第11章 日常時々トレジャーハンティング(6)
風格を漂わせる立ち姿に鋭い眼光。
流石はルリタテハ王国の王位継承権者にして、ルリタテハの破壊魔。
風姫は俺に、静かな声音で苛烈な台詞を吐いたのだ。
《全力で叩き潰してあげるわ》と・・・。
つまり、風姫は俺に対して宣戦布告したのだ。
むろん受けて立つぞ。
そして勝算もある。
2人の距離は、3メートル弱。一足一刀の間合いである。
ゆったりとした動作でゴウは半身になり、ファイティングポーズをとる。風姫は自然体のまま、風を身に纏った。
2人の戦闘準備が完了した。後は、どちらかが合図なり動作すれば、戦いが開始される。
主導権を握るべく風姫が口を開こうとした刹那、彼女の頭上に鞘に収まったままのコンバットナイフが落ちてきて命中したのだ。
それは、ゴウのコンバットナイフであった。
ゴウの愛用しているコンバットナイフの重量は約0.6キログラム。剛性と弾性を兼ね備えた切れ味抜群の刃を持つナイフである。たとえ落下速度が遅くとも、抜き身だったなら間違いなく風姫に突き刺さった。
鞘に入っていたおかげで、風姫は頭部に皮下血腫ができただけで済んだのだ。
そして今、ゴウは風姫の首筋に2本目のコンバットナイフを押し付けている。無論コンバットナイフは鞘に入ったままなので危険はないが、抜き身であったら頸動脈が簡単に切断されていただろう。
風姫の頭上に落ちたコンバットナイフの所為で、一瞬の隙が生まれた。その隙を逃さず、ゆったりとし警戒心を抱かせない動作で、相手の虚をついたのだ。
「勝負あったぞ」
「卑怯だわ。合図もなしに仕掛けるなんて・・・」
「そうかぁあああ? 貴様が叩き潰すと口にした時点で、戦いの合意は成った。それに貴様の敵・・・命を狙うヤツらは、開始の合図をしてから殺しにくるのか? 己の眼前に、俺という敵がいたのだぞ。油断する方が悪い。・・・ふむ、それとも貴様は、肉壁に被害が出るまでボンヤリと待つのか?」
「くっ、屈辱だわ。オモシロ屋のリーダーに、心構えの説教をされるなんて・・・」
ゴウは半身になる際、左腕の動作をワザと大きくし、拳を見せつけながら強く握り込んだ。風姫の視線を左拳に誘導した。そして、腰に佩いたコンバットナイフの1本を背中越しに投擲したのだ。
ゴウは決して器用な方ではない。しかし、密度の高いトレジャーハンター歴6年の経験が、ゴウに様々なスキルを習得させていた。そして今も、新たなスキルの習得に努めつつ、習得したスキルの向上に余念がない。
「でもね、こんなことで私は挫けたりしないから・・・。私は私の周りの人に被害がでることを許容しない。周辺環境への被害は最小限に、犠牲者はゼロにするわ」
うむ、王女様は負けず嫌いの上、理想が高すぎるしようだな。今までの環境と全然違うという事が理解できていない。今後の暴走を抑えるため、ショックでも与えておくか・・・。
「ふっはっはっははーーー、それは良い覚悟だぞ。なにせ、お宝屋の中で貴様の価値は、最下位なんだからな。しっかりと己を護るが良いぞ」
風姫は何を言われているのか、訳が分からなくなってきていた。
そんな風姫の表情を一瞥してから、ゴウは落ちているコンバットナイフを拾い、腰のホルダーに2本とも納めた。踵を返して風姫に背を向けながら言葉を紡いだ。
「ホント愚か者だな。世の中のことを知らなすぎる」
「オモシロ屋になんて言われたくないわっ!」
振り返りざまに、強気な風姫のセリフをゴウは鼻で嗤い飛ばし、残酷な事実を叩きつける。
「俺たちには、貴様が王女だろうが王子だろうが、まぁーーーったく関係ないぞ。姫に忠誠を誓う騎士がいたとして、俺たちは貴様の騎士ではないぞ。大体、守護職とて本質は所詮契約にすぎない。あくまで、その場にいる者たちとの関係性において、各個人が優先順位をつけるのだ。ルリタテハ王国国民が、無条件に王女の命を優先順位1位にすることなどないぞ。己と相手の立場によって、命には優先順位がつけられるのだ」
綺麗な顔が能面のように固まり、華やかだった風姫の周囲の空気感が重苦しいものに変わる。追い打ちをかけるように、ゴウは具体的な理由にまで言及する。
「俺は翔太と違って親切だからな。ハッキリと宣告しておいてやろう。お宝屋は、お宝屋とアキトの命を最優先としている。次は速水史帆だ。速水のオヤッさんの孫娘だからな。ヘルは人としてオカシイが、科学技術の進歩に貢献できるだろうな。故に、だ。貴様を助けるのは一番最後になる」
ゴウは明確に、そして合点のいく理由まで語って聞かせたのだ。
今までの風姫は特別扱い慣れていて、ジンと彩香という人では絶対に勝てない最強の護衛が常に同行していた。自覚なく自分自身に生命の危機はない。そう考えていた風姫にとってショックだったのだろう。顔が青ざめ、表情が凍りついていた。
んっ? 流石は王女にしてルリタテハの破壊魔・・・。叫びださないまでも戦慄と恐怖から身を震わすかと思えば、体に余計な力がはいっていない。ショックな話を聞かされても、即応できる自然体を保てるとは、胆力があるというか気概があるというか・・・。
ゴウは風姫に対する評価を上昇修正し、安堵の気持ちと共に2人で残った原因を片付けるため、口を開いた。
「さて、そろそろ端末の回収作業をしてもらおうか」
「・・・だ、か、らっ、どうして回収作業が必要なのかしら? モニタリング端末は長い期間放置しておいて、環境データを収集するのよっ!」
「おお、そうだったな・・・。こんな簡単なことも推察できないとは思いもしなくてな。すっかり説明すんのを忘れてたぞ」
「それに、どうして私が回収作業をしなければならないのかしら?」
「ここではルリタテハの王位継承権者も、トレジャーハンターも、エンジニアも、マッドサイエンティストも、等しくリーダーである俺に従ってもらうぞ。それと理由の方だが・・・」
理由には納得がいったようだが、不服がウォークインクローゼットに収納しきれないといった風情で、風姫は渋々と回収作業に移った。
回収作業の間、風姫は効率と八つ当たりのため、ミスリルの力を全開にしていた。重力を操り海を割り、海水の雨を降らせ、海水の刃で空気を切り裂く。勝手気ままな振る舞いをしながらだったが回収作業は文句のつけようがなかった。
ゴウは浜辺で簡易テントを片付けながら、カミカゼに乗る風姫の能力を見極めていた。
これから暫くトレジャーハンティングする仲間のスキルと力の把握はリーダーとして当然の責務だからだ。
ただゴウは、リーダーとして1つだけ状況を見誤っていた。
TheWOCは資源・・・主に重力元素鉱床を求めてヒメジャノメ星系に進出してきている。つまり、海上での重力波異常は感知されやすい。そして間の悪いことに、惑星ヒメジャノメの海の遥か上空をTheWOCの救出用シャトルが飛行していた。




