第6章 時空境界突破。交渉。そして冒険(7)
七福神ロボ・モード1が戦場に投入されてからは、圧倒的優位な展開となった。宇宙戦艦と比べて遥かに機動性能の高い人型兵器が、宝船に匹敵するレーザービーム砲を携えて攻撃しているのだ。しかも攻撃対象は、ユキヒョウと宝船から狙えない位置にあるハッチである。
「ジン様の特訓で、翔太君は成長したようですね」
舞姫システムで手打鉦を縦横無尽に動かし、宝船と七福神ロボまで護り、戦況を把握しながら話している。
「どうやら、完全勝利になりそうです」
彩香の言う完全勝利とは、修理せずとも航行に支障なく、ミサイルなどの消耗品だけで戦いが終ることである。
「・・・ジン様?」
攻撃担当のジンは、ディスプレイにミサイルの残弾と、幽谷の砲身の状態を表示させている。
「民主主義連合国の艦隊単位は11隻だ。ここのワープポイントは、宇宙戦艦なら同時3隻が最大数なのだ。学習状況はどうだ?」
戦略戦術コンピューターに搭載されている人工知能の学習状況を、ジンは彩香に確認したのだ。
艦隊単位が11隻という言葉でジンの懸念を共有した彩香は、戦闘継続のための情報も添えて答える。
「ある程度なら戦略戦術コンピューターに任せても、防御が破綻することはありません。手打鉦の損耗率は3割です。うち6割がダーク手打鉦になります」
ジンの刹那の苦悩で、ユキヒョウの攻撃が乱れた。
想定よりも、手打鉦の損耗率が高いな。これまで同様、宝船と七福神ロボを護りながらだと、敵艦を戦闘不能にするより先に手打鉦が全滅する。
現状ダークマターのみの手打鉦は、攻撃に回している。潰せていない敵艦のミサイル孔とハッチに配置している。高々全長400メートルにも満たない2隻の民間船が全長1000メートルを超える敵の宇宙戦艦3隻相手に対抗できている。その主たる理由は、敵が混乱しているからだ。
宇宙戦艦が発射した直後に、ミサイルは突如として爆発する。
ハッチから発艦しようとした人型兵器が押し止められている。その間にレーザーで貫き人型兵器を破壊する。次にダーク手打鉦をハッチ周辺から退避させ、格納庫内を幽谷で破壊しつくしているのだ。
ダーク手打鉦を防御に回すと、この危うい均衡状態が崩れるな。
ユキヒョウだけなら、ある程度敵艦を行動不能にして、最大戦速で離脱可能か? 敵艦も大破した自軍の宇宙戦艦の救助活動を優先する。しかし8隻程度は大破させないと、追撃を受けるだろうな。
「防御は戦略戦術コンピューターに任せろ。攻撃は彩香に一任する」
彩香はスムーズにジンから攻撃システムを引き継ぐ。しかし、ジン程効果的な攻撃ができていない。というより、ジンが苦悩した刹那よりも攻撃力が落ちている。
幽谷は突き刺さり、ミサイルは悉く命中しているが、敵艦は健在なのである。何故なら、ジンと比較すると精度が悪く、宇宙戦艦のウィークポイントを外しているからだ。
彩香は必死に対応しているが、次の3隻がワープアウトしてきたら、長くはもたんだろうな。
この貴重な時間で、打開策を導き出さねば・・・。
「ジン様。少しは希望的な予測が欲しいのですが? わたくしの棺桶として、ユキヒョウは豪勢なので、不服は全然ありま・・・せん・・・」
敵艦の攻撃が苛烈になってきたから、彩香は一旦台詞を中断し、舞姫システムにも介入して戦術的優位を取り戻す。
「ただし、風姫様とジン様と運命を共にするのは、遠慮させて頂きたいですね。あの世では・・・存在すればですけど・・・平穏に暮らしたいと考えています。お2人のトラブル収拾は、他の人に担当してもらいたいですね」
「まだ、この世を愉しみ尽くしてないだろう。それにだな、風姫には彩香が必要なのだ」
軽口を叩きながらも、ジンはユキヒョウの最上位権限の限定人工知能であり、最大の演算能力を持つ量子コンピューターでシミュレーションを繰り返している。
「そうですね。わたくしがいなく・・・なると、アキトが頭にのりますしね。お嬢様の傍で、わたくしがアキトの動向を、しっかりと監視する必要がありま・・・」
彩香はジン程に余裕はないようで、時々言葉に詰まる。
「では、ジン様。チャキチャキと解決策を提示し・・・てください。風姫様の安全が最優先です。時間もありませんので、騙し討ちでも・・・悪知恵でも良いですよ」
ワープポイントの揺らぎが収まりつつある。つまり、次の宇宙戦艦が安全にワープアウトできる状態になるのだ。
「物言いが、昔に戻りかけてるようだが?」
「それは失礼しました。なにぶんジン様との掛け合いは、生前の方が長かったものですから」
我は生前、風姫に悪影響を与える危険人物として扱われていたからな。
満足のいくシミュレーション結果が、漸く導き出せたジンは、通信レベル最優先で宝船に連絡する。
「ゴウ、時空境界を顕現させる。翔太は宝船に戻るのだ」
『意味が分からぬぞ』
「宝船で惑星ヒメジャノメに先に往くのだ。我は後から往く。アキト、今から詳細データを送る。3分で突破準備を調えよ。5分後から10秒間、時空境界が顕現するのだ。出来るな?」
『愚問だぜ・・・ジンはどうすんだ?』
データに眼を通しながらも、的確な質問を投げかけてくる。こういところは蒼空に似ていて小癪すぎる。
「我は限界に挑戦せねばならない。良いか・・・ユキヒョウによる宇宙戦艦撃沈数の更新だ」
『俺たちお宝屋も協力してやるぞ』
「我の所業の邪魔をするなっ! 良いか、ゴウ。目的と手段を違えるな。汝の目的はなんだ?」
『ゴウ、翔太、ジンの言う通りにしろや。ジンは戦争のプロで、デスホワイトだ。オレたちは邪魔にしかなってねーぜ』
《いやいや、アキト。それはないよね》
『翔太、説明は後でしてやるぜ。時空境界顕現まで2分を切ったんだ。ジン、惑星ヒメジャノメで待ってればイイんだな?』
「安心せよ。我はルリタテハ王国の唯一神である」
『ゴウッ!! 翔太は早く宝船に乗るんだ。七福神ロボ内にいると突破時に肉体が影響を受ける』
アキトめ・・・やはり知ってるのだな。
ヒヒイロカネ合金は、境界突破する際に発生する様々な波長の重力波を吸収し、人体への負荷を軽減できるのだ。
『うんうん、僕はアキトを信用するさ』
『分かった・・・借りておくぞ、ジン』
「宝船を突破させる境界は、10秒しか顕現できぬ。往け」
『ジン、彩香。惑星ヒメジャノメで待っているわ』
七福神ロボが帰還し、モード1の状態のまま宝船の甲板に固定される。翔太は素早く宝船の格納庫に入り、オペレーションルームに報告した。
「お嬢様、大蛇の生肉を食べてはいけませんよ」
『私はアキトじゃないわ』
操船、攻撃以外のオペレーションを一手に引き受けている千沙は、サブディスプレイにワープ可能状態と表示した。
時空境界突破可能の表示がないため、ワープと表現しているのだが、アキトとゴウは理解していた。
『一々話にオチをつける必要はねーんだぜ。・・・突っ込め、ゴウォオオオ!』
ユキヒョウから送信されてきたデータに基づいた設定を終え、アキトはゴウに向かって指示を出した。
『ふっはっはっははーーー。突っ込むぞぉおおお!』
ユキヒョウから送られてきた時空境界の顕現宙域を千沙が示し、ゴウは一切躊躇せず時空の境界へと宝船を突っ込ませたのだ。
宝船は、惑星ヒメジャノメの朝になったばかりの大地に着陸した。そこは草原で、森が近くにあるトレジャーハンティングのベースには最適な場所だった。
宝船に乗船していた全員が草原へと降り立ち、青く輝くヒメジャノメ星系の恒星からの朝日を浴びる。
「ユキヒョウ・・・大丈夫かな」
史帆の呟きに風姫とアキトが、答えになっていない答えを口にする。
「そうね。ドレスルームは大丈夫かしら・・・急いで着替えて宝船に乗ったから固定まではしてないのよ。心配だわ・・・」
「オレの作業道具・・・壊れないと良いけどなぁー。オレも調整道具を固定まではしてないんだよな。最悪、調整道具の道具の調整から始めることになるぜ」
「ねぇ・・・どうして、ジンさんと彩香さんの心配をしないの?」
「無駄だぜ」
「そう・・・なの」
「そうよ。心配するだけ損だわ」
「・・・えっ、無事ってこと?」
「もちろんだわ」
凛とした声音で言い切った風姫だが、表情には自信と不安を同居させていた。それを吹っ切るように、風姫は笑顔でアキトに尋ねる。
「それで、何をしようかしら?」
「決まってるぜ」
「うむ、決まり切ってるぞ」
「僕たちは、お宝屋・・・」
翔太の台詞を、アキトは即座に否定する。
「いや、違う」
「まあまあ、アキト。ここは合わせるべきじゃないかな?」
「あたしとアキトくんの2人の生活が始ま・・・」
周囲を見渡しながら、アキトは否定する。
「それも違う」
「ふっはっはっははーーー。良いぞ良いぞ、この感覚。行くぞぉおおおおおお」
アキトと翔太は、ゴウにつられ絶叫する。
「やるぜ。トレジャーハンティングだぁああああーーー」
「そうそう、そしてぇええ、冒険さぁああああ」
3人を醒めた視線で風姫が眺め、千沙は幸せに包まれているかのような笑顔で見ている。
アキトの中にあるトレジャーハンターとしてのアイデンティティーが刺激されていた。アキトは久しぶりのトレジャーハンティングに、冒険に、興奮を隠せなかった。
それに隠す気もない。
自分の気持ちと感覚の赴くままに、今すぐにも飛び出そうとしているのだった。
第6章が漸く終了です。第6章で描こうとしていた内容は、第7章以降で回収していきます。
文章の推敲、校正が不十分な点は、ご容赦ください。
※ 公開を優先しました。




