終章 ルリタテハ王国の神様の所業(3)
『新開社長。そろそろ宜しいでしょうか?』
エドじぃの声がスピーカーから聞こえた。通路側に人影があることから、わざわざ席まで呼びに来てくれたらしい。
「もう時間か・・・仕方ないね」
ようやく目的地か・・・。
助かったぜ。
まったく新開家の人間は・・・議論の際、相手の逃げ道を塞いでから正論で追い詰めてくるし、理屈っぽくて・・・相手するのが疲れるぜ。それに、いくら父親だといっても過干渉すぎんだよなぁ。
アキトは理論を尊び、ロジックを愛している。
それにも関わらず、自分の理屈っぽさを棚上げして、身内には己の感情を汲み取り、理解して欲しい。そういう理不尽かつ、若さからくる承認欲求が満たされないことで拗ねているのだ。
そんな自分の姿を客観的にみることができれば、恥ずかしさで顔を隠したくなるだろう。要は新開家の身内に甘えているだけだった。様々な才能に恵まれているアキトは、とても16歳の少年とは思えないほどに優秀なのだが、まだまだ少年なのだった。
「お父様。ここは何処でしょうか?」
「長距離高速軌道用オリハルコンロードとのインターチェンジだね」
「目的地に着いたのではないのですか?」
「失礼します、新開社長」
エドじぃがボックスシート内に足を踏み入れ、オレの隣のソファーに向かおうとした。
「モーセルさん、こちらへ」
優空が自分の隣のソファーに座るよう勧めたのだ。
「こちらの席の方が、空人に説明しやすいでしょう」
「承知しました、新開社長」
返事をしてから、モーセルはオリビーのメーターパネルのようなコネクトをテーブルに置く。すると、通路側の映像障壁の一部がディスプレイへと変化した。
一旦ソファーに体を沈めてから、少し前屈みになりモーセルは視線を鋭くし、アキトに目をむける。
「さて、空人君・・・」
「待った、モーセルさん」
優空は、真剣な表情と口調で説明を始めようとしたモーセルの話の腰を折り、場に満ちていた緊張感を奪ったのだ。
「空人は新開グループの社員じゃないし、ここには3人しかいない。いつもの調子でいこうか。話が早く進むしね」
モーセルは肩を竦め、ニヒルな笑みを浮かべてから軽い口調で話す。
「オーケー、ボス」
ソファーの背に凭れかかり、モーセルはリラックスしてアキトに話しかける。
「まずはアキトに礼を言っとこうか。最初に言わないと忘れるかも知れんのでな。マイブリットが研究者の道に進むつもりで、大学院にも進学できそうだとも言ってたなぁ」
「えっ・・・マイ姉は先生になるんじゃ?」
「親としては、娘が進みたい道を選択してくれれば良いと考えておった・・・が、諦めてた夢を再び追いかけると決意し、楽しそうに進路について話す姿は嬉しくてなぁー。ともかく、ありがとうよ、アキト」
「・・・全然。えーっと・・・何が?」
混乱するアキトに、モーセルが理由を告げる。
「マイブリットは兄2人と自分を比較して、出来が悪いと考えていたようでな。ワシから見れば向き不向きの問題というか、大した差はないのだがな。兄2人は大学へ進学のための学力検査を1回でパスしておる。しかしマイブリットは2回落ちた。次の検査でパスできなければ、義務教育の後、予備校に通って学力検査対策することになる。それがプレッシャーとなって、模擬学力検査の成績も伸び悩んでいた」
学力検査は年に1回。
検査にパスすると、大学への進学資格を3年間保持できる。だから、大学進学を希望している者は、義務教育を終える3年前から学力検査を受けるのだ。
「そんな時、アキトが学力検査を一緒に受けると言ってきたな。マイブリットがアキトに勉強を教えることによって自分の理解も深まったようでな。成績が徐々にあがっていった。検定をパスできたのは、アキトのお陰と言ってもいい。アキトも検定にパスしたと知った時は、教師が向いているのかもと話しておった。それは検定にパスをしても、研究者としてやっていける自信までは培えなかったからだろうな」
オレはマイ姉に構ってもらいたくて学力検査の勉強しただけだった。
「マイブリットは助手をしてたから、ワシや研究開発本部の研究員、それにアキトと自分を比較してたらしい。その所為か、大学3年でラボに入ってからは、違和感が凄かった言っておったな」
「違和感とは?」
優空が口を挟んだ。
「知識、実験、観察、調査、ディスカッション、考察、推論、仮説、検証など、研究に必要な全ての要素でレベルが低くて話にならないとな」
「学生の研究レベルと、研究開発本部の研究レベル。比較対象として、相応しくないね」
新技術開発研究株式会社の研究開発、技術はルリタテハ王国の最先端を走っている。その中でも、研究開発本部は人類の最先端といって良い。
「アキトと学生を比較しても、レベル差がありすぎるとも言っておったな」
「そうなると、原因も解決も空人の所為になるね」
「そうか・・・なんと悪質なマッチポンプ。子供の振りして他人の人生を自由自在に操る実験をしていたとは・・・」
「いや、そん時は子供だったから!」
17歳のアキトは、今でも子供に分類されるのだが、この場ではツッコミ役が不在であった。
「それは・・・新開グループを掌中に収める為の実験か。我が息子ながら恐ろしい。長男と次男が新開グループの経営権の争奪戦を始める・・・しかも、家には三男と長女もいるから四つ巴の血で血を洗う構想に発展することになる」
「ワシはアキトの派閥に属しておるな。なに、娘の恩人・・・たとえ負けると判っていても義に殉ずる所存。研究開発者の多数派工作はワシに任せておれ。アキトは新開家での地位を高めよ」
「どうする? 空人。これは、お家騒動の誘いだ」
愉快な会話に唇を綻ばせた優空が、アキトに警告を発する。
「新開グループの企業理念は共教敬栄。故に、このまま見過ごす訳にはいかない」
新開グループは、常に研究開発で時代の最先端を歩み、技術で人類に貢献するだけでなく、共教敬栄は”共に、教え合い、敬い、栄えよう”という企業理念を掲げている。その理念は新開家の家訓でもあり、行動原理なのだ。
「なんと・・・。ワシは新開グループの発展にも尽くす義があるのだ。如何がすべきだろうか、アキト?」
モーセルは真剣な表情で、縁起でもない言葉を吐く。
「ボス。残念ながらお暇を頂きたく。この老骨は今この時より、アキトに付き従おう」
父さんとエドじぃは、今にも対決しそうな雰囲気・・・が全くない。
「父さん、エドじぃ。陰謀ごっこに付き合う気はねぇーぜ」
エドじぃは煽るだけ煽ってるけど、最終的にはオレを新開グループに組み込みたいという思惑が透けて見える。父さんは父さんで、オレを新開家に戻す口実に全力で乗っかってるだけだった。
「・・・と研究者の約2000人が惑星ヒメシロにきておる」
「モーセルさん、そろそろ到着するから、続きは降りてからにしよう」
「オーケー、ボス。アキト、続きは研究所で説明だな」
ここまでの説明を受け、オレの推察が極甘の見通しだったと充分すぎるほど理解した。
新開グループの実力、財力、思考法を全く理解してなかった。
貴賓車両の利用は新開グループの幹部なら当然の義務であったのだ。幹部の時間は貴重であり、貴賓車両の利用で時間を少しでも捻出するのだ。時間を購入するという考え方らしい。
アキトのように若い世代には、自分自身のために時間を存分に使えるので実感がわかない。しかし、これからの約2ヶ月間で、自分自身の時間を持てることの贅沢さを、アキトは思い知ることになる。
惑星ヒメシロの帰途、宝船で仕上げたレポートは始まりに過ぎなかった。
新開グループの最先端技術への執着は、砂漠で彷徨う旅人がオアシスの水を渇望する以上だった。
まず半年で、惑星ヒメシロに1万人の研究開発従事者を赴任させるというのだ。今後ダークマター、ダークエナジーの入手の中心が、ヒメシロ星系となる見通しだからだ。ただ人を移動させても、研究開発施設がなければ人を遊ばせておくことになる。
そこで新開グループの不動産部門は、すでに惑星ヒメシロある建物の購入を決めた。いくら時間がないとはいっても、企業の論理として、不良債権になるようなコストパフォーマンスの悪い物件は取得しない。そこで惑星ヒメシロの不動産業者、コンサルタントを集めてコンペを実施した。
多くの提案は、ヒメシロ市街のビル購入というコストパフォーマンスの悪い提案であった。しかし、1件だけ面白い提案があった。
「現在のヒメシロランドを2倍の規模にするために大規模投資をして建物を建設しましたが、テナントが集まらず投資回収の目処がたっていません。その上、投資額は借入金で賄っていて利子の支払いが重くのしかかり、キャッシュフローが危険水準に達し、経営が立ち行かなくなっています。適正価格でなら建物を売り、当面の経営資金にしたい考えているようです」
この提案に新開グループらしい思考法で検討したところ、不動産管理部門は即決した。
「ヒメシロランドの運営会社を買収する。そうすれば不良債権化している建物は、新開グループで使用できる。それに社員の福利厚生施設としてヒメシロランドを活用できる」
驚いている不動産業者に、新開グループ不動産部門の幹部は追い打ちをかける。
「ヒメシロランド運営会社は、ヒメシロランド周辺に宿泊可能なホテルを所有していないか? できれば3000の個室が欲しい」
「あります。高級ホテルから一般客用ホテルまで全7棟。データによると全部で5000室になります」
幹部が部下に、その場で指示をする。
「ホテルを丸ごとで1年間予約する。グレードの高いホテルから順で3000室分確保したまえ」
「承知しました」
このようなやりとりが、新開グループの様々な部門で行われたのだ。そして、第一陣の研究開発者約2000人が、すでに惑星ヒメシロで仕事をしている。
研究開発の設備は、時空境界突破航法装置をで惑星シンカイから惑星ヒメシロまでいくつも設置して送った。時空境界突破航法の人への影響や、ヒヒイロカネ合金の製造量が不足のために人は時空境界突破させなかった。
時空境界の両側でコントロールし、突破自体は無人で設備のみとなり、人は通常のワープ航法で1ヶ月に及び長旅をしてきたのだ。
アキトは新開グループの社員でなく、個人契約となっているため休日の定義がない。つまり惑星ヒメシロに赴任した研究開発者たちの仕事に振り回されることになるだろう・・・というか、決定されていた。
本人の意思とは関係なく・・・。




