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壁の上の天国  作者: ASH
3/5

15歳《15m》

 その出会いは、突然だった。




 その日も僕は本を読みながら、孤独な時間を紛らわせていた。

 僕が最後のページをめくると同時に、目の前から声が聞こえた。


 そう、目の前から(・・・・・)、だ。


(嘘だ。だってバリアがあるから人は入れないはず・・!)


 パッと顔をあげると、息がかかるほど近い距離に、同い年くらいの女の子がいた。

 病院が配布しているパジャマを着、髪も短く切りそろえられている彼女は、僕が読んでいる本をジッと覗き込んでいた。


「うわっ!」

「ん?あ、やっほー」


思わず叫んだ僕に顔を向け、彼女は微笑んだ。

(病院の服ってことは・・・病人?でも、なんでこんなところに?バリアがあるのになんで入れてきたんだ??)

 僕が聞こうとした時、彼女は急に口を開いた。


「ねえ。これ、なんて本?」

 僕は『そんなことよりなんでここにいるんですか?』とか『あなたは誰ですか?』とか聞きたい事がたくさんあったが、純粋な好奇心を浮かべる彼女を見て、先に質問に応えることにした。


「あ、ああ。これはハリーポッターっていう本ですよ。」

「ふ〜ん。そなんだ。」


思ったより反応が薄く、僕は拍子抜けした。

拍子抜けしている間に、彼女はまた急に質問した。


「ねぇ。あなた、こんな広い部屋に一人なの?」

「うん。1歳の時からずっとね。」


今度の反応は大きかった。彼女は目を見開き、僕をまじまじと見つめて言った。


「え!?そんなに?!寂しくないの?」

「もう、慣れたよ。」


そう言って僕は彼女を安心させるために少し微笑んだ。だが、その笑顔はとても乾いていることが、自分でもはっきりわかった。

 彼女は、そんな僕を見つめて少し悲しそうな顔をした。

そして、その次の彼女の言葉に、僕は動転した。


「じゃ、私がいいとこ連れてって上げる。」


 彼女は、どこからか取り出したロープの一端を、僕に「はいっ」と渡した。


「??これは?」

「取って。」

「・・・え?」

「いいから!!」


 彼女が顔を近づけて迫ってきたので、僕は慌ててそのロープを取った。その瞬間、


「じゃ!行くわよ!」

 彼女は宣言して、一気に部屋の出口に向かって走り出した。彼女の握るロープに引っ張られ、僕もつられて走り出す。


「え?え、えええええええええ!!!!!!!!!!」

 僕が叫んだのにも、彼女は構わない。そのまま小屋を走り出て、病院の庭へ駆けていく。幸いその時は夜の10時で、部屋の監視人も他の病人もいなかった。


「いいとこって、庭のこと!?」

「違うわ!もっといいところ!!!」


 そう言って彼女は、庭の中を見向きもせずに駆け抜けていった。その先にあるのは、確か・・・


「まさか、本病棟!?」

「ええ!そうよ!」


 僕は焦った。流石に、病棟の中には人がいる。そして、今僕は走っている。ということは、バリアも僕と同じ速度で移動しているということだ。

 この速さで移動するバリアに人がぶつかったら、その人はただではすまないだろう。ましてや病院の中では、少しの刺激も命取りになる人もいるだろう。


「だめだよ!!危なすぎる!」

「大丈夫大丈夫!良いルートがあるから!」


 そう言って彼女は、病棟の横についている非常階段に向かった。確かに非常階段なら、病棟の中にある人にバリアがぶつかることもない。


 カンカンカンと鉄の階段を登るごとに、月明かりに照らされた周りの景色がどんどんよく見えるようになってきた。6つの病棟と、それらを囲むようにある庭園。そして、僕がいつもいる個室病棟はそれらから隔離されたかのように、ぽつんと離れた場所に建っていた。


 すると、僕が病棟を見て悲しそうにしているのを見たのか、彼女が明るく話しかけてきた。


「ほらほら!あとちょっとだよ!!頑張れ頑張れ!!」


 そして、彼女が「ほいっ」と屋上に上がった、その15m後に、僕はゆっくり屋上に上がった。

僕は、目の前にバッと広がった景色に息を飲んだ。


「うわぁ・・・」

「ね?すごいでしょ!」


 僕の目の前に広がっていたのは、大きな月と、それを背景に舞う無数のホタルの姿だった。

銀色の光が、無数の緑色の光を照らしている。

その様子はまるで、天国にいるかのようだった。


「ここにいると、な〜んもかもど〜でも良くなっちゃうよね〜。」

 彼女は寝っ転がり、手を伸ばしてホタルを捕まえながら言った。そんな彼女に、僕は聞いた。


「そう言えば、君の名前は?」


 彼女は、ゴロンと僕の方に体を転がして答えた。

「私は小山幸(こやまさち)。15歳♪」


 笑う小山さんに、僕は更に聞いた。


「じゃあ、小山さん。あなたはどうして僕の病棟に?」

 小山さんは「よいしょ」と起き上がり、体育座りをしながらこちらを向いた。


「それは、いっつもここから見てて気になったんだよ。あそこには誰がいるのかな〜とか、何してんのかな〜とか。で、実際行ってみたら私と同じくらいの男の子が本読んでるんだもん。拍子抜けしちゃった。」

「すみませんね。僕みたいなのがいて。」

「な〜に謝ってんのよw ところで、」


まだ質問したいことがあったが、小山さんの真面目な目を見て、僕は彼女の話を優先した。

彼女は聞いた。


「あなた、なんであんなとこにいたの?」


 僕は言葉に詰まった。彼女にはなぜかバリアが通じない。だから僕は、なるべく彼女にバリアのことを知らないでほしかった。バリアのない僕に、興味を持って欲しかった。

 でも、聞かれたものはしょうがない。僕は20m離れた場所を飛ぶハエを指して言った。


「実は僕は、動物を一切通さないバリアを持ってるんですよ。あのあたりを見てて下さい。」

 僕はホタルに向かってスッと歩み寄った。すると、フラフラと所在なげに浮かんでいた無数の光が、いきなり様々な方向に直線を描いた。僕のバリアに押されたのだ。


「ね?こんな感じです。」


 小山さんはそれを見て、何故か悲しそうな顔をした。


「そっか・・・。やっぱり、私は・・・」


そして、小山さんが喋るのをやめ、不自然な沈黙が舞い降りた。 

僕はそこで、ずっと気になっていたことを聞いた。


「じゃあ僕が自分の話をしたので、今度は小山さんが話ししてくださいよ。なんでバリアが通じないかも含めて。」

こちらを静かに見た小山さんに、僕は聞いた。


「あなたは、誰ですか?」


小山さんは僕を見て、力なく笑って言った。

「聞いちゃったか。まあ、バリアが通じないから、不思議に思って当然だよね。」


そして彼女は、月を背景に、ホタル達の真ん中で、僕に手を振りながら答えた。


「私は、幽霊。」


そして、小山さんが消えた。










「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」

僕は夜の病棟を、病室の表札の名前を見ながら、誰もいない廊下を走る。


走る。走る。走る。走る。


そして、ついに『小山』と書かれた表札を見つけた。


僕がドアを開けて入ると、小さい病室に小さいベットが置かれ、その上に誰かが寝ていた。


ベットまでの距離は(・・・・・・・・・・)10m(・・・)


僕はベットに駆け寄った。


5m 人影は微動だにしない。


3m ベットの上の女性は、全く動かない。


1m 小山さんは、寝息一つも立てていない。


0m 思わず触った彼女の指は、まだ、ほんの少しだけ暖かかった。


(そうか、これが。)


(人の『温かみ』か。)


僕がそう思った瞬間。スッと指が冷たくなった。


その時、僕は確かに聞いた。耳元で囁く声を。


僕は確かに、


「私の分まで、生きて。」


と言われた。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」




 僕にハッピーエンドは、ありえない。

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