Ⅱ148.騎士は迎える。
「お誕生日おめでとうステイル」
「お誕生日おめでとう兄様っ」
いつもと、少し違う朝。
ステイルの部屋前で、プライド様とティアラが並ぶその背後に俺が立つ。隣にはエリック副隊長も並んで、近衛兵のジャックさんも側に居た。極秘視察から名前を借りているせいか、最近はジャックさんの名前を聞くと時々妙な気分になる。
近衛騎士の任務でプライド様を部屋の前で待った俺達は、すぐに扉前に居たジャックさんから「既にお待ちです」と部屋にいるプライド様の元へ通して貰えた。毎年この日、必ずプライド様は俺達が来る前に身支度ができている。
朝の挨拶を終えた頃にはティアラもいつもより早く来て、スキップ混じりに部屋の扉をくぐる。機嫌が良い理由は大事そうに抱えている包みを見れば聞かなくても明らかだった。
俺達とティアラが部屋に集まってから「行きましょうか」と言うプライド様も専属侍女のマリーさんが棚から取り出した包みを受け取り、大事そうに両手で抱えていた。
ティアラもプライド様も、ステイルの誕生日には必ずと言って良い見慣れた姿だ。
ステイルの部屋へ向かう時もずっと笑顔で、楽しみが抑えきれねぇみたいにティアラはプライド様の腕に片手でしがみついた。零れるような二人分の笑い声を聞くと、護衛中のこっちまで釣られそうになる。
口元が少し緩むのを引き締めるようにしながら、ステイルが出てくるのを待つ。衛兵が部屋の中にいるステイルにプライド様達が来たと伝えれば、やっぱりステイルもすぐに扉を開けさせた。
まァそうだろうなと思いながら見据えれば、プライド様とティアラが朝の挨拶より先に声を合わせた。背後に可愛らしい包みを隠してステイルに向くのが背後にいる俺達には丸見えだから可愛くて、また笑いが込み上げた。視線が一応そこに向かないように意識して唇を絞りながら、俺もステイルへ目を向ける。
「ありがとうございますプライド、ありがとうティアラ。」
二人に順順に礼を言いながら笑んだステイルは、プライド様に頭を下げた後ティアラの頭を撫でた。
昔は結構分かりにくかったツラだけど、今じゃ誰にでもわかる緩んだ顔だ。そのまま照らし合わせるように二人が背中に隠していた包みをステイルに手渡せば、余計にまた綻んだ。
ありがとうございます、と驚きこそしなかったけど緩みきったその顔にプライド様とティアラも嬉しそうに笑顔を返した。
傍にいる侍女の手を借りながらその場で一個一個丁寧に開けて確認するステイルは、部屋には入らず扉の前のままだ。昔から何故かステイルは滅多に自分の部屋に人を入れたがらない。俺だってステイルの部屋に入ったことがあるのは一回だけだ。ティアラもプライド様も普段は入らないこの部屋の出入りが許されるのは、コイツの護衛と侍女くらいだと思う。コイツらしいと言えばコイツらしい。
プライド様達の背後から贈り物を確認すれば、中身は例年通りだった。俺も、そしてエリック副隊長達も近衛騎士としてこの場に何度か立ち会って知っている。ティアラからの贈り物も、プライド様からの贈り物も嬉しそうに顔を綻ばせるステイルは一つ一つじっくりそれを眺めていた。
ティアラのコサージュは今年も綺麗な花で、やっぱり今年プライド様に贈ったの髪飾りと同じ花だった。そしてプライド様は、正直毎年少し意外だ。すげぇ豪華で綺麗な仕様だし、毎回プライド様らしいものを選んではいるけれどこの人ならもっと別の……、とか思っちまう。
だけど、受け取ったステイルが毎回すっっっげぇ嬉しそうなのを見ると〝正解〟なんだろうなと思う。最初の頃は笑ってることくらいしかわからなかったけど、表情に出してよく笑うようになってからは余計にそれがステイルには嬉しいもんなんだとわかった。
一度だけそれをどうするのか聞いたら、笑みだけで返された。俺に言わねぇってことはそれがそのまま返事なんだろうと思ってそれ以上詮索しなかった。ただ、プライド様から貰ったもんならなんでも喜んで大事にするコイツにとって、アレは特に特別なもんだということだけは確かだ。
「本当にありがとうございます。部屋に一度保管してきますね」
少し待って頂いても宜しいですか、とステイルの言葉にプライド様とティアラは揃って返した。
外した包みを侍女に預けたステイルは、潰れないように二つの贈り物を重ねて持つ。二個一緒でも片手で持てる大きさのそれに、添えていた反対の手をステイルは空にする。そしておもむろにその手を、……俺に突き出した。
「「…………」」
お互い無言だ。
わからないんじゃない、わかった上で無言で俺に手のひらを向けるステイルはプライド様達に向けたとは違うにっこりとした腹立つ笑顔だし、俺も俺で言いたいことがわかっから聞かない。
プライド様とティアラも毎年のことだから苦笑いの表情で、何も言わずにステイルと俺を見比べた。エリック副隊長ももう知ってるから、笑いながら背後で俺の背中をポンと叩いた。それでもすぐ出すのも気が引けて、返事の代わりに見返す。そしたら今度は、さっさと出せと言わんばかりに掌を更に俺の方へ突き出してきやがった。コノヤロウ。
〝用意してあるんだろう?〟と。自信満々の笑顔を向けられれば、俺も出さざるを得なくなる。
毎回毎回出す機会を振ってくれるのは助かるけど、折角の誕生日祝いなのにどうして俺だけこんな取り立てみてぇな渡し方にされちまうのか。相棒の誕生日くらい、もっとちゃんと祝ってやりてぇのにこっちの気も知らなねぇで。
これじゃあ「おめでとう」の一言も言う隙がない。
とうとう観念して懐を探った俺は用意していたそれを鷲掴み、突き出された手の上にそのまま乗せた。
「ン」
「ん」
一音だけで受け渡しを済ませれば、満足にそれを確認したステイルは「では、一度部屋に置いてきます」と何事もなかったように扉の向こうへ消えた。
扉が閉められてからティアラが「今年も喜んで下さって良かったですねっ」と声を跳ねさせる。そうね、と返すプライド様も嬉しそうだ。
エリック副隊長が潜ませた声で「今年も同じものをお贈りしたのか?」と聞いてきた。一言で肯定したら、それ以上は聞いてこない。エリック副隊長はプライド様やティアラと違って、俺がステイルに何を渡しているかまでは知らない。誕生日祝いってことだけは流石にバレちまってるけど。
昔は二人で稽古する時とか誕生日に近い日に渡してたけど、近衛騎士として当日にも会えるようになってからはプライド様達と一緒に朝渡すようになった。……っつーか、隙を見て渡そうと思ってたら今日みたいに朝一番に催促してきやがった。贈物を俺が懐から出した時の、ステイルの予想通りと言わんばかりのしたり顔は一生忘れてやんねぇ。
今思えば、俺が近衛の任務が午前になるように指定された時点であいつの計算通りだったんだろう。それからもずっと、ステイルの誕生日は前半に俺が近衛になるように指定されている。
カラム隊長やエリック副隊長の前で贈り物出させられる俺の身にもなれと思う。実際、初めて懐から出した時はエリック副隊長の時も、そして別の年のカラム隊長の時も、……去年はアラン隊長にもとうとう見られた。
カラム隊長がボルドー卿として丸一日休みをとってたから、いつもは組まないアラン隊長と一緒だった。それまで一度もステイルにプライド様達がプレゼントを渡すのを見たことがなかった人だからそれを見せることができたのは良かったけど、これでハリソンさん以外全員に俺までバレたと思うとすげぇ恥ずかしかった。普通に考えて、王子であるステイルに俺が直接贈物っつー時点でおかしい。……ただ。
『似てるか気になるならこれでも掛けとけ』
あれから何だかんだ気に入ってくれていることは嬉しい、と思う。
プライド様もティアラも、ンでステイルも俺が贈る品は安上がりなもんばっか望んできて、でも俺から貰うものならそれが一番嬉しいと言ってくれる。渡せば本気でそれを期待していたって顔して喜んでくれる。
ステイルだって、あんな受け取り方するくせに一度も文句をつけてきたことがない。
王族なんて皆もっといい品だって山のように手に入るし贈られる筈なのに、それでも俺からの品を家族からもらったものと同じくらい大事にしてくれる。
「お待たせしましたプライド、ティアラ」
少ししてまた扉が開かれた。
機嫌良さそうに出てきたステイルに、プライド様とティアラも笑顔で迎える。行きましょう、行きましょうかと三人で食堂に向かい歩き出した。
いつものプライド様を真ん中にじゃなく、二人にステイルが今は挟まれている。肩がぶつかるほどくっついて隣を歩く二人に、少しだけステイルが自分から肩を狭めてる。例年通りティアラが「昔みたいに手を繋ぎましょうかっ」と悪戯っぽく笑いかけると、プライド様が返事をする前に「いや大丈夫だ」と早口で返した。冷静な口調だったけど、動揺を誤魔化すみてぇにまだ馴染んでいない眼鏡の位置を指先で直してた。
たった今新調したばっかの眼鏡だ。
Ⅰ428.50




