第12章 結界攻防戦(3)
ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンを捜索・・・というより、彼の脳とチップディメモーリアを捜索している即応機動戦闘団に、結界が遂に発見された。
この緊急事態に対して、宝船の限定人工知能量子コンピューターは警告を発した。船内の人のいる場所に警報を鳴り響かせ、赤いアラートと青い矢印を空中に表示させる。
宝船ではルーラリングと通信することにより、各個人の居場所を常に把握している。緊急時には、その人の役割に応じ、青い矢印が進む方向を表示する仕組みになっている。
ヘルを含めた宝船のメンバー全員がオペレーションルームに集合した。
「アキトくん。結界まで、後30分ぐらいで着いちゃうみたいだよ~」
情報統括オペレーター席の千沙が、メインディスプレイに結界周辺の地図と敵の位置を表示させていた。
「そっか・・・それより、敵の規模を知っときてーな」
「おやおや、さっそく僕の出番かな? 改良済み七福神ロボのオペレーションルームで敵情視察してみるさ・・・そうそう、アキト。感謝の気持ちは言葉じゃなく、今度形あるもので頼むよ」
「断る。それに、翔太の出番じゃない。オレがやるぜ」
アキトはゴウに向かって宣言した。間髪入れずゴウはアキトの申し出を許諾する。
「うむ、任せたぞ」
ゴウの決定に、翔太は文句を口にせず、千沙はアキトを笑顔で送り出す。
「がんばってねぇ~」
アキトは振り向かずに手を挙げて振り千沙に応え、オペレーションルームから飛び出していった。
その背中は頼もしく、風姫の心に安寧をもたらす。
出会ってから数ヶ月の間で、アキトはジンからの特訓という名の様々な試練を乗り越えてきた。シミュレーションマシンによるサムライの模擬対戦では、アキトが訓練を始めてから、たった3日で太刀打ちできなくなった。ダークマターハロー”カシカモルフォ”を無事に航行した。惑星シュテファンではサムライで大気圏突入・脱出した。
私は、アキトの実力の全貌を知らないわ。サムライでの戦闘力なら、ジンを比較対象として測れば大体検討がつくのよ。でも・・・技術とかトレジャーハンティングの知識量は膨大で、その知識を応用しての作戦とかの知恵は、無限に湧き出しているようだわ。知れば知るほど、憧憬の念を抱いてしまいそうに・・・。
私はルリタテハ王位継承順位第八位の一条風姫だわ。
いつまで一緒にいられるのかしら?
少しの気持ちなら・・・少しだけの想いなら、きっと忘れられる。
でも、ずっと・・・いつまでも・・・アキトと一緒にいたい。離れたくない。
だけど、一緒にいる時間が長くなれば・・・きっと別離が辛くなる一方だわ。
アキトへの想いと自らの立場を顧みて、風姫の思考は迷宮に深く入り込んでいった。故に風姫は結論を先送りし、現在の疑問解消を優先することにした。
「どうしてアキトなのかしら? 人外君のユニークスキル”何となく適合”の方が役に立つはずだわ」
「何言ってんだ? アキトの方が役に立つからだぞ」
ゴウは怪訝な表情を通り越し、まるで不可思議で奇々怪々な生物でも見る視線を向けてから口を開いた。しかも呆れた口調で言葉を継ぐ。
「それに翔太には、休めるときに休んでもらわないとな。長時間の操縦は疲労が蓄積される。刹那でも集中力が切れれば、結界を突破されかねん。適材適所、役割分担は大切だぞ」
オペレーションルームに隙間風の吹く音がした。
「いやいや、ゴウ兄。実の弟が人外扱いされ、マルチアジャストを何となく融合なんて不名誉極まりない命名されたんだからさ。まずは、その点を抗議して欲しいんだよね」
「そうだな・・・。風姫、まだ翔太は人類なんだぞ」
何か硬いものを叩き壊したときのような音が響く。
「それより、さっきから変な音がしているようだけど・・・いったい何なのかしら?」
「風姫の心象風景を音にしてるだけだ。所謂効果音というヤツだぞ」
遊んでる。絶対に私であそんでいるわ。
「マジメに返答できないのかしら?」
「何を言うか、王女だと知った瞬間から、俺はそれなりの対応をしてきたんだぞ」
「ゴウにぃ? 最初から知ってたよね?」
「うむ、そうだが」
「そうそう、だから何も変わってないのさ」
お宝屋の3人が揃った時の会話は半分不毛で、ヘルは全身不毛だわ。
あれ?
違う。違うわ。
私も毒されてきていて思考が可笑しくなってるのかしら?
「ふざけているけど・・・いいえ、ふざけ過ぎているけど、あなた達が優秀なトレジャーハンターなのは充分理解してるわ。それで秘密は何かしら?」
お宝屋3兄妹は唖然とした表情を浮かべ、史帆は無表情で通し、ヘルは既に興味を失ったようで空いているオペレーター席で何かしていた。
「お宝屋はアキトと一緒にいるのことに拘り過ぎてる。一緒にいること自体が目的に思えるほどだわ」
お宝屋3兄妹とアキトの様子を窺っていて、風姫は最近になって気が付いたのだった。そこで、鋭く切り込んだ。
「目的は、愉しいトレジャーハンティングだぞ」
「そうそう、アキトと一緒ならスリリングで冒険が待ってるからさ」
「そうだよ。あたしはアキトと一緒にいたいの」
私の質問の趣旨を完全に理解している筈なのに、3人が解答するたび徐々にずれてきたわ。お宝屋の常套手段ね。
「それで秘密は何かしら?」
お宝屋の惚けた答えを、風姫は笑顔で抹殺したのだ。
「いやいや、貴様は自分の秘密を何一つとして暴露しない。だが俺たちには秘密を告白させようとする。王女というのは、そんなに偉いのかな? というよりさ。王族って、人としての品性が下劣なのかな?」
「翔太は、何で風姫さんに対して敵対心を燃やしてるの? 風姫さんは、確かにあたしたちのアキトくんを独占しようとしてる。でも大丈夫なの。アキトくんは必ず、あたしたちと共にあるんだから・・・。たとえ風姫さんがルリタテハ王族で、王位継承順位第九位だとしても。ルリタテハの悪魔姫と呼ばれていても」
「第八位、第八位だから。それに、たとえじゃない。私は正真正銘のルリタテハ王族だわ。それに二つ名は、風の妖精姫っ!」
「あれあれ、自分で言ってて恥ずかしくないのかな? 妖精姫だなんてさぁ」
「何を言うか翔太。自らを神と称する元コールドスリーパーのアンドロイドが始祖という、まさに妖精姫だぞ。自称な・・・」
「普段、私は自分のことを風の妖精姫だなんて言わないわっ!!」
「そうだよ、ゴウにぃ、翔太。風姫さんは自分のこと、ルリタテハの踊る巨大妖精姫だなんて紹介してないの。ただ、ちょっと可憐で美しいから、そういう二つ名を着けられたって言ってただけなのっ!!!」
「ルリタテハの踊る巨大妖精姫なんて言われたことないわっ!!!!」
「もしかして、ワザと間違えてる?」
史帆が千沙を見つめて尋ねてみた。
「う~ん・・・半々?」
千沙の言葉に刺々しい成分が加わっているのは、風姫を恋敵と認識したからだった。学生の時にも2回あり、普段の千沙と違いに周囲と、それ以上に恋敵が戸惑ったのだ。そして、千沙と距離を置こうとすると、恋敵がアキトの傍にいれる時間は減少していくのだ。
「私の切り札。風の正体を教えるわ」
「いやいや、そんなの秘密でも何でもないよね?」
「アキトから聞いてるようだけど」
「うんうん。もちろん聞いてるさ」
「それは間違いだわ」
風姫は一大決心をし、技の秘密を告げようとする。なぜなら、この技は風姫が長い時間をかけ、自ら生み出した彼女だけのユニークスキルなのだ。原理を知られれば、技を真似される恐れがある。
徒手空拳の相手からの奇襲は、成功確率の高く非常に危険である。その危険が、今後自分の身に降り掛かるかも知れないのだ。
「私の風はカマイタチなんかじゃないわ。風は・・・」
「うむ。それは当然だぞ」
「そうそう。ちょっと風が吹いたぐらいで真空なんかで出来ないし、真空が出来たとしても皮膚を切ったり、ウミヘビの頸ごと両断したりは出来ないよね。そんな当たり前のこと、アキトが分からないとでも?」
「そうだよね~。風姫さんはアキトのこと、全然知らないんだよね~。だから、お願い・・・アキトくんを解放して欲しいの。お宝屋がアキ・・・」
「ちょっと待ってくれないかしら千沙」
風姫の表情が強張り、体は凍りついたように固まり、喉に声が張りついて震える。
「お宝屋は、風が何か知ってるいるというのかしら?」
「風は副次的作用に過ぎんな。重力を制御して水や砂などを薄い刃のように圧縮して、切断する部分に高速で衝突させる。原理は、ウォータージェット加工だな。それと同時に、切断面へ斥力を加えて一気に切り落とす。口で言うのは簡単だが、切断する物質によって重力を制御するのは至難の技だろうな。ミスリルの重力制御を極め、ここまでの技にするとは見事だぞ」
「うんうん、まさに破壊魔の名が相応しいね」
「ロイヤルリングのミスリルだけじゃなく、体にも埋め込んでいるだろうって言ってたよ~」
お宝屋3兄妹の解答は、過不足なく正解だった。
アキトは技術や知識だけでなく、観察眼や推理力も優れているようだわ。一緒にいてくるなら凄く頼もしい。でも・・・私はアキトが一緒にいてくれるだけで嬉しく、話すだけで愉しい。
アキトの事を考え、自分の現状から目を逸らし、心を落ち着かせた。
いつもの強気を取り戻し、落ち着いた声で尋ねる。
「その通りだわ。それで、アキトに拘っている理由は何かしら?」
風姫は潔く風の正体を認め譲歩を迫ったが、お宝屋は一筋縄ではいかない。
「うむ、秘密だぞ」
「そうそう、秘密さ」
「秘密は言えないから秘密なの」
お宝屋3兄妹は、お人好しでは生きていけない厳しく過酷なトレジャーハンティング世界の住人であった。




