そして駆ける。
─ 最期に、伝えたかった。
「なっ⁈崖がっ…」
耳鳴りのような音の連鎖と地響きだ。
やっと先行部隊が間に合ったというのに、予想だにしない事態にまた見舞われた。……いや、想定できたことだった。この地帯の地盤が緩いことはわかっていた。
クラークの指示か、他にも不測の事態か。既に向こうからの通信は切られた今確認する術はない。ただ未だ救援の間に合っていない新兵達と、奇襲者と先行部隊と共に崩落する崖とを見比べる。私に武器を構えていた野盗達も今は己が崩落から免れることで殺気すら消えている。
逃げろ、動けない者を崖付近から離せ、頭上に注意をと。大岩に足を取られた今、新兵達に声で指示を飛ばすことしかできない。既に戦闘で酷使し過ぎた喉はいくら張り上げても距離を取った新兵達には満足に届かない。避難経路を飛ばしたくても全てが崩落の音に潰される。
手の届かぬ先で新兵達が次々と瓦礫に飲まれていく。
絶望的な状況で、死を悟った瞬間に浮かんだのは息子の顔だ。
妻のように日々気持ちを伝えることもできなかった。最後にまともに会話したことすら何ヶ月前だったかすぐには思い出せない。
妻に、息子に愛していると伝えたかった。だが今はアーサーに、私の気持ちを正しく伝えたかったと悔いる。
私の所為で騎士に憧れ、私の所為で諦めた。
騎士を恥だと言う息子の、誇れる父になってやれなかった。
最後にもう一度稽古をしてやりたかった……と、そう思うのも私のただの我儘だ。
私が、部下達が誇る騎士の生き方を理解して欲しいと望んでしまったことも。私の所為で夢を諦めないで欲しいと望んでしまったことも全て。
騎士になれとは言わない。本気で望まないなら、やりたい道を見つけたならばそれで良い。
お前を騎士にする為に、あの日生まれてくれたことを喜んだわけではない。お前を騎士にしたいからしつこく問い続けたわけではない。お前は騎士になる為だけに生まれたわけでは決してない‼︎
私が最も誇る生き方が騎士だった。私にとってお前が誇りだから、この生き方を知って欲しかった。ただその為に幼い頃からお前に騎士の生き方を教え、望んでくれた時から稽古も手を抜かなかった。私を理由で諦めてなど欲しくなかった。どんな生き方であろうとも自身が誇れるならばそれで良い。ただ、ただ私は
『ックラーク!アーサーに伝え』
視点になっていた場所へ声を上げる。
声が届かずとも、どうか口の動きだけでも片鱗だけでも読み取ってくれと手を伸ばす。
─ 私は、お前が心から望む生き方を選べればそれで良かったのだと。
未来ある新兵も先行部隊も、大事な息子も誰一人救うことすら叶わず、仲間も部下も友も家族も全てを私は遺した。
……
コン、コンコン。
「…………?」
ぼやけた意識の中で、ノックの音が遠くのように聞こえてきた。
……大分寝れたようだと考える。欠伸よりも先に頭を片手で抱え、目を開ける。「なんだ」とすぐに返せたつもりだったが、声量が足りなかったらしくノックの主から返事はない。それどころか
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。
「…………開けて良いぞ、ハリソン」
ただ増していくノック音に、身を起こすよりも先に今度こそ喉を張って呼びかける。
ハァァ……、と息を吐き出してしまう中で扉の向こうから「お休み中に失礼致します」と予想通りの声が聞こえてきた。
〝部屋から相手を呼ぶ時はノックを鳴らす〟もクラークの教育の賜物の一つだ。……そうでなくとも、流石に騎士団長の私に断りもなく部屋に入ってくるなどハリソンもしないが。
扉が開かれ、一度片膝をついて礼をするハリソンは改めて私に挨拶をしてから要件を述べた。クラークからの呼び出しに、誰より先に彼が私を呼びに来たという。あいつが今の状態の私をわざわざ呼ぶなど、急事かと考えながら上体をゆっくり起こす。頭上の棚が近くなるのを目で確認し、次の瞬間。
「プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下がお呼びです」
ガンッ‼︎‼︎
プライド様が、と。
そう声を上げようとしたと同時に、勢いあまって額が棚にぶつかった。
あまりに不意打ち過ぎた衝撃に、流石の私も額を手で押さえる。血は出ていないが、ぶつけた直後にガシャンと落ちた棚は見事に板ごと割れていた。……後で新兵に修理を頼まなければ。
「ップライド様が、見えているのか……⁈」
我ながらあまりに間抜け過ぎる。
額よりも己が醜態が痛く、顔を諫めながらハリソンを見返せば珍しく目が丸くなっていた。私の問いに、ステイル様やティアラ様と共に馬車で見えていると報告するハリソンに一言返し、私は今度こそ椅子から起き上がる。
「今、行こう……」
プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下。
つい二日前に私や新兵を救い、昨日は我が息子を救って下さった彼女の来訪に私は急ぎ駆け出した。
せめて、未だ赤いであろう額を指摘されないようにと願いながら。
ゼロサムオンライン様(http://online.ichijinsha.co.jp/zerosum)より第九話無料公開中です。
登場人物の魅力的な表情や姿がいくつも見られる豪華な回です!作者もとても楽しめました。
ベルズフォード親子のゲームと現実との違いを楽しんで頂ければ幸いです。平和な騎士団の様子もお楽しみ下さい。
他にも本更新を追って下さっている方々には、貴重な場面ばかりだとも思います。
コミカライズ次回は一月の更新となりますので、是非お楽しみにお待ちください。