌を取る方向にすれば話も早かったな……」
反省するように声を低めるステイルの黒い言葉に、私も枯れた笑いしか出なかった。
まさかゲームの設定で思い出してたのに気付きませんでしたとは言えるわけもない。
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