第10章 ジンの所業(8)
『何ともつまらん攻撃だな』
総力戦でなく、ひたすらに消耗戦だった。
ジンのセンプウは、統率の取れたバイオネッタ部隊の統制射撃を回避しながら、タイミングを見計らってエンゴウライを放つ。
敵のバイオネッタ隊は、センプウと常に一定の距離を保っている。その距離は、センプウの斥力装甲がレーザービームを逸らし、誘導ミサイルを撃ち落とすに充分だった。そしてエンゴウライの威力をもってしても、一撃でバイオネッタを撃破するに至らない距離なのだ。
バイオネッタ全機が攻撃に参加できるよう薄く広がった陣形をとっているため、突撃すると敵の攻撃の回避が困難になる。それでもリスクを負って、ジンは何度も突撃を仕掛けた。
しかし統率のとれたバイオネッタ隊の機動は素晴らしく、センプウを中心として円の軌道を描き、濃密な砲撃でジンに距離を詰めさせない。
『逃げ回っている人型兵器1機なぞ、数の暴力で包み込んで蜂の巣にすれ良いと考えられんのか・・・。徴兵でなくTheWOCの私設軍隊に自ら志願したのだろう。真剣に命がけのゲームを愉しむ気構えがないのか?』
「戦争はゲームと違います。死ねば終りです。彼らが自ら志願したとしても、恐怖で足が竦み、体が震えるものです。愉しむのは論外と考えますが・・・」
アンドロイドであるジン様には無縁なのだ。
人は心と体が繋がっていて、感情が肉体に影響を及ぼす、また体の調子が心に影響を与える。怒りに身を任せれば痛みを感じなくなり、風邪をひいて体が怠ければ弱気になる。
そして戦争は、心身に多大なストレスを与えます。
『兵士という職業を選択したのだ。恐怖するなど論外だな。・・・この一方向からの攻撃など、やる気が全く感じられん。懸命に働き、成果をあげる。それが正しい大人としての生き方だ』
「ジン様。それは、完全に言いがかりです」
彩香のセリフをジンは聞き流した。
暫くの静寂の中で、バイオネッタの一方向からの攻撃をジンは余裕を持って対処していた。
一方、彩香は舞姫システムに全リソースを割き、宇宙戦艦の砲撃を辛くも防御していた。絶えずユキヒョウを加速させ、手打鉦で最重要区画は死守する。しかしユキヒョウの船体の各所で装甲が傷つき、内部が露出している区画すら出始めていた。ユキヒョウからの攻撃はジンに任せているにも関わらず、防御が間に合っていないのだ。
ジンが久しぶりに口を開く。
文句でなく、称賛の言葉が発せられたのだ。
『ほう、このタイミングでバイオネッタ部隊が陣形を変えてきたか・・・。敵のバイオネッタ隊も学習したようだな。今度の司令官は良くやる』
「ジン様に称賛されるとは羨ましい限りですね。ただ、そのような司令官は早めに始末していただきたいのですが・・・」
『無理を言うな、彩香よ。良くやるから、簡単には始末できぬのだ』
「理解はできます。しかし、それですと戦線維持に汲々として、敵の殲滅は難しいです。それと、愉しんでいますね?」
『敵の目的は、消耗戦の沼に引きずり込むことだろうな。そして先に消耗しきるのは、こちらである。しかしこの戦術は、単調な攻撃からの急激な変化によって、相手の対応を遅延させ隙を見出そうとする積極さがある。実に結構だ』
ジンの歓喜が、声に滲み出ている。
アンドロイドであるジンは、感情と体の連動を切断することも可能である。切断すれば声や表情、体に感情を反映させる演算の必要がなくなり、戦闘だけにリソースを集中できる。
しかしジンは、アンドロイドであっても人として死ねるようにと、連動を切断しないと言っていた。
その拘りを、彩香は素晴らしいと考えている。しかし同時に、彩香は真似をしようとは考えていない。風姫とジンを護るのが彩香にとって最優先だからだ。
「そうですね。ユキヒョウの武器弾薬エナジーは順調に消費しています。継戦能力は後15時間といったところですから、先程のシミュレーションは正確でした。まさに計算通り。それと、愉しんでいますね?」
『変化のない人生より波乱に満ちた刺激的な生活が、満足感を覚え心を潤すのだ』
安堵する暇もない人生は疲れないのだろうか? いいえ、今は疲れることはないので、以前は疲れなかったのでしょうか?
そうですね・・・ジン様は、疲れなかったんでしょうね
吐息と一緒に、彩香は諦めを言葉にする。
「やっぱり愉しんでいますね」
撃破した宇宙戦艦の武器弾薬エナジーを鹵獲したくても、敵が大人しく待っている訳もなく不可能ですしね。宇宙戦艦は補給なしでも1ヶ月は戦闘を継続できますし・・・。
TheWOCの人間は一人も逃さないと、ジンは宣言していた。
そうすれば、民主主義国連合はスパイから入手したワープ航路を疑う。
ワープ航路の開拓とは数十年にも及ぶ命がけの国家事業なのである。一人でワープ航路を開拓していたジンが特殊なのだ。
センプウの右腕を下に、左腕を横に向け無造作にエンゴウライの一撃を放つ。それぞれ先頭を駆けていたバイオネッタに命中し撃破した。
ジンは射撃の反動を更にスラスターで加速させ、回転しながら3方向のバイオネッタ隊にエンゴウライの闇光するエナジーを叩きつける。突撃しているバイオネッタ隊の攻撃は、一瞬前のセンプウの姿を貫くのみ。ジンの操るセンプウは、メインブースターで円弧の軌道を描き、エンゴウライの反動と各部のスラスターで機体を制御する。
センプウの周囲には死が迸り、装甲の表面にはレーザービームの反射光の瞬きが彩りを加えている。
突撃しているバイオネッタ隊は、センプウと距離を詰めるごとに機体数を徐々に減らしていった。ジンの意のままに動作しているセンプウだが、バイオネッタからすると、壊れた機械が無秩序にな動作してるようにしか見えない。
突撃隊は照準せずにレーザービームを無駄撃ちしながら、センプウに接近戦を試みる。
36機の大隊が5機になり、漸くセンプウを指呼の間に捉える。
センプウは1機目との交錯の刹那に抜刀して胴を断ち、スラスターと左手のエンゴウライの反動を回転力に変え2機目を袈裟斬りにした。上下のない宇宙空間で縦横無尽に回転し、ジンのセンプウは5機のバイオネッタを解体したのだ。
流れるようにな動作で、右手に握られたダークエナジーの斥力と高周波を併用した刀”コクトウ”を鞘に納め、再びエンゴウライを構える。
30分にも満たない僅かな時間で、ジンはバイオネッタ1個大隊を殲滅したのだった。
そして、それから3時間。
それはレポラーノを撃破してから10時間後。
そしてユキヒョウの武器弾薬エナジーが、後12時間の戦闘で限界になる刻。
「ジン様、お嬢様に伝言をお願いしたいのですが・・・」
大切な人や物を守護するため、ジンは非情にも極悪にも外道にもなれる。TheWOCの軍人が飢えと酸欠に苦しもうが、宇宙の闇に抱かれ恐怖と絶望に苛まれようが、自業自得だと一顧だにしない。
鬼、悪魔、死神と罵られようが冷徹に、淡々と実行する。
それがルリタテハ王国の神様の所業なのだ。
その神は、消耗戦になってからも撤退する気配をみせていない。
「伝言は受け付けぬ。汝自ら伝えるがよい」
ジン様は消耗戦のままでも、きっと勝利を収めるでしょう。
わたくしではユキヒョウを護り切れないでしょうね。
撤退用と考えていた予備の手打鉦は、すでに戦場へ展開してしまいました。
彩香はジンを高く評価しすぎている。たったのサムライ1機で、統率の取れた艦隊を撃破できるはずもない。デスホワイトが戦場で伝説になったのは、白く目立つサムライで常に最前線を駆け抜けた。そして、スポッターとして数多の宇宙戦艦撃沈に貢献したのだ。
「ご存じかと思いますが、わたくしは戦争で両親を亡くしました。7歳上の兄は親の仇を討つと言い残しルリタテハ王国軍に身を投じた結果、2階級特進しました。わたくしは天涯孤独となり、生きる気力を喪いかけていました。そんな時です。わたくしは1歳の風姫様に拝謁しました。愛らしいそのお姿に、わたくしは言葉がでませんでした。風姫様付き侍女となり、お嬢様の成長をお傍で見るのが、知らぬ間に、わたくしの生きがいになっていました。テロ事件で死に瀕した際、アンドロイドになる道をジン様が提示してくださいました。本当に感謝しています。そのお陰で、今まで風姫様の成長を見れました。風姫様は、わたくしの生きる理由です。風姫様の為に死ねるのは、これ以上ない僥倖です。風姫様の未来が光に溢れていることを、いつまでも、いつまでも、お祈り申し上げます。わたくしは風姫様のお傍に仕えられて幸せでした。風姫様の幸せを・・・」
『撤退だ』
「は?」
『撤退するぞ、彩香』
「殲滅するのでは?」
『意味がなくなる』
「なくなる・・・?」
『ワープポイントに3隻の宇宙戦艦が辿り着きそうだな。今の我らに、それを防ぐ術がない。1隻でも逃走されたら、ワープ航路の情報を持ち帰られるのだ。残存艦隊を殲滅しても意味はない。故に暫しの間、TheWOCの私設軍隊には、ルリタテハ神の寛大なる慈悲を授けてやろう』
「・・・ジン様。・・・お嬢様への伝言は、忘れてもらえないでしょうか」
『うむ、安心せよ。無理だ』
「・・・無理?」
『忘れて欲しいと言われても、知っての通りアンドロイドには無理な相談というものだ。忘れるどころか、再生も可能だな』
彩香はジンを説得するのを諦めた。
ジンと彩香は、記憶の削除を実行しないように設定している。何時いかなる場面で、その時の記憶が必要になるか知れない為の措置だった。
彩香の心は動揺しているが、感情と体の連動を切り離しているため操縦に支障はない。
その所為か、手打鉦の収容とユキヒョウの防御、それから撤退へと驚くほどスムーズに進行していく。
実際のところは、旗艦グロッターリエのサルストン参謀が撤退戦を放棄していたからだった。
追撃戦は惨憺たる戦闘結果に、さらなる損害を上乗せすることになる。それより、将兵の救助にリソースを回した方が損害を減少できるとの判断からであった。




