第6章 時空境界突破。交渉。そして冒険(4)
ジンと彩香がユキヒョウに戻ってから1時間。
アキトと風姫、史帆が見学のため宝船に赴く。
ヘルはジン、彩香と共に宝船へと乗船したのだが、ユキヒョウには戻っていない。ヘルが一悶着起こしたのだ。
「ジン、契約は24時間だ」
ゴウの宣言にヘルが反発する。
「知識欲がぁあ、好奇心がぁあ、そして研究者魂が満足するまではぁあああ、我輩が宝船から降りることはないと知れぇえええええええーーーーー」
ヘルは『技術革新が』、『人類の未来が』、『馬鹿者が』とか、暴言を吐き続けている。
ジンとゴウの間で、即座に話がまとまった。
「コイツが、それ以上滞在したら外に放り出すぞ」
「うむ、我の一存で許可しよう」
そう、2人が相手にしなかったからだ。
ジンは約束の24時間に達し、宇宙空間に放り出される前にヘルを回収するつもりでいる。流石に生身で放り出すような真似はしないだろう。しかし、スペースアンターとクールメットだけで放り出された場合、心身に影響がでるかもしれない。
肉体はどうでも良い。
ヘルの頭脳と研究成果が、ルリタテハ王国には必要なのだ。
サイエンティストとしてのヘルを欲しているが故、マッドな性格は我がコントロールしかない。何せヘルは、己が命を燃焼させてでも世界の真理を探求する求道者なのだ。余人ではコントロールが難しいであろうな。
しかし、我であれば可能だ。
ルリタテハ王家の繁栄、ひいてはルリタテハ王国の繁栄のために、ヘルの能力を活用する。
その為、美味しい餌を用意すべきだな。
無論、用意できるとも。
交渉準備は調えてある。
「彩香、ユキヒョウの警戒システムは任せる」
「承知しました。ジン様」
「我は4時間ぐらい、通信ルームにこもるだろうな」
通信ルームはスターライトルームの2階層下にあり、我だけの専用秘匿回線が引いてある。
通信中にアキトがスターライトルームにいた時、ジンは巧く対処し誤魔化せたと考えていた。しかしアキトは、既に時空境界突破装置による星系間通信の仕組みを知っていたのだ。
星系間通信装置のトップメーカー”空中人”は、新技術開発研究グループの持株会社”新技術開発研究統括株式会社”の100%子会社である。
つまり新開一族が創業家として支配している会社なのだ。
そしてアキトは、新技術開発研究統括株式会社の会長の曾孫。
そう考えると、時空境界突破装置を知っていたとしても、おかしくない。事実知っていたのだ。
我がスターライトルームに入る前に、アキトは時空境界の顕現を見ていた。そしてユキヒョウが、星系間通信可能であると理解していたのだ。
「交渉開始は約2時間後。交渉中と前後の1時間は、宝船に時空境界の顕現を観測されぬようにするのだ」
アキトがセンプウの背中に装備した高出力高機能の移動式通信装置は、時空境界の突破にも耐え得る。
ルリタテハ王国軍は、10隻程度の分艦隊に1隻の割合で、時空境界突破装置と移動式通信装置を配備している。しかし、300メートル級の恒星間宇宙船に配備するなど、正気の沙汰でない。
なぜなら、時空境界を顕現させるとは、時空と時空を繋ぐことである。その為に、膨大な量のミスリル合金を使用して超重力を発生させるのだ。
時空境界は超重力により顕現している。
突破するには、ダークエナジーを蓄積できるヒヒイロカネ合金の装甲が最適とされている。ユキヒョウの斥力装甲ですら荷が重すぎる。
そしてヒヒイロカネ合金は、ルリタテハ王国の技術でも安定供給には程遠い状況にある。
更に顕現を維持するには、緻密な重力制御と膨大な演算が必要となる。通常の戦略戦術コンピューターは、演算方式の関係で計算能力が圧倒的に不足する。時空境界顕現演算用コンピューター”電光知能”が必須なのである。
これだけの装備を搭載する余裕は、通常の恒星間宇宙船にはない。宇宙戦艦か、1キロメートル級の大型恒星間宇宙船ぐらいなのである。
「欺瞞工作として、ダーク手打鉦で斥力場と重力場を交互に展開させます。電光知能の演算によると、5ヶ所以上展開すれば、宇宙戦艦の索敵システムですら騙せる。そう導き出されました」
ロイヤルリングで、ジンも電光知能の演算結果を確認した。
電光知能の演算結果を、戦略戦術コンピューターへとデータリンクする。
「舞姫システムの操作は任せる。ダーク手打鉦を巧く操るのだ」
戦略戦術コンピューターが手打鉦の振舞いを決め、すでに舞姫システムと連動していた。
故に、彩香が操作する必要はないのだ。
そう・・・何もなければ・・・。
演算通りに、予想通りに物事が進めば良い。しかし、所詮は限定された条件、前提の下での演算である。何が起こるか分からない。
ジンはトラブルが発生した際、彩香に臨機応変な対策を求めたのだ。
「汝が新開蒼空だな?」
機能美と重厚さを備えたデスクとチェアーに93歳の老人”シンカイソウア”が座っている。映像ごしにみると蒼空は小さく見える。しかし、それは部屋もデスクもチェアーも大きいからで、蒼空は同年代より若々しく身長も高い。
顔の随所にアキトの面影がある。
それも当然で、蒼空はアキトの曾祖父にあたるのだ。
ジンの確認に、蒼空は黙したまま語らない。映像には蒼空1人のみで、彼が口を開かないと、会話にならない。
ジンは再度確認するため、尋ねる。
「汝が新開蒼空だな?」
仕方なさそうな雰囲気を醸し出して、蒼空が徐に口を開く。
『まず、おのれが名乗るのべきはないか?』
ジンの表情に、冷静な怒りが浮かぶ。
「一条家より通達がいったはずだが」
『そうだ。殊更、仕方なく、わざわざ、厭々ながらも時間をつくった』
憤怒の表情へと変わったジンが、ゆっくりと名乗りをあげる。
「我は神隼人」
映像が途切れた・・・というより、通信を切られた?
ジンはロイヤルリングで通信ログを確認すると、確かに蒼空側から切断されていた。
なんだと・・・。
我が怒りを抑えてまで名乗ったにもかかわらず、通信を切断しただと・・・。
ヤツの目的はなんだ?
我を怒らせて何がしたい?
王家からの要請ゆえ、無碍に断れなかった。我を怒らせて、会話が成立しなかったとする。
いや、そうではない。
ならばヤツから通信を切断するのは不合理だな。
とにかく、王家と関わりたくない。
それも違う。
新開グループと王家は、商取引どころか技術交流まである。新技術開発研究統括株式会社の会長が、王家に縁のある者との接触を拒む理由はない。むしろ人脈を広げられ、今後の商取引に繋がると考えるはずだ。
うむ、そうよな・・・。
蒼空は新開グループのイメージカラーであるスカイブルー、パールホワイト、翡翠色を配色してある服装だった。それは作業服でなく、新開グループの正装であった。
蒼空は交渉する気がある。ならば通信を切ったのは、ヤツの交渉術だと判断すべきだ。であれば、我の要求の対価を吊り上げるつもりなのだろうな。
交渉は熱くなった方が自滅する。冷静で、相手の表層的な言葉に惑わされず、議論のための議論に誘導されないようにせねばな。我は目的を忘れず、要求を通せば良い。
我が短気なのは、我が一番よく知っている。
ならば、感情と表情の連動の割合を10分の1に設定し、時間を稼ぎながら要求すれば良い。連動をオフにすると、不自然に感じるだろうからな。
ジンは15分ほど間をおいてから、蒼空に再コールした。相手は必ず待っているとの確信があるからだ。
最初の通信時と寸分違わない姿勢と表情で、コールした瞬間に新開蒼空が映像に映った。
ジンは落ち着いて自己紹介する。
「我は神隼人。ルリタテハ王家に縁のある者にして、ルリタテハ王位継承順位第八位”一条風姫”の護衛である」
蒼空が徐に口を開き、断言する。
『違う』
決して蒼空のペースに嵌らぬよう、ジンは余裕を保つように注意を払いらがら尋ねる。
「うむ、何がだ?」
『おのれは、一条隼人。ルリタテハ王国の唯一神に祭り上げられ、ルリタテハ王国歴460年にコールドスリープ状態で発見された。今ではアンドロイドの体になり、自由気ままに・・・だが、ルリタテハ王国の利益の為に行動している』
・・・本気で驚いた。
感情と表情の連動を10分の1にして正解であった。2分の1とかにしていたら、驚愕の表情を浮かべていただろう。
新開蒼空の情報網・・・いや、新技術開発研究グループ、通称”新開グループ”の情報網が凄いのか?
気の抜けない、緊張感溢れる交渉になりそうだ。
良かろう。全力で相手をしよう。




