第10章 ジンの所業(3)
第3分艦隊の旗艦に所属している主だった幕僚が、指令室に集結していた。その8人の幕僚は、一様に渋い表情を浮かべているのだが、一人だけ平静を保っている老齢の参謀がいた。
彼の名はジョン・サルストン。小柄な体躯に強い意志を感じさせるグレーの瞳、短い白髪の下にある頭には膨大な軍事知識が入っている。
サルストンは民主主義国連合の連合軍に30年間所属し、参謀として輝かしい実績を残した。彼の実績に目を付けたTheWOCは招聘したのだ。以来約20年間、サルストンはTheWOCの私設軍隊で、過去の作戦の知識を披露し、将来の軍事作戦を立案した。
彼の軍事作戦に基づいて、TheWOCは開発した軍需品の評価を実施したのだ。
またサルストンは、時に技術者と議論し、時に軍隊の参謀を教育し、時に艦隊司令官を導いた。
そんな実績と人望を兼ね備えたサルストン参謀が落ち着いているので、司令官のクレイグ・メロー提督は言葉に希望を込めて戦局を尋ねた。
「サルストン参謀。貴官はこの戦局をどう読む?」
「芳しくありませんな。敵の宇宙船の射撃は正確無比で、防御にも隙がない。敵の新兵器は戦闘の有り様を変えるかもしれません。それにサムライのパイロットは尋常でない。人の域を越えているといっても良い。なぜ1機しか戦場に投入しないのか・・・。乱戦での相撃ちを怖れているのか・・・。パイロットが2名しかいないので、交代で戦場に出陣しているのやもしれませんな。サムライのパイロットが観測手を務めているから宇宙船の射撃の精度が高いのは間違いないでしょうな。それにしてもこの戦い方・・・デスホワイトの戦い方に、余りにも似ている。ここ20年以上戦場に現れたとの話を聞かないので、エースパイロットの数人に伝授したのでしょうな」
メロー司令のブラウンの瞳に不安の色が顕れ、幕僚の間には動揺が広がった。
デスホワイトの雷名は天の川銀河の軍隊に轟き、将兵に恐れられていた。
「デスホワイトの伝説再びか・・・民主主義国連合にとっては頭の痛い事実だ」
《”モンテイアージ”轟沈! 艦隊司令部機能を第2分艦隊”レポラーノ”が継承》
機械の合成音声が司令室に響いた。第2分艦隊の旗艦レポラーノから予め決めていた符丁の通信が入ったのだ。
メロー司令は、斜め後ろに控えている副官のリータ・レーヴィ=モンタルチーニに、右手を少し挙げ合図した。
「了解しました、メロー提督」
モンタルチーニは動揺を声に出さないよう抑制し返事した。女性としては低く良く通る声である。そして目の前になる端末を即座に操作し、司令部機能継承について承知した旨の符丁を全艦艇に通知したのだ。
幕僚達の前ある巨大3Dホログラムに、刻一刻と変化する戦況が表示されている。ピクトグラムで宇宙戦艦、宇宙空母、人型兵器などを現し、色で敵味方を識別できるようになっている。また中心には、第3分艦隊旗艦”グロッターリエ”がマークされているのだ。
「メロー提督。レポラーノの戦術コンピューターとのリンクの切断を具申いたします」
「どういう意図だ、ゴルジ大佐」
穏やかな口調だが、鋭い視線をメロー司令はカミッロ・ゴルジに向けた。
「司令部からの命令とはいえ、第2分艦隊の盾となる宙域への陣を張るだけ。第1分艦隊の二の舞となる未来しか見えません。戦力の逐次投入は愚策です」
「尤もな意見だ。しかしな、司令部からの命令には従わねば。どうか?」
ゴルジ大佐も心得たもので、メロー司令の指摘に対する解決策を意見具申する。
「強力なジャミングのため、リンクが切断されることは、戦場では良くある事象です」
「モンタルチーニ大尉。リンク切断の実行。それと、其の事を艦長に伝達・・・」
メロー司令が副官に命令している途中で、サルストン参謀が徐に口を挟む。
「メロー提督。戦術コンピューターリンクの周波数帯域のジャミングが特に強ければ、更に説得力が増しますな。先にジャミングを強化するのが良いかと」
サルストンは意見具申の体を成しつつ場を落ち着かせようと、意図的にゆったりとした口調で話した。
「なるほど・・・サルストン参謀の意見も採用しよう。戦術コンピューターの通信のジャミングを強化し、次にリンクの切断。それと艦長に意図の説明もだ!」
「了解しました」
急ぎ、コンバットオペレーションルームでグロッターリエの指揮をとる艦長に、モンタルチーニが連絡を入れた。
リンク切断の命令で浮足立った幕僚を宥める効果はあったようだな。ただ残念ながら、幕僚達の表情から不安を消し去るに至らなかった。やはりメロー司令から、勝利できると思わせる作戦を説明してもらうしかないか・・・。
サルストンは参謀としての職務に忠実であり、有能でもあった。すでに作戦の立案を終え、3Dホログラムに表示できるまで用意してあったのだ。




