第10章 ジンの所業(7)
「流石はサルストン参謀。小官は感に堪えません」
艦隊司令部になったグロッターリエのCIRは、一時の喧騒から解放されていた。
作戦は順調で、敵は宇宙船1隻に人型兵器1機。
敵味方あわせて数百隻が対峙する戦場を分析し、指示を出せるようCIRは設計されていた。現在グロッターリエのCIRが管理しているのは、20隻にも満たない。システムの能力は明らかにオーバースペックであり、要員数は過剰なのだ。それは3交代制に移行した今でも、そうなのだ。
「ゴルジ大佐は帰還したら特別講習を受けてもらおう。情報士官としての役割と、上官への上手なリコメンド方法を伝授せんとな」
TheWOCの将兵全員が3交代制で戦闘にあたっているが、メロー指令とサルストンは2交代制をとっていた。戦場を俯瞰して見渡し作戦を遂行できる司令官代行がサルストン以外いなかったからだ。
敵の人型兵器と宇宙船の継戦能力が計れない。
どのくらい長丁場になるか知れないため、最大限戦闘を継続するための措置をしたのだ。宇宙戦艦は無補給でも1ヶ月間は戦える。しかし人は休憩なしで戦闘を継続できない。要員を1日休憩なしで戦わせれば、ヒューマンエラーによって艦隊は壊滅するだろう。
「これは自分の考えだが・・・司令官に従う他なく、虚しく散っていった将兵の命は、生き残った幕僚の双肩に積み重なっている。重さは受容せねばならない。しかし、重さの増加は極力防ぐようにせねばならん」
真剣な表情でサルストン参謀の話に聞き入っていたゴルジ大佐は、大きく頷いてから敬礼した。
「心しておきます」
次いで大きく両手を動かしながら、心を揺り動かされたばかりに声を震わせ言葉を継ぐ。
「いえ、将兵死すなら意味ある死を・・・・小官の座右の銘とさせていただきます」
ゴルジ大佐は優秀だが、調子の良い情報士官だな。
いや分析結果から極めて優秀な情報士官とわかる。
その優秀である価値と、性格は全くの別物。
それにも係わらず依然の部署で評価が低かった。ヤマサキ提督とは部下の成果の価値を理解できない、評価者として失格な人物だったのだろう。
しかし、その推察は口に出すまい。
故人を貶めるような発言は控えるべきだからな。
それにヤマサキは命を賭して己の無能を証明し、大将とまでなったのだ。後は戦略戦術コンピューターの戦闘記録から正しい評価が為される。
いや待て・・・TheWOCは民間企業だ。無条件に2階級特進とはいくまい。少将の階級に留まれるどころか、懲戒解雇もあり得るかもしれん。
ゴルジ大佐にはヤマサキという過去を振り返るより、TheWOCの未来に眼を向けてもらおう。
「その決意に報いて、特別講習の量を倍にしても良いがな」
そう、自分は民主主義国連合の将来を担う人材を育成せねばならん。それは己自身に架した使命である。それに自分が楽をするためには、司令官代行を任せられる幕僚を養成せねばならないという理由もある。
「お、お手柔らか・・・いえ、光栄であります」
ほう、人の感情の機微も掴めるのか・・・もしや逸材かもしれんな。
「良い心がけだ。生き残るため、まずは全力で生き残る術を駆使す・・・」
「サルストン司令官代行!」
興奮状態を必死に宥めているが、完全には制御できない状態でバイオネッタ部隊指揮編制担当士官のアーネスト・ウォルトンが声をかけてきた。
「なんだ?」
サルストンの斜め前の席に座っていたウォルトン少佐が立ち上がっている。
「第24バイオネッタ大隊が接近戦の許可を求めてきております。その・・・」
ウォルトンは顔に、口にするのも憚れるとの表情を張り付けていた。
「再生してくれないか」
「はっ、直ちに」
ウォルトンは端末を操作し、第24バイオネッタ大隊との通信を再生した。
『我が第24バイオネッタ大隊がデスホワイトもどきを撃破する。突撃の許可を頂きたい』
《不許可です。現状を維持するよう》
再生を聞きながら、サルストンは3Dホログラムでバイオネッタ隊の陣形を表示させる。
『スポッターを排除すれば一気に勝利が手に入るのだ。許可しろ』
《この戦況は計画通りであり最善です》
『貴官は艦隊司令部配属のバイオネッタ担当士官なのだろう? 言いたくはないが、貴官には戦術眼というものがないのか? 戦いには機というものがある。そう、今は絶好の好機である。その機を掴めなければ勝利は覚束ない』
《大隊長、貴官には戦局が見えていない。この局面で陣形を崩しては、余計な犠牲が生まれるだけだ。作戦の目的を思い出し、司令部の命令を遵守せよ》
落ち着き払ったウォルトン少佐の命令に、大隊長は無言をもって答えた。
《第24バイオネッタ大隊に告ぐ。突撃は許可できない。命令違反には、厳罰をもって処する。小官には、その権限がある。繰り返す。突撃は許可でき・・・》
『敵のスポッターを排除すれば作戦の目的は達成できる。これは第2艦隊の敵討でもある。邪魔をするなっ! 第24バイオネッタ大隊、突撃ぃいいいーーー』
《・・・この猪突猛進の戦闘屋がぁあ。止まれっ!》
「以上です」
このウォルトン少佐の報せにサルストンは舌打ちしそうになる。それを意志の力でねじ伏せた。自分だけでなく他人まで不愉快にしても状況は好転しないし、逆に悪くすると知っているからだ。
「ウォルトン少佐はバイオネッタ遊撃隊の2個大隊を戦場に投入し、陣形を計画通りになるようコントロールせよ」
サルストンが視線を横に滑らすと、ゴルジ大佐は彼の意図を汲み、即座に反応する。
「第24バイオネッタ大隊に最優先通信確立」
ゴルジ大佐に眼で賛辞を送り、サルストンは徐に口を開く。
「自分はサルストン。司令官代行である。即刻、持ち場に復帰したまえ」
第24バイオネッタ大隊の隊長の野太い声が、グロッターリエのCIRに響く。
『すぐに戦果をご覧に入れましょう。しばし、我が第24バイオネッタ大隊の邪魔立ては無用に・・・』
サルストンは、途中で大隊長のセリフを遮り尋ねた。
「第24バイオネッタ大隊全滅のかね?」
『・・・ふざけんな、耄碌ジジィ! 3軸射撃からの必殺の突撃が分かんねーなら、そこで黙って見てろってんだっ!』
元々好戦的な大隊長は、戦いの最中にあって頭に血がのぼっているようだった。そうでなければ民間の軍隊といえど、上官に向かって怒気を含んだ声で捨て台詞など吐けないだろう。
「残念だ。一人でも多くの将兵を帰還させるのだ自分の使命である。故に第24バイオネッタ大隊は切り捨てる。せいぜいフレンドリーファイアには気を付けたまえ」
3Dホログラムに記号化してリアルタイムで表示されている第24バイオネッタ大隊の機動は見事だった。口先だけでなく実力もある大隊なのが分かる。
それだけに惜しい。
敵との実力差を見極められない大隊長によって、第24バイオネッタ大隊は壊滅する未来しか存在しない。
サムライの正面は、バイオネッタ4個大隊が分厚い砲撃で消耗戦を仕掛けている。
そこから第24バイオネッタ大隊が離れていった。
大隊長は部隊を2つに分割し、最大加速で人型兵器サムライの下と横に展開する。
3方向からの砲撃によって敵機は回避が困難になる。
砲撃の手を緩めず下と横から同時突撃で、更に回避が困難に陥る。接近戦に持ち込むまでもなく撃破できるのだ。砲撃を避けきったとしても接近戦になれば数の多い方が圧倒的に優位になる。
バイオネッタの戦術コンピューターの演算では99.99%の勝率であり、大隊長は勝利を確信しているのだろう。
しかし、無駄だ。
あのサムライはデスホワイトの再来にして民主主義国連合の災厄。
第2分艦隊の旗艦レポラーノが大破した後、第1分艦隊のバイオネッタ部隊が連携をとり、様々な戦術を駆使して攻撃した。
第1分艦隊に所属するバイオネッタ部隊は、どの部隊も精鋭である。その中でも、撃破されていなかったバイオネッタが連携して襲い掛かった。それにもかかわらず、2時間足らずで壊滅に追い込まれたのだった。
第24バイオネッタ大隊では、1時間ともたないだろう。
そしてサルストンの推測は、27分後に現実となったのだった。




