第9章 TheWOCの科学者(1)-2
「ぐぅおらっしゃぁああああーーーーいぃいぃぃいぃぃぃ」
人間驚愕すると、奇妙な擬音を発するのか。
62年もの長い間、聞いたこともないような叫び声だった。それも自分の口から発せられたのだ。
慎重な行動とは何だったのか・・・。
自分で自分を罵りたい。
調査専用の大型オリビーが潰した甲殻獣・・・その死骸が目の前にあったのだ。仕方がないと思う一方、どうして声だけでも止められなかったのか・・・。
逃げるには乗り物がいる。
戦うには武器がいる。
どこにある?
服以外に身に着けているのは・・・ブーツに収納している刃渡り10センチメートルのサバイバルナイフのみか・・・。
圧縮空気の抜ける音が聞こえる。振り向くと宇宙船にみえない宇宙船の気密ブロックのドアが開いていた。そこから豪奢なドレスを身に纏った、金髪碧眼の目を瞠るような美少女が登場したのだ。
場違いな華やかさを撒き散らし、透き通った声で毒のある言葉も撒き散らす。
「あら、仲間に捨てられ甲殻獣の餌にすらなれず生き恥をさらした挙句、捕虜としての権利もない、せめてヒメジャノメの自然に肥料として還元されれば、ほんの少しだけ価値ある人生だったのにね。目を覚ましてしまっては、もはや無価値・・・いいえ、手間暇をかけて助けたのだからマイナスだわ。アキト達が言うように有益な情報が手に入るかしら? 食料とかも考慮すると、通り一遍の情報とか、多少の情報量じゃ見合わないわ」
堂々とした振る舞い、煌びやかな装い、それと侍女を従えていること等から推察するに、あの高慢な女が船主だな。
ムカつく女だ。
しかし、人質としての価値がある上、非力そうな少女だ。
「カゼヒメ。あまりに刺激しない方が・・・。TheWOCの軍人かもしれないし・・・」
「大丈夫だわ、史帆。その人のだらしない身体つきじゃ、軍人としては運動能力が低すぎるでしょうね。全く話にならないわ。もし軍人だとしたら、木の枝に引っかかって気絶とか情けなくて情けなくて恥ずかしくて退役するしかないでしょうね。惑星探索のメンバーとして何か役立つ分野が、その人にあるのかしわ」
風姫は非常に機嫌が悪く、いつもにも増して攻撃的であった。
故に、敵であるTheWOCのラマクリシュナンに対して、容赦ない舌鋒を叩きつけていた。
アドベンチャーレースは、風姫の勝利で終わっていた。
しかしゴールにアキトの姿はなく、風姫を失望させた。そして、翔太が途中棄権しての勝利は、風姫のプライドを酷く傷つけた。その矛先がラマクリシュナンに向かい、数多の言葉の鋭鋒を突き刺していった。
アキトがトウカイキジでラマクリシュナンを回収した。受け取ったゴウはラマクリシュナンの両手両足首に拘束リングを嵌めて放置した。そして翔太は、TheWOCと甲殻獣の愉快な追いかけっこを存分に見物してから戻ってきたのだ。もちろん、追跡していることを気づかれないように・・・。
風姫は冷たい視線を浴びせながら、ラマクリシュナンの目と鼻の先まで、警戒も緊張の欠片もみせず歩いてきた。
「おー、風姫。アドベンチャーレースの勝利おめでとう。約束忘れんなよ」
トウカイキジを格納庫の所定の位置に収納したアキトが、風姫に陽気に愉しげに呼びかけた。
びっくりするぐらい隙だらけで、早速機会が訪れたのだ。
隙をついて、風姫を人質にとる
「テメー」
「おぉーっと、卑怯だなんて言うなよ。君たちのような野蛮人は、正面から戦いたがる。弱点から攻略するのは、戦略の基本だからな」
「ちょっと待てやっ! オレは、この中で一番の常識人だぜ」
「そこっ?」
史帆がアキトに鋭くツッコみを入れた。
「トレジャーハンターって常識人かしら?」
なるほどルリタテハ王国のトレジャーハンターなどという野蛮人共か・・・。野蛮人が何を吼えようと気にならないな。ガサツで、無礼で、傍若無人で、図々しい人型をしただけの有機物などに価値などないからな。
「もしかしたら、科学者よりも軍人の方が向いているのかも・・・そうだな、博士より提督と呼ばれる方が良いな」
TheWOC出身の研究者はヘルを含めて、人の話を聞かないヤツらばかりだ。
「聞けやっ!!! いいか、テメーは・・・」
アキトが風姫の説明をしようと口を開いた。
「まあまあ、アキト」
「俺は、もう少し様子を見てたいぞ」
いつの間にか翔太とゴウが顕れた。
2人のトラブルへの嗅覚は超一流。
「テメーらは、もう少し危機感を持てや。人命がかかってんだぜ」
「僕たちとは関係ないさ」
「あたしも・・・かな~。でも人命は尊いよね」
千沙がゴウの後ろからやってきて、真実を容赦なく伝えた。人命が尊いと口には出しつつ、少しも助けようとする意志が感じられない。
「お前達は・・・仲間じゃないのか?」
「違うわ。彼らはトレジャーハンティングユニット”オモシロ屋”よ。私とは無関係・・・かしら?」
「なんだと・・・」
「そうだ、違うぞ。俺たちは、お宝屋。トレジャーハンティングユニットお宝屋だ」
「私はアキトの主人・・・。いうなれば、彼は私の奴隷だわ」
ヤツ等の関係性は、大体わかった。
この場違いなドレス装の少女は、どっかのお嬢様で、アキトという少年は召使い。そして、お宝屋というトレジャーハンティングユニットは、残りの4人組だろう。
ラマクリシュナンは自分が感じたことを、そのまま口から零れ落とす。
「紛らわしいことを。これだから知能の低い野蛮人共は・・・。全くもって話にならんな」
ラマクリシュナンは、ため息と共に首を振り、視線を外したのだ。
その姿は隙だらけであった。
アキト達は誰も、その機会を掴もうとしなかった。余りにもラマクリシュナンが愚かだからだ。
しかし、その事実を知らないラマクリシュナンは思った。・・・であれば、ヤツ等の関係性を利用すれば、逃げるのは簡単じゃないか。
「ご主人様を助けたいなら、お前は全力でもってソイツ等の妨害をしろ」
アキトと呼ばれた少年に向かって命令した。
「オレの名はアキトだぜ」
「トレジャーハンティングユニット、お宝屋代表。宝豪」
「僕は宝翔太」
「あ、あたしは宝千沙だよ」
アキト、ゴウ、翔太、千沙の視線が史帆に向かう。
「・・・アタシも?」
4人は無言で肯く。
「速水・・・史帆」
なぜ、自己紹介の流れになっている?
5人が自己紹介している間にヘルが現れた。
白衣の裾を風に靡かせ、ラマクリシュナンの方へと歩きながら名乗りをあげようとする。
「真打登場ぉおおおおっ! 我輩はぁあああああ。天の川銀河一の天才科学者にしてぇえええええええーーー」
TheWOCの人間を捕らえたことを聞かされたヘルがやってきたのだ。
「いや、ヘル。お前のことは知っている」
ヘルの登場にラマクリシュナンは心底驚愕した。しかし30数年前の教訓が、ヘルの自己紹介を遮った。
理不尽研究者のヘルがいるのは驚きだ。
よく生きていた・・・。
多分トレジャーハンターに救助され、一緒に行動しているだろう。
「馬鹿者がっ! いいかぁあああああ。我輩はルリタテハ王国の王家専属の科学者にして、宇宙の距離を変革する者なのだぁあああああ!」
これだから野蛮人とかマッドサイエンティストは、相手にもしたくない。
ん? 宇宙の距離を変革するだと・・・。
「どういうことなのか?」
「し、か、もぉぉぉだぁあああっ! 実験は、既に成功しているのだ。我輩たちが、その証拠で、あ、るぅうぅうううう!!」
ヘルの話に興味が湧いたのか、ラマクリシュナンは風姫を捕まえたまま、次々と質問を重ねる。ヘルは勿体つけつつ、自慢しつつ、ラマクリシュナンに教えるというより我輩物語を語っている。
研究者としての知識欲が、脱出するという生存のための欲を完全に上回っているようだった。




