第8話「目的地の設定 ――決意新たに――」
宿屋に着いた陽斗は、自分の部屋はどこかと澪に訊ねた。
「三階の真ん中の部屋っすね」
頷いた陽斗は、言われた方向に素早く舵をとった。
森からこの街まで約5時間。そのあとすぐにソフィーと出会って、長時間話し込んだために、陽斗はかなり疲労していた。
早く部屋に入って休みたいという思いが、後ろを付いてくる澪の存在を一時的にだが忘れさせる。
しかし部屋の前まで来た陽斗は嫌な予感を覚えて、ドアを見つめたまま背後にピッタリくっついている澪に問いかけた。
「……なんで付いてくるんだ、澪」
澪が自分の部屋に行く素振りを見せないのは何故か。分かりきったことかもしれないが、聞かずにはいられなかった。
「もちろん私も同じ部屋だからっすよ」
「……他の部屋は空いてなかったのか?」
「両隣は空いてるって言ってたっすね」
「…………」
「ほら早く入っちゃわないと、他のお客さんに一緒に入るところ見られて余計恥ずかしいっすよ。私は勘違いされても全然いいんすけどね。むしろばっちこい的な」
背後から伸びてきた手が壁のある部分に触れ部屋の鍵を開ける。
陽斗は澪のニヤニヤ笑う顔を想像して歯噛みした。
陽斗にだって分かっていたのだ。この旅に個室を二つも取れる余裕が無いことくらい。
しかし男女七歳にして部屋を同じうせずの言葉がある通り、付き合ってもいない男女がひとつ屋根の下というのは倫理的にどうなのだろうか。これがバレたら藤弥――澪の父親――に殺されるのではないか。
そんな不安が陽斗の脳裏を過る。だが無慈悲にも、陽斗に迷う時間は与えられない。陽斗の逡巡を嘲笑うかのごとく、階段を昇ってくる足音が聞こえてきた。
澪の言う通り、このままではあらゆる意味で誤解されかねない。
例えばこんなことが考えられる。
ここまで来て澪ほどの美少女との同室を拒否する男などいないだろうという、一般的な考えに基づく、部屋に入るまで我慢できなかった、などだ。
それで一晩中壁に耳を当てられ続けたら堪ったものではないと、陽斗は迷いを見せ始める。
「くっ」
陽斗は意を決して部屋の扉を開け、素早く身を潜らせた。澪も後に続く。
パタリと扉が閉まる。それから一分ほどしてからどこかの扉が閉まる音が、遠くに聞こえた。
「ふう……」
一息つく陽斗に対して、澪はクスクスと小さく身体を震わせていた。
収入のない男が文句を言えるはずもないが、なんとなく釈然としない気持ちになる。陽斗は最近――異世界に来てから――増えてきた溜息をつき、マントを脱いでからベッドに腰掛けた。ダブルでなくツインなのが、唯一の救いである。
澪は手で口元を隠しながら、
「前はよく一緒に寝ていたじゃないっすか。怖いことがあると私に泣きついて、一緒に寝て~って。あの頃の陽斗様は可愛かったな~」
「なっ! 前って幼稚園とか小学校低学年のころの話だろ。誤解されるようなことを言うな!」
笑いを深めたのか澪は腰を折ってお腹まで抑える。
「くっくく……誰に言い訳してるんすか。ここには私たちしかいないのに」
「それは! ……そうだけど」
対照的に唇を真一文字に結んで、言葉に詰まる陽斗。
「冗談すよ、陽斗様。だから機嫌直してください」
「……俺は不機嫌じゃないぞ」
澪ははいはいと苦笑を浮かべて、マントを脱いでベッドに座る。澪がベッドに沈んだ勢いで足を投げ出すと、メイド服のスカートがふわっと膨らんだ。
陽斗は顔を赤くして目を泳がせる。澪はそんな陽斗の心中に気づくが何も言わない。
何も言わないというのは、陽斗を男として意識していないととられかねない諸刃の剣。
だがそこは幼馴染の関係。敢えて無防備を装うことで、親密アピールをする方がいいと最終的には判断した。
「それにしても今日はツイてたっすね。あんな簡単に大量の情報が手に入るなんて。もし図書館とかがなかったら、少しづつ人を変えて聞き込み続けるしかないと思ってたっすから」
「……昼食代はともかく、店の支払い全部押し付けたのはやり過ぎだったんじゃないか?」
純白の下着を見てしまったことへの罪悪感から、口が緩んだ陽斗がソフィーへの懸念を表明する。
「いいんすよ。ソフィーって女の子にとってこの――」澪はポンポンと腰のポーチを叩く。「虹国貨幣とやらはかなりの値打ちものだったみたいっすし、安く売りつけすぎるのも、逆に怪しまれるってもんすよ」
「そういうものか?」
「そうっすよ。価値のあるものを安く売ると、後から何か要求されるのではと思って、あの子は私たちのことを考え続ける」
澪はでもと間に挟み、
「正当かもしくは少しだけ足元を見た金額なら、ソフィーは取引に納得して私たちとの縁は切れたと思うっす。今頃私たちのことなんか忘れて、あの金貨を磨いたり眺めたり舐めたりしてるかもしれないっすね」
「うわぁ……」
ペロペロ舐めるところを想像して軽く引く陽斗。あのマニアっぷりならあり得ると思ったのだ。
すぐにその想像を振り払い、
「まああいつのことはもういいか。それよりいい情報があったな」
「セブリアント王族のことっすね」
「ああ」
ソフィーの話では、かつてこの地を支配したセブリアント王族は、まだ生き残りがいるということだった。
かつての虹国・セブリアント王国は空属性の継承者を失い、国内や国外に対して力を保てなくなる危機に瀕していた。
それを当時の国王が争いの末に侵略や分割されることになるならと、自らその国を解体したのだという。最強の属性である空属性を失うことがやはり大きかったらしい。
セブリアント王国をピザを切り分けるように六つに分割し、守護者たちにそれぞれ王を名乗らせる。
初代のころから各属性において最強の名をほしいままにしてきた家系ゆえに、各属性の魔法使いたちが多く付き従ったことで内憂は未然に防がれた。また六カ国が強固な同盟(“六国同盟”)によって結ばれることで、外患も撥ね退けられることになる。
そして残されたセブリアント王族がどうなったかというと、かつてのセブリアント王国の首都があった街――現在の火の国、水の国、風の国、地の国、光の国、闇の国のちょうど中心に位置する――に今も暮らし続けているという。
政治的な力はほぼないに等しいが、六国同盟の象徴ということで各国の共同により、税金暮らしの悠々自適な生活を送っている。
セブリアント王国最後の王――ロイドの父でログハウスに宝剣を残した――は、国を亡くすという最大の事件に瀕しても国民だけでなく、国を亡くした王族の悲惨な末路から、自分の家族や子孫まできっちり守り通して仕事を終えたということだった。
話がそのことになるとソフィーがまた熱く語りだしていたから、余程の英傑だったのだろう。それが自分の先祖だと思うと、陽斗に何とも言えないむず痒さを与えた。
「目的地は決まったな」
「はい。セブリアント王国首都シンシュデトックっすね」
セブリアント王族が存命なら空属性の秘技を残しているかもしれない。
それは陽斗たちにとっての希望だ。
「絶対に生きて日本に帰るぞ!」
陽斗と澪は目を合わせ、そして拳を天高く突き出す。
「「えいえいおー!」」