第11章 日常時々トレジャーハンティング(11)
「ゴウ兄、戻ったよー」
「うむ、ご苦労。それにしても作業が格段に早くなったな。有線だったのに、無線通信と同じぐらいの時間で済んだぞ」
メインディスプレイから視線を外し、ゴウは翔太を肩越しに見やる。そこには翔太の得意満面の笑みが炸裂していた。家族とアキト以外は、滅多に見ることのできない無邪気な笑顔だ。
「才能が開花したのさ」
「俺の兄弟の才能が開花したとは・・・素直に誇らしいぞ。だが、ちょーっとばかり、人という生物から遠ざかっていってる気がするな。もしかして中身だけでなく、外見まで人外へと変化しないだろうな? オレは兄として、少し心配になってきたぞ」
ゴウの心のこもっていない心配を鼻で嗤ってから、翔太は種明かしをする。
「アキトの作ったシミュレーションが・・・凄くってさ」
「おおっ、そうなのか。アキトの自由研究は後3年半しか残ってないな。やはりアキトの才能をお宝屋の為に使い倒すには、宝船でトレジャーハンティングしてもらわねば・・・」
「いやいや、ゴウ兄。話は最後まで聞こうよ。シミュレーションが凄く底意地悪くってさ。巨大な昆虫とか、鳥とか、ムササビのような空飛ぶ哺乳類とか、そんな生物が宝船に体当たりしてくるんだよねぇー。しかも、突然雨が降ったり、突風が巻き起こったりもしてさ。それらを避けたり、防御したりするのにミリ単位の精度を求めてくるんだから・・・。宝船を移動させるのに、そこまで必要ないよなーと思いながらゲームみたいだったから、ちょっとハマったんだよね、これが。僕はゲームクリアするのに色々と工夫したんだ。その結果、俯瞰と予測が身についたのと、マルチアジャストの精度が上がったんだよね」
「なるほど!・・・良く分からん!」
「簡単なことさ、ゴウ兄。今まで僕は、ルーラーリングと機械の適合率100%なのを良いことに、機械の性能の限界に挑戦し続けてたらしいんだよね。そうすると疲れるしさ、周囲をみる余裕が少なくなってくんだよねー。適合率100パーセントなんだから、耳を澄ませば機械の声をはっきり聞きとれるはずだってアキトにアドバイスされたんだ。やってみたら簡単にできたんだよねー」
翔太の愉しそうな声にゴウが素っ気なく応じる。
「まったく分からんが、もういいぞ。翔太が人間やめて才能を開花させた訳じゃないと・・・。俺は、それが分かれば十分だ」
「まだまだ語り足りないさ、ゴウ兄。僕は、ちゃんと可愛い弟とのコミュニケーションをとっておくべき、と思うなー」
軽薄な強引さが翔太の持ち味でもあり、
「うむ、メインディスプレイに向かって語りかけてても良いぞ。兄として、温かく見守っていてやろう」
ゴウは暗に、メインディスプレイを見ろ言ったのだが、翔太の口からは緊張感のない軽薄な台詞がでてくる。
「いやいや。そこじゃないよ、ゴウ兄。ツッコんでくれないと、少しだけ恥ずかしいじゃないか」
しかし台詞とは裏腹に、翔太の視線はメインディスプレイに釘付けとなっていた。その翔太に、ゴウは無表情かつ、平坦な口調で返答する。
「何を言う。翔太は俺にとって可愛い弟だぞ」
台詞の中身とは、まるで印象が異なって耳に残る。ただ、台詞からも分かるように、翔太がツッコんで欲しい箇所をゴウは把握していた。しかし、シマキジのパイロットであるゴウには、全く余裕がなかった。
シマキジの機体から二本の長い砲身が出現する。
機体の上に一門、そしてもう一門は機体の下にある。そしてレールガンが出現した時、上は後部に砲台があり、砲口は前方を向いている。そして下のレールガンは前部に砲台があり、砲口は後方を向いている。
ゴウは二門とも、シマキジ1時の方角に砲口を向けた。
「それならさぁ。感情を込めて言って欲しかったなーー」
砲口の先には急峻な岩山があり、数十羽のオオヒゲワシが巣の周囲を遊弋している。どうやらオオヒゲワシの群生地らしい。獰猛な気性のオオヒゲワシは、自らのテリトリーに侵入した生物を敵と見做し、即攻撃するのだ。そしてシマキジは、そのテリトリーに侵入していた。
「今はムリだぞ」
一旦上昇した数羽のオオヒゲワシがシマキジ目掛けて急降下してきている。
「うんうん、そうみたいだねぇーー」
レールガンとはいえ作用反作用の法則から自由にはなれない。弾体射出の反動を別のエナジーに変えていても、完全に抑え込めることは不可能なのだ。
いくら照準機能が優秀であっても、弾の射出した後にレールガンの反動を抑制してからでないと弾は命中しない。しかしレールガンで狙う獲物は、カミカゼより速い数十羽のオオヒゲワシ。レールガンを連射しないと、オオヒゲワシの鋭い爪と嘴がシマキジの機体に届いてしまう。
シマキジの複合装甲を貫くのはムリでも、何羽ものオオヒゲワシがカミカゼ並みの速度で激突すれば撃墜できるだろう。つまり、ゴウと翔太の生命の危機が直前まで迫っていた。
返事をしないゴウに、翔太は助け舟をだす。
「そうそう。それならさ、手伝おうか?」
音速の10倍を遥かに超えた弾体がオオヒゲワシ貫き、胴体に大きな穴を空けた。しかも、シマキジ上部のレールガンから連射して全弾を命中させ、急降下してきたオオヒゲワシを残らず倒したのだ。
この攻撃が戦闘開始の合図となった。
巣にいたオオヒゲワシも飛び立ち、あっという間に100羽を超える。
「ふむ・・・翔太は休んでて良いぞ! いや、むしろ邪魔をするな。これは・・・これはぁあぁあー。俺の見せ場だぞぉおおおーーー」
シマキジの前後に回り込んだオオヒゲワシは固定されたレールガンの餌食になっていく。その他は上下のレールガンの砲身が細かく動き、次々と弾体を射出する。
ゴウはシマキジの機体を安定させる為だけに神経を集中させていた。
「良かった良かった。それじゃあ、僕はゴウ兄にお任せするさ」
そう言うと翔太は空いている座席に腰を下ろし、リクライニングにして目を瞑った。
ゴウ兄のテンションが上がっているなら大丈夫だねぇー。僕は本当に疲れたし、ゆっくりしてようかな。
今まではセミコントロールマルチアジャストで、複雑な動作が必要な七福神ロボを操縦して数時間の模擬戦をアキトとこなしていた。それが9機とはいえ、単純な動作しかできないオテギネを20分間操作しただけで、脳の疲労が激しい。これは、自分のスキル・・・マルチアジャストに頼り切っていた所為なのか・・・。
スキルを鍛えず、寄りかかって、楽をして・・・トレジャーハンターとして一流になるのに僕に操縦訓練は必要ないと考えていたからなぁー。苦手をなくし得意を伸ばさないといけないね。まあ、いいさ。効果的な訓練方法はアキトの役割だしね。
それは任せてしまおう。
それより今はリラックスして、脳の緊張を解ぐさいといけないよなぁ。10分もしたら、次のポイントに到着するし・・・。
翔太の思考が淀み始め、心身ともに弛緩し、夢の世界へと旅立ったのだ。
ゴウの放つ半端ない緊張感と外の凄惨な光景のなか、翔太の周囲だけがノンビリとした雰囲気を醸し出していた。
「安心して休んでろ、翔太。俺は俺の見せ場で失態を演じるなど、絶対にあり得ないぞぉおぉおーーー!!!」
ゴウには、お宝屋代表としての経験がある。トレジャーハンターお宝屋のリーダーとしての経験がある。一人でトレジャーハンティングしていた経験がある。そして、常に最悪の事態を推測し、事前にリスクを推し測りっては、それを潰してきた実績がある。
それらがゴウの放った言葉に重みを与え、翔太には安心を与えていた。




