第12章 結界攻防戦(5)
オペレーションルームの扉が開き、アキトはゆったりとした足どりで中へ入った。そして扉が閉まった瞬間、ヘルの許へと疾走し、威圧感たっぷりの声色で詰問した。
「おい、ラマクリシュナンが通路を歩いてだぜ」
アキトの正面からでなく、背後から返答があった。
「通路を歩くのは別に構わないさ」
「そうだぞ」
翔太とゴウの声だった。しかも気楽な・・・。
「そうじゃねー。白衣着て、荷物持ってたぜ」
「なんだとぉおぉおおーーー」
漸くヘルは、事の重大性に気づいたようだ。
「そうだろっ!」
満足気な表情に得意気な声色で、アキトは喰いつき気味に賛同を催促した。
「いいかぁあっ。白衣は、我輩のコ・レ・ク・ションなのっだぁあああーーー」
「そうなんだ・・・いや、そうじゃねー。なんでラマクリシュナンが一人で自由に歩いてんのかが問題なんだっ!!! それから今の時代に白衣なんて使うなっ!」
「我輩のコ・レ・ク・ションだっ!」
「ヘルよ、アキトには伝えなかったのか?」
「リーダーは貴様だろ。ならばぁああ、我輩は貴様にだけ許可を貰えば良いのっだぁあああーーー」
「いやいや、僕にも伝えてたよ」
「あたしも」
「ウチも」
「なんてこったぁああああああ」
ヘルを無視してオレは風姫に尋ねる。
「風姫は?」
「知らなかったわ」
ヘルを相手するのに疲れてきたのだが、本人に訊かないことには分からない。かなり面倒になってきたが仕方ない。オレは渋々と、ヘルに訊いてみることにした。
「それは一体全体、どういう基準なんだろうな? 教えてもらおうか、ヘル」
「王女の御心を煩わせぬようにだな・・・」
ヘルに全部を言わせず、風姫が口を挟む。
「ホントはどうなのかしら?」
「教えなくとも、ケガなんぞしな・・・」
「良い度胸だわ」
ヘルは口を噤んだ。
流石にルリタテハの破壊魔を怒らせるのは得策ではない・・・というより、命の危険を毛のない肌で感じたようだ。
「うんうん。確かにヘルの言う通りだね」
「そうだなぁあ・・・それじゃあ、オレに伝えなかった理由も正直に答えてもらおうか?」
「今は緊急事態。我輩の雑事に皆を付き合わせるのは申し訳ないなぁあああ。後でも良いだろ?」
「ああ、緊急事態だな。だが、ラマクリシュナンが逃げったてのも緊急事態だぜ。何のつもりだ?」
「貴様こそ、なんで逃走を許した? 捕まえれば良かっただろうに・・・それともぉおーおっ、ラマクリシュナンに恐怖でも感じたか?」
ヘルに話を逸らされているというのが分かる。が、厭味ったらしい挑発をされて黙っていられるほど、オレは大人じゃねぇー。
つまりアキトは、子供なのである。
「オレはラマクリシュナンが、両手足に拘束リングをつけてたの見たぜ。それなのに通路を自由に歩いてたんだ。テメーに何がしかの意図があると推理した。どうだ?」
「ほっほぉおーーー、それだけかぁあ?」
「テメーは拘束リングの設定を変更できねぇーよな。であれば、ゴウか翔太の協力が必要になるはずだ。テメーの意図を挫くなら喜んでやってやるぜ。だがよ、ゴウと翔太が絡んでるなら別だよな?」
ゴウに視線を移すと、悪役に相応しい笑顔を浮かべアキトに返答する。
「うむ、見事な推理だぞ、アキト」
「僕かゴウ兄じゃなく、僕とゴウ兄が協力者なのさ」
翔太は一見すると好青年のような爽やかな笑顔で、自らの悪事を暴露した。
まさか千沙もか、とアキトが猜疑的な視線を向ける。すると千沙は慌てて否定する。
「あ、あたしは違うよ~。アキトは知ってる~って言われてたの」
千沙の肯定に、アキトは本気で心の底から安堵していた。千沙からの支援までなくなったら、お宝屋・・・主にゴウと翔太の暴走を制御できずトラブル発生は必至。これは予感というより確信だった。
「ああ、分かってるぜ。千沙が協力するなら、オレにも教えてくれるだろうしな」
「そうだよ。あたしはアキトの味方だもの」
千沙の肯定に、アキトは本気で心の底から安堵していた。千沙からの支援までなくなったら、お宝屋・・・主にゴウと翔太の暴走を制御できずトラブル発生は必至。これは予感というより確信だった。
トラブル上等の風姫と不確定要素のヘル。そして、どうにもトラブルに愛されているらしい自分の存在が不安を掻き立てる。
トラブルを最小限に抑える為にも、状況把握をしておきたい。
「というこだぜ、ヘル」
「もう役に立ちそうにないからなぁあ。この際、恨み辛みを含めて過去の因縁を清算することにしたのだ。それには、ただ単に処分しても愉快ではないしなぁああ。我輩は、拘束リングの・・・」
千沙の座っている情報統括オペレーター席のディスプレイに、拘束リングからの通信が表示された。千沙は内容を、メインディスプレイ右下に表示させる。
拘束リングの位置が宝船から直線で200メートルの距離に達し、設定どおりレーザー切断を発動。4個の拘束リングは磁力操作で一塊に重なり、スタンバイ状態へと移行した。つまり拘束リングを着けられたいた人物の両手足首が切断されたということだ。
「しゃーねぇーなっ。収容しに行ってくるぜ」
「いやいや、無駄だよアキト。レーザーを最大出力にしてあるからね」
それは、両手足首の切断は一瞬で、全く血止めされないということだ。
「うむ。俺たちは彼の冥福を祈ろう」
「・・・なるほどな」
千沙の顔に哀惜の念が浮かぶ。
オレの顔色にも、少しは心苦しいさが表れているだろう。
オレが知っていると千沙に伝えたのは、きっとゴウに違いない。オレが聴いてれば反対しただろう。オレに配慮してくれたのか・・・。
お宝屋も人死がでるのは好まないし、無闇やたらに人を傷つけたりしない。
ヒメシロに帰還するとき、ラマクリシュナンが宝船にいると、ヤツが何某かのトラブルを起こしかねない。
ラマクリシュナンを眠らせておくにしても、メディカロイドに突っ込んでおくしかない。誰かがケガをした際に困るし、最悪メディカロイドの初期化に時間を取られ、重体者の処置が間に合わなくなる。そういう可能性がある。
このメンバー全員の安全を最優先に考えるなら、ラマクリシュナンは切り捨てるべき。ゴウがリーダーとして、己の責任で判断したのだ。
こういう冷徹とも感じる冷静な判断をゴウは下せる。それはトレジャーハンティングユニットお宝屋のリーダーとしての能力である。オレがゴウに全く及ばない資質の一つと自覚している。だからこそオレは、一人でトレジャーハンターすることを選択したのだ。
「拘束リングの回収は後だ」
ゴウの指示で、アキトは察した。
全く気を遣えない男に見えるが、ゴウなりにアキトの気持ちを切り替えさせようとしているのだ。
「了解だ。それじゃ、手早く情報共有するぜ」




