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Ⅱ114.勝手少女は畳み出す。


「つまり、セドリック様は最初からああいう人だから。別に姉さんだけじゃなくて僕にもディオスにもあんな感じっていうことだからね?」


ぐい、とお姉様へ前のめりになって声を低めるクロイに私達は苦笑いが禁じ得ない。

クロイに言い聞かされるような様子のお姉様も「え、ええ……?」と返しながら顔を傾けてる。多分、クロイが何を言いたいのかもわからないのだろう。彼の隣ではディオスまでもが「だから気にしないで‼︎」と全力で恋の逆応援キャンペーンに努めている。いや心配はわかるのだけれども。

お姉様が目を覚ましてからこれまでの簡単な経緯と一緒に事情を話せた二人だけれど、それから落ち着いてすぐにまた新たな議題が浮上してしまった。


『セドリック様にもとても失礼をしてしまったわ。二人もお世話になっているのだし、ちゃんとお姉ちゃんからも謝ってご挨拶をしないと……』


そう、気を取り直すように言ったお姉様にディオスもクロイも一気に顔色が変わってしまった、

セドリックはそんなことを気にする人じゃないから挨拶しなくても大丈夫だと。遠回しに接触を回避しようと必死になる二人に、お姉様は「でも」と全て却下してしまった。

確かにお姉様から考えれば、王族の前で倒れた上に可愛い弟達の雇用主でもあるセドリックだ。挨拶したいと思うのは当然の考えだろう。だけど、お姉様がセドリックに恋を慕ったらと目が覚める前に危惧していた二人とって全力で叩き折りたいフラグでもある。絶対に挨拶をしたい、お詫びしたいと言うお姉様は私の目から見ても「素敵なあの人にもう一度!」というよりも「うちの子がお世話になっているのだからちゃんとご挨拶を!」の意識が強いように見える。……まぁ、恋愛経験もない私の目なんて当てにはならないだろうけれど。

それからお姉様の希望を諦めさせることを諦めたクロイが次に出た行動は、思いっきり「セドリック様に恋をしても無駄だし叶わないし今から諦めてというか期待も勘違いもしないでよ」アピールだった。

表面的に聞いていればセドリックがとても親切で気さくで良い人だったと言っているようにも聞こえるけれど、裏を読もうとすればセドリックは誰にでも優しいから勘違いしないでと繰り返し別の言い方で訴えているようだった。ディオスも元々二人の接点を作ってお姉様を卒倒させてしまった責任感からかずっと音頭をとるかのように応戦している。なんだかここまで一生懸命だとクロイもディオスもいっそ可愛らしいし微笑ましい。ディオスはさておき、やっぱりクロイも十四歳だ。

弟二人に挟まれて一生懸命説得を試みられるお姉様は、あまりにも長々な訴えに目が点になりかけている。「わかったわ……」と何度も返しながら、どうして二人がこんなに必死なのかわからない様子だ。弟の心姉知らずというか、本当に恋愛に疎いというのは間違いないなと思う。確かにこれはファーナム兄弟も心配になるかもしれない。

なんだかまるでチワワが吠えているかのように一生懸命な二人が微笑ましくなってしまったまま、笑うのを隠すべく横に顔を逸らす。すると、さっきは笑っていた筈のステイルが今は何か頭の痛そうな顔をしていた。

気のせいか眼差しだけが何処か彼らに同情しているようにも見える。「どうしたの?」と小声で尋ねてみると「いえ」と一言切った後にステイルは眼鏡の黒縁を押さえた。


「弟が一度は通る道なのかと思っただけです……」


ハァァァ……、と深い溜息を直後に放ったステイルは地面に着きそうなほど低い声だった。

どこかうんざりとも聞こえる声は大分疲れていた。眼鏡がなかったら眉間でも押さえていそうだ。一体どういう意味だろうとステイルの視線の先を追えば、やはりファーナム姉弟だった。弟、ということは私が姉として何かやらかしたのだろうかと考えると、もしかして十六の時にレオンが婚約者として我が国にやってきた事でも思い出しているのかしらと考える。あの時もすごくステイル達には心配をかけたもの。

そう思っていると今度は反対隣に立っていたアーサーが「あァ」と短く呟いた。やっぱりその事⁈と思って彼の方に振り向けば、ちょうどステイルを気遣うかのように肩へ手を置いたところだった。


「っつーか、……セドリック王弟がそォいう星の下ってだけじゃねぇのか?」

忘れろ、とそのまま二度また肩を叩いたアーサーにステイルは振り向かないまま眉間の皺を深くした。小さく顔は俯けたけれど、一度固く絞ったあとの口から「そうだな……」と納得の言葉が溢された。

十四歳の姿なのに何処か疲労感いっぱいのステイルはむしろ十七歳よりも老け込んだ気さえする。……というかどうしてレオンじゃなくてセドリック⁇

どういう事か、今度こそ首を捻って二人に尋ねてみたけれどその途端に声を合わせて「なんでもありません」で返されてしまった。声の合った綺麗なタイミングときっぱりとした言い方から、これはもう何度聞いても一点張りされちゃうコースだなと諦める。

残念、と肩を竦めて見せた後は改めてファーナム姉弟に視線を向ける。一生懸命セドリックは誰にでも優しいからと訴える一方、全くネガティブな情報とか悪口とかは言おうとしない。お姉様はあげたくないけど、セドリックのこと自体は好きなんだろうなと思う。


「だから、……とにかくもし次にセドリック様に会った時も……その、驚く必要とかはないから。……そりゃあ格好良いしお金持ちだけど」

ぼそっ、と呟いた後に唇を尖らすクロイはそこで目を逸らした。

ちょうど顔の向きが私の方に向いちゃって目が合うと、一秒くらいクワっと開いた後にすぐ反対方向を向かれてしまう。……なんで目を逸らされたのだろう。

思わずきょとんとしてしまうと、そのまま私にそっぽを向いたままのクロイにディオスが私と彼を見比べた。えっ、えっ、とウロウロ首を忙しそうにするディオスに、クロイがそっぽを向いたまま「違うから」と兄の肩を軽く叩いた。


「別に、その……普通の女の子はやっぱりセドリック様とかが理想なんだろうなと思っただけ。ジャンヌもああいう人が好きでしょ」

えっ‼︎

まさかのクロイからの暴投に、私だけでなくディオスまで声を上げた。

これは一般的にどう答えれば良いのかしらと考えながら、口端がヒクついてしまう。顔ごと逸らすクロイと目が皿のディオスに、目を逸らしたいのに刺さり過ぎて離せない。しかも今度は両側にいるステイルとアーサーから息を吐く音まで聞こえてきた。お姉様の方もベッドの上から小首を傾げて私に顔を向ける。まさかこんなところで恋バナが始まるなんて。やっぱりこの年頃は誰でも恋愛が好きなのだろうか。

いや確かにセドリックは男前だし世の女性が憧れる王族だけれども、……やっぱり私には手のかかる友人か弟としか。大体もうあの子は意中の片思い相手がいるのだから。それにここで「超素敵!メロメロ!」とか言った方が他でもないセドリックに悪い気がする。


「いえ私は……。やっぱり、人の好みってそれぞれだと思うわ。私だって初めて家族以外で格好良いと思った人はセドリック王弟と全く違う人だもの」

ン゛ン゛⁈と、その瞬間に急にステイルとアーサーが喉を詰まらせたような音を出した。直後には咳き込んで、右左と見返しても二人ともゴホゴホ言ったままだ。

酸欠のように背中を丸くする二人に、今度は一体何がと何度も振り返ってしまう。やっぱりセドリックが好みだと合わせるべきだっただろうか。いやでも二人もセドリックの熱烈片思いは知ってる筈だし誤解を招きたくないのはわかってくれてる筈だ。

今更撤回できずオロオロしてしまうと、クロイが「どんな人」と率直に深掘りしてくる。即答で「恥ずかしいから秘密」と女の子の必殺技を使って断った。

それでも「良いじゃんかどんな人くらい!」とがっつり恋バナに食い付いてくるディオスと「聞かれちゃまずい相手とか?フィリップ達は知ってる人とか?」と妙に鋭いことを言ってくるクロイに半歩下がってしまう。駄目だ、入学してからもう恋バナ二回目だけどつくづく私って自分の話になると下手過ぎる。

どうしようと、助けを求めるにもステイルもアーサーもそっぽを向いて背中が丸いし助けてくれそうにない。いっそこのまま全速前進で物理的に逃げようと考えた時、クスクスと楽しそうな笑い声が絹糸のように細く眩しく垂らされてくれた。ファーナムお姉様だ。


「わかるわ。ジャンヌちゃんの言う通りよね。私もセドリック様はとても素敵だとは思うけれど、恋愛とは違うもの。それにお姉ちゃんはディオスちゃんとクロイちゃんが一番素敵だと思うわ」

口元に手を軽く当てて笑うお姉様は淑女そのものだった。

お姉様からのセドリック恋愛対象外発言に、ディオスとクロイも二人でぐるんっ!と目を丸くして振り返る。「えっ本当に⁈」と台詞まで二重で綺麗に被っちゃうから流石は双子。それとも二人が一番素敵と言われたことが嬉しかったのか。どちらにしても、一気に私に興味を無くしてくれたようで心の中だけでほっと胸を撫で下ろす。今も二人で私に綺麗に背中を向けてお姉様に追求し続けている。

「本当に本当⁈」「セドリック様なのに⁈」と二人して信じられないといった様子だ。いつの間にか同性として最強人物がセドリックになっちゃったんだなと思う。

でも取り敢えず誤解は解けたしこれで安心して授業に入れるなと一息吐いた時、ちょうど始業が始まる鐘の音が響き渡った。

気が付けばお姉様の目覚めを待ったり話している間に時間が経ったらしい。窓の外を見れば、もうばっちり太陽が昇りきっている。

行かなきゃとお姉様がベッドから抜けようと足を下ろすと、ディオスとクロイも二人がかりでお姉様の手を取って乱れた服の皺や広がった髪を手で整えてあげていた。鐘が鳴りきる前に今度は扉がガチャリと開いて「ごめんなさいね、病人は?」と保険医の先生まで速足で入ってきてくれた。

お姉様ももう体調は平気だし、授業へ向かうところだと扉の近くにいた私が答えると、「あら?こっちの子達は平気⁇」と未だに背中を丸めて口を押さえたまま固まっているステイルとアーサーを指差した。少なくとも体調不良じゃないとは思うのだけれども。

保険医の先生に大丈夫ですとすぐに二人がそれぞれ答え、私達は全員保険医と入れ替わりで医務室を出ることになった。

目が回っている様子の二人を私が引っ張り、ディオスとクロイはお姉様を高等部まで送っていくと三人で一度高等部に向かった。今日からはああして当たり前のように三人で学校を歩くことも増えるのかなと思うと嬉しくなる。

並ぶ三つの背中を見届けた後、私とステイル、アーサーはひと足先に二年の教室へと階段を登り始めた。


学校の、始まりだ。


Ⅰ387


活動報告更新致しました。

宜しければ確認よろしくお願いします。

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