第10章 ジンの所業(2)
宇宙空間での艦隊戦において、星系内であれば、恒星や惑星、小惑星、衛星などを・・・。星系間では、ワープポイントや星間物質の雲、小天体などの特異点を・・・。戦略、作戦、戦術に組み込む。
近距離であれば宇宙戦艦のレーザービームは確実に命中する。ただし、それは敵戦艦も同様なのだ。そのため、互いに距離を詰めるし、互いに距離を取る。
艦載機が敵艦を攻撃している時、艦は敵の砲撃が命中しない位置まで距離を取ろうとする。逆に敵艦は、艦載機を盾にして砲撃の届く位置へと距離を詰めようとする。
しかしTheWOCの相手は、ユキヒョウ1隻とサムライ1機。
艦隊の陣形が崩れきり、乱戦となっていた。
それにも関わらず、TheWOCが圧倒的に劣勢に立たされているのだ。
TheWOCの33隻目がワープアウトしてから9時間、戦闘開始から実に29時間が経過している。29時間を休憩なしで、ジンと彩香は戦闘を続けているということだ。ジンに至っては戦闘中にサムライを4回乗り換え、現在5機目で戦っている。
「ジン様。現状認識が間違っている上、高圧的な降伏勧告がオープンチャネルで繋がっていますが・・・。如何いたしますか?」
ユキヒョウのメインディスプレイには、TheWOCの艦隊の総司令官が大写しになっていた。そこから”貴艦を完全に包囲している。武装解除し降伏したまえ。捕虜としての待遇を約束してやろう”というような内容を言葉を変えて何度も告げている。
度し難い愚か者ですねぇ。
現状を戦争と勘違いしているようでは、命運は尽きましたね。
甘すぎます
『何処だ?』
「データリンク完」
ユキヒョウに搭載されている幽谷レーザービームが一斉に放たれ、闇光する漆黒の7条の瞬きが敵艦を貫き一瞬で宙に消えた。一瞬後、TheWOC艦隊の旗艦から眩い閃光が発生し、艦体が爆ぜ跡形もなくなった。
「了・・・早すぎです、ジン様。部下の報告は、最後まで聴いて欲しいものです」
互いに距離を取った宇宙戦艦の砲撃は、中々命中しない。宇宙空間において正確で精確な計測は難しく、数撃てば当たるという砲撃戦になることが多い。
しかしサムライを駆るデスホワイトは、敵艦を攻撃できる距離で交戦しながら観測手を務められる。それどころか、ユキヒョウとであれば、狙撃手も兼ねられるのだ。
故にユキヒョウの攻撃は、敵宇宙戦艦に命中する。
彩香は舞姫システムで手打鉦を操り、近距離迎撃用の幽谷レーザービームでユキヒョウに纏わりつくバイオネッタを相手にしている。宇宙戦艦への砲撃は全てジンが担当しているのだった。
旗艦を失って1時間も経たない内、またしてもTheWOCから通信が入った。
「ジン様、オープンチャネルで降伏の申し入れがありました。如何いたしますか?」
『・・・バカを言うな、彩香。どこの宇宙艦隊が、たかが1隻の民間の恒星間宇宙船に降伏するのだ』
ジンの口振りから、全然信じられないとのニュアンスではなく、却下である事が読み取れた。
TheWOCの最初の通信内容よりは分を弁えていたので、彩香はジンの発言の一部訂正と翻意を試みる。
「ユキヒョウは民間船ですが、ジン様の操縦しているサムライは紛れもなく軍用機です」
『確かにな。しかし、3個分艦隊以上の宇宙戦艦が、1機の人型兵器に降伏する軍隊がいるとでも? 我が考えるに彩香よ、降伏の申し入れは汝の勘違いだ』
常識論を振りかざしてジンが語っている時は、無理を押し通す時。
彼の通り名には”強引がマイウェイ”というのもあるのだ。
「ジン様?」
『停戦してから武装解除まで行い。その状態を保つのが降伏と言えるのだ。それにだ、TheWOCは、この強力なジャミングを解いていない。自ら実行しているジャミングの所為で艦隊運動どころか、バイオネッタ4機編隊での行動すら、まともに成し得ない。そのような敵が統一した意志を持って降伏を申し込んでいるだろうか?』
極めて強力なジャミングは戦闘が10時間超えたあたりから開始された。サムライの近くの艦がユキヒョウの的になっていることから、ジンが観測手・・・スポッターを務めていると推察したのだろう。ジンがスポッターであるとは、正確な推察であった。しかし妨害方法が間違っていた・・・というより、現在の技術では妨害方法がない。
通信は精神感応物質オリハルコンを使用している。
オリハルコンは精神と通信できるのだ。オリハルコン同士の通信は、精神との通信より技術的な難易度が低い。そしてルリタテハ王国の科学力は、オリハルコン同士の通信を技術として確立していた。
TheWOCは強力なジャミングで”手打鉦”の動きを止めようとしているが、オリハルコン通信のため、電磁波の影響を全く受けない。電磁波はダークマターに干渉できないのだ。
ただ、オリハルコン通信の媒体が何であるかは解明できていない。一説には重力波ではないかとも言われている。オリハルコン通信技術はルリタテハ王国で最も人気があり、最も資金が投入されている研究分野なのだ。
TheWOCは自らの強力なジャミングによって、逆に自陣内の通信に多大な影響を受けていた。もはや戦術どころか、艦隊運用にまで支障を来している始末である。
TheWOCの人型兵器であるバイオネッタは部隊としての行動ができず、ユキヒョウにバラバラに攻撃を仕掛けるだけで、”手打鉦”の罠に見事に嵌る。
また他のバイオネッタ部隊は、ジンのセンプウを包囲したが、距離測定がまともにできず同士撃ちとなった。慌てて攻撃を中止した刹那、センプウの闇光する幽谷レーザービームライフルによって、纏わりついていたバイオネッタ全機が一瞬にして撃破されたのだ。
「・・・そう・・・ですね」
『さて、彩香。以上より汝の勘違いとみるのが妥当だ。良いか、強力なジャミングゆえ、オープンチャネルも影響を受けたのだ』
「失礼しました、ジン様。わたくしの勘違いのようです。すべてはジン様の仰る通りですね」
彩香はあっさりとジンの屁理屈を受け入れた。
疲れを知らないジンと彩香とはいえ武器弾薬やエナジーには限りがあり、敵の装備品を鹵獲したくとも戦場の敵を掃討しない限りは無理である。
ならば戦闘の続行が、一番生存確率を高くする方法であると彩香は理解したのだ。




