第10章 ジンの所業(6)
オープンチャネルで降伏を申し入れてきたTheWOCの宇宙戦艦を、ジンは簡単に発見した・・・というより司令官の思考を推察し、行動を予測した結果、正解へと至っただけだった。
TheWOCの宇宙戦艦は、降伏を申し入れてから次々とジャミングを解いていった。しかし、未だにジャミングを解いていない宇宙戦艦が1艦だけ存在する。そしてその艦は、ユキヒョウの砲撃により機関部を損傷している。ワープはおろか、撤退もできないだろう。
オープンチャネルで降伏を申し入れておきながら、戦闘体勢を解除していない。口先と部下を使い捨てて成り上がった軍人・・・いや軍人としての覚悟はなく、人としての品性は下劣。
まったく虫唾が走る。
ジンは、その宇宙戦艦”レポラーノ”を捕捉し、サムライ”ライデン”の全火力をもって攻撃したのだ。
ジンの狙いは、艦隊司令部のあるコンバットインフォメーションルーム”CIR”と、レポラーノを操艦するコンバットオペレーションルーム”COR”。TheWOCの旗艦モンテイアージを撃沈した際の分析結果から、ユキヒョウの戦略戦術コンピューターはCIRとCORの正確な位置を特定していた。
ジンの正確無比な攻撃は、司令部機能を完全に無力化した。
「彩香、整備の完了したセンプウを射出せよ」
『最短で整備完了するサムライでも2時間を要します。センプウは最短でも5時間と予測とのシミュレーション結果です』
そう答えながら彩香は、サムライ4機の整備状況データをライデンに送信した。
データを確認したジンはセンプウ2機の内、整備の進んでいない1機を選択した。
装甲の交換個所を機関部や排気ノズル、スラスターなど、機動性の保護を重視して必要最小限に抑える。他の箇所は傷ついたままの装甲でシミュレーションした結果、整備の進んでいない機体の方が早いとの結果になったからだ。
明確な方針をセットすれば、ユキヒョウの整備専用AIが実用解を導き、全自動でサムライの整備が実行される。
シミュレーション結果は、整備完了まで54分。
ジンは今、機動性に拘っていた。
降伏勧告をしてきたモンテイアージが轟沈してから、戦場が広がりつつあったからだ。
我らの勝機は、乱戦になっていてこそである。所詮は企業の私設軍隊だと、侮っている訳ではなかった。しかし1つの分艦隊は、どうやら戦争ができるようだな・・・。
戦場では、弱いところを攻め、そこから崩すこと。
指揮命令系統を潰し、組織的な攻防を妨げること。
敵の数は着実に減らしているというのに、その両方が困難になりつつある。戦況が悪化してきているのだ。
「彩香よ、継戦可能時間はどのくらいだ?」
『どうしたのですか?』
ロイヤルリングでユキヒョウの戦略戦術コンピューターに命令しデータを取得すれば良いだけで、ジンにとって声を出す方が手間暇かかるのだ。それなのに会話を交わすということは不安・・・なのではなく、単に暇なのだ。敵が戦線を整理し陣形を立て直そうとしている。そのため、ジンの周囲を渦巻いていたエナジーと爆発の奔流が途絶えていた。
このタイミングで撤退に移れば、お互いに新たな被害なく戦闘終結となるだろう。しかし、ジンの目的は敵の殲滅である。
「なに、データだけでは味気ないのでな。汝の声を聴こうとしただけだ」
『それでは、お嬢様の声音でお答えしましょうか?』
ジンと彩香はアンドロイドであり、幾通りもの声を自由自在に操れる。その上、疲労もなく集中力も落ちない。
ただ、開戦から全力全開で戦っているため、ユキヒョウの武器弾薬が心許ない。
ユキヒョウは宇宙戦艦でなく、300メートル程の恒星間宇宙船なのである。
「ほんの気まぐれだ。彩香の声で良い。それでどうなのだ?」
『このペースで戦闘を続けると、約22時間ですね』
戦闘開始から、すぐにルリタテハ軍アカタテハ星域ヒメシロ星系方面部隊に出動を要請した。しかし、ルリタテハ王国軍の宇宙戦艦であっても到着まで3日はかかる。
今のペース・・・全力での戦闘を継続すれば、援軍到着の1日前に力つきてしまう。
「それに付け加えるなら、手打鉦の損耗率は6割を超えました。それらの手打鉦は最終防衛ラインという名の浮遊障害物としてユキヒョウの周囲に配置しています」
「詳細は?」
『手打鉦の1割は、予備として格納庫にあります。3割が通常制御可能ですが、2割が変形し制御が難しくなっています。4割が浮遊障害物と化していいます。死守のそろそろトラブルは収束する方向に舵を取って頂けないでしょうか?』
我としたことが、TheWOCの実力を見誤ったようだ。
しかし、まだ殲滅は可能。
・・・ギリギリだろうがな。
「そうよな。それでは総力戦へと舵を切ろう」
ワザとらしい溜息を吐き、彩香は苦言を呈する。
『トラブルインクリーザーの本領は充分以上に発揮しましたし・・・それに、ジン様のお立場でトラブルと愛し合うのは如何なものかと・・・』
この戦況でも、ジンは勝利できると予測していた。
ジンは軽口を叩く。
「無論、弁えているとも。基本的に、我の立場の範囲内で解決できる場合のみ、トラブルと仲良くすることにしている。千宙に迷惑をかけたくないのでな」
しかし勝利できるとの予測は1時間と経たない内、誤りであったとジンを痛感させたのだ。
TheWOC残存戦力を第3分艦隊旗艦グロッターリエが完全に掌握し、サルストン参謀の作戦実行によって戦局は大きく動き始める。
宇宙戦艦の組織的かつ集中的な容赦のない攻撃が、手打鉦を弾き飛ばす。手打鉦の質量は大きくない。それに、動作速度も速くないのだ。故に舞姫システムで、多数の手打鉦の配置をAIが工夫している。
それが今や、手打鉦による防御で傷一つなかったユキヒョウの装甲を、宇宙戦艦のレーザービームが削り始めたのだ。
ジンは乗り換えたばかりのサムライ”センプウ”が乗り換える前の”ライデン”より装甲に傷がついている。先のサムライより良い部分はエナジーが満タンであることと、整備が完了した黒雷を装備していることぐらいだ。
今までジンはバラバラに攻撃を仕掛けてくるバイオネッタを盾に使いつつ、宇宙戦艦を屠ってきた。無論、バイオネッタの数も減らしながらだ。
バイオネッタ隊の陣形を崩そうと前後上下左右に動き続けた。しかし統率の取れたバイオネッタ隊の砲撃の嵐によってセンプウは、著しく不自由な機動を強いられる。
乱戦に持ち込もうと突撃をかける。しかしバイオネッタ隊の誘導ミサイル攻撃が進路を阻み、分厚いレーザービームの砲撃がセンプウの装甲を削る。
殆ど戦果の上がらない状態が10時間続くと、彩香から通信が入る。
『ジン様、お嬢様に伝言をお願いしたいのですが・・・』




