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虹のファンタズマゴリア~全属性チートは異世界で王の証~  作者: 神丘 善命
第一章:斯くて王は異世界に降臨す
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第7話「情報 ――小悪魔――」

 場所を移すことにした一行は、ソフィーの行きつけだという場所に案内された。

 街を四つに分割する大十字路の騒がしさから、少し離れた住宅街らしき通りにある食事もできる喫茶店。そのテラス席に陽斗と澪が、ソフィーと向かい合うようにして座る姿があった。


 他の客はお喋りをしながら軽食を摘んだり、お茶を楽しんだりしている。木製のウッドデッキが、石畳やレンガの家々が並ぶ都会の中にあって、癒やしとなり人気があるのかもしれない。


 注文を終え、料理が運ばれてくるのを待つ間に、ソフィーは喧騒を背にこう切り出した。


「……私、虹国マニアっていうか。500年前まであったセブリアント王国のファンみたいなものなの」

「ナンダソレ」


 陽斗の呆れた視線に気づいた様子はない。ソフィーの虹国語りは続いた。

 好きなことや好きな物のことになると、周りが見えなくなるタイプなのかもしれないと陽斗は推測した。

 その表情ははうっとりとして、瞳は潤みを帯び始めている。


「六国連合の中心に今も残る、かつての王都シンシュデトックの綺羅びやかな町並み。王宮の荘厳さ。進んだ技術。その街だけが他の街と比べても、20年は進んでいると言われてるわ。

 1000年前からほとんど変わってないのによ! 設計は全部セブリアント王国初代国王と言われているわ。そして何より今でも最強の属性と言われている、空属性の最初の使い手」


 本当に凄いと恋する少女のような濡れた声音で、溜息とともにソフィーは呟いた。


「それに子々孫々一族全員が、慈愛溢れる方々だったと言われているわ。実際彼等の支配した虹国(セブリアント王国の異名)は、地上の楽園って言われていたの。

 隣の古代大国の王様とは仲が良かったし、他の国も空属性を恐れて、おいそれと手を出さなかったから争いもなかった」


 そこで大きくため息をつく。


「……ほんとどうしてそんな国を解体しなければならなかったのか、不思議でしょうがないわ。いくら空属性が失われてしまったとは言っても、素晴らしいところは他にも沢山あったのに」


 ソフィーがそこまで捲し立てたところで料理が運ばれてきた。

 注文したのはパスタのような料理だ。ペンネ並に太く短い麺が、肉の入ったスープに浸っている。


 フィールド周辺は小麦の原産地らしく、それを草原に建てられた風車で粉にしている。

 陽斗はこれが街に来て初めての食べ物なのだが、そこで以前に澪が言っていたことを思い出す。


『いいっすか陽斗様。街に着いて何かを食べる時は注意が必要っす。水道水すら殺菌消毒したものが出てくる日本人は、外国の屋台などで食事をするとお腹を壊してしまうと言うっす。

 生命エネルギーである魔力を多く持つ私たちは、免疫力にも優れるので大丈夫だとは思うっすけど、アレルギーなども考えられるっす。念のため私が魔法で確認するまでは、絶対に口に入れないこと! あと帰ったらすぐに全身精密検査っすからね』


 陽斗は澪に視線を送る。

 幸いソフィーは未だしゃべり続けていて、澪の魔法使用には気づかなかったようだ。調べ終わった澪が軽く顎を引く。


 それを見て陽斗は、木製のスプーンで麺を掬って食べた。


(なんだこれ……ほとんど味がしねえ。小麦粉から作られているとは言っていたが、日本で喰ってたのと同じものとは到底思えねえ)


 麺は固く、かなり歯ごたえがある。スープの味も正直に言って悪い。

 澪も同じ感想を抱いたらしく、笑顔のまま止まっている。


 陽斗は食い物にはあまり期待できなさそうだなと思って、ため息を付いた。街に来てさっそく日本が恋しくなり、先が思いやられたのだ。

 やるせない気持ちになりながらも、食べられない訳ではない食事を済ませる陽斗と澪。そして後一人はと思ってソフィーを見る。


(コイツまだ話してやがる……)


 今は虹国の王に侍った、六人の属性守護者について話しているようだった。

 ソフィーの口調は徐々に熱を帯び始め、立て板に水――いや激流のスピードで単語を連ねていた。


「始まりはね、セブリアント初代国王が見出した、六人の火水風土光闇の属性のエキスパートたちだったの。

 それから王の代替わりの度にその役目も子孫たちに受け継がれていって、今では虹国が解体されてできた六つの国の王にまでなってる。

 それでもやっぱり初代守護者たちの力は別格で、初代国王も入れて七人が揃えば天地創造もできたんじゃないかって言われているわ。さすがに始原竜並というのは誇張だと思うけど、それだけすごい魔法士だったってことだと思うわ。それでね……」

「ストップ」

「え?」


 澪によって語りを止められたソフィーが、不満気な声を漏らす。


「ソフィーがセブリアント王国マニアだっていうのは理解したっすから、そろそろ本題に入らないっすか?」


 ソフィーは陽斗と澪の皿を見てから手元に目を落とす。二人の皿が空になっているのに、自分の皿はまだ一つも手を付けていないことに気付いたのだろう。自分がどれだけ話に夢中になっていたかということにも。

 陽斗は料理が来たことにも気づいていなかったのではと疑っている。


「ゴ、ゴメン……」


 ソフィーは身体を小さく縮こまらせた。そして初めてペンネを口に運び「冷たい……」と漏らす。

 そりゃそうだ。と陽斗と澪の思考は完璧に一致した。まるでソフィーの上にだけ分厚い雲がかかったように、暗い雰囲気を漂わせている。


 気まずい雰囲気に、澪がソフィーに早く本題に入るように促す。


「そ、そうね。それでね私は虹国に縁りのあるものを集めているの。虹国貨幣もその内の一つね」

「それでしたら私たちから買うより、古物商のところで買えばいいんじゃないっすか? 珍しいものとは言っても、他で手に入らないほどのものではないんすよね?」

「もちろん私も虹国貨幣自体は持ってるわ。でも六種類ある貨幣のうち、小金貨……2002シンス金貨だけがどうしても見つからないの。あちこちの古物商を見て回ってるんだけど……」

「ナルホド。ソレデ俺タチニ声ヲ掛ケタノカ」


 古本屋にすら置いてない初版本が、遠くの小さな本屋で新品で置いてあるような感じなのだろうか。


(ちょっと違う気もするが……まあそれで遠くから来た俺たちが虹国貨幣を持ってるって言ったから飛びついて来たわけか)


 さてどうするか。陽斗は考える。

 別に売っても問題ないように思えるが、ことは金の問題だ。下手に取引をして禍根を残すくらいなら、店に売ってしまった方が良いような気もしていた。

 一人では結論が出なかったので、澪の方を見る。


――どうする?

――どうやら虹国貨幣とやらは欲しい人にとっては、喉から手が出るほどのものみたいっすね。

――みたいだな。コイツに売るのは止めておくか?

――いえ。逆にこれはツイているかもしれないっすよ。

――どういうことだ?

――私たちの持っている虹国貨幣は、正真正銘の王族が持っていたもの。私たちには分からない特別なものだったとしたら?

――安易に店に持っていけば出処を探られる?

――そう、私たちの腹は痛くないとは言い切れないっす。突っ込まれて聞かれればボロが出てくるかも。……ここは私に任せてくれないっすか?

――分かった。お前に任せる。

――任せて下さい! せいぜい高く売りつけてやるっすよ。


 つうと言えばかあな一瞬のアイコンタクトで、ここまで打ち合わせた澪が口を開いてソフィーに話しかけた。


「ソフィー聞くっすよ」


 しょんぼりと食べていたソフィーが顔を上げた。


「ソフィーがお求めの2002シンス金貨、私たち持ってるっすよ」

「ホント?!」

「ほんとっすよ~。お譲りしても構わないんすが……」


 澪は焦らすようにチラッと流し目をソフィーに送る。ソフィーは我慢できないと言わんばかりに身を乗り上げた。


「何?! お店以上の値で買い取るわよ!」

「いえいえ~額面通りで構いませんとも~ただ……」

「ただ?」


 ゴクリとソフィーが喉を鳴らす。


「ソフィーにはとある条件を飲んで欲しいんすよ~」

「じょ、条件? ……はっ!」ソフィーのフードの穴が陽斗に向き、自分の身体を抱く。「か、身体はダメよ! ア、アタシ初めてなんだから!」


 そんなわけあるか! と陽斗がツッコむ前に澪から極寒の冷気が漂いだした。彼女の目の前にあるコップの中身が凍結する。

 冷たさだけではない背筋を凍らせる雰囲気がそこにはある。


「……冗談は好きじゃないっす」


 笑顔なのに、その声は地獄の底から響いてきたような重低音だった。背後からゴゴゴという擬音すら聞こえてくる気さえする。


「は、はひぃ」


 ブンブンと首を縦に振るソフィー。陽斗でさえ悲鳴を上げそうになるほどだったのだ。その怒りを向けられたソフィーは、きっと顔面を蒼白に染め上げていることだろう。フードの下に隠れて見えないがそんな確信が陽斗にはあった。


「え、えとじゃあ条件って何ですか?」


 澪の機嫌を窺うように、恐る恐るといった感じでソフィーが唇を震わせる。

 澪はふぅーと重たく息を吐きだした。それでようやくピリピリとした空気が霧散する。


「……条件というのは情報っす」

「情報?」

「そうっす。私たちは先ほども言ったとおり、かなりの遠い地から来たっす。そして虹国貨幣しか持っていないことから推測できるかもしれないっすが、私たちの故郷では、この辺の情報は500年前で止まってる。私たちはこの辺の情報に疎いんすよ」

「な、なるほど」


 ソフィーが相槌を打って納得した雰囲気を出す。どうやら今の話に疑う要素はないようだった。これでこの設定はこの後も使えることが分かった。


 ソフィーに警戒心が足りないだけかもしれない。

 しかし海千山千の商人には通じない可能性を思えば、彼女相手に金貨を処分できるのは、もしかしたら僥倖だったのかもしれないと陽斗は思案を巡らせる。


「なのでソフィーには、私達にこの辺の情報を提供して欲しいんすよ。それと虹国貨幣の出処が私たちだということは内緒っす」

「この辺のことを教えるのはいいけど、出処を言っちゃいけないのはなんで?」


 ようやく落ち着いたのか、ソフィーの言葉から震えがなくなってきた。


「一つは私たちが持っているのはソフィーに渡す予定のもので最後だということ」


 しれっと表情一つ変えずに嘘を吐き出す澪。これは誰も嘘だとは見破れないだろう。事実ソフィーは「ふんふん」と頷きながら聞いており、微塵も疑った様子はない。


「もう一つはソフィーの方が詳しいかもしれないっすね」

「?」


 澪はマントの下から金貨を取り出して、ソフィーに手渡す。最初は澪の言う何かが分からず不思議そうな顔をしていたが、金貨を見た瞬間にそれは変わった。


「こ――」

「しーっ!」


 大声を上げそうになったソフィーを、澪は指を口に当てて制した。

 澪の怖さを身を持って知っているソフィーは、フードの下の口を手で抑えて小刻みに顎を動かしている。


「やっぱり分かるっすか?」


 嘘だ。澪には分かってない。

 たとえソフィーが真逆の反応で金貨に特別な価値を見出さなくても、「ソフィーがそう言うなら、私が騙されたのかもしれないっすね」とか言って、誤魔化していたのだろう。

 ソフィーは声は抑えられても興奮を抑えられないのか、驚いた口調を崩さない。


「当たり前じゃない! こ、これ虹国歴499年製造の貨幣よ! 虹国が解体された年。まだ新年を迎えたばかりで、王族にしか出回ってなかったっていう幻の貨幣!」


 陽斗は「全部説明してくれて助かるな」と思った。物語の内容を訊ねたときの澪の口調に似ている。


(昭和64年製造貨幣みたいなものか?)


 価値がいまいち分からず呆れる陽斗を他所に、ソフィーは「すごいすごい! これが幻! うっはぁ!」とはしゃいている。

 澪はヒョイとそれを取り上げた。


「あっ」


 と別れる恋人を見送るときのようなソフィーの声音。


「情報が先。それと額面通りの金額もお忘れなく」

「うんうん。何でも話すからなんでも聞いて。何が聞きたいの?」


 早く終わらせて早くプレミア金貨を自分の手中に、という願いが透けて見える言葉だった。そんなソフィーに澪はニッコリと笑いながら、氷の刃の如き無慈悲な言葉を突きつける。


「500年前から今までのこと全部」

「えっ」

(うわー悪魔だ)


 ソフィーが陽斗と同じように思ったかは分からない。しかし彼女はあって欲しくないという思いから、潤んだ声音で口を震わせた。


「も、もう一度言ってくれないかしら?」

「で・す・か・ら、ここ500年で起きたこと全部っす。特に常識など変化したことを中心にお願いするっす」


 そして笑みを一層深め、


「知らないとは言わせないっすよ? どうやら歴史にはお詳しいようっすしね」



   ■



 夕暮れが街を赤く染め上げる。カラスの声は聞こえないが、昼にいた客の姿は既に帰路についていた。


 しかしここにはまだ帰らないのかと、店員をやきもきさせる者たちがいる。

 昼食を囲った卓には手をだらりとぶら下げ、突っ伏して顔を伏せるソフィーの姿があった。喋りすぎて疲れたのだろう。


 昼に澪がソフィーに500年分の情報を求めてから、5時間ほどが経過している。

 あの後澪は宿を取りにひとっ走りしてから、再びこの場所に戻ってきた。


 飲食店で場所を取るのに何も注文しない訳にはいかず、お茶や軽食を頼み――この場はソフィーの奢りだって言ってたっすよね? という澪の笑顔の脅しがありつつ――ソフィーから情報を絞り続けた。


 ソフィーは本当に多くのことを語ってくれた。ロイドという空属性の継承者がいなくなったことで、解体せざるを得なかった虹国のその後から、周辺諸国のこと、モンスターにそれと戦う冒険者、この世界の戦い方、基本的な法律エトセトラ。

 あくまでも遠方から来たから、この周辺の文化や常識に疎いというテイで澪と陽斗は聴き続けた。


 ただ澪にも慈悲はあったらしく、細かな歴史的事件までは詳しくは問いたださなかった。そこまで無知だと怪しまれすぎるという打算的な判断かもしれないが……。

 その結果がこれだ。倒れ伏して煙を上げるソフィーの傍で「いや~いい金ヅル……いや情報ヅルだったっすね~」と笑う悪魔がいる。


「さてとっす」


 と言って澪がこの関係を締めに掛かる。


「じゃあこれが報酬の金貨っす」


 ガバッとソフィーが顔を上げる。


「ちゃんと2002アイル払うことをお忘れなくっす」


 さっそくソフィーからの情報を活かしてこの国の通貨単位で対価を要求する。

 ソフィーはゴシゴシとマントの下で腕を動かして硬貨を取り出した。小金貨一枚と小銅貨二枚だ。


「間違いなくっす。じゃあはいこれが約束の虹国貨幣っす」

「わはぁ~」


 ソフィーがキラキラした声で小さく歓声を上げる。

 どうやら「金貨とは言っても、プレミアの金貨をあげるとは言ってないっす」という意地悪まではしなかったようだ。


(まあそこまでしたらマジに恨まれそうだからな)


 ソフィーのフードの下に隠れていても分かる喜びようを見て思う。


「じゃあ私たちはこれで。くれぐれもその金貨のことは内密に。あとここの支払いもよろしくっす~」


 その時ちょうど会計をしにきた店員が告げた金額に、上機嫌に身体を揺らしていたソフィーの身体が凍りつく。それはソフィーの五日分の食費に匹敵する金額だ。


 陽斗は心の中で手を合わせて、先導する澪の背中を追いかけた。その背中に小悪魔の羽を幻視したとかしないとか……。

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