第12章 結界攻防戦(17)
結界内での戦闘開始から約5時間後、TheWOCの即応機動戦闘団は撤退を完了した。それは無論、結界外に布陣していた第1即応機動戦闘団も含めてである。第2、4即応機動戦闘団と比較して、第1即応機動戦闘団は練度の桁が違う。指揮官が卓越している。アキトたちに付け入る隙を与えない見事な撤収を成し遂げたのだ。
ジュズマルを2機撃墜されてしまったお宝屋は、結界の範囲を縮小してレーダー網を構築し直した。しかし約5時間もの戦闘後に、完璧な布陣を整えるのには時間がかかる。
そこで限定人工知能量子コンピューターに小型飛行コウゲイシ”オテギネ”の配置のシミュレーションを実施させた。戦略戦術コンピューターでもないお宝屋のコンピューターでは、最適な配置から程遠い演算結果にしかならなかった。それでも時間と労力の節約になり、一定の安全は確保できる。しかもレーダーの配置変更は限定人工知能に任せ、オテギネとジュズマルを移動させているのだ。
「ゴウにぃ・・・肉が辛すぎよ。追加は、あたしが準備しようか?」
千沙が提案という名のダメ出しをしたのだが、ゴウには全く通じないようだ。
「ん、そうか? このぐらい辛い方が肉体が活性化するぞ」
ヘル以外の全員が宝船のダイニングルームに集まり、賑やかに食事をしている。もちろんヘルは、自分の研究室で食事し、研究に没頭しているのだ。
「う~ん・・・疲労回復には甘いものが良いと思うの」
「まあまあ、千沙。糖分はデザートで摂ればいいんだよ。ゴウ兄は、そこまで考慮しているのさ」
翔太は笑みを浮かべながら台詞とは反対に、まーったく信じていない口調でゴウを擁護した。
「・・・うむ、その通りだぞ」
千沙から視線を逸らしながらゴウは気まずそうに答えた。
「それじゃあ、ゴウ。デザートには何が準備されているのか教えてくれるか? オレに好き嫌いはないぜ」
「アキトには特別に大蛇の肉のレアを用意してやるぞ」
「それはデザートじゃねぇー。それに食い物でもねーぜっ」
「それってアキトが食中毒になって、そこの人外君が人間を辞めた原因の大蛇の肉のことかしら?」
「いやいや心外だな・・・僕としては、魔のモノに言われたくないって言うか・・・言うなよって! ルリタテハの破壊魔がって思ってるけど」
「あら、大蛇の肉はスキルを与える代わりに、品性を奪うのかしら?」
「仲良くとまでは言わんが・・・未だ脅威が去った訳ではないのだぞ。協力関係を積極的に破壊する言動は止めろ。機智に富んだ会話を期待する。それとな、今は面白味のある話題を選択すべきだぞ」
苦々しく、尤もらしい口調でゴウは諭したが、表情から面白がっているのがわかる。そして、もっと面白くするために、アキトに参加を促す。
「うーーーむ。俺には無理ようだ。アキト、少しは手伝え」
ゴウの依頼に、アキトの返事が一拍遅れる。
「・・・何か?」
いつの間にかアキトは、クールグラスを着け史帆の成果物に目を通していたのだ。
「アキト、今は食事中なの! 行儀悪いよ~」
「・・・うん。うっ?」
「アキト!」
アキトは千沙を目に入れないよう注意しながら視線を動かした。その視線の先には史帆がいる。
「あーあっ・・・オレの目を通した限り修正箇所はないぜ。ソースコードを各機種用にコンパイルして、バイナリコードを用意しておいてくれや」
「・・・どうして?」
「オテギネ、ジュズマル、宝船、翔太専用七福神リモートコントロール機は新開グループ製だからな。あーっと・・・だから新開グループの拡張通信フレームワークを搭載してる。ソースコードのまま展開すると、ルリタテハ王国の標準仕様でコンパイルされんだ。だけど、新開グループのフレームワーク用にコンパイルすれば最低でも1割、ソースコードによっては倍以上パフォーマンスが改善する。これからは、1割のパフォーマンス改善が、生死を分けるかも知れないからだぜ」
「仕方ない。コンパイルしておく」
「頼んだ。・・・あとよ。標準通信フレームワーク仕様書と汎用量子コンピューター入門書、宝船の汎用量子コンピューター上でのプログラム開発者権限を付与しておいた。興味があんなら使ってもイイぜ」
「・・・ありがと」
「話は終わったよね、アキトォ~」
「食事も終わったぜ」
「そうじゃないのっ。そう・・・」
「デザートは、前に千沙が作ってくれたコーヒー味のアイスが食べたいな。あれはホント美味かったぜ」
「・・・わかった。作ってくるから、ちょっと待っててね。それからアイスを食べる時は、読みながらはダメなの。わかった?」
コーヒー味のアイス自体はクックシスにも登録があり、千沙が手を加える必要もなく提供できる。
しかし、千沙は凍結する前のアイスの原料に、自身でブレンドしたコーヒーを加えている。しかもブレンドは苦みの強いものと、コクと香りの強いもの2種類用意し、2種類のアイスを作る。そうして出来上がったアイスをマーブル状に混ぜ合わせ、提供してくれるのだった。
「ああ。コーヒー味のアイス期待してるぜ」
千沙は跳ねるようにダイニングから飛び出していった。
「あなたって、見かけによらず悪人だわ」
「風姫ほどじゃないと思うけどな」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「ルリタテハの破壊魔ほどじゃないって意味だぜ」
2人は柔和な表情なのだが、口角が吊り上がった邪悪な微笑を浮かべていた。
翔太との嫌味な言い争いと異なり、アキトと風姫の口論は、軽口の類のものだった。そしてその軽口は、知ってか知らずか風姫をリラックスさせる効果があるようなのだ。
15分ほどして千沙が全員分のアイスと共に戻ってくると、しばらく穏やかな時間が流れていった。
甘味にはリラックス効果があるというが、リラックスしすぎている翔太が、何度も欠伸をかみ殺している。
「さて、と・・・僕は七福神リモートコントロール機器内で寝てるよ。敵襲以外では起こさないで欲しいかな」
そう言ってダイニングを退出しようとする翔太に、ゴウとアキト、千沙がそれぞの言葉で労いの言葉をかけた。
偶に、ふざけて戦闘しているのではないかと感じさせるが、今日の戦闘での最大の功労者は間違いなく翔太だった。翔太がいなければアキトの作戦は成り立たず、宝船は隠れる以外の選択肢を取りようがなかった。
「うむ、アキト。そろそろ始めるか」
「翔太もいなくなったしな」
「クックシスでコーヒーを用意するね」
始めるのは対TheWOCの作戦会議だった。アキトたちは、疲労困憊の翔太に負荷かけないよう配慮していた。翔太もそれを理解していて、デザートを食べ終えて直ぐにダイニングルームを後にしたのだった。




