第9章 TheWOCの科学者(6)
痛覚遮断のオンオフによってラマクリシュナンが覚醒と気絶する姿に、ヘルは邪悪な笑みを浮かべ悦に入っていた。そして、ヘルに言われるがまま、翔太はメディカロイドの操作をしている。
オンオフを何度も何度も繰り返した結果、とうとうラマクリシュナンは覚醒しなくなった。
治療カプセルは直径3メートルに高さ4メートルの円柱であり、マクリシュナンが白目を剥き中央に浮かんでいる。カプセル内は無重力にしているため、マクリシュナンの口から涎が溢れ出ている。
「おいっ! どうすんだ?」
翔太はオレの視線から顔を背けた。
ヘルはオーバーアクションで、どうにもならないと他人事のように振る舞った。
オレは考えてみる。
翔太に対してツッコミを入れても何も進まないだろう。ヘルに至っては、何やら胡散臭い笑顔を浮かべ不気味なことを考えているようだ。
いくらなんでも、ケガ人に拷問じみた真似をするのは・・・というより、紛れもなくこれは拷問だな。
お宝屋の代表にして、自称オレたちのリーダーであるゴウから、苦言を呈してもらおうと声をかける。
「人道的に、とまでは言わねぇーけど。もう少しケガ人には配慮してやったらどうだ? 今の扱いは酷すぎんぜ」
ゴウはアキトと視線を交錯させ頷く。
「うむ。もう話す気になっただろう。翔太、痛覚緩和して良いぞ。それから一つ言っておく。俺はヘルと翔太がいつの間にか意気投合していて、マクリに多大な苦痛を与えるとは想像だにしなかった。だが、アキトよ!」
突然大きな声でオレの名前を呼び、ゴウは腕を組み偉そうに断言する。
「俺はヘルと翔太の共謀を知っていても、決して止めなかったぞ」
呆れてモノが言えねーぜ。
まあ、オレも止めなかったんだけどな。
宝船に自白剤なんて積んでないし、誰も尋問の経験はない。ラマクリシュナンの口を割らせるのに最短の方法は、さっきのやり方だった。今は、TheWOCの情報が必要。トレジャーハンティングは命がけだが、この状況は正真正銘生死がかかってるからだ。
まあ、適正な方法とは言い難いが・・・。
「それで? どうすんだ?」
「よし、翔太。痛覚緩和強度を徐々に強化だ」
ゴウの合図でラマクリシュナンが苦しそうな表情をし始めた。
メディカロイドの痛覚緩和機能によって、耐えられない痛みから耐えられる痛みへと変化したのだ。痛覚緩和が神経伝達を阻害している影響で、首から下の体は動きが鈍くなっている。
痛覚遮断をオフした時のように激しい動きをすると、更に痛みが増す。徐々に痛覚緩和強度を高めることによって、脳と神経の負担を減らしているのだ。
痛みによって覚醒したラマクリシュナンは、ゆっくりと緩和する痛みから思考を回復していった。そして、回復した思考の大部分を占めているのは、痛みに対する恐怖。
そこにゴウの言葉が滑り込む。
「さて、ラマクよ。貴様の本隊は何処にいる。何処をベース化しているのだ?」
恐怖により占領された思考は、空転して答えをだせない。
「や・は・り・かぁー。貴様に我輩が再教育を施してやるぅうぅううう。さぁ、お仕置きの時間だぁあぁあーーーー」
ラマクリシュナンにゴウは視線を固定したまま、ヘルに鋭い声が飛はす。
「落ち着けっ! ヘルよ」
ヘルを黙らせたゴウは、ゆったりとした口調でラマクリシュナンに語りかける。
「うむ、話したくないか? それとも話せないのか? ラマクよ。俺は、どちらでも構わないぞ。・・・覚悟は、いいかぁああああーーー」
「あぁあぁあぁあああ・・・まっ、待って・・・くれ」
「いいや、待てんぞっ! 翔太、オフだ」
目を瞑り悲壮な覚悟をしたラマクリシュナンは、次の瞬間には何が起きたのか理解できないとの表情を浮かべた。
「だっ、大丈夫だ」
ラマクリシュナンは、縋るような目でゴウをみた。
ゴウは優しく微笑みかけ、軽く上げていた右手を下ろす。
ラマクリシュナンは今までで一番大きな悲鳴をあげて、気絶したのだった。
「ひっでぇー・・・ゴウは鬼か。イヤ鬼だぜ」
「いやいや、宝船に乗っているのは七福神さ」
「時間がないだろ、アキトよ。俺自身は鬼ではなく、心だけを鬼にしたのだ」
どうだとばかりに胸を張ったゴウは、次の台詞で本音を語った。
「安心した後に落とすと痛みは倍ぐらいになるしな。何より、倍ではきかないぐらい素直になるのだぞ」
痛覚緩和によって、今日何度目か分からない覚醒をしたラマクリシュナンは、もつれる舌で必死に口を動かす。
「なん、でも・・・何でも・・・は、話す。・・・だっ、だから・・・」
意識に刻み込まれた痛みに、ラマクリシュナンは屈服したのだ。そして一度動き始めた唇は、アキトたちの質問に対して滑らかだった。
ベースの位置、艦隊の規模、調査隊の規模、調査の内容と経過。そして、TheWOCがヒメジャノメ星系に進出してきた目的。
1時間以上に亘ってアキトとゴウから質問攻めにあったラマクリシュナンは、疲れ切っていた。
そんなラマクリシュナンに、ヘルは高笑いと共に宣告する。
「それでは、我輩の助手となる儀式を始めるぅううううう」
アキトたちが話している間、ヘルは翔太からメディカロイドの操作方法を教えてもらっていた。
メディカロイドの操作は、すぐに覚えられるほど簡単ではない。しかし、ヘルが覚えた操作は一つだけであった。
その操作方法は”永久脱毛”。
メディカロイド治療カプセル内の10数本のアームが、蠢動しラマクリシュナンから毛を抜く。脱毛した後に、彼の細胞培養された汗腺のみを活かした皮膚を移植する。
これでラマクリシュナンの皮膚から、2度と毛が生えることはない。皮膚を再移植しない限り・・・。
ヘルは助手としての運命を、ラマクリシュナンの心と体に刻み付ける儀式を邪悪な笑顔で見つめている。
アキトたちはヘルを残し・・・というより放って置き、風姫たちのいるオペレーションルームに向かった。
次回 第10章 ジンの所業




