Ⅱ133.勝手少女は呆気を取られる。
「おまたせしてごめんなさいディオス、クロイ、ヘレネさん。ちょっと家を抜け出すのが大変で」
就寝時間を過ぎてから私達はジルベール宰相の協力の元、十四歳の姿で彼らに会いに来た。
扉へノックを鳴らせば、すぐにディオスもクロイも揃って迎えてくれた。部屋で休んでいたというファーナムお姉様も「こんばんは」と出てきてくれて、玄関からディオスとクロイの背後で顔を覗かせてくれている。
私からの挨拶にファーナム姉弟は、私やステイル、アーサーよりもその背後の大人三人に目を丸くしてからペコリと頭を下げた。挨拶を終えた後、首を窄めたディオスが潜ませるような声で私に問いかける。
「えっと、……もしかして僕らの所為でジャンヌ達外出させたから、……その人達は、僕らへ怒りに……?」
ごめんなさいと今にも謝りそうなほど肩を硬らせて怯えるディオスに私は慌てて「そんなことないわ!」と両手を振った。
怒るもなにも、今回は彼らに呼ばれたのではなくてむしろ私達が夜分にお邪魔している方なのだから‼︎
背後に並ぶエリック副隊長とアラン隊長に振り返り、示す。エリック副隊長は一回顔を合わせたこともあって、慣れた笑顔を向けてくれているし、セドリックの護衛として二人と顔見知りになっているアラン隊長も「よっ」とまるで近所のお兄ちゃんのような親しみのある笑顔で三人に笑いかけてくれている。
少なくとも騎士様は怒っていないわ!と全力でフォローに訴えれば、今度はステイルが一歩前に出た。
「驚かせてしまい、すみません。夜中に出かけると言ったら、エリック副隊長も付いてきてくれると言ってくれて。ちょうどアランさんも明日は非番だということで付き合ってくれました」
流れるようにエリック副隊長とアラン隊長と私達との関係設定を簡単に説明してくれる。
エリック副隊長の家にお世話になっていてアラン隊長が親戚で、……。まさかその上、物陰にはカラム隊長とハリソン副隊長まで張ってくれているとまでは言えないけれど。
今ステイルは一度でも自分をいれて大人六人瞬間移動できているのだから凄い。ゲームではそんな大人数を一度に瞬間移動させた場面なんてなかったのに。元々優秀な特殊能力者のステイルだけど、移動距離と正確さのみならず可能重量も凄まじい。
全員の説明を終えた後、ファーナム兄弟の視線はアラン隊長へ完全に突き刺さっていた。
「えっ、ジャンヌ達の親戚……⁈セドリック様の騎士様が⁈」
「怖いよ。だから、君の血筋に普通の人はいないの?それにあっちの人は」
「ディオスちゃんクロイちゃん、こちらの騎士様ともお知り合い?」
……アラン隊長はセドリックじゃなくて私の近衛騎士なのだけれど!と全力で突っ込みたい。
でも、まさかセドリックに付いていた騎士が身内なんて世間が狭すぎると思ったのだろう。そうでなくても王弟の護衛を任されるような騎士が身内なんて聞いたら驚くのも当然だ。
実際は、アラン隊長と私達の誰も血は繋がっていないし、さらに言えば私の血縁者イコール全員王族だから本当に一般人は一人もいないのだけれど。
妙に鋭いことを言って来るクロイに顔が引き攣りながら、なんとか笑って誤魔化す。ファーナムお姉様の方は、今朝セドリックとセットでアラン隊長に会ったことは覚えていないらしい。……無理もない。あのギラギライケメンなセドリックに迫られて卒倒するほどびっくりしていたのだから。
ステイルからそういう理由でアラン隊長の部下であるエリック副隊長が私達の面倒を見てくれているのだというところまで話した後、ファーナム兄弟からは明らかに怪訝な顔で見られてしまった。なんだかここまで嘘で塗り固めると仕方ないとは言え、気がひける。
嘘が苦手なアーサーもどう言えばいいのかわからないように唇を絞ったまま肩に力がこもっている。うんうんそうそうと軽々と話を合わせてくれるエリック副隊長とアラン隊長のお陰でなんとかステイルのペースに合わせられている状態だ。
アラン隊長とカラム隊長の口から、騎士団長にも秘密裏に私の夜のお出かけ大作戦は報告された。
カラム隊長曰く頭は抱えていたらしいけれど、近衛騎士全員を連れていくことと、指定の時間までには近衛騎士全員が騎士団長のところへ私が無事帰還したことを報告に来ることを条件に了承してもらえた。……結果、見事に時間が限られた。
ここまではステイルの瞬間移動で私達は同行者の皆と一緒に直接近くまで移動したけれど、騎士団長の門限は厳しかった。移動を抜いて一時間もない制限時間に、アラン隊長達には「申し訳ありません」と謝られてしまった。いやもちろん外出を暗黙して貰えただけでありがたいのだけれど‼︎
一応、今回の企画をした張本人であるステイルが「そんなに時間は掛からないと思うので」と言ってくれたし、大丈夫だろうと思いたい。
ファーナムお姉様からの「弟達がいつもバーナーズさん達にはお世話になっています」という丁寧な挨拶に近衛騎士二人が返す中、ステイルはとうとう「ところで」とファーナム兄弟に本題を切り出した。
「お伝えした通り、荷物は纏めておいて下さいましたか?」
『帰ったら今夜までに大事な物を全て纏めておいて下さい。全て、ですよ』
今日の昼休み終わりにステイルが二人へ言った言葉だ。
まだ私もアーサーもステイルの真意は聞いていない。尋ねても「ただのお祝いですよ」の一点張りだ。
ディオスとクロイはその言葉にそれぞれ頷くと、大事なものは全部居間に纏めて置いてくれたと言って家の中まで促してくれる。けれど、ステイルはそれを手だけで止めると「ここで」と、中に入るのを一度断った。
「運ぶのが大変でしたら手伝いますが、一度家の外に出して貰えますか?」
「……別に平気だけど。でも、何する気?悪いけど僕らここ離れる気ないから」
「え⁇クロイ、それってどういうことだよ?」
ステイルの謎の指示にとうとうクロイが一刀をいれる。
ディオスがわからないように目を丸くして弟とステイルを見比べる中、私もクロイが言いたいことを理解する。一人頷けば、アーサーが説明を求めるように私を見た。アラン隊長とエリック副隊長もわからないようだ。……まぁ二人は詳しくなくて当然だろう。
特待生特典の一つ、〝寮の無償化〟
なるほど。その為に〝連れてきた〟なら、ステイルの行動も納得いく。
自分の正体と一緒に特殊能力を隠しているステイルだけど、そうすれば簡単に荷運びも済むし一晩で楽々引越し完了だ。
私からアーサーだけではなく背後にいるエリック副隊長達にも聞こえるように改めて特待生制度の特典を話す。するとファーナム兄弟の背後にいたお姉様も納得したように小さく頷いた。だけど、ディオスは「えっ」と声を漏らしたまま一歩引いてしまった。
「いや、僕らは……ごめん。確かに、寮の方が綺麗だし学校にも近いしここより治安も良いけれど……」
すごく申し訳なさそうにか細い声を出すディオスは、そのまま背中まで丸くなった。
ほらね、とクロイが当然のような表情で肩を竦めてみせるけれど、ステイルはそれでも一歩も引かない。眼鏡の黒縁を軽く押さえた後、少し考えるように頭を傾けた。悩んでいる、というよりも次の一手を考えているだけの様子だ。
数秒だけ沈黙が流れた後、ステイルは結論付いたのか顔の角度を戻した。真っ直ぐにクロイ、ディオス、ファーナムお姉様に顔ごと目を向けた後、くるりと最後に私達の背後へ振り返ってからまた正面を向いた。
「居間に荷物は纏めてあるんですよね?」
入りましょう、と。
えっ⁈と私が思うくらいにあっさりと、ステイルは彼らに確認を取ると同時に足を前に出した。
ちょっと、と言いかけるクロイとディオスの腕を潜り、ぽかりと口を開くファーナムお姉様にどうぞお先にと先頭を譲りながら進むステイルに私達も続く。「話聞いてた⁇」とファーナム兄弟もステイルの背後に続くから、その二人を私達も追いかける形だ。
前に訪れた時よりも飾りや置物が減った広くない廊下を歩きながら、ギシギシと響く足音の中でステイル達との会話に耳を傾ける。
「この家、結構老朽化してますし。潰れる前に対策をとジルに指摘されたと仰っていましたよね」
「それはっ……。だけどもうお金は何とかなるし、これから少しずつ補修していけば良いでしょ」
「そうだよ!もともと父さんが直す予定で」
「お父上は大工だったのでしょう?専門知識がない人間がやっても怪我をするだけですから」
「だけどねフィリップ君?この家はね、本当に本当に大事な……」
淡々とファーナム姉弟の話を捌いて歩くステイルに、私とアーサーも無言で目を合わせながら喉を鳴らす。
確かに、ジルベール宰相が家庭教師にお邪魔した翌日に彼らはそう話していた。ジルベール宰相も〝家〟の大事さがわかるこそきつくは言わなかったのだろうけれど、本当にこの家はまずい状態だ。もともと大工のお父様が補修する筈だった建物を放置して何年にもなるのだから。
それにゲームの設定でも三人はこの家に住んでなかった。ゲームスタートまで三年。それまでに家が住めなくなったと考えるべきだろう。
生活苦で手放したとか住み込みや移住しないといけない理由があったという可能性もあるけど、この家の状態が深刻なのは変わらない。足元はギシギシ言うし、規模が大きい分一箇所が壊れたらドミノ式で全てがダメになる可能性もある。三人の身の安全を考えるなら寮へ強制退去させるべきだと思う。その為に荷物を運び出すべくステイルもー……、……
……あれ⁇
「こちらに積まれてる物で全部ですね。良かった、テーブルの上なら手間も省けました」
居間に入ったステイルが一点に目を向けるのが双子の背中越しにちらりと見えた。
方向的には私達で勉強したあのテーブルだろうか。落ち着いたステイルの言葉に「ちょっと聞いてるの?」「掃除ついでに纏めただけだから!やっぱり無しで‼︎」とクロイとディオスの声が少しだけ尖ってくる。
居間へ足を踏み入れる前に、ステイルの考えが読めた気がした私は引き攣った笑みのまま背後を振り返る。アーサー達に続くその陰に、……うん。間違いないと確信する。
居間に入り、左右に開けて立つ私達にステイルはにっこりと笑いかけた。
「と、いうことです。このテーブル上の物だけは決して〝巻き込まないように〟お願いします」
パンッ、と合図のようにステイルが手を叩く。
その途端、ステイルの視線を追うようにファーナム姉弟もそちらへ振り返った。扉の横にはけたその一点に、ディオスもクロイも若干怯えるようにしてお姉様と一緒に二歩下がる。彼らが警戒するのも当然だ。学校の知り合いである私達や騎士であるアラン隊長達とも違う人物がずっと無言で紛れ込んでいたのだから。一体何をするつもりなのか、それをファーナム姉弟が尋ねるよりも先に
ズゥンッと。〝レンガ製の〟家全体が突如として揺れ始めた。
ファーナム姉弟の悲鳴と家中の壁や屋根が蠢き出す音に紛れ、彼がフードと口布の下で舌打ちする音が聞こえた。
特殊能力による劇的な自宅大改修アフターを目にするのに三十分も掛からなかった。
……なんということでしょう。
Ⅱ76-2.57.58.




