第11章 日常時々トレジャーハンティング(1)
青い海に蒼い空、そして白い砂浜。
ただ海があり、水平線まで視界を遮るものは何もない。
ただ空があり、どこまでも高く広い。
ただ砂浜があり、見渡す限り真っ白く美しい。
陽の下にいると動かなくても汗ばんでくる。ただ日陰に入れば、ちょうど良い気温。
惑星ヒメジャノメで宝船を隠しているポイントから約500キロメートル離れた海岸に、アキトたちは来ていた。
彩香が死を覚悟し、ジンがTheWOC軍を殲滅すべく奮戦し、あえなく撤退してから2週間以上が経過していた。そしてアキトたちは、未だにジン達と合流できていない。
つまり孤立無援。
ヒメシロ星系に帰還する目処は全く立っていない。
そんな状況にもかかわらず、アキトたちは海を全力で満喫していた。
恒星ヒメジャノメから降り注ぐ眩い光が、海というキャンパスに、風姫と史帆と千沙の水着姿を鮮やかに描く。
露出度は決して高くない。
だが、それぞれの容姿に合う水着と開放的な雰囲気が、アキトの胸の鼓動を高めてしまう。別に何かのハプニングを期待している訳ではない。むしろ、ハプニングは避けたい。
「アキトく~ん、一緒に泳ごうよ~」
膝まで海に入っている千沙が、大きく手を振ってアキトを誘う。
千沙が積極的なのだ。
オレの経験上、千沙とのハプニングはトラブルへと発展し、絶対にトラブルはトラブルを呼ぶ。最終的にトラブルが収束するのは、アキトの辺り一面焼け野原となってからだ。そして残念ながら、トラブルに巻き込まれたオレも無事に済まない。
「おーー、あと3匹だ! 捌き終わったら、そっちに行くぜ」
アキトは卓上小型冷蔵庫の中を覗いてから、千沙に答えた。
冷蔵庫の中にはマアジが2匹、イナダが1匹入っている。アキトの手元には60センチメートルぐらいのイシダイがあり、3枚おろしになっていた。
その魚は、トレジャーハンターの仕事の一つで、生物の遺伝子に異常がないか調査するために釣ったのだ。
ただ遺伝子調査は、血液を使用する。魚を血抜きする際に出た血液を使ったので、刺身として食べるためにアキトは捌いているのだ。ゴウは森で捕まえた猪の肉の下拵えしている。翔太もさっきまで猪の解体を手伝っていたのだが、トウカイキジの一時食糧保存庫へと、枝肉と魚を運んでいる。
「アキトよ、まだまだ肉の下拵えがあるぞ。しっかり処理しないと臭みと雑味が残り美味しくないのだ。バーベキューの醍醐味は、やはり肉だぞ」
「オレは新鮮な刺身と焼き魚だけでいい」
「遠慮するこはないぞ。1本いっとくか?」
ゴウは1メートル近くある処理中の猪の後ろ脚を、向かい側にいるオレへと差し出してきた。その枝肉は、綺麗に皮剥ぎされ、丁寧に筋を断たれ、入念に味付けされてある。
間違いなく美味いだろうが、気軽に1本いっておくと答えられる量でない。
ゴウの後ろには、まだ内臓を取り出した状態の猪が1匹ある。その解体前の猪は、3メートルの高さを維持するよう設定した搬送機に吊るされている。
オレが海で釣りをしてる間、ゴウと翔太は森に入って大きさが2メートル近い猪を2匹も仕留めてきた。
海に調査へ来たのだから魚がイイぜと言い、カミカゼに釣り道具を載せていた。そんなオレにゴウは、海に来たらバーベキューだぞと返事をしたのだ。海のものでもイイだろと横にいるはずの言い返した時には、風だけ残し姿を消していた。ゴウと翔太は、自分たちのカミカゼに乗ってオレとの話の途中で行ってしまったのだ。
大きく溜息を一つ吐いてから、オレは肉の下拵え手伝うことにした。もちろんタダでのつもりはない。
「ゴウ、吊るしを調理台に持ってくからスペースを空けてくれ」
猪の四肢を伸ばすと2メートル以上になる。調理台は10人が一斉に料理可能なほど大型なものだ。しかし解体作業スペースに、解体した枝肉を置くスペースが必要になる。ゴウが無造作に広げている下拵え前の枝肉と共存は不可能だ。
「素直じゃないな。猪肉を食べたいと正直に言えば良いのだぞ」
ゴウは軽口を叩きながら、ゴミやクズ肉は整理し、枝肉を整頓していく。
「手伝うだけだ。オレの今日のメインは刺身だぜ」
アキトも軽口で言い返しつつ、自分のコネクトから搬送機を操作して調理台に猪を載せた。
2人は暫く作業に集中し、調理台からは作業の音だけがする。
アキトは部位ごとに包丁を使い分け、器用に解体していく。対照的に、ゴウは1本だけだった。しかも包丁でなく、刃渡り40センチメートルの所謂コンバットナイフを使っている。
ゴウは己自身の不器用さ加減を知っている。
だからモノを切る際、今使用しているナイフだけを使うのだ。もちろんコンバットナイフは複数所持しているが、全て同じ形状である。どんな状況でも、徹頭徹尾、このコンバットナイフを使用するのだ。
「なあ、ゴウ」
「うむ、激辛で良いか?」
ゴウは肩ロース部分にコンバットナイフで切れ込みを入れる。コンバットナイフを横に倒し切れ込みを広げると、そこへ激辛パウダーを無造作に振りかける。激辛は冗談ではないようで、手早く繰り返し肩ロース肉の下拵えを続けている。
いつものアキトなら即ツッコんでいるとこだが、今はゴウへの質問を優先した。
「お宝屋と新技術開発研究グループは関係が深いんだな。知らなかったぜ」
「うむ・・・そうなのか?」
ゴウは不思議そうな表情に惚けた口調で応じた。
だが、アキトは見逃さなかったし、聞き逃さなかった。
コンバットナイフがさっきまでより肩ロースに深く刺さり、抗菌加工された金属製の調理台とコンバットナイフが接触した微かな金属音。ゴウの身体の一部となっているコンバットナイフが肩ロースを貫いて調理台にまで達したのだ。
「ユキヒョウに乗ってみて分かったんだけど・・・オレの技術や知識は偏ってんだよな。宝船に乗ってるときは、まったく気づかなかったぜ。まさか新技術開発研究グループの技術オンリーで、宝船や七福神が製造されているとはな」
「んっ? それは、宝船がオーダーメイドだからだぞ」
「ユキヒョウの技術力は凄かった。民間の恒星間宇宙船とは思えないほどに・・・」
「ユキヒョウは民間船ではないぞ」
引っ掛かった。
「そうだな。でっ、なんで知ってんだ?」
「ふっはっはっははーーー・・・サムライシリーズを搭載してる民間船など存在してたまるかっ!」
引っ掛かってなかった。
しかもコンバットナイフは、ゴウの思うまま淀みなく動いている。余裕を取り戻されたか・・・。
「まあな・・・でっ、正体は知ってんのか?」
「風姫って名前が偽名じゃないってんなら、彼女は王位継承権を持ってるということだな。金髪碧眼の風姫王女は有名だぞ」
いつもの口調で、オレの興味を引く話題をゴウは提供してきた。
「そうなのか?」
王位継承権者が風姫以外、全員黒髪黒目とは知らなかった。風姫が王位継承権を持ってると聞いて、他にもいると思っていた。
「ルリタテハ王族の殆どは黒髪黒目。黒髪黒目でない王族は珍しい。しかも、だ。王位継承権まで持っているのは、風姫王女だけ・・・ルリタテハの破壊魔とは知らなかったな。ふむ、そうか・・・ルリタテハの破壊魔の正体が謎のままな訳だ。王家が情報規制してるんだろう」
流石はゴウ・・・オレより10年早くトレジャーハンターになっただけのことはある。情報収集能力が高くないと、トレジャーハンティングでの成功は見込めない。また、トレジャーハンティングの役に立つ最新の機材を調達しないと、他のトレジャーハンターに先んじれない。 トレジャーハンターを続けるには、正確で精確な情報を収集できねばならないのだ。
ゴウに主導権を握られそうになり、アキトは切り札の1枚をだし、強引に話題を転換させる。
「知ってるだろうけどよ。オレの曾祖父は新開蒼空。新技術開発研究グループ・・・新開グループの会長だぜ」
「うむ、正しくは新開グループの持ち株会社”新技術開発研究統括株式会社”の会長だぞ」
「ユキヒョウに乗船してみて、宝船の異様さが分かった。新開グループ以外の機器や部品が使用されてないぜ。それは普通じゃない。オレの監視役か?」
ゴウはコンバットナイフを調理台の包丁立てに置いた。
そして真剣な視線を肩ロースに向け、ゴウは徐に肉を揉み始める。
どうやら、激辛パウダーを肉に馴染ませるためのようだった。




