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エレメンツハンター  作者: 柏倉
第1部 ルリタテハ王国の特殊な職業
1/119

序章 / 第1章 トレジャーハンター『シンカイアキト』

   序章


 ルリタテハ王国歴477年。

 人類は恒星間航行”ワープ”により、銀河系の太陽系外の恒星に居住の地を拡げていた。

 現在より1000年以上前、人類は地域の自治を残しつつも統一国家”アース”を創った。それは有史以来、人類による最高の成果と言って良い。

 その当時、恒星間航行するために必須の技術であるワープ航法は、3光年もの距離を一瞬で跳躍できるまでになっていた。

 そのワープ航法を可能としている重要な要素であるオリハルコンは、不安定な重力元素”Gravity Element”を精錬したのち、様々な種類の金属を添加してから製錬し、作られている。オリハルコンとは、金属に重力元素を含んでいる合金鋼のことであり、金属の種類によって用途が異なる。

 オリハルコンに必須の重力元素は、太陽系では主にアステロイドベルトの小惑星で採掘できる。しかし恒星間航行の成功から50年ほどで、ほぼ採掘し尽くしていた。水星、金星では探索が進まず。火星では入植者、基地、企業など様々な思惑がからまり、鉱床の発見が困難を極めた。

 かたや、オリハルコンは物質として安定していたため、市民の生活にオリハルコンは、無くてはならない物質となっていた。

 たとえば、交通機関では内燃機関の車が電気自動車へ、電気自動車がオリハルコンモービルへと取って代わられた。この傾向は陸海空、どの乗り物でも然ほど大差なかった。さらに高級なホテルなどではオリハルコンでエレベーターを実現していた。エレベーター内の乗客には、重力の変化を全く感じさせないようにオリハルコンで重力を制御し、あたかもドアが閉じて開いたら、別の階にいたかのように技術が可能となった。

 人類の生活に必要不可欠となったオリハルコンの原料である重力元素が、太陽系内で採掘できなくなっていた。その現状を打破するため、アースと企業は、必然的に他の恒星に重力元素を求めるようになり、他星系への進出が加速した。

 そう、残念なことに、進出の速度を速めたのは、進取の気風でもなく未知への憧れでもなかった。

 それは・・・、経済的理由だった。


 ルリタテハ王国は1企業グループが、建国のおよそ180年前にルリタテハ恒星系に進出して基礎を築いた。その企業グループを率いていたのが地球の日本自治区出身の一族”一条家”で、社員は大昔に日本人と呼ばれていた民族が多数働いていた。

 太陽系外への進出の速度は、時間軸に対して2次曲線を描くかのように増大していった。その進出速度はアースの警察力、軍事力増強の遥か上を越えた。

 そして、ルリタテハ王国建国の約500年前。地球の警察力、軍事力が、他の恒星系に及ばなくなっていた。特に地球から離れた星系には・・・。

 そこはフロンティアという無法地帯で、宇宙海賊というならず者たちが主役の時代だった。

 統一国家アースはまったく役に立たたず、各星系では私設軍隊で防衛にあたった。宇宙の平和の為に、なにも寄与しない・・・寄与できないアースから、各星系が独立を宣言するのは当然の帰結だった。

 そんな中、ルリタテハ王家の初代国王である一条彗いちじょうすいは、ルリタテハ星系でルリタテハ王国の設立とアースからの独立を宣言した。

 しかし統一国家アースは、断固として独立国家の存在を認めなかった。独立を阻止すべく各恒星系に軍隊を派遣したのだった。

 アースの敵は独立を宣言した国家だけではなかった。距離による疲弊のあと、軍隊と互角の装備を備えた宇宙海賊が補給部隊を襲撃したのだ。賊なだけあって、単に補給物質を狙った行動であった。

 誰も予期していなかった賊の行動により、50を超す独立国家は連合軍を組織するだけの時間ができた。

 アースはあっさりと連合軍に敗退したのだった。

 そのためアースは、独立国家を軍隊による制圧から、外交による融和へと政策を変更せざるを得なかった。

 その後、300年以上におよぶ混乱を経て、3つの陣営へと集約された。

 アースを含む”民主主義国連合”

 ドラゴン星系を宗主星系として独裁星系国家を築いた”ミルキーウェイギャラクシー帝国”

 そして”ルリタテハ王国”

 ルリタテハ王国には2つの陣営とは異なる特徴が幾つかあり、それがルリタテハ王国のルリタテハたる所以となっていた。

 まず、王国議員を王国市民が選挙に拠って選び法律を制定するが、憲法改正にはルリタテハ王家の同意が必要である。要するに立憲君主制である。

 そして、王家、王族は存在するが貴族は存在しない。また、王族にも幾つかの例外を除いて等しく法律が適用されているのだった。

 次に義務教育である。

 義務教育期間中は、衣食住すべてを国費で負担する完全無料化制度をとっている。さらにその後の教育も、国と企業が手厚く無償奨学金を準備していて、少なくとも教育費で家庭に負担がかかることはない。

 だが、信教の自由を認めていない。

 宗教はルリタテハ王家の始祖を神として崇めるのみである。

 ただし強制はされていないので、王国市民の99パーセント以上は無宗教である。しかも、王家ですら無宗教・・・ルリタテハ王家の始祖を神として崇めていないのであった。

 しかし、これには残念な逸話が存在する。

 当初、一条彗は宗教を全面禁止にしていた。

 しかし、経済格差が争いを生むのと同じように、相容れない強固な思想同士、つまり宗教同士がぶつかり合うと争いとなる。経済格差への対処はいくらでも可能であるが、宗教戦争は他人の心の発露のぶつかり合いなので、コントロール不可能と一条彗は判断したからだ。

 ゆえにルリタテハ王国では宗教を禁止とし、宗教を捨てられない人は他国へと放逐された。新規にルリタテハ王国に参加する惑星国家にも厳しく適用していき、ルリタテハ王国には一時期、宗教が完全に存在しなかった。

 しかし、経済政策が巧みに実施されていようが、一定程度の割合で心の拠所としての宗教を欲する人が出てくる。それは、若くして両親を亡くした子であったり、パートナーを失った人であったりと・・・。

 一条彗は医療機関のカウンセリングを充実させた。そして、王国市民に宣言したのだった。

「神とは一条隼人である。彼によりルリタテハ王国に富と安寧を齎せてくれたのだ。神は人から神となり、我らルリタテハ王国に永遠を、王国市民に幸福を約束してくれたのだ。神は我らをより良い未来に導いてくれるだろう」

 今の一条家の基礎と精神を築き上げ、始祖と伝えられる隼人を神として祀り上げた。この時点では最良の判断であり、彗は満足のまま生涯を終えた。

 だがルリタテハ王国歴460年、彗の想像してもいないことが起きてしまった。

 現人神の顕現。

 始祖”一条隼人いちじょうはやと”は、太陽系小惑星セレスへの最初の有人飛行のメンバーにして実業家であった。彼は人生のすべてを、いつの日にか他の恒星系へと辿り着くために費やした。

 隼人は人生の後半に自分の夢を叶えるための行動を起こした。その時代の平均寿命である90歳に達した時、コールドスリープにより銀河系の中心へと旅立ったのだった。それは、ワープが実現された未来に、自分のコールドスリープを解除する者が現れると信じて・・・。

 ルリタテハ王国にとっては不幸なことだが、隼人の願いは叶ってしまったのだった。

 幸いなことに、捜索は王国としてではなく、一条家として数十年に亘り実施していた。

 偉大なる一条家の偉業として、神として尊敬されていた。

 ゆえに捜索が長期間におよび終わりが見えない現状であっても、捜索隊のモチベーションは低下しなかった。この使命感が一条隼人を発見に繋がった。

 コールドスリープ状態の一条隼人を回収し、ルリタテハ王家の居城で蘇えらせた。

 この時点でルリタテハ王国は宗教を禁止していて、神を崇めたいなら王家の始祖たる一条隼人を崇めろと、数世紀に亘って指導していた。

 そこに始祖の復活である。

 王と側近、一条家は、隼人の扱いに困ったが、王国市民には生還を伝えてなかった。

 伝えていたら、現人神降臨となり、宗教勢力の増長、世間の動揺、王族内の序列問題と多岐に大きな影響が及ぼしただろう。

 隼人が発見されると彗が知っていたら、こう嘆いたであろう。

「2度と現れないと考えたから、神にしてやったのに、迷惑極まりない始祖だ」

 ともあれ、現人神の出現は内々に処理され、ルリタテハ王国の政治、制度、経済に大きく影響を及ぼすことはなかった。小さくて深刻な影響を及ぼされてしまったのだが・・・。

 他の2陣営と比較すると、まだまだ独自の特徴があるルリタテハ王国だが、その一つにトレジャーハンターというユニークな資格と職業が存在する。



   第1章 トレジャーハンター 『シンカイアキト』


 恒星間航行小型宇宙船”ライコウ”に暗赤色のスペースアンダーを身に着け、腕と脚には幅10センチ、厚さ0.1センチほどの黒鉄色リングをしている少年がいた。リングはルーラーリング、別名”支配者のリング”と呼ばれていて、乗り物、特に宇宙船の操縦に必須のインターフェースである。

 その少年は平均より少し背が高く、細身だがかなり鍛えられた肉体を持っていた。少し長めの黒髪に、凛々しいといって良い端正な顔立ちで、切れ長の眼にある黒い瞳からは、意志の強さが滲み出ている。

 少年の名はシンカイアキト。姓がシンカイ、名をアキトという。

 ルリタテハ王国に漢字がないわけでない。まったくの逆で、漢字とひらがな、カタカナを中心とする日本語をルリタテハ王国では公用語としている。だが、アキトは漢字で氏名を書かない。漢字が書けないわけでもないし、歴とした漢字での氏名はある。ただ、その漢字を嫌いなので使わないだけだった。

 ちなみにルリタテハ王国は、他の国家と日本語ではなく”コモンベース”という人類共通言語を使って意志疎通している。この”コモンベース”を自動翻訳機に通せば、実に99.99%まで翻訳可能である。わずか0.001%は、辺境恒星系の訛りの酷い方言と新しい若者言葉が対応できていないだけだった。

 アキトはライコウの操縦席で、行儀悪く両足を電子機器の上に投げ出していた。いくらオートパイロット中でも問題となる行動だが、注意する人物はいない。

 このライコウは彼の宇宙船で、彼が唯一の乗客で船員にして船長だからだ。

 トレジャーハンターがアキトの職業だった。

 トレジャーハンターの資格は、7歳から15歳までの8年間の義務教育終了した16歳以上が受験資格となっている。アキトは義務教育終了後、3名のトレジャーハンティングユニットに1年間所属していた。そして16歳の誕生日に、トレジャーハンターの資格を取得した。

 そのままトレジャーハンティングユニットに1年間所属したのち、中古だが宇宙船を購入しアキトは若干16歳にして独立したのだった。

 ルリタテハ王国のトレジャーハンターの獲物は、”重力元素”である。もっと正確にいうと、重力元素の鉱床を発見することだ。

 トレジャーハンターは鉱床を発見し、ルリタテハ王国の重力元素開発機構に申請をする。そうすると、鉱床の権利の半分が申請者に与えられ、半分は王国の物になる。これは王国の横暴のようだが、王国と中小トレジャーハンティングユニット双方に利益のある取引である。

 中小規模のトレジャーハンティングユニットは、資本力がなく鉱床の開発まではできない。それを王国が代行し、利益に応じて権利者であるトレジャーハンティングユニットに配当金が支払われる。そして王国は、オリハルコンの原料である重力元素の鉱床を管理できる。

 もちろん個人及び企業でも鉱床を所有し、開発・採掘してもよい。その場合は重力元素開発機構の上部組織にあたる重力元素管理機構に許可申請し、年に数回の査察を受けることになる。

 ただ、トレジャーハンターは小規模な組織が主なので、国に売るというのが一般的だ。なかには大規模に組織したトレジャーハンティングユニットが、企業と共同開発するケースもあるが・・・。

 しかし、安定した大規模トレジャーハンティングユニットに所属するより、一獲千金を狙うトレジャーハンターが大半であった。

 小型宇宙船ライコウは、モンシロ星系のワープポイントに差し掛かろうとしていた。あと30分もすればワープ可能域に達するだろう。モンシロ星系第4惑星の重力元素の調査が完了して、ヒメシロ星系にある重力元素開発機構の支部へと申請に向かうところだった。

 突如、メインディスプレイに白いTシャツとジーンズ姿で、筋骨隆々の無精髭の男が大写しにされた。あちら側のカメラの位置が悪いのか、男の立つ位置が悪いのか、鼻の途中から上が画面に入りきっていない。

 誰であるかは十分に推測できたが・・・。

『ふっはっはっははぁああーーー』

 剛毅に聞こえるようにしているが、端々に軽薄さが浮かんでいる声だった。

 間違いなく屋号は”お宝屋”で、姓は宝、名は豪の”たからつよし”だ。

 父親も重度のトレジャーハンターで、長男の名前を”サガシ”と命名しようとしたらしい。さすがに母親が体を張って止めたということだった。だが豪本人は、それでも良かったと語っていた。

 オレの感覚としては、父親も豪も気が触れているとしか思えないが、豪のトレジャーハンターとしての腕は確かだ。19歳で独り立ちし、7年間実績を積み重ねてきている。大手トレジャーハンティングユニットの契約トレジャーハンターにならないかとの誘いも結構あるようだった。ちなみに皆、彼を”つよし”ではなく”ゴウ”と呼んでいる。

 ゴウの無精髭が上下し、バリトンボイスがスピーカーから流れる。

『アキトよ。我が宝船の性能を侮ったか? それともライコウの全速は、その程度か? ああーん?』

 お宝屋の恒星間宇宙船”宝船”は、ヒメシロ星系を中心のトレジャーハンターの中でも上位に挙げられる程、高機能高性能を誇っている。ただ、宝船が帆船型で七福神を乗せているデザインというセンスの評価は、断トツで最底辺にいる。

 起き上がって答えるのも面倒だ。足を投げ出した状態で、ぶっきらぼうに返事をする。

「うっせーな。これが全速なのは知ってんだろ」

『ああ、知ってるぞ。そして、重力元素開発機構の支部に、我らが先に着くことも分かってるぞ。そこで、だ・・・。慈悲をさずけてやるぞ・・・。なーにっ、2ヶ月前までは弟のように可愛がってきたんだ。契約条件は以前とかわらずとしてやろう』

 ゴウにぃ、とメインディスプレイに大写しになっている豪の後ろで呼ぶ声が聴こえた。奴のTシャツに微妙に皺が寄っている。後ろから千沙が引っ張っているのだろう。

「ハンッ。どうせ修理代が高くついてっから、オレに戻ってほしいんだろ。それより、約束はどうしたんだ。出発は1日待つっていってたよな」

 ゴウは苦虫を噛み潰したような口をしていた。鼻より上が見えないから表情は推測するしかないが、1年もの間一緒にいたのだから、どんな表情かは丸分かりだ。

 それにしても、モンシロ星系の第5惑星で偶然にも再会し、宝船のエンジントラブルを修理する代わりに、出発を1日待ってもらう約束だった。つまり、第四惑星の調査報告書は、オレが提出する予定なのだ。

 画面を占拠していた暑苦しい空気を放っていたマッチョを、優男が押し出した。画面に映ったのは、ゴウの弟で千沙の双子の兄である翔太だ。

 父親はゴウの時の反省を踏まえ、双子の兄を「宝くじ」、双子の妹を「宝珊瑚」と命名しようと、既に記載済みの書類を用意していた。

 父が役所に届けようと外出してから、ゴウが名前の説明を母親にした。

 ゴウは父親と自分が賛成し、しかもいい名前だから、母親が泣いて反対するとは考えてもいなかったらしい。「そんな名前をつけたら、父さんとは離婚する」とまで母親に言われ、慌てて父親に連絡をとって、その命名の断念させた。

 屋号と宇宙船名をみれば分かる通り、父親とゴウに命名させるとろくな名前がつかない。

 ライトブラウンの軽くカールがかかった少し長めの髪を手櫛で整えながら、翔太は話す。

『いやいや、アキト。ゴウ兄は嘘など吐いていない。モンシロ第5惑星は1日が15時間なんだよ』

 兄のマッチョと比べると翔太は、横の兄弟比が1.5対1.0で、均整の取れた体格である。真っ赤なスペースアンダーの上に、青の流行りのジャケットを羽織っていた。

 アキトは、翔太から流れてきた爽やかな空気を吹き飛ばすように言い放った。

「宇宙標準時間の1日は、24時間だ!!」

『まあまあ、また一緒に仲良くやろう。君は、僕の無二の親友じゃないか』

 翔太の声と笑顔の波動を浴びると、オレでも和やかになりそうになる。オレが女性だったら、奴の元に戻っていったかもしれない。

 お宝屋3兄弟で、ゴウと双子は仲が良く精神的な距離は近いが、容姿的な距離はワープ1回じゃ埋められなんじゃないだろうか?

 翔太と千沙の双子の兄妹には黙っていても異性が寄ってくるが、ゴウの半径2メートルには女性除けの絶対防御があるようにしか思えない。

「その親友を、死の咢から救わなかったのは誰だ!」

 元同級生だった翔太の相変わらずな適当さに、思わず怒鳴り返した。

 そう、オレがアイツを親友だと思っていたのは、半年ぐらい前までだ。

『いやいや、そんな小さなことに拘るんじゃない! それに、僕が立ち上がったときは、もう蛇みたいのに丸呑みされていたんだから、仕方ないじゃないか?』

 まったく反省のない口調と台詞だった。

 そもそも、秘境の森を警戒もせず奥へと歩いていった翔太が大蛇に襲われそうになった。それを、後ろから追ってきたオレが突き飛ばして助けたのだ。オレが突き飛ばさなかったら、ヤツが丸呑みされてたはずだ。

 危機感のなさと無神経さが悪い意味で、お宝屋三兄弟の持ち味なだけある。しかも、全員が同じ方向の危機感のなさと無神経さであれば対応も楽になる。だが三者三様、方向がまったく別だから、いつでも油断ができない。

 そして未知の惑星や衛星では、少しのミスが命にかかわる。

「生死がかかってんだ。小さなことじゃねーし、仕方なくもねーぜ。それにな、オレがサバイバルナイフであれの腹掻っ捌いて、脱出したときのテメーの台詞、忘れてねーぜ」

『うぅーん? そうそう、たしか、無事でよかったよかった・・・だったかな?』

 傍から見てる分には楽しい会話なんだろうよ。

 オレも卒業前までは、翔太の形の良い唇から吐かれる無神経な台詞が、他の奴の表情を歪ませるのを楽しく眺めていた。あの頃の無神経な発言は、他人に向けられることが多く、あまり気にならなかった。

 しかし、1年間の宝船での生活で忍耐を使い切った。

 アキトは人差し指で、整った軽薄ヤローの顔を指し、吼える。

「テメーは、今日の夕飯は蛇の蒲焼だなって言ったんだ」

『そうそう、その後、美味しくいただいたじゃないか?』

「その所為で、1日に2度も死にそうになるとは思わなかったぜ」

『あれあれ、アキト。君は千沙の料理にケチをつけるのかい?』

『あたしの料理。美味しくなかったの?』

 いきなりディスプレイの大部分が、大きな胸に占拠された。宇宙服用のアンダースーツ、通称スペースアンダーを身に着けた千沙が翔太の前に押しのけるように出てきたからだ。

 操縦席からずれ落ちそうになる体を立て直しながら、声を張り上げる。

「そこじゃねー。オレがケチつけてるのは材料に対してだ!!」

 料理の問題じゃないと聞いて少し安心したのか、千沙はカメラから一歩下がった。千沙の体にフィットしたローズピンクのスペースアンダーから、彼女のスタイルの良さが充分に伝わってくる。

 だが千沙の幼くも整った顔と、肩口で切り揃えた艶やかでライトブラウンの髪が、ディスプレイに映っていなかった。

『あれは、ゴウにぃが・・・』

 千沙はきっと思い浮かべるような表情で、首を傾げ頬に右手を添えているのだろう。ディスプレイに顔は映っていないが、眼に見えるように分かる。1年間の共同生活は伊達じゃない。

 それにしても、翔太以外は自分がどのように自分が相手のディスプレイに映っているかは気になんねぇーのか?

「ゴウがなんだって?」

 とりあえず、重要な疑問についてアキトは千沙に質問した。

『焼けば食べられるって・・・』

 オレはディスプレイの端、千沙の隣にいる、髭面から下だけが映っている筋肉ダルマを睨んだ。少しは済まないと感じたのだろうか? 若干、体が縮んだようにみえる。

『また、一緒にトレジャーハンティングをやって欲しいの。あたし頑張るよ。今度は、絶妙のミディアムレアの焼き具合にしてみせるから・・・』

 千沙は祈るように両手を胸の前で合わせていた。ちょっとしたことで、すぐ落ち込むドジな千沙。でも明るく可愛い笑顔をみせる千沙。みんなを信じる綺麗な心と可憐な容姿を持つ千沙。

 その千沙に、オレは、確かに、はっきりと、勘違いのしようがない台詞を言った。血のような肉汁が出てる”牛”のミディアムレアが好きだと・・・。

 だが断じて、蛇っぽいヤツの肉のミディアムレアが好きだとは言ってない。しかも、生だと人に疾病を引き起こす細菌のある肉が好きだとは・・・。

 他人の話すことを警戒せず安易に信じる。その純真さが、危機感のなさとなり、今度は他人を窮地に追い込む。何度も厳しく諭したが、いつも泣かれて伝わってなかった。

「そのミディアムレアが、死にそうになった原因なんだぜ」

 諦観交じりに、千沙に聴こえるようにアキトは呟いた。

 ディスプレイに再度お宝屋次男が出現し、両手を大げさに広げて宣言する。

『良かった良かった。いま原因が判明したよ。しかも、その原因は既に解決済みだったんだ。これで君が僕たちのところに戻れない理由はなくなったね。さあ、早く戻ってくるんだ、アキト。そして4人で、お宝屋の名前をルリタテハ王国に轟かせようではないか。我が永遠の友よ』

 永遠の友。胡散臭い言葉だ。その言葉を相手が都合のいい時、都合の良いように使っていたら特にだ。オレは冷たく突き放すように口調で、翔太の記憶を刺激してやる。

「お前は永遠の友を、友情は永遠だって変更して、オレの誘いを断っただろ」

『いやいや。それは、ちょっと違う・・・。確か・・・僕は、こう言ったんだ。どんなに離れても友には変わりない。たとえ、君が自分の夢を目指して歩き始めても僕たちの友情は永遠だ、と』

「オレをお宝屋に誘った時の台詞も覚えてるか?」

『・・・』

「トレジャーハンターになるなら、まず僕の兄がやっているお宝屋に来ないか? もし君がお宝屋に来ないというなら、その時は僕ら2人のコンビでトレジャーハンターになろう。君は僕の永遠の友だ。だから君の夢は、僕の夢でもある。一緒に実現しよう、と言ったよな?」

 その時は、翔太の言葉に本気で感動した。そして、翔太と二人で、この天の川銀河系の中心に到達してみたいと心の底から思った。だから、独立できるまではお宝屋を手伝い、自分の宇宙船を持てたら翔太とトレジャーハンティングしながら夢を追いかけたいと考えていた。ほんの2ヶ月前までは・・・。

 それなのに・・・。

 裏切った方は屈託のない笑顔で、何事もなかったかのように透き通った声で、とんでもない台詞を吐く。

『まあまあ、細かいことは気にしなくていい。僕は気にしていないよ』

 それはオレが言う台詞だ!

 普通ならな・・・。

 アキトは興奮のあまり操縦席から立ち上がって、大声を張り上げる。

「気にするわっ」

 面食らっている翔太を押しのけ、今度はゴウが画面に映し出された。兄弟仲は良いはずなのに、どうしてお宝屋3兄弟は、仲良くカメラに映るという発想がないのか?

 ゴウはさっきと同じように、鼻の途中から下だけ映っていた。映像の中心は上半身のみ。本当は鍛え上げた逆三角形の肉体をみせたくて、ワザとやってんのか?

 何故か勝ち誇ったかのように、ゴウは厳かに宣言する。

『ヒメシロに着いてから泣いても遅いぞ、アキトよ。ライコウの支払いだって、まだ残ってるんだろう。これが最後だ。さぁー、我が軍門に降れ、シンカイアキトよ』

『やめようよ、ゴウにぃ~。ダメだよ~。今回はアキトくんに譲ろうよ~』

『止めるな、千沙。男には戦う時がある。今がその時だぁああああーーー』

『ゴウにぃ~。戦いじゃないよ。トレジャーハンティングだよ~』

「宝屋三兄弟の面白劇場になんか、付き合ってられっか!!!」

 翔太がゴウを後ろに押しやって、ディスプレイの中心に映り込み、芝居がかった台詞を口にする。

『おいおい、何を言っているんだよ。アキト。もちろん君の出番も用意するよ。さあ、早く戻ってくるんだ。我が永遠の友よ』

『翔太、そうじゃないの。あたし達、劇団じゃないんだよ~』

 ああっ、と翔太は大げさに嘆いてから言葉を続ける。

『それは間違っているよ、千沙。人生は舞台。人は皆、等しく主人公。僕たちは宇宙劇団の人類という一員なんだよ。だから僕は、君が早くお宝屋に復帰することを希望する』

 オレは翔太を理解できなかった。

 たぶんゴウも千沙も理解できていないだろう。

 そして千沙は、頬を真っ赤にしてるんだろうなぁ、と考えながら、翔太に物理的に返事をすることにした。

 アキトはルーラーリングを使って通信を一方的に切断したのだった。

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