Ⅱ131.勝手少女は頭を抱え、
「ただいま戻りましたお姉様っ。レオン王子もご一緒です」
ノックの返事後に、鈴の音のような声を跳ねさせるティアラへ扉を開かれた。
本来であれば客間で迎える筈だったレオンも、今回はティアラと共にプライドの部屋へと招かれた。いつもプライドの部屋に訪れるティアラがぜひレオンもと誘ったこともあるが、それ以前に使者から報告を聞いたプライドが客間に移動どころではなかった。立て続けに舞い込んでくるイベントの数々に一歩も動けない彼女は、レオンとティアラもそのまま自分の部屋へ招くことにした。今二人の話を聞きたいのは自分だけではない。
扉を開いてすぐ満面の笑顔だったティアラは、直後にびくっ!と肩を跳ねさせた。ステイルや近衛騎士達がいることは想定内だったが、ジルベールも腰を下ろしていた上に何よりセドリックまでもがソファーに腰掛けていた。
第一王女の部屋とはいえ、なかなかの人数と不意打ちのセドリックに思わず怯んでしまう。唇を結び、自分を凝視するセドリックの視線から逃げるようにティアラは後退り、レオンの背後に隠れた。
レオン達を部屋に招くとプライドが決めてから、話を終えた自分だけでも退室すべきかと提案したセドリックだったがプライドに引き止められた結果未だにそこに座っていた。わざわざ訪れたセドリックを一人だけあからさまに除け者にするのも、折角ティアラに会える機会を奪うのもプライドには憚られた。セドリックに知られたとしても、言いふらすようなことはしないとわかっている。
「やぁ、プライド。今日は驚かせてごめん。ステイル王子、学校見学の優先権心より感謝します」
それぞれに挨拶をした後、背後のティアラに気にせずにプライドとステイルへレオンは滑らかな笑みを浮かべた。
挨拶後も見開いた燃える眼差しを自分の背後ばかりに注いでいるセドリックに、少しだけ悪いなと気を咎めながらも口には出さなかった。
部屋の人口密度が多いことに何か問題でもあったのかい?とは尋ねてみるが、セドリックの顔色に関しては既に学校見学でも目にしていた為に驚きはしない。もともとセドリックの恋心は察している。更には学校見学でティアラと共に高等部の特別教室へ訪問した際、自分が訪れたこと以上に驚愕一色に染まったセドリックの顔に〝あ、羨ましいのかな〟程度の察しだけはついた。セドリックの好きな女性と自分は二人仲良く歩いているのだから。
何故かセドリックの視線から逃げるようにそっと自分の背後に下がったティアラが、ピタリ自分の背中に付いてしまえば、密着してしまったことが余計に申し訳なくも思った。何故このタイミングでティアラが自分にくっついてきたのかまではわからないが、まさかティアラとセドリックの仲が良好ではないのかなと考えた。
そして今、また自分はティアラにぴっとりくっつかれてしまっている。
やはりティアラとセドリックの仲に問題があると判断したレオンは、なかなか複雑だなとだけ考えてから敢えて気にしないふりをした。
現に、セドリックにとって学校で告知もなしのレオンとティアラの登場はプライドにとってと同様に完全なテロだった。しかし、レオンの思う〝羨ましい〟よりも圧倒的に衝撃と敗北感が強い。
今までも何度も目にしてきた光景であるにも関わらずレオンとティアラはやはり親しげで絵にもなり、何よりレオンはあそこまで心を傾けられるほどティアラに慕われていたのだから。ティアラと共に船旅までしたセドリックだが、彼女からそんな頼られるように自分の背中へ隠れられたことなどない。
自分とは天地の差があるほどのティアラからの懐かれように、セドリックは頭を煉瓦で殴られたような敗北感で言葉も出なかった。二人が揃って授業見学をして教室から去った後も暫くセドリックが落ち込み続けていたのは、四限を終えてプライドの護衛から一度戻ってきたアランの目にも同情したくなるほど明らかだった。
自分専用の机に肘を突き、前髪ごと掻き上げ両手で頭を抱えて俯く王弟の姿に同クラスの貴族達は彼とレオンとの間に何やら確執か力関係があるのかと邪推したほどである。まさかセドリックの頭を悩ませているのがその背後にくっついていた可憐な第二王女とは思いもしない。王族三人とも、互いの挨拶だけは一見では穏やかだったのだから。
「いいえ、レオン。私こそ巻き込んでごめんなさい。ティアラ。レオンを案内してくれてありがとう」
レオンとティアラを迎えるようにプライドが二人を順に呼ぶ。
その途端、ぴょっと草食動物のように駆け出したティアラは一気にレオンの背中からプライドのもとへと飛び込んだ。
若干さっきよりセドリックと席が近くなったが、プライドを壁にするように反対の向かいに座る。姉の腕にしがみつき小さくなれば視界にも入らなくなり、やっとティアラも落ち着いた。相変わらずのセドリックへの避けっぷりにプライドは思わず苦い顔をしてしまう。
未だにティアラとセドリックは相対することはあっても、形式的な挨拶以外では滅多にお互い会話をしない。あったとしてもプライド越しになる会話になることが多い二人にプライド達も今は大分慣れた。
ティアラの金色にウェーブがかった髪を撫で、それからまた話を続けるようにプライドはレオンにもソファーを手で勧めた。
「レオン、ごめんなさいね。こんな大所帯で。実は二人の話をちょっと聞きたくて……」
それでジルベール宰相にも残って貰っているの、と説明するプライドにレオンは一言で快諾する。
促されるままに腰を下ろし、「いや、賑やかなのは好きだよ」と少し楽しげに顔を綻ばせた。ジルベールやセドリック、そして最近まで摂政業務でたまにしか会えないステイルのみならず、近衛騎士が四人も揃っている状態にひと月ほど前の祝勝会を思い出した。
「僕とティアラに話、というと今日の見学についてかな。とても見学自体参考になったし、生徒も教師も良い人ばかりだったけれど、……何かあったのかい」
察しの良いレオンに続き、ティアラも至近距離からプライドを見上げる。
こくこくと頷きながら、レオンに同意を示す彼女もプライドからの希望なら話せることはなんでもと今日あったことを頭の中で先に整理し始めた。
ただでさえ、休息時間をとったとはいえ、その後には王配であるアルバートの元へ向かわなければならない彼女はステイル同様に時間は限られている。
「ええ、……その、実はちょっと気になることがあって。二人の見解を確認できればと思ったのだけれど」
そう言ってプライドはぎこちない笑みで二人に返しながら、早速本題へと移った。
二人が来るまでに入った情報の真偽を確かめるべく情報源とその経緯について話し始めれば、途中からは本人が挙手をして説明を始めたその事情に、ティアラとレオンも目が丸くなっていく。
二人が部屋へ来るまでにこの場で同席を許されたセドリックも、これには視線を泳がせる。何故自分が訪れた時に部屋が静まり返っていたのかを理解した。何故ジルベールが一度は自分の前で隠そうとしたのかも。
アランも黙して聞きながらも流石に顔が苦く引き攣った。うわー……と声に出したいところをそれだけは踏み止まった。全くの我関せずの無反応はハリソンだけである。
レオンもティアラも、話を一語一句逃さないように聞きながら記憶と照らし合わせれば〝そういえば〟と同じ言葉が頭に浮かんだ。最後まで聞き終われば、「確かに」と少しずれながらも同じ言葉が重なり、それから先にレオンがティアラに発言権を譲った。
「確かにっ……その、……私も思い当たるところがあります。まさか、そんなことになっていたとは思いませんでしたが……」
今のお話を聞いて納得できました、と告げるティアラにプライドだけでなくステイルやジルベールまで片手で頭を押さえた。
やはり……、と既に裏付けされたことだったとはいえ、証拠が増えたことに頭が痛くなる。ティアラの証言がそのまま続けば、聞いていく内に若干の苛立ちが湧きそうなのを必死に抑えた。そしてティアラが話を締めくくられれば今度はレオンが真剣な表情で一度頷き、引き継ぐように口を開いた。
「僕もよく覚えているよ。少し妙だとは思ったけれど、そういうことだったんだね。……やっぱり、新機関にもなると大変だね」
僕に力になれることはあるかい?と、プライド達の苦労を労った上で気遣うレオンにプライドは両手で頭を抱えたまま感謝だけを絞り出す。
自分達の方から明らかにしたとはいえ、せっかく自分の為に巻き込まれてくれたどころか、学校機関を前向き検討するほど期待してくれているレオンやセドリックに恥ずかしく、そして申し訳ない。
もぉぉぉ〜と牛のように唸りたくなるのを、意識的に息を止めて堪えた。




