第7章 冒険とトレジャーハンティング(2)
恒星ヒメジャノメが中天に昇る頃、宝船のオペレーションルームに風姫と史帆、千沙が集まっていた。
3人ともスペースアンダーを身に着け、上にジャケットを羽織りスリムパンツを穿いていた。いずれもトレジャーハンティング用のモノだった。
「予定時刻より2時間も遅れているわね。いつまでアキトは遊んでいるつもりなのかしら?」
風姫が不機嫌にそうに漏らした呟きに、千沙がイラつきを隠さずに反応する。
「アキトくんは、トレジャーハンティングしてるのっ!」
「レーダー機器の設置は完了したわ。一度戻るべきとは思わないのかしら? 適度に休憩してても、睡眠をとらず22時間稼働は、疲労を蓄積させるわ。いくら気が張っていて疲れを感じていなくても、ふとした瞬間に体が動かなくなる。今日でなくても良い作業を、無理して実施している。これは回避できるリスクだわ。お宝屋はリスクマネジメントが出来ないのかしら?」
「リスクとリターンを冷静に検討して、そして判断したのっ! それにゴウにぃが合流したんだから、大抵のことは問題ないよ。大抵じゃなくなったら撤収するからね~」
「ゴウにぃって、TheWOCの戦艦に迷いなく、躊躇せず、容赦なくレーザービームを叩き込んだ人かしら? しかも、同時にミサイルまで発射してたわね。そんな人が本当にトラブルを起こしていないと信用しているのかしら? そこにトラブルがあれば、飛びつくのではなくて? 予定より遅れているってことは、トラブルと仲良くしているとは思わないのかしら?」
彩香からトラブルテイカーと言われている風姫が、トラブルについて偉そうに語る資格はない。しかし、いつもはツッコミを入れるジンと彩香がいないのが幸いし、説得力を持っていた。
「お宝屋はトレジャーハンティングユニットなんだよ~。目の前に宝物があったら、何をおいても飛びつくの。チャンスは一瞬、それを逃すと宝物は手に入らない。それがトレジャーハンターなんだよ~。そして今、あたしとアキトくんはトレジャーハンター」
トレジャーハンティングの際、警戒網構築とベース設営、水の確保、食料の調達を始めに実施する。
レーダー機器の設置が後5基で完了となった時、構築した警戒網に生体反応があった。警戒網の半径5キロメートル内に、1メートル以上の生物が動くと反応するように設定してある。それは、トレジャーハンターとして見過ごせない。
危険生物かも知れない。
食料になるかも知れない。
何より、独自の進化を遂げた貴重な生物かも知れないのだ。
宝物は、何も重力元素だけではない。テラフォーミングした惑星には大抵新たな発見があり、人類に有益な何かを齎すのだ。
トレジャーハンターには、新しい何かを求めるタイプと、金銭のためだけに行動するタイプがいる。もちろんアキトとお宝屋は前者だった。
3人は今頃、嬉々としてトレジャーハンティングしているに違いない。
その姿を想像してなのか、うっとりとした表情で、千沙は言葉を継ぐ。
「一緒に冒険して、未知に挑んで、後3年半を一生懸命駆け抜ける。そして将来は、一緒にルリシジミ星系で暮らすことになってるの」
碧い瞳に剣呑な光を宿し、刺々しい口調で応じる。
「まあ、それは残念ね。再来年、私とアキトは惑星ルリタテハで大学生になっているわ。そして惑星ルリタテハを拠点に、将来は色々な星系を巡ることになる予定だわ」
風姫の余裕のなさを感じとったのか、千沙は確認に満ちた笑顔を言ってのける。
「違うよ~。だってアキトくんは、あたしと恋に落ちるの。だから将来、あたしは惑星シンカイでアキトくんと一緒に暮らすことになるんだよ~」
風姫は気付いていないが、千沙の口から重要な情報が漏れていた。ルリシジミ星系の主惑星はルリシジミである。惑星シンカイは、新開家が長い時をかけテラフォーミングした地であり、新開グループの本拠地なのである。
つまり新開家と新開グループに縁のある者が住む。そしてアキトの苗字は新開である。
「恋に落ちるというのではなく、陥れるつもりじゃないのかしら?」
話が逸れまくっている。
しかし、風姫と千沙は止まらなくなっている。
話に入れないでいる史帆が呟く。
「翔太君なら分かるけど・・・」
本心を零しながら、疑問を口にする。
「アキトの・・・どこがイイのかな」
アキトについて言及した瞬間、即座に千沙が反論する。
「アキトくんは優しいんだよ~」
「初めて会った時、怖かった・・・」
「何をやったのかしら?」
透き通った声が冷たい声色に彩色され、風姫は史帆を問い詰めるように尋ねた。
「・・・営業終了したって言ったのに、カミカゼ水龍カスタムモデルを準備させられた」
「私は、あなたが何をやったのかしらって、聞いたんだけど?」
冷たさを増した風姫の声色が、史帆を追い詰めた。
「アキトくんは、理不尽なこと要求したりしないよ~」
柔らかい口調だが、決して揺るがない芯をもった千沙の主張に、史帆は気まずそうな表情を浮かべた。
「・・・お店の都合で、営業時間を縮めた」
「あーあー。それはアキトが怒っても仕方ないわ」
「だけど・・・ユキヒョウの整備が急に入った」
風姫の表情は、ほんの少しだけ、気まずそうになる。ユキヒョウの出航を、自分の我が儘で早めた自覚はあるようだった。
「それは、アキトくんには関係ない話しだよね~」
そこから30分もの間、アキトの良いところ、凄いところを風姫と千沙が史帆に洗脳・・・説明する会になったのだった。ただ内容の8割方、千沙の思い出話になっていたが・・・。




