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エレメンツハンター  作者: 柏倉
第1部 ルリタテハ王国の特殊な職業
12/119

第12章 ユキヒョウ5人目の乗組員(2人目の被害者)

 ユキヒョウのダイニングルームに全乗務員が集まりコーヒーブレイクを愉しんでいた。ユキヒョウの乗務員はジンと彩香を人として数えても4名で、コーヒーを飲むのはアキトと風姫だけだが・・・。

 ただダイニングルームというには、無駄に豪奢で広い。応接室。いや、貴賓室とでもいうべきか。

「風姫。命の借りを3年間の奉公にまけてくれ」

「無理だわ」

「そこをなんとか・・・頼むぜ」

 下げたくはないが、頭を床と平行にした。

「ダメだわ」

 もう何度、これと同じやりとりをしただろうか?

 ルリタテハ王国に宮仕えする気は、これっっっぽっちもない。オレには、まっっったくない。

 オレはトレジャーハンティングしながら、色々な星系を旅してみたい。様々な惑星を冒険したい。まだ見ぬ世界へと。

 もし異世界への扉があるなら、迷いなく飛び込む。

「あなたはトレジャーハンターでなく、ルリタテハ王家公認のエレメンツハンターだわ。そして、私はユキヒョウのオーナー。あなたは船長でどうかしら?」

 エレメンツハンターとはダークマター鉱床を探す職業らしい。奴らの言葉を信じれば、だが・・・。

「わたくしは、船の支配者」

「我は神だ」

 理解している。そう完全に解っている。しかし、訊かずにはいられない。

「気の所為か? オレが一番下っ端のような気がするぜ」

「気の所為じゃないわ」

 長い金髪を右手で弄びながら風姫は口を開き、彩香は冷たい声音で話す。

「気の所為ではないですよ」

 ジンはアキトの真正面に立ち、堂々と言い放つ。

「気の所為ではない」

 知ってた。だが言葉の内容以上に、みなの言い方が気にくわない。

「ぐっ・・・。まあ、とりあえずだ。それは置いておくとするが・・・。それで、エレメンツハンターとトレジャーハンターって何が違うんだ?」

「ダークマター鉱床を探すのが仕事ですよ」

「だけどよ。ダークマターを探すなら、ダークマターハローを探索すればイイだけじゃねーか?」

 ダークマターハローとは、ダークマターの濃い宙域だ。

 通常物質で構成されている普通の星系に、殆どダークマターは存在しない。

「いくらユキヒョウでも、レーダーで探知できない物体は避けられないですよ。斥力装甲でも質量が大きくスピードの速い物体を弾くことは不可能です」

「性質の分からぬダークマターと衝突実験を命がけで実行したいのかな? まあ、我は既に人の身ではない故、構わぬが」

 ジンの本当の名は、一条隼人。そしてアンドロイド。

「なあ、人と同じ大きさのロボット・・・サイボーグやアンドロイドって、製造禁止じゃなかったか?」

「サイボーグの定義は人をベースに機械化したものです。アンドロイドは人型で、人と同じぐらいの大きさのロボットに人工知能を搭載したものです」

「定義なんて、どうせもいいぜ。違法じゃねーのか?」

「人工知能を搭載した人と同じ大きさのロボットが製造禁止となっています」

「だから何だよ?」

 風姫の瞳が碧く輝く。

「まだ分からないのかしら?」

 視線が痛い。紫外線でも発生させてんのか?

 妖精姫は、やはり魔族なんじゃねーのか?

「ジン様とわたくしは、元々人間です。ジン様は、一条隼人様にして現人神・・・現ロボ神だと・・・。人工知能を搭載しているのではなく、脳の情報をコピーしたのです」

「それじゃあ、本人はどっかにいるって事か・・・」

「いないわ。綺麗さっぱり何にも残ってないわね」

「・・・なんだと」

「我が肉体は、既に滅んだ」

 何故に愉しそうなんだ? 普通、ここは悲壮感を漂わせるシーンだぜ。

「わたくしの肉体も同様ですよ」

 オレの感覚が可笑しいのか? それとも理由があるのか?

「脳みそ、バックアップとか・・・してんだよな?」

 そのまま心に浮かんだ疑問を口にしていた。

「そこまでしたら、流石に違法でないと強弁できんな。王族とはいえ、銀河条約に反する行為はやれんぞ」

「それって・・・やっぱ違法なんじゃねぇーのか」

「いいえ、グレーゾーンです」

「そも法律とは破るものではない」

 ジンが重々しく告げた。

 仮にも現人神となった人物の言葉だ。重く心に沁み入ってくる。

「・・・法の網は掻い潜るものだ。そんな事も知らんのか」

 違った・・・。

 そうだった。コイツもダメなんだ。

 ここは、危険は愉しむものだと考えているダメなヤツらの集まりだったぜ。


 風姫たちの為人を理解するため、コミュニケーションの時間を増やした。訓練という名のジンによる一方的な攻撃を受け、己の敗北数を3桁にまで増やす作業の合間にだが・・・。

 その行動が悪かったのだろうか?

 ヒメシロ星系のスペースステーションに昨日到着した。しかし、惑星ヒメシロには降りていない。オレと風姫と彩香は・・・。

「そうだ、アキト。専属エンジニアが明日着任するわ。そしたら、数日の内に出港するわよ」

「専属エンジニア?」

「ええ、そうよ」

 アキトと風姫、彩香はユキヒョウのダイニングルームで、コーヒーブレイクしている。

 やや楽しい一時ではある。しかし、惑星ヒメシロに降りて行動した方が遥かに楽しい。

 風姫の体が本調子でないため、ユキヒョウの船内は人工重力を0.75Gに設定している。

 そう、付き合わされている。風姫は、自分が降りれないのだから、アキトが降りるのを諦めろるべきだわ、と宣った。

 数日内に風姫の体調が戻ることはないだろう。そうなれば、惑星ヒメシロには降りずに旅立つことになる。

 オレは絶対に降りて遊びに行く。今度こそヒメシロランドで、数少ない旧友たちとの交流を暖める。オレはトレジャーハンターだが、少しだけでいい16歳らしい生活がしてみたいだけだ。

「必要なのか? メンテナンスは軍の施設ですんだろ?」

「私たちのロイヤルリングは、どのユキヒョウ搭載マシンでも適合率95パーセント以上あるわ。でも、あなたのロイヤルリングは調整すらしていない。ジンがなんでもできるといっても、その道のエンジニアには敵わないわ。ユキヒョウ含めて、全機体との適合率を95パーセントになってもらうわ。それに、これから忙しくなりそうだから、専属のエンジニアが欲しかったのよ」

 専属エンジンアの採用理由は妥当だ。しかし全機体というのには、サムライとかの兵器が含まれている。

 ということは・・・。

「荒事前提なんだな?」

「荒事上等だわ」

「トラブルは?」

「全力で受け入れるわ」

「お嬢様。普通、全力で回避するものですよ」

 盛大に溜息を吐き、アキトは諦めを口にする。

「いろいろ言いたいことはあるが、了解だぜ。・・・それより、行先はヒメジャノメ星系でいいな」

「構わないわ」

「あのさぁ・・・いまさらだけど・・・」

「何かしら?」

「風姫って、お姫様なんだよな」

「ホント、今さらだわ」

「アキト君とは、朝までとことん話し合う必要があるようですね」

 彩香の口調は冗談半分だったが、このままこの会話を続けると本当に朝まで話し合いを余儀なくされそうだった。

 アキトは必死に考えた。この会話の流れで、不自然にならない話はなにか? と。

「・・・。あー、風姫に公式行事に参加とか、公務はねーのかなって」

「学生の内は免除されてるわ」

 アキトは話題の変更に成功したが、彩香からの視線が痛い。だからといって、お上品にはなれないので、いつもの口調で風姫に突っ込んだ。

「学生じゃねーだろ」

「ルリタテハで大学進学が決まってるから、まだ学生扱いだわ。それに、この3年間で外の世界をジンと共に見てきなさいってお祖父様に言われたのよね」

 それは既に、ルリタテハ王国の学力検査にパスしているということだ。義務教育を終えると職業専門学校に進むか、大学に進学するための試験対策をする。

 パスするのに平均2年はかかるが、ほぼ行きたい大学に進める。そして進学資格は、合格後3年間有効である。

「ホントか?」

「ホントよ」

 アキトは疑わしげに風姫の碧眼を見つめた。しかし、風姫はコーヒーカップを口許にもっていくと同時に、アキトの視線から逃れた。

 しかたなくアキトは、風姫の隣に座っている彩香のグリーンの瞳を見据えた。

「学力検査にパスはしてますね」

 微妙な言い回しだった。

 風姫の許可を得ずに真実を語りはしないという彩香の意思表示だろう。

 学力検査の件はホントなんだろう。

 アキトは、もう一つの質問の答えを確認する。

「王家では代々、学生の内は公務を免除されてんのか?」

 澄ました表情に軽い口調で告白する。

「私が初めてのようね。それに私とジンを、しばらくルリタテハから離したかったようだわ」

 真相は、口にするのも憚られるものに違いない。

 大学生になった7割が中途で退学させられ、卒業できない。ルリタテハ王国の大学は、それほどに厳しい。

 しかし風姫がルリタテハで大学生活を送る以上、ジンと2人で”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”の二つ名に相応しい活躍をみせるだろう。

 何せ2人は、2つの犯罪組織を壊滅状態に追い込み、闇宗教組織の施設を崩壊させた上に改宗までさせたという実績がある。

 風姫は15歳にして既に伝説の人物なのだ。

 そしてもう一人の? もう一台? の伝説の主がユキヒョウにいる。アキトはその伝説の主について質問をした。

「ジンがさぁ、今は現ロボ神だってのさ。あれ、ホントか?」

「アキト君、様をつけろとは言いませんが、さんは、つけるべきですよ」

 柔らかな口調の苦言であるのに、彩香から圧力が湧き出ている。

「・・・了解」

 アキトは肯定の返事をせざるを得なかった。

「それで?」

「本当ですよ。ルリタテハ王家、一条家の始祖にしてルリタテハの唯一神です。ルリタテハ王国軍では鬼人とも呼ばれていて、ジン様の正体を知っている軍人たちからは、死神様と呼ばれています」

「あーっと・・・死んでる神って意味か?」

 分かっていて揶揄してみる。そして分かっていたように、彩香からお小言を頂戴することになった。

 風姫はコネクトに音声通信が入る。話しぶりから相手はジンのようだった。

 アキトは通話を終えた風姫に、これ幸いと話を持ちかける。

「なんだって?」

「明日着任するエンジニアが挨拶にきたわ」

 その台詞の直後にダイニングルームの両開きの自動扉が左右に開いた。ジンよりもかなり低い身長で、帽子を目深にかぶった作業服姿が後ろに控えている。

 その姿にアキトは見覚えがあった。

「アタシは・・・」

 挨拶する間も与えず、アキトが口を挟む。

「ジン。ダメだ、コイツは」

「アキト君。ジンさんとお呼びすべきです」

「アタシの何がダメだと?」

 アキトを睨む速水史帆の姿があった。

「コヤツは水龍カンパニーの若手の中で、腕利きだときいて連れてきたのだ」

「コイツがトライアングルに適当な設定をした所為で、オレは2度も死にそうだったんだぜ」

「適当? アタシはちゃんと適合率測定調整装置で確認した。今も覚えてる。適応率83パーセントあった。他人が運転することも考慮すると、適正な適合率といえる」

 機体とルーラーリングの適合率の設定は、通常70パーセント以上とされている。これを下回ると機体の動作が不安定になる。83パーセントは複数人が運転する市販の機体では、かなり高い適合率だ。

「速水史帆よ」

「ハイ、何でしょうか? ジンさん」

「アキトはどんな機体でも80パーセント以上の適合率を叩きだせる。今後アキトの機体は、95パーセント以上を目安に設定するんだ」

 オレの知ってる奴は、どんな機体でも適合率99パーセントを叩き出せるけどな。

「95パーセント! そっ、それだと機体はマルチドライバーモードシステム搭載でないと。それに、そんな機体は軍用機でないと?・・・」

「ユキヒョウ含め全ての機体に、マルチドライバーモードシステムを搭載している。それとな、全機体がオセロット王国の軍事機密と同レベルである」

「それより、ジン。紹介がまだだわ。それとアキト。あなたのロイヤルリングと機体を適合率95パーセントにする為の専属エンジニアよ。仲良くしてくれないかしら」

 アキトと史帆の間に不穏な空気が流れたままだったが、そんな事お構いなしにジンは全員の紹介を終わらせた。

 風姫が珍しく空気を読んだのか、それとも自分の興味からか、史帆に質問する。

「いきなり引き抜いて大丈夫だったのかしら?」

 史帆に話す暇を与えず、ジンが口を挟む。

「無理はしていないな。すべてが皆の合意の上だ」

「ジンには訊いてないわ。ジンだと、闇宗教組織を壊滅させ、信者を改宗させても大したことはしていない、問題はないって、宣うでしょ。私は史帆さんから訊きたいわ」


「おう、汝が責任者だったな」

 ジンは速水工場長を見つけると、水龍カンパニーヒメシロ支店の広い工場に中を足早に歩き、彼のいる中央まできた。

「工場長の速水です」

 驚いた速水は、一礼してから急いで自己紹介した。

 自己紹介は、ユキヒョウ整備の時に済ませているにもかかわらずだ。

 ジンは、予め面会の連絡を入れていた。しかし、速水達にとって雲上人であるジンが工場に直接乗り込んでくるのは想定していなかったらしい。

「ユキヒョウにエンジニアを一人乗せる。若いのでも構わんから、その中でも腕利きを用意しろ」

 視線が史帆に集まった。目聡く史帆をみつけたジンは即決した。

「その娘か。よかろう」

「ルリタテハで研修を受けていないので・・・」

「それでも若手の中では一番の腕利きなんだな」

「そうです」

「ほう、構わんな。主管部門はルリタテハ王家の技術管理部門だったか・・・」

 ジンは通信装置の前に行き、コネクトを取り出して装置のインターフェースに置く。そして恒星間直通通信を選択し、コネクトから、あるアドレスを呼び出した。

「どちらにお掛けでしょうか?」

「技術管理部門の最高責任者マクローリンのところだ」

 工場にいる全員が驚きを隠せなかった。しかしジンは一顧だにしない。

 約30秒後、官服のガウンを身に纏ったグリーンの瞳に、少し長めのブロンド髪の老人がディスプレイに映し出された。

「リチャード・マクローリンでございます」

 ジンは一歩さがると、速水に対応を任せてみる。

「水龍カンパニーヒメシロ支店工場長の速水です」

 マクローリンは恭しく腰を曲げて挨拶したが、速水工場長が名乗るとすぐに表情が曇った。

「恒星間直通通信とは穏やかではない。しかも、こちらは夜中なんだが重要な話かね」

 恒星間通信は官公庁や民間が共同で使用する共有回線だが、恒星間直通通信はルリタテハ王家が自前の資金で用意した通信網である。王家に関連する場所でしか使用できない。もちろん、水龍カンパニーは王家に関係している企業だ。

 恒星間直通通信の受信側は、基本音声だけでなく映像も送る。王族が連絡してきた際に映像をカットするのは失礼になるからだ。個人宅で恒星間直通通信を受信できる装置をもつ高官は、いつ王族から連絡がきても大丈夫なように、個々人で工夫をしている。

「実は、王家の恒星間宇宙船に専属エンジニアの搭乗の要望を受けまして・・・」

 マクローリンは顎で話の続きを促した。

「その者は、惑星ルリタテハでの研修を受けておりません」

 ただでさえ就寝中に起床を強いられ気分が悪いところに、規則に従わないのを追認しろとの内容にマクローリンの機嫌は斜めを通り越して、垂直になりそうな表情になった。

「そんなことで連絡をするな。他の者を派遣すればよい」

「それが、人物を指定されまして・・・」

「知るん。こんなくだらないことで連絡するな」

 ルリタテハ王家の技術管理部門のトップは寝起きだったからか、注意力が散漫であった。なぜ一支店の工場長がマクローリンの連絡先を知っていたのかを考えるべきだった。もしくは速水工場長の斜め後ろに立つ人物に注意を払うべきだったのだ。

 ジンの一喝が響く。

「何の為に例外規定がある」

 工場長を押しのけたジンの額は、怒りでピクピクと動いていた。

「えっ! はっ?」

 現ロボ神の出現で、マクローリンは一瞬で完全に状況を把握し、ハッキリと思考を起動させた。直立不動の姿勢をとった。ルリタテハ王家に深くかかわっている者なら、ジンを知らない者はいない。

「恐れながら、例外規定には惑星ルリタテハの技術研修施設と同等の設備を有する場所での研修を義務付けています」

 しかし恐れ入るだけでは、トップの役目は果たせないし、トップには立てない。

「そんな例外にならない例外規定は、本日中に改訂しろ」

「ジン様、改訂は検討しますが・・・。例外にならないとは何を指してのことでしょうか? 宜しければご教示いただけないでしょうか?」

 マクローリンは下手にでた。そうでなければ、今度は怒号が飛んでいたところだった。ただ、それでジンが優しくなるわけはなかった。

「汝はそれでも、技術管理のトップか! 惑星ルリタテハの技術研修施設と同等の施設が、この宇宙のどこにあるか。あり得ない例外規定など盛り込むな。研修内容を実施可能な施設と改訂するのだ。当然ユキヒョウは最新鋭宇宙船だから、ここでの研修は当然可となる。それと改訂の検討じゃない。本日中に改訂を実施して発行するんだ。こっちの時間で明後日までに、ユキヒョウ専属エンジニア(研修中)として速水史帆を登録しとくのだ。わかったな」

 ジンは厳しい口調で厳命したあと、少しだけ親身に語りかける。

「ああ、それとな。我の名は出さずに処理してよい。汝に、そのぐらいの才覚を期待する。困難なれば我の名を出してもよいがな」

 ジンは言うだけ言って、恒星間直通通信を切った。

 恒星間直通通信装置からコネクトを取り、胸ポケットに仕舞う。そんなジンを工場にいる全員が唖然と見つめていた。


 一番は唖然としているのはドッグにいた人たちではなく、ルリタテハ王家の技術管理部門トップのマクローリンだろう。本日中に改訂だけでなく、速水史帆の登録まで押し付けられ、一方的に通信が切られてしまったのだから・・・。

 残念ながらマクローリンは、ルリタテハの然るべき部門に苦情を入れることもできない。いや、するべきでない。どう検討しても、ジンの言うことの方が内容としては正しい。

 通常ルートを通して改訂を申し込むよう苦情を入れれば、少しの間は改訂を拒むことはできる。ただ、このような初歩的な例外規定を放置していたとのマイナス査定が自分につくだろう。ここは苦情を入れずに改訂し、自分の成果にした方が遥かにいい。

 ジンは言外に成果はやるから、自分の要望を叶えろと言っている。そういうところを履き違えるようだと、どんな部門でもトップに立つのは難しい。

 もちろんマクローリンは履き違えなかった。

 そのままコネクトを使って星系内通信設備へと切り替え、部下を叩き起こしたのだった。


 史帆が顛末を話し終えると、3人とも納得の表情を浮かべていた。

「今回は楽であった。マクローリンは、中々使える官僚でな。意図を履き違えることはなかった。もし履き違えたなら、色々なところと調整せねばならなかった」

 調整? ジンは自分の要求を押し通すために、使えるものは何でも使う。オレは彩香から聞いて既に知っている。我儘を押し通す『強引がマイウェイ』が、ジンの通り名の1つである。

「早速だが史帆には格納庫と、ミルキーウェイギャラクシー軍との戦闘映像を見せるが、他に何かあるかな?」

「戦闘?」

 史帆がジンの戦闘映像の発言に混乱していた。

 彩香が手を挙げ、ジンが視線で発言を許可する。

「これから接していけば、皆さんの事をわかっていけると推察しますが、心構えがあったほうがスムーズに有事に対応できます」

「有事?」

 彩香は史帆の疑問を置き去りにして説明を始める。

「まずアキト君ですが。ユキヒョウの船長にして、お嬢様の家来です」

「な、何を・・・。何いってんだ」

 アキトの苦情も置き去りにして、説明を続ける。

「次にお嬢様ですが、トラブルと非常に仲良しです。ルリタテハ王族にしてルリタテハ王位継承順位第八位、一条風姫様です。ジン様はトラブルを中央突破するのが得意です。”強引がマイ・ウェイ”という異名を持ち、ルリタテハ王国唯一神の一条隼人様です。そして、わたくしは、お2人にお仕えする彩香と申します。つまり、アキト君がトラブルを発見し、お嬢様がトラブルに自ら巻き込まれ、ジン様がトラブルを大きくする。最後にわたくしが、なんとかトラブルを終息させるために、多大な労力を払っているのです」

「多大な労力? はっ、完全に力づくじゃねーか」

 アキトの呟きは完璧に無視して、彩香は続ける。

「史帆さんの役割は、お嬢様の生存確率を少しでも上昇させるために、ユキヒョウ及び搭載マシンのメンテナンスです。期待しています」

「一部異議を唱えたい説明があったけれど、あなたを歓迎するわ」

「お願いします」

「オレは歓迎しないけどな」

「・・・」

「ジン、先に格納庫からかしら?」

「そうだ。どんな機体があるか、実際にみたほうが早いからな」

「それなら私たちは、先にコンバットオペレーションルームで用意しているわ」

「コンバットオペレーション?・・・ルーム?」

「それと、言葉遣いを改める必要はありません。今からわたくしも、通常の言葉遣いにします。ちなみに、わたくしとジン様は、アンドロイドですよ」

 史帆が固まっている。

 あー・・・。

 オレもこのタイミングでの告白かよと、呆然としたなぁーと他人事のように考える余裕ができている。

 余裕のできたこの状況を喜ぶべきか悲しむべきか?

 この状況から逃れられないなら、愉しむべきだな。


 史帆は、ジンに案内された格納庫の機体を一目見て驚愕した。

 戦闘用ロボット『サムライ』が6機。戦闘機が4機。オリビーが1台。どう考えても、トレジャーハンティングする機体構成に思えない。

 それに、ユキヒョウのシャープさと優美さを兼ねた洗練された外見からは分からないが、武装はまさに戦艦だった。

 史帆は唖然としたまま、ジンに連れられてコンバットオペレーションルームにやってきた。。

 コンバットオペレーションルームでは、すでに戦闘記録と映像が再生されていた。戦略戦術コンピューターにより、全体を俯瞰しやすく加工され、残弾数などの詳細情報も映し出されている。

 そこでアキトと風姫、彩香の3人が議論している。そのように史帆にはみえた。

 実際は、風姫と彩香の辛口の採点に、アキトが無駄な反撃を試みているだけだった。

 現役軍人でもある戦争のプロのジンから手ほどきを風姫と彩香は存分に受けていた。それに対して、僅か3日の軍事訓練をしただけのアキトが、知識においても戦術眼においても敵う訳がない。

 ジンと史帆は空いている席に座り、途中参加する。

 再生されている映像は、惑星コムラサキから飛びだった衛星軌道上でミルキーウェイギャラクシー軍との戦闘だった。コスモナイトとコスモアタッカーがコムラサキの衛星基地から、ユキヒョウに仕掛けてきたところだった。

 約2時間の戦闘映像を見終えて、風姫がコメントする。

「アキトはユキヒョウを交えた戦闘に課題があるわね。もっと防御システム”舞姫”を活用しないとダメだわ。敵には見えなくとも、ユキヒョウからリンクしたデータから全索表シスに映し出されているわ」

 サムライのコクピットに装備されている全方位索敵表示システムには、手打鉦が映し出される。

「オレは2対1のサムライ戦しかやっとこねーんだぜ」

「これから私に仕えるんですから。いろいろ覚えてもらうわ」

「オレより、アイツの方が先じゃねーか?」

 アキトが史帆を指さした。

 衝撃を受け思考と体がフリーズしていた史帆だったが、アキトに指名され、ようやく再起動を果たした。しかし、まだ起動しきれていないようで、発した声には力がない。

「戦争を・・・した?」

「そうだぜ」

「違うわ」

「違うな」

「違いますよ」

 アキト以外は否定した。そこで再度、史帆が尋ねてみる。

「でも・・・、戦っていた? 戦争と違ってたとしても・・・」

「そう、戦争とは違うわ」

「ああ、違うな」

「そうです、違いますよ」

 戦いを否定しない3人に史帆は異なる言葉で質問する。

「・・・トレジャーハンティングでは?」

「もちろんトレジャーハンティングはやるぜ。だけどムリすんな。覚悟を決めなきゃやってらんねーぜ。降りたきゃ降りるんだ。今なら間に合うぜ」

「そうね。無理にとは言わないわ。特にアキトはトラブルメーカーだから、これからも何が起きるか分からないわ」

「オレの所為じゃねーぜ! 風姫」

 トラブルに巻き込まれるのは自分の所為じゃないことを証明するために、アキトはニヤリと笑みを浮かべながら風姫に視線を向けて質問した。

「荒事は?」

「上等だわ」

「トラブルは?」

「全力で受け入れるわ」

 見る見るうちに、史帆の顔がヴァイオレット色の瞳と同じぐらい青ざめた。

 史帆の様子を見極めていたジンが、諦めを滲ませた声音で話す。

「致し方あるまい。汝はアキトのロイヤルリングだけ設定すればよい。ユキヒョウに乗り込むエンジニアは別の者を手配する」

「ロイヤルリング?・・・そういえば、さっきも。ルーラーリングでなく?」

「ああ、ロイヤルリングだぜ」

 アキトは暗赤色のスペースアンダーの袖を捲り、腕につけたロイヤルリングを史帆の目の前へと持っていった。

「ルリタテハ王家の・・・?」

 史帆の呟きを耳にしたアキトは、皮肉な笑みを浮かべ風姫、ジン、彩香を順に指で差しながら答える。

「ルリタテハのお姫様。ルリタテハの唯一神にして死神。そして二人の保護者」

 三人がそれぞれ抗議しようとするが、史帆の問いの方が早かった。

「アンタは?」

 いつもの斜に構えたアキトではなく、得意満面の笑顔で自信に満ち溢れた表情をする。

「トレジャーハン・・・。いや、これから新しい世界を切り拓き、技術革新の中心となる”エレメンツハンター”だぜ」

 この瞬間、史帆の新しい世界への憧れとエンジニアとしての好奇心が、危機回避の生物本能に優った。疑問は、まだまだ数多くあるが・・・。

 史帆は、決意を言葉にするとともに頭を下げる。

「アタシはユキヒョウに乗船する。今後よろしくお願いする」

 ユキヒョウ3人目の乗組員の誕生だった。

 2体のアンドロイド・・・思考は元々人であったので、人として含めると5人目となる。

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