第6章 時空境界突破。交渉。そして冒険(3)
アキトが6時間の睡眠から目覚め、状況を理解するまで30分以上かかった。
起き抜けで、30分もの間ボーっとしていた訳ではない。風呂に入ったりとノンビリ身だしなみを整えていた訳でもない。
風姫から事情を訊きだすのに、30分もかかっただのだ。
覚醒してすぐに、アキトはコンバットオペレーションルームへと疾走した。中に入ると風姫と史帆がドレスアップした姿で、優雅なティータイムを楽しんでいた。
コンバットオペレーションルームのメインディスプレイには、白い装甲のラセンが美しい機動を描いている。
だが、メインディスプレイに映っているのはラセンだけではなかった。
両手に轟雷を持ったラセン・・・デスホワイトの相手は弁財天であった。弁才天の8本腕の手には弓、矢、刀、矛、斧、長杵、鉄輪、羂索が握られている。その2機の模擬戦闘の様子はメインディスプレイに、被弾などの戦闘データはサブディスプレイに映し出されていた。
華やいでいる風姫たちの姿とメインディスプレイの戦闘映像、サブディスプレイの戦闘データ。その、どうにもシュールな絵面に、膝の力が抜けそうになる。
オレはコンバットオペレーションルームに一瞥した。
すると宝船の方は、船の限界に絶賛挑戦中のようだった。サブディスプレイに旧宝船では不可能な航跡が描かれている。著しく宝船の性能が向上しているのが分かる。
しかし性能の向上以上に、操縦士の腕が尋常じゃない。
弁才天は翔太でないと、まず操縦不可能な武装を装備している。それに機動の描き方に翔太のクセがでている上、反応速度が常軌を逸している。
ならば、宝船の操縦士は1人だけに絞られるな。
「風姫、宝船のパイロットは誰なんだ?」
オレは確認のため風姫に質問し、その答えを受けての再質問のシミュレーションまで、頭で実施済みだった。
「ようやく、お目覚めのようね。まずは挨拶じゃないかしら?」
予想外の返答に、反応が一拍遅れる。
「・・・おはよう」
確かにそうだが、そうなのだが・・・。
それなら風姫から挨拶すればイイんじぇねーかな?
そうなれば、オレも挨拶を返したぜ。
「おはよ」
志帆が小声で挨拶したあとに、風姫は教師が生徒に挨拶するかのような口調で挨拶する。
「はい、おはよう」
そして風姫は、優しくも可憐な微笑みを浮かべた。
気の所為か、風姫が輝いて見える。その輝きに当てられ、周囲の空間までもが光を放っているようだ。
そう、風姫はオレ好みの美少女で、性格以外にケチのつけようがない。
ドレスアップしているというのも関係しているかもしれない。心身ともに消耗していたから、笑顔で癒されているのかも・・・。
「何なんだ、あれは?」
どうやら、オレは回復しきれていなかったようだ。特に頭脳に疲労が残っているのを理解した。
オレの指差した方を、風姫と史帆が一瞥する。
「私の手作りだわ。志帆に教えて貰いながら設定してみたのよ。どうかしら?」
ホント、性格にはケチがついてんぜ。
「そこを問題にはしてねーぜ。分かっててトボケてんだろっ」
「問題は何もないわ」
ああ、風姫は今も平常運転だ・・・。
史帆に抗議の視線を向け、問い質す。
「それとな。テメーも、なに当然のように手伝ってんだ」
「アキトの顔、面白かった」
笑いを堪えきれず、史帆は吹きだし体をくの字に曲げた。
アキトが史帆の笑い声を聞いたのは始めてだった。
ようやく衝動が収まり、顔を上げた史帆の目尻には涙が浮かんでいた。
そこまでオレの表情が可笑しかったってか? まったく冗談じゃないぜ。
「・・・やって良かった」
アキトは憮然として言い返す。
「そこは顔じゃなく、表情というべきだぜ・・・。それにしてもよ。史帆も笑うんだな」
「あたりまえ」
「女の子に対して失礼すぎるわ、アキト。史帆は明るい子なのよ。少し人見知りなのと・・・アキトが、ちょーっと苦手なだけだわ。それに、結構お喋りなのよ」
「お喋りだってぇ? 史帆がぁ?」
「好きな事とか、女子の間で人気の、わ・だ・い、だわ」
「たとえば?」
「史帆。この設定を説明してくれないかしら?」
風姫とアキトが同時に史帆の顔を見た。
淡々とした口調だが、得意気な表情で史帆は話始める。
「部屋の照明システムに5ヶ所、光のスポットを設置した。ロイヤルリングと顔認識で、コンバットオペレーションルームに、好きな時、好きな場所で、カゼヒメの意志で顔を照らし出せる。突然に光を強くしたりすると、気づかれる。だから人の目で認識できない速度で、ゆっくりと光度を調整する。この設定のポイントは、人を明るくするだけだと気づかれ易いから、周囲を少し暗くする。あと、淡い光になるよう天井、壁、床の光度をカゼヒメの動きに合わせて自動調整している」
史帆から視線を風姫に戻し、気のない口調で返答する。
「そうか、なるほどな。これが女子の間で人気の話題なんだ」
「違うわよ。これは、史帆の好きな話題だわっ!」
「じゃあ、女子の間の人気の話題ってのは?」
「お宝屋のような舞台装置は無粋の極み。素材勝負なら負けないから、露骨に厚化粧するより薄化粧で完勝してみせるわって・・・」
「ユキヒョウのパイロットは彩香だわ」
風姫は史帆の声を遮るように、早口でアキトの知りたい情報を突然提供してきた。
「ああ、だからか・・・」
ホント、信じらんねー能力を持つヤツらだぜ。アンドロイドだからか? それとも生前の能力か?
んん?? なんか奇妙な感じがするぜ。
「・・・そういや、なんでカゼヒメなんだ?」
「いえ・・・あの・・・お嬢様ではなく、風姫と呼ぶようにって言われたんだけど・・・。それは、あの、ちょっと・・・っていうか、王女に対して絶対にムリ。だから、カゼヒメなら・・・」
ルリタテハ王位継承順位第八位は、お友達が欲しいようだ。
あの性格の所為で友達がいないのか? 友達がいなかったから、あの性格になったのか? 一番大きい汚染源は、ジンだろうけどな。
「ああ、もういいぜ、史帆。背景は大体理解した」
オレの事は苦手か・・・。まあ、そうだろうな。
「テメーはカゼヒメ、オレは風姫って呼べばいいんだろ。なあ、風姫?」
「それでいいわ」
オレは2人のいるテーブルの席に腰かけ、ロイヤルリングでコーヒーを注文する。もちろんヒメシロで手に入れた、喫茶サラで焙煎された香り高い一品をだ
「それで・・・ああああ」
ロイヤルリングから伝わる給仕ロボのメニューに喫茶サラのコーヒー豆が無くなっていた。
テーブルのティーカップからは、芳醇な香りが漂ってきた。まさに喫茶サラのコーヒー豆の香りだった。
「テメーら、そのコーヒーは」
「本当にこのコーヒーは美味しいわ。そんな顔で、睨まないでくれないかしら?」
オレは風姫の眼に、顔を近づける。
「分かったわ。コーヒーポットは空だから、私のをあげるわ」
風姫は手を触れずに、コーヒーカップをテーブルの上を滑らせ、オレの席の前へと置いた。
相変わらず風姫の重力制御は精密で凄いぜ。口には出さねぇーけどな。
「そろそろ、情報共有を始めるぜ」
現状説明の間、半分以上が雑談だった。
それでも、把握できたぜ。
「ああ、よぉーーく、現状は理解できたぜ。はあぁーあ。良くもまあ・・・次から次へと周りを巻き込んでくな」
まったく、ため息しかでねぇーぜ。
「それで? オレらは何時から宝船を訪問できんだ?」
「5時間連続戦闘訓練が、あと1時間で終了するわ。2時間後ぐらいかしら」
地獄の5時間連続戦闘訓練か・・・。
翔太も災難だな。
「うん・・・、そんなら1時間後に訪問できんじゃねーのか?」
「私と史帆の着替えがあるのよ。スペースアンダーを身につける必要があるわ」
彩香に手伝って貰わないと着替えられないなら、ドレス姿になんてなるなよなぁあーーー。
まったく、今日一番の残念情報だぜ。
オレは心の叫びを音声にするような失敗、何度も重ねたりしない。今はコーヒーの香りと味を、ゆっくり愉しみたい。喫茶サラの最後のコーヒーと共に吹き飛ばされるのは、是非とも遠慮したい。




