Ⅱ171.私欲少女は理解する。
「に、してもパウエルもでっかくなったよなぁあ!昔っから俺よりでかかったけど今じゃそれ以上だしよ!!」
ははははは!!と爽快に笑うフィリップ……さんが、突如としてパウエルの背中をバシバシ叩く。
自分の話から居心地悪そうにしていたからか、話題を変えた途端一気にまた彼の熱が飛び上がった。意外に話すのは好きでも自分の話は別らしい。
彼の懐かしむような視線にパウエルも少し照れたように首の後ろを摩った。
さっきよりちょっと調子が戻った様子のフィリップさんに私もなんだかほっとする。けれどアムレットは自分の腰に手を添えると「もうっ」と困り眉でお兄さんとパウエルを見比べた。
「兄さん。話に逃げる度にパウエルをからかうのやめて」
「逃げてねーっし!懐かしいなぁあ。あんなオドオドしてた奴がこんな立派になっちまってよお!」
エフロンお兄様、本当にまるでパウエルのお兄ちゃんみたいだ。
……うん、この先心の中では兄ちゃんと呼ばずともエフロンお兄様と呼ばせてもらおう。この方がずっとしっくり来る。
エフロンお兄様に背中を叩かれ、そのまま肩に腕を回されるパウエルが照れたように頬を指で掻いた。「まぁそんなこともあったけど」と虫の息レベルの小さな声で言うパウエルはお兄様からも私たちからも目を逸らした。視線の逃げた先は偶然か、それとも思い出してかステイルの乗っている馬車の方向だった。佇んでいるアーサーと、そして少し手前のセドリックやアラン隊長達とも目があったのか、ぺこりとそこで頭を下げた。
そんな彼らの様子を眺めながら私は考える。
ステイルが接触を嫌がるのも当然だ、と。
思い出話に花を咲かせるエフロンお兄様達に曖昧な相槌を打ちながら、思考の一部では全く別なことへ頭を高速回転させていた。
ステイルが今まで、どうしてあんなにもアムレットと接触を嫌がっていたのか。てっきり過去の関係者だからとしか考えていなかったけれど、今はもうこれ以上推理する必要すらない。原因はアムレットではなく、このお兄様だ。
フィリップ・エフロンお兄様。
まさか第二作目主人公のお兄様とステイルが知り合いだったなんて。年齢も同い年だし、きっと親しい間柄だったのだろう。しかも見たところなかなか妹さんに過保護らしい。ステイルもティアラや私に対して心配性なところはあるし私も二人に甘いところはあるかもしれないけれど、それでもやっぱりお兄様のこれは過保護の域なのだろう。
初めて目にした時のお兄様の姿を思い出す。校門前で守衛の騎士に止められて、大声でパウエルを呼んだお兄様。おじ様の格好をしていたしてっきりあの時は生徒の父親あたりかなと思ったけれど、まさか十八歳になる青年だったなんて。……まぁ、言動は明らかにおじ様とは思えないものばかりだったけれど。特にあの
『いや‼︎‼︎それは俺もやる‼︎‼なんたって︎俺は兄ちゃんだからな‼︎‼︎』
てっきり何かの冗談かと思った。どう若く見積もっても生徒に妹がいるお歳には見えなかったし。
恐らくあの時にステイルが咳込んだのも、おじ様の冗談に驚いたのではなくエフロンお兄様だとわかっちゃったからなのだろう。さっきも同じ台詞を言っていたし、声とか話し方に覚えがあれば余計に姿を変えていても気付く可能性はある。少なくともきっとステイルは彼が特殊能力者ということは知っている。
お兄様が妹であるアムレットに過保護なのも。
こんなに良い子で可愛いアムレットにお兄様が過保護になる気持ちはすごいわかる。
そしてきっとステイルはアムレットの存在を確認した時から彼女と友人レベルまで親しくなったら遅かれ早かれお兄様チェックが入ると読んだのだろう。現に、もうアムレットといつも一緒にいるお友達の子二人とは面識があるみたいだし。しかも今回はアムレットに勉強を教えるというポジションになった私にまで正式にご挨拶までしてくれちゃった人だ。もしこれでステイルがアムレットとお友達になったら確実にステイルにもお兄様は接触しようとしてしまう。そして、……多分ほぼ確実にステイルは正体がバレると踏んだのだろう。
二人がどれくらい仲良かったのかは知らないけれど、少なくともステイルが養子になった時に自分を差し置いても庇いたかった兄妹で、しかも仮の名を語る時に思いついた名前だ。どう考えても浅い関係とは思えない。それに何よりこうしてお話しただけでもこのエフロンお兄様
「ほらっ!もう約束は守ってくれたし兄さんは帰って良いから。お仕事に遅れちゃうわよ?」
「大丈夫!兄ちゃん今日はこの後の仕事全部休み取ってきたから!!この後アムレットの寮に引っ越しの荷物運ばねぇといけねぇし」
「えっ。待って兄さんそれはパ、パウエルが手伝ってくれるから平気って私言ったのに」
「いや兄ちゃんもやる!パウエルだって小間物行商んとこの休んでくれたんだから!なんたって俺は」
兄ちゃんだからな!!と、またあの決め台詞が飛び出した。
もしかして口癖なのだろうか。それなら余計にステイルがあの時彼の正体に気がつけたのも頷ける。
エフロンお兄様の発言に、アムレットとパウエルは同時に肩を落として溜息を吐いた。……そういえば校門で昼食を渡した時も老紳士エフロンお兄様、お迎えに来るとか何とかで譲らなかったような。
「今度こそアムレットが褒めまくる噂の友達に挨拶したかったからな。その為なら兄ちゃん、一時間でも一晩でも休みもぎ取るぞ!」
「そんな休みが取れるならお願いだからもっとちゃんと身体を休めて……」
額に手を当てて俯くアムレットは、気のせいか大分疲れた様子だった。
うん、このお兄様かなりがっつり関わりたがるタイプのお方だ。さっきアムレットも「人より煩くて面倒でしつこくて暑苦しくて馴れ馴れしいところはある」とか言っていたけれど、本当に人と関わることを薄くしたくない人なんだろうなと思う。コミュニケーション能力としては体当たり手法という意味でセドリックに近いものがあるかもしれない。
疲れたアムレットを気遣ってか、パウエルが一度彼女を覗き込むと肩に回されたエフロンお兄様の腕をそのまま掴み、引っ張った。「じゃあさっさとやろうぜ」と声を掛け、退場するように促す。
「一度フィリップん家に荷物取りに行かねぇといけねぇし、ジャンヌの連れの奴は体調悪いんだからさっさと帰させてやってくれ」
「おお!そういやあそうだった!!ごめんなジャンヌ!心配だよな!あ、じゃあせめてあっちの銀髪の子だけでも最後に挨拶してから帰る!」
!!まさかのアーサーへ飛び火?!
さっきまでステイルを避難させたまま馬車の前に付いてくれていたアーサーにぐるりとエフロンお兄様が方向を切り替える。ぐいぐいと猪のように真っすぐアーサーの方へ向かえば、パウエルも一緒に引きずれられてしまった。
「もう良いから!!」とアムレットが声をあげるけれど、お兄様は「ちょっとだけちょっとだけ」と言って全く止まらない。この人絶対前世だったら夏休みに立入禁止区域とか躊躇わずに入っちゃうタイプの人だ。
アーサーも自分の方に向かって来るのにすぐ気付いたらしく、ぎくりと肩を上下させた後に馬車を背にして向き直った。これ以上はステイルに近付かせないぞという意思がはっきり伝わる。
目がちらちらと別方向に向いては、こちらへ足を進ませる距離を計っているようだった。アーサーの視線の先を私も追えば、校門を守る守衛の騎士だ。……どうやら騎士の視界に入らないようにしたくて、私の元に戻れなかったらしい。私はアムレットやお兄様がちょうど遮ってくれる位置だから良かったけれど、背の高いアーサーだと確実に騎士から横顔が見えてしまう。校門から出たばかりの位置で立ち止まったのがだめだった。
まぁ駆けて間に合う位置にアーサーもアラン隊長もエリック副隊長もハリソン副隊長も控えてくれているから、私も安全的には問題がないのだけれども。パウエルやお兄様に驚いたからとはいえ、もっと場所を見つめ直すべきだったと反省する。
アーサーも、ステイルをパウエルからまで近付けさせないようにしたのはエフロンお兄様とパウエルの関係をわかっていたからかなと思う。あそこでパウエルがステイルを引き止めたら、確実にエフロンお兄様も「お?!パウエルの友達か?!」と食いついたもの。そう考えるとやっぱりステイルはアーサーには事情を話していたんだなぁとわかる。流石は大親友。
「じゃ、ジャックごめんなさい。バーナーズをずっと待たせちゃって……。こちら私の兄のふぃっ……」
「フィリップさん、すよね。大丈夫です、うっすらとですけど聞こえてました。自分こそ挨拶が遅れて申し訳ありません。ジャック・バーナーズです。ジャンヌ達と親戚です」
よろしくお願いします、と。
兄に代わりに平謝りするアムレットを受け、馬車から三歩ほど前に出た位置で立ち止まったアーサーがエフロンお兄様を迎えてくれた。
Ⅱ18
明日は更新を休み、明後日木曜日に特別話を更新致します。