第8章 アドベンチャーレース! 翔太 VS 風姫(4)
自らが切り拓いた森林地帯のコースで、風姫はカミカゼ水龍カスタムモデルを全力で操っている。
クールグラスに表示されているデータを確認すると約3度のリード。風姫側の距離に換算すると5キロメートル、翔太側の距離だと10キロメートルになる。
そして切り拓いた森林地帯は、後20キロメートルもせずに終わる。
少しでもリードして、翔太を焦らせミスを誘いたい。
翔太が軽薄な性格同様、軽々しくカミカゼを操縦している姿は、風姫にとって驚愕でしかなかった。
ふざけた才能だわ、本当に。
『風姫、そろそろだぜ。準備は完了してんな?』
さっきまで賑やかだった宝船のオペレーションルームから、一際大きな声がした。無論、アキトの声だ。
「もう少し小さな声で話せないのかしら?」
ふふふ・・・。
アドバイスだけでなく、アキトは私をサポートもしてくれている。
勝利は私のモノだわ。
そう・・・アキトへのご褒美は何が良いかしら?
たまには、アキトが喜ぶようなことをしてあげようかしら?
『あと3分』
『どういうことだ、アキトよ』
『すぐに分かるぜ』
千沙の甘い声音が風姫の耳に届く。
『え~、教えてくれないのぉ~?』
『・・・もちろん』
アキトの返答までに、ちょっとだけ間があったのが気にいらないわね。
うーん・・・ルリタテハ王都でのショッピングとか、食事とか、観光とか・・・どうかしら?
アキトが聞けば、それは風姫がやりたいことだろ? オレをテメーの趣味に付き合わせんな、と一蹴するだろう。
そう、風姫は2人の会話の雰囲気に当てられ、アキトの事より自分のやりたい事へと意識がすり替わっていた。何より自分の思いつきに、本人が愉しみになりすぎている。
「アキト、一緒にいくわよ。良い?」
『いいぜ』
決定的なディスコミュニケーションが起こっている。
風姫はアキトとの王都デートの提案をし、アキトは風姫のサポートを承諾していたのだ。しかし意思の疎通に費やす時間がなかった。
『さあ、いよいよだぜ』
「入るわよ」
『アシストは任せろ。そして風姫は、コンセントレーションを高めるんだ』
そうだわ。
今は戦いの最中・・・集中しなければ。
ここからは、全身全霊で戦うことになる。私の前に立ちふさがる障害は、全力で粉砕してあげるわ
『いくわ』
2条の黒い閃光が風姫の右腕から放たれた。距離5キロメートル先にいる大トカゲっぽい生物に命中する。
右に左にと、次から次へと幽谷レーザービームの黒い輝線が閃く。森の中にいる危険種を消滅または牽制しているのだ。
「信じているわよ、アキト」
『安心してイイぜ。オレは、オレのカミカゼを絶対に守る』
「あなたが護るのは、私でしょ!」
『カミカゼを守ることが、風姫を護ることに繋がるんだぜ』
「そうじゃないでしょ! 私の・・・」
風姫には話を続ける余裕がなくなっていた。
森の中を高速で疾走するカミカゼ。
カミカゼを守るため、風姫は全力で遭遇しそうな危険物を排除するので精一杯になのだ。
全てのトライアングルには、オートパイロット機能が搭載されている。しかし、オートパイロットを有効に機能させるには、データの入手が必須である。
たとえば、惑星ヒメシロでは人工衛星から位置情報を取得できる。シロカベンなどの街では、交通情報を取得できる。開発が進んだ惑星でオートパイロットを使えば、安全に早く目的地へと到着できるのだ。
しかし惑星ヒメジャノメには、情報配信設備はおろか、人工衛星や交通データ取得のためのセンサー類が存在しない。この状況でオートパイロットを使用すると、地形にあわせて速度を調整し安全を最優先で走行する。
今の風姫に、カミカゼを操縦する余裕はない。
しかし、カミカゼは障害物を避けて疾駆しているのだ。
『ア~キ~ト~く~ん~?』
『まだまだ隠し事があるようだな。ほれっ、キリキリと吐いてもらうぞ。ネタはあがっているのだ』
『ネタがあがってんなら、知ってるってことだよな?』
『うむ、簡単なことだぞ。聞いた方が楽だからだ』
『ゴウにぃ・・・正直になろうよぉ』
『まあ、イイぜ』
お気楽な口調で、アキトはネタばらしを快諾した。
ゴウと千沙は、既に邪魔しようがないと確信しているからであり、自分の作戦の成功を疑っていないからだ。
ただ作戦の成功は確信していても、勝利は確信していない。
作戦の成功により風姫がタイムを大幅に短縮したとしても、翔太がそれすらも上回るパフォーマンスをみせれば敗北は畢竟。もはや人事を尽くしたので、天命を待つしかないのだ。
『コースはさっきも言ったように記憶させておいた。ただしカミカゼ水龍カスタムモデルの索敵システムに記憶させておいたのさ。邪魔になるのは生物か、記憶したときにはなかった物体。そいつらはレーザービームで排除すればイイだけさ。それと、3日前に構築したレーダー警戒網に水流カスタムモデルの索敵システムを連動させた。これで記憶したコースに近づく生物を早期発見できる。そして早期発見したら、速やかに破壊すればイイんだぜ』
アキトは雄弁に語った。そして、カミカゼにコースを記憶させたと何度も刷り込んだ。
現時点でもリモートで風姫の操縦を手伝っているのを隠すために・・・。
『うむ、なるほど。翔太はカミカゼを操り障害を回避するが、ルリタテハの破壊魔は障害を排除するのか・・・。二つ名に偽りなしだな。だが、あんなに撃ちまくっていたら、気密カプセルが持たないぞ』
トライアングルに装備されている気密カプセルには自己修復機能がある。気密カプセルの素材自体が、破れや穴を周囲から塞ぐようになっているのだ。ただ、再生する訳でなく、修復なので限界がある。
カプセル素材の厚さが、ある閾値を下回ると急激に分子間結合力が弱まり、突然崩壊するのだ。
『風姫の操縦してんのは、オレのカミカゼだぜ』
『どういうことなの?』
『カミカゼ水流カスタムモデルは、気密カプセル7回分の素材を搭載してんだ』
通常のトライアングルは、気密カプセル素材を2回分しか搭載していない。・・・というより、それだけ搭載していれば、トレジャーハンティングを1ヶ月しても充分過ぎる程なのだ。
気密カプセルの崩壊は気にせず、風姫はカミカゼの走行の邪魔となるモノを遠慮なく排除・・・というより撃ち砕いていく。そして舞い落ちる木葉や枝は、気密カプセルに当たるに任せていた。
遠くから風姫を眺めてみると、黒い閃光で動くモノ全てを吹き飛ばす鬼神の如き姿・・・まさに破壊魔。
ルリタテハの破壊魔は惑星ヒメジャノメでのデビューを、荒々しく果たしたのだった。




