第10章 ジンの所業(5)
機械の合成音声が司令室に再び響く。
《民主主義国連合TheWOC所属、艦隊司令発。ルリタテハ王国所属、交戦中の宇宙船宛。我が艦隊は、降伏を選択する。現時点をもって、全ての戦闘行為を凍結する》
コンバットインフォメーションセンターの幕僚は愕然としていた。何度も通信内容を確認したり、隣の幕僚と話したりと、第3分艦隊の司令部の秩序が失われた。その無秩序は第3分艦隊全体に波及し、混乱の坩堝へと落ちていく。
幸い敵宇宙船も通信を受諾したらしく、攻撃が止まっていた。
メロー提督も同様に衝撃に愕然としたが、直ぐに指揮官としての役割を全うすべく立ち直った。
「降伏時の手順を遂行せよ」
メロー提督の命令に、幕僚達は定められた通りに粛々と手順を踏んでいく。
攻撃をすべて中止し、ジャミングが解く。そして宇宙戦艦、バイオネッタが後退していく。
各種周波数の通信が回復した。そのため第3分艦隊所属艦船のデータリンクが確立し、戦況把握が容易になった。
しかし第2分艦隊の旗艦レポラーノとのデータリンクは、依然として確立できていない。第3分艦隊はジャミングを解き、リンクを拒否していないにも係わらず。
「待っていただきたい、メロー提督」
情報士官最先任のゴルジが叫んだ。
いち早く戦況を把握したゴルジには、第2分艦隊の司令官”ヤマサキ”の意図が読めたからだ。
ゴルジは10年近くヤマサキの部下であった。その間、苦汁を嘗めてきたのだ。5年前。メロー提督配下に異動となった時、同僚からは羨望の眼差しで、同期からは祝福で、軍の友人からは祝杯で送り出された。
メロー提督は部下とのコミュニケーションに定評があり、何より公正な評価を下せるとの評判だったからだ。ゴルジは5年間で少佐から大佐へと昇進し、噂が事実であると実感した。
メロー提督は公正に実力を評価してゴルジを大佐へと昇進させたのだが、彼は提督に恩義すら感じている。
あと1~2時間で、メロー提督にデスホワイト討伐という輝かしい経歴が追加されるを、ヤマサキが邪魔しようとしているのだ。こんな理不尽をゴルジは承伏できなかったのだ。
「ヤマサキ司令は、自己保身のみで降伏を申し入れています。第2分艦隊の旗艦のダメージレポートでは中破の評価です。しかし、損害は機関部が中心のため、速度の低下が著しく、またワープは不可能。このまま戦闘が続けば旗艦が撃沈されると判断したのです。恐怖から、自身の命惜しさから降伏したのです。その証拠にジャミングを解いていません。これはレポラーノを攻撃されないための措置。今やジャミングを解いたレポラーノ以外の宇宙戦艦が、絶好の狙撃対象になっているのです」
ゴルジの魂のこもった叫びは、言霊のように幕僚達に浸透していった。
「軍を率いている司令官が降伏を選択したのだ。我々が戦闘を続けると友軍から撃たれかねない。味方同士で争っても仕方がない」
無論メロー提督にも言霊は届いていた。しかし、自らが預かっている将兵の命を味方同士の無益な戦闘で散らせる訳にはいかない。
その考え方を部下として5年間に渡り仕えてきたゴルジには理解できた。メロー提督とは、常に公正であり軍人として有能。また人としては善良で、かつ道徳的な方である。それは良く知っている。
しかし、このままでは帰還した後、ヤマサキの自己保身のためのスケープゴートにされかねない。
それは、あまりにも理不尽であり、ゴルジには許容できない。
なんとかメロー提督を翻意させようとゴルジは言葉を継ぐ。
「そうでなんすが・・・しかし、降伏などと・・・」
「落ち着きたまえ、ゴルジ大佐。問題は、そこではない」
サルストン准将が冷徹な声色で口を挟んだ。
「メロー司令。降伏しても捕虜のとしての扱いは保障されませんな。自分たちはTheWOCの私設軍隊です。しかし、ルリタテハ王国からすると民主主義国連合の軍ではない。降伏を受け入れてもらえるかどうか・・・。まず無理ですな。最悪のケースとしては海賊として処理されかねません」
幕僚達に絶望が広がっていく。
「・・・うむ。サルストン参謀の分析は正しい」
メロー提督が大きく肯き、即座に決断を下した。
「それではTheWOCの私設軍隊らしく、今回のミッションの目的を遂行するとしよう」
サルストン准将以外の幕僚は不可解な表情を浮かべている。
「我々は、ヒメジャノメ星系とワープ航路の調査にきた。ということは、調査結果を持ち帰らなくてはならない。つまり、1隻でもワープすれば我々の勝利となる」
ワープインのポイントは敵宇宙船の向こう側にある。指揮系統の乱れ切っている現状では、1隻ですら辿り着けないだろう。
ゴルジの情報士官としての分析が、絶対に無理だと盛大に警鐘を鳴らしている。それでも、何もせずに諦めたりはしない。
メロー提督の恩に報いるためにも・・・、
起死回生の作戦はないか?
有効な打開策はないか?
余りの絶望的な状況に眩暈すら覚える。
何とか・・・。
何か・・・。
メロー提督だけでも・・・。
どうにか・・・。
どうか・・・。
もはやゴルジの思考が神頼みになってきていた。
その時、ゴルジにとって1度で2度美味しい一報が情報端末に表示された。
まさに僥倖。
何といっても、ヤマサキにとって恥の上塗りとなっていたのだ。
《”レポラーノ”大破! 司令部沈黙。機能していない模様》
「良し!」
ゴルジ大佐の呟きにメローは眉をひそめたが、叱責する時間すら惜しく最優先の命令を下す。
「第3分艦隊旗艦グロッターリエが司令部機能を継承する。各艦に撤退命令。最優先だ! 殿はグロッターリエが引き受ける。命令伝達確認後、ジャミングを再開。急げ!」
「小官は、グロッターリエが殿を務める事と、ジャミングの実施には反対です。意味がありません」
不謹慎な呟きといい、先程のヤマサキ司令の人物評価といい、ゴルジ大佐は感情に流されている節がある。今は最先任情報士官としての冷静な分析に集中してもらいたいのだが・・・。
下士官達の集まる店に顔を出しては、コミュニケーションを取るようにしているので、下士官達が話すヤマサキ提督の悪い噂を良く耳にしていた。
司令官としては無能。
軍人としては不適格。
上官としては無責任。
人間としてはクズ。
有能な部下を不当に低く評価し、部下に厳しく自分に甘いとの評判だった。
ただ、今は必要なのはゴルジ大佐の戦況分析であって、ヤマサキ提督の分析ではない。
「私情はいらぬ。最先任情報士官としての意見を聞こう」
ゴルジ大佐は端末を操作し、3Dホログラムに陣形と損害の推移を示しながら説明する。
「開戦当初に損害が大きかったのは、バイオネッタが展開できなかったためです。バイオネッタを展開後、明らかに敵宇宙船からのレーザービーム砲による単位時間当たりの損害が減少しました。しかし、ジャミングの前後で損害率に大きな変化はありません。敵人型兵器がスポッターであるのは確実ですが、自軍のジャミングは敵の通信を妨害できていないと結論です。翻って自軍は自らのジャミングにより連携がとれていません」
3Dホログラムの映像に表示されている情報はゴルジ大佐の説明に大きな説得力をもたらしていた。
メローは得心した。しかしゴルジ大佐の説明では、戦況の事実を明示されたが、勝利するための方策までが遠い。3Dホログラムを睨みながら、メローは起死回生の作戦を考える。
重苦しい雰囲気の中、サルストン准将が軽い口調で言い放った。
「良い分析だ、ゴルジ大佐。後は作戦参謀の出番ですな。メロー司令官、良い作戦がありますぞ」




