第12章 結界攻防戦(9)
情報統括長のロス中尉は、様々なデータから次々と情報を整理整頓していった。情報統括長として余計な感情を排し、客観的な情報を積み上げていく。彼に司令官としての素質があれば、1番冷静な戦局判断できる立場にある。
ただ戦術眼がないため、司令官エリオン少佐の額から滲み出る汗の理由を共有できないでいた。
TheWOCの即応機動戦闘団が1隻を相手にする戦訓は存在しても、1機を相手にする戦訓なんて存在しない。たった1機のサムライの相手など作戦や戦術を検討するまでもなく、1個即応機動戦闘団の数の力で一気に撃破できる。その疑いようもなかった常識が、エリオン少佐の中で音を立てて崩れ落ちていた。
まず第4即応機動戦闘団は、フォーメーション”2A”陣形で防御を固めながら接近し、攻撃のチャンスながら窺った。そして、数の暴力で押し潰せると確信する陣取りが完成した直後、一気呵成の総攻撃に仕掛けた。
カヴァリエーレ2個小隊16機が2手に分かれ、十字砲火の要領で攻撃するのだ。攻撃パターンは、遠距離からレーザービームで、近距離になると誘導ミサイルで攻撃する。そして空中を飛翔しているサムライの上を1個小隊が、もう1個小隊が下を最高速度で駆け抜ける。
バイオネッタ大隊32機が敵に纏わりつくよう陣取りし、1編隊4機が上下前後左右から次々と接近戦を仕掛ける。接近戦を仕掛けていないバイオネッタはフレンドリーファイアに気を付けながら、レーザービームで敵の行動を制限しつつ削るのだ。
カヴァリエーレとバイオネッタが戦闘している間に、機動歩兵科は地上から地上設置型レールガンを準備する。2名1組で行動し、1組当たり4ヶ所、合計400ヶ所に設置するのだ。
この数の暴力を高効率で敵に叩きつける攻撃が、全く機能しなかった。
カヴァリエーレのスコープで視認できる距離にルリタテハ王国軍のサムライを捉えた刹那、パイロットは一様に驚きを隠せなかった。新型と思われるサムライは8本腕の異様な姿だった。
TheWOCは、たった1機の弁才天を相手するのに、即応機動戦闘団の全戦力を投入したのだ。
『なんなんだ・・・』
『あれは・・・ルリタテハのサムライ・・・?』
『知らんぞな』
『サムライはサムライだろ』
無線から無秩序な音声が流れた。どの声色にも、驚愕の色はあっても恐怖の色はない。自分たちが死ぬとは、微塵も想像していないのだ。
『ガタつくなっ!』
カヴァリエーレ2個小隊の隊長2人の内、先任将校にあたるブーニン大尉が一喝すると、無駄口を叩くパイロットはいなくなった。
『タイミング合わせぇー』
カヴァリエーレのレーザービームの有効射程まで数秒の距離になり、ブーニン大尉がカウントを始める。
『・・・スリー』
弁才天の持つ羂索は、青/黄/赤/白/黒の五色の糸を縒り合わせ縄状としている。ただ、新開グループ製のコウゲイシ”弁才天”が持っている羂索は、五色の無限可変式合金で作成されているのだ。合金にはミスリルとヒヒイロカネが大量に使用されていて、羂索1つで小型の恒星間宇宙船が購入できるぐらいなのだ。
羂索が色毎に5本の無限可変式合金へと分割される。それぞれの無限可変式合金の先端に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が繋がる。羂索を持っている左側の手から、5臂が無限可変式合金の終端を掴む。そして、何故か空いた手を背中に回したのだ。
TheWOCの一斉射撃開始まで、弁才天が攻撃するのを禁止されている訳でない。翔太は先制攻撃する予定であり、予定通りブーニン大尉のカウント終了前に弁才天が攻撃を始める。
弁才天の右下から迫るカヴァリエーレ小隊に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が襲い掛かる。
8臂を持つ弁才天の攻撃は、無論それだけでない。
『ツー、ワン、ファイア』
弁才天の左上から突撃するカヴァリエーレ小隊へは、3本の矢型誘導ミサイルが弓より発射された。ブーニン大尉のファイアの台詞が言い終わる時点で、カヴァリエーレは5機が撃墜されたのだ。そのうち1機は誘導ミサイルによるもので、辛うじて回避運動していたカヴァリエーレ2機も誘導ミサイルによって、すぐに撃墜マークへと変換されたのだった。
ブーニン大尉のファイアの台詞が言い終わってから2秒ほどで、カヴァリエーレ2個小隊16機は9機となったのだ。
カヴァリエーレ2個小隊の放ったレーザービームの十字砲火は、弁才天の一瞬前の姿を貫いていた。
2次元なら2方向からの十字砲火が有効だが、弁才天がいるのは空中なのだ。精確なレーザービームの一斉射撃は、タイミングさえ計れれば簡単に躱されてしまう。空中という3次元が戦闘場所ならば、せめて3方向から一斉射撃すべきだったのだ。
しかし、カヴァリエーレは空中で停止もできるが、本質は戦闘機である。戦闘機としての速度・・・突進力を活かすためには、3次元の戦闘は難しい。宇宙を活動場所として開発されているサムライ・・・弁才天はコウゲイシだが・・・は、上下前後左右関係なく機動が可能なのだ。
「カヴァリエーレ2個小隊が敵サムライと交錯。全機離脱。続いてバイオネッタ大隊が交戦に入ります」
指揮専用オリビーにいるスペリー少尉が、司令官に状況報告と必要な情報を告げる。
カヴァリエーレは弁才天へ少しでもダメージを与えるため、レーザービームを連射モードに変更していた。弁才天を屠るに充分な時間、レーザービームを命中させるのは無理と判断したようだ。
連射モードに変更したのは成功だった。弁才天に命中したのだから・・・。正確には、弁才天が持つ琵琶にだが・・・。
弁才天は左側の腕を背中へと回し琵琶を握った。その琵琶にはヒヒイロカネ合金が潤沢に使用されていて、斥力でレーザービームを逸らし、威力を減じていた。
弁才天の重要な箇所は、分厚いヒヒイロカネ合金装甲に護られている。そのため、琵琶の盾を抜けたレーザービームもあったが、弁才天の継戦能力に影響を与える程でなかった。3本の矢型誘導ミサイルを弓に番え、離れていくカヴァリエーレへと向け発射する。
3機のカヴァリエーレは爆炎と共に、惑星ヒメジャノメの地へと墜落していく。
無限可変式合金の最大距離の半分の位置に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪を空中に展開する。
「バイオネッタ大隊32・・・27機が交戦開始。離脱したカヴァリエーレで戦闘継続可能なのは6機」
必要な情報であるが、本音のところエリオン少佐は、欲しくも知りたくもないだろう。
そこにロス中尉が、エリオン少佐の欲しくも知りたくもない情報を重ねる。
「敵の位置をロスト」
「・・・1つですか?」
エリオン少佐が冷静を装って報告を求めた。
「いえ、2つともです」
冷静な声色になりそうもなかったのでエリオン少佐は、ロス中尉に返事はしなかった。口を開いたら罵詈雑言が出ていただろう。彼女は、いつでも沈着冷静、苛烈で勇猛果敢だが、品のある司令官というブランド維持を優先した。
弁才天を操縦する翔太の実力をエリオン少佐は高く評価した。
「どうやら敵のパイロットの実力は、デスホワイトに匹敵するのでしょう」
翔太がデスホワイトこと現ロボ神”ジン”の指導を受けたのは1日に満たない。そして、どんな戦闘シチュエーションでも翔太はジンの足下にも及ばない。ジンが活躍していた時を知らないエリオン少佐が、翔太の実力を測れるはずないのだ。
「1個即応機動戦闘団だけで、無理に戦線を維持すべき時ではないです」
無理にでも維持すれば、結界からの脱出路を確保できたのだが・・・。
それに、弁才天のパイロット・・・翔太の実力評価が高すぎた。翔太は、1人で戦っている訳ではない。
「バイオネッタとカヴァリエーレは本司令部の上空まで転進せよ。機動歩兵科は移動を中止し、レールガンの設置を急げ」
迎撃態勢を整えるための命令だったが、結果として翔太に挟撃を許してしまったのだ。




