第12章 結界攻防戦(2)
緑のマークが星系内の天体を、赤のマークがTheWOC艦隊、青のマークがルリタテハ王国軍を示している。
赤と青のマークの大きさが艦隊の規模を、マークの後ろの淡い点線が航跡を現す。点線の点の縦幅と間隔が時間を意味し、点の縦幅と間隔が短いほど、移動速度は速いのだ。
赤のマークは薄く広がり、青のマークを包み込もうとしている。そのように見えなくもないが、点線から読み取れるのは、青のルリタテハ王国軍の中央突破が功を奏している状況だった。
カルドゥッチは戦争の素人。3Dホログラムが示している戦局を理解などできるはずもない。そこでフェールは、堂々と偽りを口にする。
「このように、現状は我がTheWOCが有利な陣形であります。しかし地の利は圧倒的に敵が優勢。なんといっても補給線は短く、艦隊の増援もヒメシロ星系から即座に可能でしょう。翻って我が方は、未だ兵站の整備すら着手できていないのが現状。計画を断念し、有能な研究者を民主主義国連合国へと無事に帰還させるのが、上に立つ者の役目では?」
相手のカルドゥッチは研究所の所長だが、半分は学者。そして老人であり、組織人としては老害となっている。己の価値は、まだまだ高いと勘違いしているようだが・・・。
「フェール君。TheWOCが有利な陣形なのだろう? ならば、そのままルリタテハ王国軍を包み込み殲滅すれば良い。殲滅すれば、ルリタテハ王国軍とて慎重になる。さすれば時は稼げるだろう。その間にTheWOCが5個艦隊ぐらいの戦力を、この星系に展開すれば良い。ダークマターの最先端研究施設を建築のため大量の資材を投入し、最新の大型実験機器も持ち込んだのだ。それもこれも全て、ここを恒久的な拠点とする計画だからであろう。そういう理由で我らは来たのだが?」
話の内容以上に、何故かカルドゥッチの弁舌には説得力がある。声色は得も言われぬ雰囲気を醸し出し、声音は言葉を耳から離さず、声質は正しいと思わせる性質を帯びている。
「・・・いいかね? 計画が頓挫しそうな時は、当初の目的に立ち返るべきだなのだよ。さて、TheWOCの軍人として正しい有り様は、何であろうか?」
戦局は理解できなくても、己に有利な情報を逃さず利活用する。流石、巧みな弁舌だけで成果を見せかけて出世した、と酷評されている人物だけのことはある。彼の話を聞いているだけであったら、納得しそうになるだろう。
それがどうした?
話の中身は空疎で薄っぺらだ。
小官は戦争のプロなのだ。それに加え、連合軍の士官の中から極少数の有能な人材のみしか選抜されない参謀実務研修を修了した。それは1年間の研修だが、最後まで残れるのは毎年5人のうち1人ぐらいなのだ。
参謀実務研修まで修了した小官が、研究者如きに戦局の説明で負ける訳がない。
「残念ながら、カルドゥッチ所長の意見は机上の空論に過ぎません。宇宙での艦隊戦は対峙してから戦闘終了まで、短くても2週間。長期戦になれば年単位になる」
実は、ルリタテハ王国軍との戦端が開かれてから、すでに2週間が経過していた。しかも ルリタテハ王国軍は約100隻で1個艦隊を構成している。
民主主義国連合の1個艦隊は6個分艦隊、拠点制圧戦に特化した2~5隻の強襲艦、艦隊総司令部の入る旗艦1隻の約70隻から構成される。更に作戦期間や戦闘頻度などに応じて、補給艦を2~8隻を帯同させるのだ。
つまり、1個艦隊同士の激突と言っても、民主主義国連合の方が数的劣勢になる。
その上、TheWOCは2個分艦隊の戦艦が、ジンによって灰燼と化していた。最初から勝ち目は薄く、ヒメジャノメ星系に巡らせていた仕掛けも悉く壊滅させられていた。
現時点で、戦闘継続の艦は30隻に満たない。すぐにでも撤退戦へと移行しないと全滅・・・それも文字通りの意味で・・・すら有り得るのだ。
そういう情報は一切与えず、フェールは言葉を継いだ。
「1個艦隊同士の激突なので、今から2週間は戦闘が続く。ヒメシロ星系からルリタテハ軍の増援が到着するまで1週間もかからない。そうなれば最早一刻の猶予もないのが、簡単に理解できるのでは? 5時間後に惑星ヒメシロを出立する。研究員全員に今すぐに撤退の通達を! これは依頼ではなく命令だ」
「逃げたければ、軍人だけが尻尾を巻いて逃げれば良かろう。我ら研究員は、ここに残って研究を続けるねばならぬ。全員で、だ。一人も、欠けてはならないのだよ。分かるかね?」
「研究員がルリタテハ王国軍に殺される可能性がある。部下の研究員を危険に晒すとは責任者失格なのでは?」
「ルリタテハ王国軍は民間人を虐殺するのかね? ミルキーウェイギャラクシー軍と違い、ルリタテハ王国軍は民間人に対して紳士と聞く。武装していない民間人に、危害を加えるとは思えないが・・・それどころか、TheWOCよりも良い待遇で迎えてくれるだろう。最近のTheWOCは、研究者への扱いが、あまりに理不尽。能力に応じた評価と待遇を求めたいものだね。もう我慢の限界なのだよ。君は、どう思うかね?」
「それで? 研究員を全員連れてルリタテハ王国に亡命するとでも? あまりにも無責任では?」
「ここに残って研究するだけだよ。TheWOCがルリタテハ王国軍の脅威を取り除けば良いとは思わないかね。もし研究員がルリタテハ王国の国民になったとしても、それは結果として、そうなっただけだろう」
「全員が亡命したいと考えているとでも?」
「さて・・・それは分かり兼ねるね。しかし、惑星ヒメジャノメにやって来たからには、覚悟はあると思・・・いや、どちらにせよ、すでに賽は投げられたのだよ。彼らに選択肢はないね」
惑星ヒメジャノメ行きになったTheWOCの研究員の個々人の実力をカルドゥッチは測れていない。彼は誰が優秀で、誰が優秀に見せかけているのか判断つかないため、研究者全員を惑星ヒメジャノメに足止めしたいのだ。その利己的な発想を気づかせるよう発言していた。
それため、フェールの変化に気づけなかった。フェールは覚悟をきめたのだ。
「TheWOCはヒメジャノメ星系から撤退する。これは決定事項であって所長に異議を唱える権限はない。その認識はあるのか? TheWOC、ひいては民主主義国連合に弓を引くつもりか」
「見解の相違だろう」
「なるほど、カルドゥッチ所長の行動は理解した。小官は失礼する」
フェールは3Dホログラム小型プロジェクターに手を延ばし、ホログラム表示を消した。
カルドゥッチは口の両端を微妙に吊り上げ、フェールの様子を満足気に見つめていた。それがカルドゥッチの最後の表情だった。彼の腹部を貫いたレーザービームが、フェールの腕の動きに合わせて頭頂部を抜けた。
一瞬の出来事で、カルドゥッチは何が起こったのか理解できぬまま、生涯を終えたのだった。




