第9章 TheWOCの科学者(2)
洒落や冗談で風姫を人質にとった訳でもないだろうに・・・。要求も告げずヘルとの会話に夢中となり、周囲への警戒を怠っている。
あの男はバカか?
いや、絶対にバカだ。
今は気を逸らしてイイ場面じゃない。アイツ・・・オレたちが本気だったら、10回は死んでるぜ。ヘルとの会話が弾んでいる様子をみるに、TheWOCの研究者で旧知の間柄なんだろう。
TheWOCの研究者は、バカばっかりなのか?
どちらかというと、ヘルの知人であるというのが答えか・・・。
そう推察すると、ヤケにしっくりとくるぜ。
ヘルは変人にしてマッドなサイエンティストで、ジンの知人である。そしてジンは、既に人にあらず、アンドロイドなデスホワイトだしな・・・。
アキトは視線をラマクリシュナンとヘル、風姫に固定したまま、隣までやってきた翔太に囁き声で質問する。
「なあ、翔太。宝船にメディカロイドは積んでるよな?」
翔太も心得たもので、アキトの耳にしか届かない音量で、唇の動きを最小限にして答える。
「いやいや。それは愚問だよ、アキト。せっかく宝船を新造したんだよ。最新式を装備して、設定まで済ませたさ」
「それなら安心だぜ。このまま高みの見物と洒落込もうか」
「そうそう、予め忠告しておくけど、メディカロイドは僕たち3人のケガや病気なら、完璧に治療してくれるさ」
「マルチアジャストのスキルを使えば?」
「どんな機能でも扱ってみせる」
「だよなー。でっ、3人以外は?」
「ムリだね」
「意味わかんねぇーぜ、翔太。3人以外でも治療できるよな?」
「いやいや。どんな機能があるのか? どう動かせば良いかは分かるけどさぁー。それを実行した結果、何が起こるのか全く分からないし、予想できないんだよね。いいかい、僕は機器の設計や仕様のドキュメントは理解できるし、実際の機能との差異を把握できるさ。だけど、医者じゃないんだよねぇー」
「医者じゃなくても、大体どうなっかは分かんだろ」
「いやいや、普通の人間には絶対に無理だからさ。マルチアジャストと医療知識には全く関連性がないんだよねぇー」
「使えねーぜっ! それはスキルの持ち腐れじゃねーのか?」
「あれあれ、それは酷い言われようだと思うなぁー。人には、それぞれ得手不得手がある。それにさ・・・お宝屋劇団の舞台に、アキトの出番を用意しない訳にはいかないよ」
アキトは医療知識もある。ある意味万能。ある意味器用貧乏。
「今の演目は”ルリタテハの破壊魔、推参編”らしいぜ」
「あれあれ。アキトが助けるんじゃないのかい?」
20メートルぐらい先で、風姫が助けを求めている。
だが、風姫は他人に弱みを見せない。
見せるとしたら、それは間違いなく演技。
しかも他人を騙すためか、自分が愉しむためか、その両方かだ。
「オレがケガする訳にいかねーだろ。誰がメディカロイドの設定するんだ?」
「いやいや、良かった良かった。これで安心して見物できるね」
「オレが理解できる範囲のケガであればイイけどな」
ヘルとの会話が一段落ついたのか、自分の置かれた状況を思い出したのか・・・ラマクリシュナンは視線を周囲に巡らせてから大きく息を吸い込む。
「いいかぁあああーー。お前らは1時間ここから動くな。この女は安全地帯に着いたら解放してやる」
大声でアキトたちに命じたのだ。
「ア、アキトォ。助けてぇえぇええ。この人、絶対に開放してくれないわ。お願い・・・お願いだから・・・。私を救って・・・アキトォォォ・・・」
儚げな少女かのように、風姫は振る声色と舞いを変化させていた。さっきまでの威勢が嘘のようで、顔を俯け膝から崩れ落ちそうになっている。
その風姫の腕を強引に引っ張り、アキトのトライアングルの許へ行こうとする。俯いたままの風姫は、引きずられるように連れて行かれている。
「た・・・助けてぇ・・・アキトォ」
縋りつくような涙声で、アキトに助けを求めてきた。
どこからどう見ても、妖精姫のように可憐な少女が悪人に捕まった絵面だ。
その状況に酔ったのか、それとも嗜虐心を刺激されたのか。ラマクリシュナンはナイフを持った手で金色に輝く長い髪を引っ張り風姫を立たせると、腕を掴んでいた手を放して風姫の頬を引っ叩いた。
「あっ、待て」
アキトはラマクリシュナンの身を案じて叫んだ。しかし、彼は嗜虐心に満ちた笑顔をアキトに向け、居丈高な態度で命令しようとする。
「動く・・・」
最後までセリフを言いきれぬまま、本日2回目の空中へとラマクリシュナンは旅立った。回転しながら血を撒き散らして・・・。
「おおー、これがルリタテハの破壊魔の実力か・・・驚きだな。俺より、少ぉーしばかり強いぞ」
「いやいや、ゴウ兄。人が空を飛んでいるんだ。少しの差とは全然思えないねぇー」
風姫の頬を叩いた次の瞬間。まずラマクリシュナンは手と肘の腱、腕の筋肉を断たれ、風姫を捕まえておけなくなった。そんな彼の腹部に衝撃を与えて意識を奪い、旋風で空中へと巻き上げ、颶風をもって宝船の甲板へと吹き飛ばした。
怒りに染まった表情ですら美しい顔の風姫は、ラマクリシュナンに一瞥もくれなかった。
「う~ん、ゴウにぃ・・・。あの人、どうするの?」
「ほっとけばいいさ」
ゴウより先に翔太が返答した。
「アキトくんは、どう思うの?」
「バカだと思うぜ」
「そうじゃなくてぇ~」
「うむ、情報源としての価値とメディカロイドのテストを考えると・・・どうでもイイぞ」
「おいっ、ゴウ。情報源とメディカロイドときたら、普通は助ける流れだぜ」
「ルリタテハの破壊魔が、どう考えているかだな。あの男と一緒にメディカロイドを破壊されては困るぞ」
TheWOCの人命より宝船の設備を優先したゴウの発言内容は、紛れもなく彼の本音であった。
ルリタテハ王国は何世代にも亘り長い年月をかけ、複数の星系で多くの惑星をテラフォーミングしている。惑星ヒメジャノメはその内の一つであり、ルリタテハ王国の重要な財産である。
そこに民主主義国連合のTheWOCは無断で進出してきている。ルリタテハ王国と民主主義国連合の戦争に発展してもおかしくないのだ。
しかし公式ルートで抗議しても、民主主義国連合は政府の関与を認めないだろう。それどころか、TheWOCの名を騙るルリタテハ王国政府の一組織の自作自演である。民主主義国連合に戦争を仕掛けるための口実だと発表しかねない。
ルリタテハ王国、民主主義国連合、ミルキーウェイギャラクシー帝国の間で、小競り合い程度の紛争はあるが、全面戦争へと発展していない。それは政府の理性によるものではなく、互いに支配している星域間の距離の所為であった。
ただワープ航路の開拓は、徐々にであるが確実に歩みを進めている。
ここ10年、辺境での紛争数が増加するとともに、激化の傾向にあった。
トレジャーハンターへの危険は、宇宙での事故や未知の惑星によるものだけではなくなっていたのだ。
政府の保護の及ばない辺境で自らの身を護るには、降りかかるリスクを低減させなければならない。
ヒメジャノメ星系に侵略してきたTheWOCの要員の命よりも、自分たちのリスク減少を優先するというゴウの判断である。




