騎士たち
リアルのなんやかんやが片付いてきたので更新師よーって思ったら、かなりの時間が経っていました。
またちまちま投げていくつもりですので、よろしくお願いしまーす!
小さな畑と庭がある以外何の変哲もない一般家屋。本当にここなのか、と不安になったのは俺だけではなかっただろう。
ここに二十年前活躍した名治癒術師が住んでいると聞いていた。そんな術師なら普通は何人か弟子をとり、一緒に暮らして術の継承に勤しんでいるはずだ。
が、この家は複数人で住むには些か、というか明らかに狭い。
付き添いで来た部下、カナトが恐る恐るといった様子で声を上げる。
「あの……失礼ですが副隊長。本当にここですか」
「……地図によればここのはずだ」
上司に手渡された地図は字こそ汚ーー読み辛いものの、建物の配置はわかりやすかった。目印まで描かれているから道を間違えたわけではないだろう。
地図を見直していると、もう一人の部下ルクドが苦笑いを浮かべて口を開く。
「流石に今回もあの方の冗談、というわけではないでしょうから……おそらく」
確かにあの上司はよくふざける。事務処理の用紙に落書きをするし、隊員の水筒の中身を飽和状態の砂糖水に変えたりなどは序の口だ。
しかし今回はないはずだ。彼だってこのような事態でふざけはしない。……はずだ。
強く否定出来なかったことに俺も苦笑いながら、家に向き直る。違ったなら謝罪して上司を叱り飛ばすだけだ。
ゴンゴンとドアを叩く。
「はいはーい」
聞こえてきた明るい声に俺だけでなく二人も目を見開いた。女性、しかも若い女性の声だ。バタバタと物音がいくつかした後で軽い足音が近付く。
慌てて地図を畳んで片付け、二人を三歩ほど下がらせる。若い女性というなら尚更威圧しないようにしなければ。
「お待たせしましたー」
ひょっこりと顔を出したのは十代後半あたりの少女だった。黒目を細め、にっこり笑っている。寝起きだったのか銀髪が一部跳ねていた。
これが二十年前に活躍した治癒術師かと思ったが、あり得ないと一瞬で考えを改めた。おそらく当時彼女はまだ生まれていない。
だとすれば彼女は、弟子か。
怯えさせてはいけないとにっこり微笑んでみる。上司に「笑顔ほんと上手いよな」と苦々しく言わしめた俺の接待武器である。
「突然の訪問失礼します。ラタ元治癒術師のお住まいでしょうか。国の命により城にご同行願い」
バン!
言葉を遮られ、一瞬辺りが静まり返った。何度見直しても、目の前のドアはしっかり閉められている。ガチャガチャと音が内側からしたので鍵もかけられたのだろう。しかも複数個。
「……えっ、ちょっ」
我に返り、思わず焦った声が出た。まさか閉め出しを食らうとは。
もう一度ドアを叩こうとすると、触れるか触れないかというところで手が弾かれる。おいおい閉め出しにもほどがある。
「結界……?」
「ええー……」
ルクドが低く呟き、カナトが面倒くさそうな声を上げた。弟子であるとはいえ、魔法を専門としているものの結界はなかなか破れないだろう。しかも、偉大と名高い治癒術師の弟子。
拳じゃまず無理だ。
「カナト」
「はい」
「近々鍛冶屋に剣の手入れを頼みに行くと言っていたな」
「は……」
はい、と頷きかけて俺が言わんとすることが分かったらしく、カナトは鞘ごと剣を抱きしめて首を横に振った。
「いやいやいや俺嫌ですよ! 刃こぼれするかもじゃないですか!というか絶対しますよこれ!」
「手入れするんだからいいじゃないか」
「ルクド先輩までぇ……」
震え声に申し訳なくなるが、俺もルクドもまだ手入れしたばかりの剣だ。
「もういいですはい!どうぞ!」
ヤケになりながらカナトが剣を差し出す。いや申し訳ない。
鞘から抜き、構える。腰を落とし息を整え、渾身の力で振るう準備。さてどれほどのものか。
ガギャン! 耳障りな音と同時に剣と結界がぶつかり、手応えが消えた。
「ひえっ」
カナトの目の前を横切って、剣の上半分が飛んでいく。それは幸いにも人には当たらないまま、俺たちが乗って来た馬車の荷台に突き刺さった。
「カナト大丈夫か」
「はひ……な、なんとか。ってか折れちゃってんじゃないですかあああ」
「いやすまん、新しいのを渡す」
剣はものの見事に折れていた。それはもうぽっきりと。多分これは買った方が安い。
「いやいいですよ、予備ありますし、一応覚悟して渡しましたし……あああでもこりゃ見事に……はあ……」
がっくり落ち込むカナトに、俺とルクドが苦笑する。後で飯でも奢ってやろう。
しかし、と目の前の結界に向き直る。あれほど思い切りやったにも関わらず、結界には切れ目どころか傷ひとつもついていない。驚きの耐久力だ。……弟子でこれなら、かの治癒術師はどれほどの使い手なのだろうか。
「今日は引くぞ」
「はい」
「え、いいんですか」
驚いた様子のカナトに向かって顔をしかめる。
「斬れないんなら手に負えん。俺たちの得意分野は斬るだけだしな。帰って研究班を呼んで、分析してもらうほかないだろう」