13歳《13m》
朝の病院。
通常の病棟から100m東にある、体育館ほどの馬鹿でかい小屋が、僕の個別病室だ。その真ん中にあるベットで、僕は本を読んでいた。
すると、30m先にある部屋のドアが「ギィ」と開く音がした。見ると、担当の看護婦さんが朝ごはんを持って立っていた。
「幸樹くーん!!!!今日のご飯だよー!!!!!」
彼女はそう僕に叫んだ後、いつも通り、ドアを開けてすぐのところにあるベルトコンベアーにそれを置いた。僕がベット脇のスイッチを押すと、ベルトコンベアーが動き出し、やがて朝ごはんが僕のベット脇に運ばれてきた。
温かいご飯と、温かい味噌汁と、少量のサラダ。
僕は、1日に3回もらえる自分以外の温かみを、ゆっくりじっくりと味わう。
そして食べ終わったら同じように皿をベルトコンベアーに置いて、ボタンを押す。
「じゃあね〜。」
空になった皿を持って出ていく看護婦さんを見送ってから、僕はまた本に目を落とした。
僕は子供の頃から、ある特徴を持って生きてきた。
それは、体をグルッと囲むように張られた、動物を拒む透明なドーム状のバリアだ。
このバリアに当たった人は、まるでそこに壁があるかのように阻まれる。犬や猫が少し離れた場所で、バリアに体を押し付けて腹をこちらに見せてくるシーンも何度も見てきた。
そのたびに僕は、孤独感を募らせていった。
バリアは1歳の頃に発生し、以来1年ごとに半径1m分、ドームは広くなっている。つまり13歳の今は、13mだ。
このバリアのせいで、僕は1歳の時から誰とも触れ合わずに過ごしてきた。だから、『人の温かみ』なんてものはとっくに忘れてしまった。
もちろん、13m先から掛けられる言葉から、人の優しさや思いやり、同情の心は受け取れる。でも、それを『温かい』と感じることは出来ない。人の『温かさ』がわからないのだから、当然だ。
そして『温かさ』を知らない僕は、他人に『温かさ』を向けることが出来ない。そんな奴に友達などできるはずがない。というより、元々1歳から病院の特別病室にいるので、人に会う機会なんて滅多にない。会うのはせいぜい、担当の看護婦さんと、やってきて『同情』を押し売り帰っていく人間と、13m先から授業をする個人教師くらいだ。
親は、僕が5歳の時に離婚した。
結局最後までその理由は明らかにしなかったが、恐らく僕のせいだ。
そして、親のどちらも僕を引き取ってはくれなかった。
僕がずっと病院にいるからというのもあるだろうが、それより恐らく、親は完璧に0に戻したかったのだろう。僕のせいで−1されていた人生を。
だが幸か不幸か、その時すでに冷え切っていた心は、もうそれ以上冷めることは、無かった。
「ふぅ・・・」
僕は、読んでいた本を読み終わり、一息ついた。どこにでもある、陳腐なラブストーリー。開放的な女の子が、閉鎖的な男の子と徐々に仲良くなる話。そして、当たり前のように幸せになって、終わる話。
(彼女なら、僕に『温かみ』をくれるのかな?)
でも、絶対に僕にハッピーエンドはありえない。
そう思いながら、僕は次の本に手を伸ばした。




