Ⅱ101.キョウダイは関わり、
「私はジャンヌ、貴方と同じ中等部の二年生よ」
……会いたく、なかったのに。
本当に何なのこの人。今度はまさかの教室を探し当ててまでして僕に会いにきた。
もう学校の人と関わりたくもないし目立ちたくもなかったのに。お陰で今も何人かに見られてる。人の中心にいたこともあるディオスなら未だしも、僕はこういう注目にも慣れていない。……特に、双子で歩いても奇異の目で見られて疲れんのになんで一人の時までこんなに目立たないといけないのさ。
しかも、ジャンヌ一人だけじゃなくて取り巻きの二人までいる。二人とも僕やディオスよりもしっかりした身体つきだし、特に銀髪の方はすっごく背も高い。ディオスの記憶にはあったけれど、実際に目で見ると異様にでかいしわりと怖い。仕事でも背の高い大人と一緒になることは毎回だし、その人らと比べたらやっぱ小さい方だけど、こんなの相手に喧嘩するとか絶対無理。
改めて、なんて奴にディオスは喧嘩売ったんだと思った。完全に仕返しに来てると思えば、ジャンヌはにっこり笑いかけてくる。逆に怖いし不気味だ。今からでも逃げるべきかとも考える。ジャンヌはさておき男二人に僕が勝てるわけないし。
「今日は貴方に良いお話を持ってきたの。……折角なら、学校生活しながら稼げたら素敵だと思わない?」
報復じゃなかった。
けど、これはこれで不気味で怖い。なんでまだ昨日会ったばかりの奴が僕らがお金に困ってるって知ってるの。
そんな上手い話があるわけない。絶対騙そうとしているに決まってる。
うまい話で釣って誘って人身売買の連中に売るとかなんてよく聞く話だ。子供の頃に父さんや母さんが「だから甘い話に釣られてついていっちゃだめ」って言ってた。こいつだって身綺麗ではあるけど、庶民だ。そんな上手い話があったら僕らよりも自分が飛びつくに決まってる。誰だってお金は欲しい。
僕らがこうして入れ替わらないといけないのだって、元はと言えばお金だ。学校いる間はお金が稼げない。だからディオスは最初、自分だけ犠牲になろうとした。それを学校に行きながら稼げるなんて、そんなことあるわけない。
セドリック王弟?友人役?付き人?あり得ない。大体王族がわざわざ僕ら庶民を傍に置きたがるわけがない。王族なら既に絶対専用の従者もいる。それに王弟がフリージア王国の騎士を二人も護衛に付けているのは僕の学級でも噂で持ちきりだった。なら、こんな成人もしてない子どもなんて付ける必要なんてない。王族と僕らは元々住む世界が違うんだから。
ディオスなら騙されたかもしれないけど、僕は絶対騙されない。絶対に、納得できない限りは首を縦になんて振るもんか。
「〝人の弱みを知る〟特殊能力」
理解した。
僕は……僕らは脅されているんだと。
凛とした声でそれを言い放ったジャンヌは、笑っていた。もう僕らが逆らえないのだと確信してた。……逆えるわけがない。
「……そして警告よ。もう〝同調〟の特殊能力を使うのは止めなさい。……いつか、混ざって戻らなくなるわ」
ジャンヌは知っていた。
僕らが双子のことも、ディオスの特殊能力も、学校に入れ替わって通うことにしたこともそれを姉さんに知られたくないことも全部。この弱みを握られている限り、僕らはジャンヌに逆らえない。
逆らったら最後、学校に知られたら最悪の場合退学にされるかもしれない。それどころかプライド様の作った学校機関での違反行為なんて重罰だってあり得る。それに姉さんに知られたらまた気を落として体調を崩すかもしれない。絶対姉さんのことだから「お姉ちゃんのせいで二人にまた負担を」とか言うに決まっている。
誰にも絶対に知られるわけにはいかない。
僕と、ディオスとそして姉さんとの暮らしを守るためにも、絶対に。
……どうして、あんな警告をわざわざ言ったのかはわからない。けれど、それは本当に無理な話だ。同調しないと僕らは互いに学校に行けない。そしてディオス自身がそれ以外じゃ絶対また自分だけが働くって言うに決まっている。
どうせ脅して受けるなら、今からの方が良い。今日だと言われた時は都合も良いと思った。ディオスが知ったら絶対にディオスがその仕事も最初に受けると言い出す。危ないからとか、僕の方が兄だからとか言ってまた自分が犠牲になろうとする。そんなこと絶対させたくない。
今日の昼休みにジャンヌの言った通りの仕事ならお金を稼げるし、安全だって確認できる。もしも逆に僕らを売るか嵌める為の罠だったなら、……今日なら犠牲になるのも、僕だけで済む。
酷い目に遭うのも僕だけ。拐って売られたらそれも僕だけ。仕事を受けちゃったのは僕なんだし、僕一人だけで済むならそれが良い。たとえ全部が嘘で嵌められても、もし単なる従者兼友人役が嘘の仕事でも、もし仕事だけは本当でセドリック王弟が庶民を見下すような非道な雇い主だとしても僕一人なら
「冷めない内に食べた方が良い。お前が勧めてくれた料理だろう?」
……すごく、美味しかった。
数年ぶりのまともな食事は涙が出るほど美味しくて、ディオスや姉さんを差し置いて僕一人が食べるのに気が咎めた。
酷い目に遭うことを覚悟していた筈なのに、いつまで待ってもそんな目には遭わない。しかも僕がやったことなんてメニューを選ぶのと毒味だけだ。信じられない人数に注目を浴びるのは苦しかったけど、食事を食べてる間にどうでも良くなった。しかも騎士様まですごく優しいし、セドリック王弟殿下なんて王族と思えないくらいに気さくだ。
「あの、……セドリック王弟殿下。本当に、この代金」
「要らん。あと、王弟も殿下も要らん。折角の友人役なのだから〝セドリック〟だけで良い」
王族に奢って貰えるなんて想像もしなかった。しかも、友人役というのは本気らしい。てっきり従者の方が主にだと思いながら「セドリック様」と呼んでみれば、食べる手を止めたセドリック様は少し考える顔をしてから頷いた。
「……まぁ、そうなるか。うむ、確かに呼び捨てでは角も立つ。なかなか真面目な男だな、クロイ」
まさか呼び捨てで呼んで欲しかったということなのか。改めて僕は正気を疑う。
やっぱり本物の王族じゃなくて偽物なんじゃないかとも思ったけど、そうだとすればあまりに演技も下手でなりきれてなさ過ぎる。これじゃあディオスの方が振りも上手い。
庶民の僕の目でもわかるくらい綺麗にオムライスを完食したセドリック様は、口元を拭ってから一息ついた。そこでやっと、王族より先に食べ切るのも失礼だけど、待たせるのはもっとまずいと気付く。
慌ててスプーンを早める僕にセドリック様は「ゆっくりで良い」と見透かしたように声をかけ、正面を僕へと向けた。
「食べながらで良い。お前の話を聞かせてくれ。ジャンヌから聞いた話では、確か姉と双子の兄弟がいるということだが」
それを言われた途端、勝手に肩が上下した。
ジャンヌの話を思い出し、ならセドリック様も知ってておかしくないと思い出す。でもまさかディオスの存在までバレてるなんて。
大口で含んだオムライスをあまり噛まずに飲み込んだあと、水で流してから僕は言葉を返す。こっちからも本当にセドリック王弟殿下が僕らが入れ替わっていることを知らないのだと確信が欲しかった。
「はい。兄は僕とそっくりなので、姉も見分けがつきません。……兄は、仕事で学校に通ってはいませんが」
「それは残念だ。しかし、そこまでそっくりと言うならば一度是非会ってみたいな」
……わからない。
よく考えれば、僕なんかが王族相手に考えを読めるわけもなかった。セドリック様の本音がわからない。見ただけなら、本当にディオスに興味を持っているようにも見えるけれど、しらばっくれているようにも見える。どうせ王族なら嘘も騙すのも駆け引きにも慣れているに決まってる。
今だってまだこの人が良い人かわからない。まだ僕らを騙すつもりな可能性は充分ある。ただ、
……ディオスは、すぐ懐くんだろうな。
会わせる前からわかる。
絶対ディオスなら、セドリック様にすぐ懐く。僕らより年上で王族のこの人は、庶民への関わりも絶対慣れてる。距離も近いし、親しげで王族の威厳も崩さない。こんな人がディオスにまでこんな風にしてくれたら絶対心を開く。正直、物凄く不安だ。
「姉の方はどうだ?似ているのか」
「はい。……ディオスほどではありませんが。自慢の姉です」
姉さんの方はもっと知られたくない。
姉さんは贔屓目に見なくても美人だし、今までだって殆どよく知り合ってもいない男に言い寄られた。
僕らの為に仕事をしてくれていた時は、求婚をされて好きでもないのに僕らを養う為に受けようとしたこともある。王族なら美人には慣れてるだろうけど、何となく女好きな印象がある。もしこの人に姉さんが目をつけられたら王族相手に断れない。ただでさえ姉さんは男に免疫が殆どないし、側室にでもされたら大変だ。
フリージア王国には表向きは無いけど、貴族とか上級層にはこっそり居るって聞いたことがあるし姉さんも誘われたことがある。しかもセドリック様は遠い国の王族だし、もしかしたらそっちは側室制度もあるかもしれない。なら余計に心配だ。出来るだけ姉さんの容姿には触れないように
「自慢か。それは素晴らしい。是非詳しく聞かせてくれ。お前達にも似てるならさぞかし美しい女性なのだろうな」
……しまった。
ンッ⁈と、思わずオムライスを喉に詰まらせかけた。
なんとか飲み込んだけど咽せこんで、セドリック様に見せないように慌てて背中を向けて胸を叩いた。けどその途端に背中を摩られ、叩かれる。
「大丈夫か⁈」と驚いたようなセドリック様の声がして、まさか王族がそこまでするのかと耳と背中を疑う。だからなんでこの人こんな気軽に触れてくるの。優し過ぎて逆に怖い。
しかもやっと持ち直した後に、話をうやむやにできたかと思ったのに「それでどんな姉だ?どんなところが自慢だ?」と嬉々として聞いてくる。僕やディオスが容姿を褒められたことなんて最近じゃ滅多にない。僕は愛想がないし、ディオスは子どもの頃は可愛い可愛い言われたけど言動が子どもっぽいから、この年になってからは幼くしか見られなかった。僕は目が死んでるとか無愛想ばっか言われたし。まさかそこから姉さんが美人に繋がるとは思わなかった。
王族相手に口を噤むこともできず、何とか興味を持たないところだけ話そうと頭を捻る。
Ⅱ32.58.34




