第12章 結界攻防戦(11)
アキトは七福神ロボそれぞれに、数多くの戦闘パターンを予め用意していた。当然、弁才天の戦闘パターンも複数準備している。
戦闘パターンの一つをアキトは選択、追加した。
「翔太、今」
弁才天は無限可変式合金を巧みに操り、刀と矛、長杵でカヴァリエーレ2機の動きを制限する。高速で飛行するカヴァリエーレには、大きさのある刀と矛、長杵、それに無限可変式合金が脅威に映ったのだろう。アキトの予想通りの軌道を描いたカヴァリエーレは、突如として死角から出現した斧と鉄輪に、それぞれ1機ずつ激突、墜落していった。
「上手に敵機を引き込んだわね。戦闘では役立つけど、性格の歪みが良く分かる戦法だわ」
『いやいや、そう褒めなくても良いさ。何せ、この僕が相当に練習したからねー。それとさぁあ・・・この戦法と、練習用メニューは・・・アキトの考案さ』
「そうだ」
アキトは短く応じた。
今、アキトには全く余裕がなかったからだ。
レーザービームとレールガン、矢型誘導ミサイルの照準、それに戦闘パターンの選択と攻撃指示はアキトの担当なのだ。つまり攻撃する際、翔太はタイミングを計れば良いだけなのである。
翔太は被弾しないよう弧の軌道に緩急をつけつつ弁財天を動かし、敵に的を絞らせない。その上、アキトが琵琶の盾の斥力でカヴァリエーレのレーザービームを逸らし、弁才天への攻撃を遮っている。
「そうね・・・アキトの性格は歪んでないようだけど、思考内容は常軌を逸しているわ」
風姫は少し考えてから、微妙に表現を変更したのだ。
その表現に対して、千沙がディスプレイから視線を外さず反論する。
「風姫さんは勘違いしてるよ。だって・・・アキトは頭が良すぎるんだもん。だから普通の人には理解できないの」
反射的に千沙は言い返したが、説得力に欠ける言葉にしかならなかった。千沙もアキト同様、集中しているのだ。ただ千沙の主戦場は弁才天のいる所ではなく、結界内全体なのだが・・・。
「天地人!」
いきなりゴウが大きな声を出した。
「どうしたの、ゴウにぃ?」
芯は強いが普段は比較的大人しい千沙だが、アキト絡みになると沸騰しやすくなる。風姫は根っからの王女様で周囲との接し方が自己中心的になりやすい。
さっき千沙から注意された不快感から、ゴウは仲裁に入ったのではない。少しはあるかも知れないが・・・。
「うむ、大昔の孟子とかいう人の書に記載された戦略が成功する条件でな。天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」
ゴウには余裕があった。
「俗に、天の時・地の利・人の和と言うのだ。機を見て、地の利を活かし、全員が一致団結して戦うことだな。その中でも、人の和が一番重要なんだぞ」
「西暦二千年前後で、軍隊として編成される以前の考え方だわ。でも・・・そうね。今の状況では必要な考え方なのかしら」
「そうなの?」
「いいわ、アキトの話題は戦闘の後にしましょう」
「う~ん・・・そうよね」
「史帆、作業中に悪いんだけどコーヒーを淹れてくれないかしら? 豆はアキトの部屋の冷蔵棚の”喫茶サラ”ブランドのコーヒー専用容器(完全気密容器)に入っているわ」
「ちょーっとぉ、待ったぁああーーー」
流石にアキトが口を挟んだ。
弁才天の琵琶の動きが微妙に変化し始めた。
「なんで知ってる? どうして知ってる? あれはオレんだぜ」
澄まし顔で、風姫は跳ねるような声を出す。
「人の和の為に提供するのは、チームメンバー義務だわ」
「ありがとう、アキトくん。史帆さん、あたしにはミルクも入れて欲しいな」
紅茶党の千沙が風姫の話の流れにのった。そうなると、アキトに否やはない。
「わかった。淹れてくる」
史帆は素直に返答した。
『僕も飲みたいなぁ。史帆ちゃん、ブラックで持ってきてくれないかな?』
「うん、いいよ」
史帆は明るい声で返事をした。
「史帆、オレもブラックだぜ」
「・・・ついでに」
史帆は嫌そうな口調で了承した。
弁才天の琵琶がTheWOCの人型兵器”バイオネッタ”のレーザービームをまともに受ける。琵琶を持つ弁才天の腕にかかった負荷の所為で、関節部が軽微な損傷をする。レーザービームの威力を逃がせなかったので、弁才天が態勢を崩す。
『さあさあアキト。集中だよ、集中』
アキトに注意を促しながら、態勢を崩した弁才天を翔太は即座に立て直した。
刹那でアキトは集中力を取り戻し、バイオネッタ大隊を迎え撃つ態勢を整えた。そして、自らの境遇に対して文句を吐く。
「・・・全くもって納得いかねぇーぜ」
「あ、あのゴウさんは?」
「うん?」
「コーヒーはブラックで・・・?」
「そうだな・・・俺は少しで構わんぞ。その代わりという訳でもないが、水を1杯頼もうかな」
千沙の結界内の情報から、ゴウは長期戦を覚悟した。そこでコーヒーブレイクによる緊張感の緩和と、水分不足による血栓を防ぐためのオーダーを史帆に依頼したのだ。
「ハイ、分かりました」
史帆の声色は、何故か輝いていた。その史帆の声色の変化に、いつもの千沙なら気づけるはずだった。しかし、バイオネッタ大隊の接近が、それを許さない。
「TheWOCバイオネッタが8隊に。それぞれ4機なの」
『どうするアキト』
「中央突破だ」
バイオネッタ大隊を迎え撃つ弁才天の姿は、実に奇妙だった。
5本の手からは太い糸が重力を無視して、うねうねと曲がっている。その糸の先には、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が繋がっている。2本の腕は、弓を持ち矢を番えている。それと、琵琶を持っている手が1本。
2本の脚は膝を折り曲げて、正座で空を翔ているよう見える。その姿は可笑しくもあるが、膝から覗かせている砲身が、非常に凶悪であった。弁才天は、右脚にレーザービーム、左脚にレールガンを装備しているのだ。
サムライとしては不思議な姿勢で、コウゲイシとしては奇抜なシルエットで、敵を無慈悲に葬り去る準備が完了していた。




