第12章 結界攻防戦(13)
空調の効いた宝船のオペレーションルームの統合オペレーター席で、アキトは額に汗を滲ませ、能力の限界に挑戦していた。アキトの苦手な人型兵器同士の近距離戦闘に移行した所為だ。
同時に幾つもの策謀を巡らせ、敵が意図せぬまま罠へと陥れ、余さず破壊する。そういう戦闘が得意なアキトと対照的に、反射的な動きが勝敗の趨勢を左右する近距離戦闘は、翔太が得意としている。
弁才天の機動は見事の一言で、最近の翔太の急成長を物語っていた。
バイオネッタの振るう高周波ブレードの剣を躱し、レーザービームの銃剣の刃をいなし、突進してくる長槍の力のベクトルをずらして同士討ちを狙う。しかし、弁才天は徹頭徹尾、近距離戦闘には不向きな機体なのだ。
弁才天は、外見のデザインありきで開発されたため、装甲は重要部分のみの設計になっている。人型兵器バイオネッタは、関節部分の露出を極力抑え、羽重ね装甲で攻撃から保護しているのだ。
弁才天が敵の攻撃を受け止められるのは、琵琶だけである。
8臂のうち5本の腕は、装甲を外すと無限可変式合金だけであり、バイオネッタの剣を受け止める力はない。装甲で受ければ腕は切断されないが、弁才天の胴体にまで剣が届く。重要部分以外の箇所に当たれば、弁才天は破壊されるだろう。
アキトは文句を口にする労力も惜しいとばかりに、無言で戦い続けている。無言のアキトにプレッシャーを感じて、しおらしく中央突破に戦法を変更する翔太・・・ではなかった。今や、遠距離からもバイオネッタが援護の為に群がり、8機以上が弁才天を囲んでの接近戦となっていた。
「アキト、大変!? 宝船がないわ」
風姫の意図を推察せず、言葉の意味を咀嚼せず、アキトは反射的に答える。
「オレ達が乗ってんのが宝船だぜ」
答えただけでも気を遣った対応なのだが、アキトの窮状を風姫は理解していない。そのため風姫は、詰問口調で質問を重ねてくる。
「ここが目的地ではないのかしら?」
戦闘中に他へと意識を向けるのは難しい・・・というより命取りなのだ。風姫はジンと話している感覚なのだろう。戦闘を愉しみ、常に余裕を保てる現ロボ神という非常識しか知らないからこその、風姫の台詞であった。
ここでアキトが怒鳴りつけたとしても、客観的に判断して非は風姫にある。
しかしアキトは、信頼を込めた言葉を自然と口から零す。
「頼むぜ、兄貴」
千沙は視線をディスプレイに釘付けにしながらも満面の笑みを浮かべ、翔太は口笛を一吹きする。
「うむ。任されたぞ」
ゴウの無駄に良いバリトンボイスが、嬉しそうな声色でもってコントロールルームを包み込んだ。
アキトがゴウと出会ってから半年間は”ツヨシさん”だった。トレジャーハンティングユニットお宝屋を辞めてからは”ゴウ”。半年後からお宝屋を辞めるまで、アキトはゴウを”兄貴”と呼び、慕っていた。
ゴウ達3人は、アキトがいた時のお宝屋の感覚を思い起こしていたのだ。
集中しているアキトは雰囲気の変化に気づかなかった。しかし、千沙からの情報精度が上昇し、敵の攻撃を回避する弁才天の動きがスムーズになったのには気づいた。
そうして出来た余裕を、アキトは周囲の雰囲気の変化に向けるのではなく、作戦の考案に充てたのだ。
「翔太。囮3本、巻き付け1本、牽制1本。矢3後方上、即連3」
『了解さ』
無限可変式合金を必要以上に曲がりくねらせ、刀/矛/長杵が前方のバイオネッタに襲い掛かる。右側面から地面にかけて鉄輪が舞い踊りバイオネッタを接近させない。その間に斧を失った無限可変式合金がバイオネッタ2機に巻きつき、動けぬよう束縛する。
束縛した時には既に、バイオネッタは弁才天の餌食が確定していた。弁才天の右膝からレーザービームが輝線を引きバイオネッタの胴体を貫く。左膝から電磁気を帯びたレールガンの弾が装甲に亀裂が走り、バイオネッタの内部を圧壊する。
近距離のバイオネッタ2機を撃墜。
矢筒にあるミサイルは残り9本と貴重だったが、3本をロックオンもせずに放つ。左後方上に陣取っていたバイオネッタ1小隊4機へと迫る。しかし、バイオネッタに命中しないのは確定的。アキトはバイオネッタの手前で、3本の矢型誘導ミサイルを自爆させたのだ。
バイオネッタ小隊にとって自爆したミサイルは、煙幕兼レーダージャミングの役割を果たす。しかしアキトにとって結界内は、全てを見通せてるも同然。
次に番えた3本の矢型誘導ミサイルがバイオネッタ3機を撃破。先に自爆させたミサイル3発とバイオネッタ3機の爆発の衝撃で、残りの1機も撃墜できた。完全に偶然の産物なのだが、アキトは計算通りの結果だと豪語しようと心にメモする。
「千沙。大黒天、進出経路の最適化を!」
バイオネッタを6機を撃墜したことで余裕ができた。アキトは千沙に次の策略の為の指示をだし、その策略を活かすための言葉を継ぐ。
「弁才天を上空へ。翔太、派手に飛びやがれ」
バイオネッタは残り10機。
離脱していたカヴァリエー6機が、弁才天の更に上空から迫りつつある。
『そうそう、そうこなくっちゃねぇー。空中機動は僕の得意中の得意さ。さあ、ご覧あれ』
翔太の気持ちが天井知らずに高揚している。こういう時の翔太は、自由にやらせるに限るのだ。反応速度が上がるだけでなく、冷静な時より視野が広くなるという特殊な男が翔太なのである。
「アキトくん、最適化完了なの。機動歩兵科の攻撃を完璧に回避できるよ」
回避できるとの判断には、敵の戦力を知らねばならない。結界内に数多のモニタリング端末からのデータとはいえ、敵の武装までは分からない。それなのに何故、千沙がTheWOCの即応機動戦闘団機動歩兵科の兵器を知っているのか?
新造”宝船”が知っているのだった。
アキトがジンに巻き込まれ、危険地帯に赴く可能性が高いと知った新開グループは、新造”宝船”に戦略戦術コンピューターを搭載しようとした。専用ハードウェアと専用ソフトウェアからなる戦略戦術コンピューターは、簡単に搭載できるものではない。軍事方面のノウハウの少ない新開グループは新造”宝船”への搭載を諦めた。しかし、軍事情報は詰め込んだのだった。
新造”宝船”に汎用量子コンピューターを追加で搭載し、古代から現代までの戦略、作戦、戦術などの戦訓をデータベース化して登録した。その情報をアキトは有効活用し、TheWOCの私設軍隊相手に圧倒的な優位を確立していた。実のところ、薄氷の上の優位でしかないのだが・・・。
その薄氷の上の優位を維持するため、アキトは次の策略を開始していた。
「大黒天全力出撃。かき回せ」
『うんうん、それで攻撃はどうするのかな? アキト』
「一任」
『そうそう、弁才天のは?』
「オレがやるぜ」
『ふーん・・・まだまだ僕には余裕があるんだけどさ』
余裕のないアキトは必要最低限しか口を開かず、余裕のある翔太は認識の齟齬がおきないよう質問をしたのだ。
「即応待機」
『なるほどねぇー。了解したよ』
この会話から分かるように、翔太は誤解なきよう物事を進められる男であり、普段は誤解ありきの会話を愉しむ男なのだ。




