第9話「冒険者ギルド ――澪の期待――」
翌朝、陽斗と澪はとある場所に来ていた。
街を大きくX字に貫く二つの大通りの交差点、フィールドの街でも最も賑わう中心地にある大きな建物。
その名も冒険者ギルド。
冒険者。陽斗はその名を聞いたとき、素直に胸を高鳴らせた。きっと世界中を冒険して未知を既知に変え、どんな困難をも乗り越えてその先にある素晴らしい光景を見る者達なのだろうと。
しかしそれを話すとソフィーには大笑いされた。それはもう気持ちのいい笑いっぷりだった。
澪にもなんだか母親が子どもを見るような、温かい目で見られた。陽斗は「お前も知らないはずだろ」と唇を尖らせた。
澪は「それもそうっすね」と認め、ソフィーに冒険者とはどんな存在かを訊ねた。
ソフィーが言うには陽斗の言う冒険者は、遥か1000年前のイメージだという。
その頃の冒険者は人類の版図を広げるために、正真正銘の冒険をしていた。当然そこはモンスターの住処で、人の住めない土地だったりもする。冒険者はモンスターを蹴散らして、人の住処に変えていった。
今の冒険者は太古の冒険者の、そのモンスターと戦うというところだけを抜き取った名残。
どこかの街に拠点を置いて、その近辺でモンスター退治や護衛をする何でも屋、というのが一般的なイメージらしい。
また『冒険者は冒険をするな』という格言があるくらいで、念入りにモンスターの情報を集めて、自分にできる仕事しか請け負わない。
それを聞いた陽斗は夢のない仕事だと思い、一気に興味を失った。
さてそんな陽斗たちが何故、冒険者たちを束ねる半官半民の組織(モンスター退治のみ国からの委託業務)である冒険者ギルドに来ているのか。それは根無し草でこの世界とは無縁の陽斗たちが、異世界での身分を手に入れるためだった。
冒険者はモンスター退治などのために街に頻繁に出入りをする。その度に入市税を払っていては、仕事の報酬がそれだけで飛んでしまう。それでは冒険者になる者が少なくなり、モンスターから民を守る者がいなくなってしまう。
それは困ると冒険者は月ごとにモンスター退治のノルマを背負うことで、税金を免除される。
冒険者ギルドが半官半民であるからこそできる措置である。つまりそこで働く冒険者は国の重要な一部分ということで、身分が保証されるのだ。
また危険も当然にある故に仕事中に生命を落とすことをも珍しくない。なり手は常に募集している為、来るもの拒まず。
誰でもなれるということで、怪しまれない為の最低限の身分がほしい陽斗たちにも都合が良かったのだ。
あとは澪がなりたがったというのもある。あまりにも目を輝かせて言うものだから、陽斗はこんな夢のない仕事の何処がいいんだと聞いた。
澪は「夢だったんす。冒険者になるの!」と言っていたが、陽斗にはまるで意味が分からない。
冒険者のことを聞いてまだ数時間しか経っていないのに、夢とはどういうことだろうかと不思議がった。
澪も深くは教えてくれなかったし、疲れていたこともあり軽く流してしまったので真相は不明だが、なんとなく澪の趣味に関係しているのだろうと陽斗は理解している。
陽斗は思考を昨夜のことから現実に戻し、冒険者ギルドの扉を開けた。
冒険者ギルドの建物に近づくに連れ、武器を携えた筋肉隆々の男たちが増えていた。そのため建物内は薄暗くギスギスしたところを想像していたが、それはいい意味で裏切られることになる。
玄関扉の先の部屋は広く、窓からの明かりもきちんと取られていて薄暗い所などどこにもない。また奥の窓口カウンターに座る受付が皆女性なのが、この明るさに一役買っている。銀行のようなところだった。
陽斗はふうと安堵の溜息を漏らして、カウンターへと歩を進めた。冒険者登録で話を進めるのは陽斗の役目になっている。一刻も早く、下心があるように聞こえるという、カタコトを直すために買って出たのである。
「スミマセン」
一人の受付嬢の前に立って声をかける。陽斗は彼女が一瞬眉根を寄せたのを見逃さなかった。やはりナンパ野郎の下卑た声に聞こえるのだろう。
陽斗は心の中で汗が流れそうになるのを必死にこらえて、受付嬢を真剣な顔で見つめた。せめて顔だけでも真面目でいようと。
受付嬢が顔を上げる。陽斗の第一印象は仕事の出来そうな美人。
キリリとして形の整った眉。長い青の髪を耳の下で縛って肩の前に出しているのは清潔感があるし、受付嬢揃いの制服のような服装もキッチリとしていてシワひとつなく着こなしている。
胸につけた名札は名前を出しても恥じることなど何一つない、という自信の表れのようにさえ思える。
接客業として申し分ない女性。それが接客世界一と言われる日本で、15年間過ごした陽斗の感想だった。
「はい、ご用件は何でしょう」
彼女――名札にはクララとある――の笑顔は完璧で曇りひとつない。そこから陽斗に不快感を持っているかは読み取れない。
心の中で申し訳なく思いながら、陽斗は告げる。
「冒険者登録ヲシタイノデスガ。二人」
クララの視線が、陽斗の後ろでキョロキョロと周りを見渡している澪にも向く。
「……ご年齢をお伺いしても?」
「二人トモ15歳デス」
ちょうど登録できるようになる年齢だ。
六国ではまだ成人としては扱われない年齢だが、あまり高い年齢制限を設けると、冒険者としてのノウハウを学ぶ間もなくなってしまう。
自分はまだ子どもという意識の内に先輩冒険者の下に付いて、経験を積んで貰いたいというのがギルドの本音だ。
「でしたら登録はできますが、冒険者にはモンスター退治のノルマがあります。特定の税金が免除されるからです。当然危険があります。最悪の場合は最初のクエストで、生命を落とすことさえあります。そこはご理解されていますか」
「問題アリマセン」
どうせ旅の途中でモンスターには出会うのだ。自ら倒しに行ったとしても違いはない。
陽斗の即答に虚を突かれたのか、僅かな時間固まっていたクララが頷いた。
「でしたら何の問題もありません。お二人を登録させていただきます」
そう言ってクララはカウンターの下から羊皮紙とペンとインクを取り出した。
「こちらにお名前と、三つの内の一つに丸をつけてください」
ゴワゴワとした紙に書かれたテンプレートは非常に簡素なものだった。名前を書く欄と、自らの戦闘方法を申告する欄だ。
前者はいいとして、後者の選択肢を選ぶ時に少しだけ逡巡してしまう。
選択肢には、魔法師、魔術師、武術師の三つがある。
同じように異世界での戦闘方法は主に三つに大別できる。
高火力の魔法で戦う魔法師。小威力の魔法と体術で戦う魔術師。陽斗たちはこの二つのどちらかだろう。
では武術師とは何か。
約400年前に開発された戦闘方法で、武器術と呼ばれる技を駆使して戦う者たちのことである。
魔力の見える魔眼を持つ澪は、属性を持たない魔力――無属性魔力――を地球で幾度と無く目にしてきた。
それは水野と虹乃両家の血縁者以外の人々全てがそうだったのだが、澪はそれを魔法を扱う才能のない者達と認識していた。
異世界の住人にもそれは昔から多くいた。地球人との違いは空気中の魔力濃度の高いこの世界の住人は、一般人であっても地球と比べて量が多いということだろうか。
そんな無属性の魔力を消費して放つ技が開発されたのだ。それが武器術。
陽斗は自身が抱えるある問題のせいで、武術師に丸をつけようか迷ったのだった。しかし澪と事前に相談していたおかげでその迷いは一瞬で済み、魔術師に丸をつけることができた。
情報の提供者であるソフィーのおかげで対策することが出来たので、心の中で感謝する。
どこかそわそわしている澪と交代して彼女も記入を終える。
「確認しました。ではカードを作ってきますので少々お待ち下さい」
クララはそう言ってカウンターの奥にある扉を開いて消えていった。それを見送ってから陽斗は澪を振り返る。
「ふう。何事もなく登録できそうで良かったな」
「まだかな~来ないかな~テンプレ展開」
「……さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」
「えっ?! いえいえ何も言ってないっすよ。あっもし陽斗様がガラの悪い冒険者に絡まれたら、私が助けてあげますから心配しないで欲しいっす。指一本触れさせないっすから!」
「お、おう」
――何を言ってるんだコイツ……。
まあしかしそういう状況も考えられるかもしれないと思い直した。
きっと世界が変わっても新人イビリみたいなものはある。それが自分たちに降りかかってこないとも限らない。きっと澪はそう言いたいのだろうと納得したのだ。
「さすがだな澪。俺も気をつけるぜ。うん」
「え?」
なんで私褒められたの? という顔で首を傾げる澪。
当然のことなので褒められることではないと言いたいのだろう、とさらに陽斗は勘違いを深める。
……疑問は紛れも無く澪の本心なのだが、陽斗はそう思うのだった。